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ヤンデレ姉さんに○されたら考えるべき10のこと  作者: くらげマシンガン
▼第四章 俺が予想も出来なかった二階堂レイラの問題について。
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つ『メインヒロインは一周して元に戻るか』 後編

 魂を揺さぶられるような錯覚を覚えて、思わず俺は身構えてしまった。青木さんの目が、マジだ。これは真剣に聞かなければ、と思わせるような目だった。

 お互いに半身まだ海に浸かったまま、岩陰に隠れた俺と青木さん。……当分、他に人は来ないだろう。まだ、探しには来ない。

 つまり、青木さんの言葉を遮るものは、何も無かった。

 青木さんは俺に近付き、両手で包み込むように、俺の手を握った。


「ずっと前から、私、あなたのことがっ!!」


 おいおい、何だコレ。何だこの展開。

 越後谷の言っていたことは、本当……だったのか? 青木さんは俺のことが好きで、ずっと思いを胸に秘めていて……

 そんなことを言われたら、俺は。


「というのは、どうでしょう」


 青木さんは俺の手を離し、真面目な顔で俺に問い掛けた。

 って、え?


「……なにが?」

「ずっと考えてるんだけどね、やっぱり最後のシーンはちょっと変えた方が良いんじゃないかって。どうにも落ち着かなくて。三角関係モノなんだけど」


 あ、そういう。ドッキリみたいなもんか。

 心臓止まるかと思ったじゃないか……


「……良いんじゃないかな、真に迫る演技で」

「そっちはどうでもいいのよ! 私、出演しないし!!」


 出ないのか。まだ緊張が解けず、思考は全く付いて来ない。ただドラマの事を考えていただけって、そんなの有りかよ。

 この間の事もあって、俺はすっかり――……

 青木さんは頬を染めて、一生懸命に考えていた。

 ……ん?


「そうだ、そろそろお昼なんだったよね。戻らないとね」

「……あ、ああ」

「行こう、穂苅君」


 青木さんは俺の手を引いて、皆の所に戻ろうとした。

 もしかしなくても、これは――俺、話をはぐらかされたんじゃないか。質問していたのは俺だぞ。

 まあ、俺も結構な爆弾発言をしてしまったし、これはこれでおあいこ――


「青木さん」

「――何?」


 ――じゃ、ない。

 俺は青木さんの手を引き、肩を抱いた。青木さんの身体が一瞬震え、再びその表情に赤みが増す。

 吸い付くような肌に俺は動揺したが、どうにか衝動を押さえ込んだ。

 思わせぶりなことを言っておいて、どうにか回避しようだなんて、そんなのはずるい。美濃部と何度もデートを重ねているからか、俺はいくらか女の子に対して強気に出られるようになっていた。

 急激に近くなった顔に、青木さんがぱくぱくと口を動かしていた。


「なっ、ななな、なになになに」


 やっぱり、青木さんは何かを抱えている。それが俺に対する好意なのか、嫌悪なのかという問題について。それくらいは、はっきりさせておきたい。

 なし崩し的に元の態度に戻っても、後味悪いしな。


「俺のこと、嫌いになった?」


 青木さんの瞳が揺れた。揺らぐ瞳の奥に、いつかの姉さんの姿を重ね合わせる。

 ……こういう態度、妙に似ているんだよな。なんだろうか。

 そうして、否応無しに回答を引き出させる。失われた時間の恋愛経験が、俺の内側を少しだけ変えた。


「そんなわけ」

「じゃあ、何で避けるの」


 遮るように、俺は言った。

 ……まだ、確定じゃない。青木さんが俺のことをどう思っているのか、答えが欲しい。

 掴んだ肩から、青木さんの身体が熱を帯びて行く様子が伝わる。青木さんは本当に素直だと思った。


「……きらいなわけ、ないよ」


 頼りなく震える唇から、そんな言葉が漏れた。既に青木さんは泣きそうになっていて。

 ……なんだか、悪い事をしてしまっただろうか。青木さんの素直な気持ちが聞きたいと思っていたのだけれど。

 もしかすると青木さんにとって、俺の存在は難しい位置に居たのだろうか。

 ここで本音を聞くのは、正解か? ……それとも、不正解だったのか。 頭の中で、そんな想像がぐるぐると渦巻く。

 言ってしまったことは、もう元には戻らないけれど。


「でも、穂苅君。……すぐ元に戻るから、今だけちょっと、そっとしておいて、くれないかな」

「……青木さん」

「いろいろ、考えないといけないこと、あって。……整理できてないの」


 そっと青木さんの肩を離すと、青木さんは自身の身体を抱いて、真っ赤になって海に身体を沈めた。その様子に、思わず俺は気持ちが動いてしまう。

 ……これ、確定だと思って、良いのか? 良いんだよな?

 青木さんは、俺のことが好き、ということで――……


「りっちゃんのことも、あるし……」


 そう、一筋縄ではいかないか。青木さんの立場からすれば、俺はただ、青木さんのピンチを救っただけの人物に過ぎない。そんな事で自分の気持ちが動いてしまったと、青木さんに自責の念があったら。

 青木さんはこれまで、俺と美濃部を付き合わせようとしていた。そこに訪れる罪悪感は、並のものではないのかもしれない。

 ……これは、言われた通りにそっとしておくのが吉だろうか。


「……なんか、ごめん」

「穂苅君が謝るような事じゃ、ないよ。ごめんね、私のせいで……」

「いや、俺が聞いちゃったのは事実だし」

「いやいや、私が穂苅君を避けてたのが悪いし」

「いやいや」

「いやいやいや」


 お互いに手を振り合う俺達。……何してんだ。バイバイのつもりか。


「――くっ」


 滑稽な様子におかしくなって、俺は吹き出してしまった。ほぼ同時に青木さんも同じように吹き出した。


「あっはっは!!」


 二人、岩陰で笑い合う。青木さんは腹を抱えていて、笑いが止まらないようだった。自分がどうして笑っているのかも分からないのに、何故か俺も笑いが止まらなかった。

 一頻り笑って、青木さんが言った。


「……あー! バカだなー! 私!」


 どうして、そう思うのだろうか。

 青木さんの心の内側は、いつも俺には見えない。初めて出会った時から青木さんと俺の間の関係は繋がっているようでいて、必ずどこかちぐはぐで、擦れ違いの繰り返しだったような気がした。

 そう思うのは、美濃部と内側では気持ちが繋がっているからだろうか。

 確信を持って言う事ができる。美濃部は、俺のことが好きだ。

 失われた時間の中で、何度もそう言われた。

 それでも、何故か青木さんの言葉に気持ちが動いてしまうのは。


「男の人をね、好きになったこと、まだ、ないんだ」


 青木さんは俺の目を見て、まるで俺の気持ちを見透かしたかのように、そんな事を言った。

 ……なるほど。

 青木さんの言葉の意味を、その先に続く内容を、俺はどういうわけか理解した。


「だから、もし誰かを好きになっても、どうしていいのか分かんないと思うんだよね」


 俺だって、よく分かっていない。卒業までに彼女を作れとは言うけれど、俺も彼女が欲しいなんて言うけれど、それは幻想の上での『彼女』という、よく分からない存在を求めているのであって、特定の誰かを好きになった訳じゃない。

 前世もまた、俺は姉さん以外の人を選んだとケーキが言った。……ならば、人を好きになるとはどういう事なのだろう。あるいはそれは、絶え間なく流れていく現実の時間の中で、また社会的な問題も加味して決められていくものなのだろうか。

 生涯を共に過ごす、相手を。


「私はりっちゃんが羨ましい。誰かを好きって言えるの、すごいと思うんだ。勇気要るよ、面と向かって告白するの」

「……そう、だな。美濃部はすごいよ」

「穂苅君はモテるからなー」

「はは、親族にね」

「だからさ」


 ――いつか、遠い未来でも、同じことを言われる気がした。


「穂苅君は、穂苅君が好きな人を、選んでね」


 どうしてだろう。

 俺はいつの間にか、過去だけでなく未来も見えるようになってしまったのだろうか。

 ――いや、そうじゃない。

 俺も、同じことを考えていたんだ。


「自分に嘘だけは、付かないでね。素直でいてね」


 俺が無意識のうちに考えていた事を、青木さんは言葉にした。

 同時に、青木さんは決して言葉にしなかった『好き』を自分の胸の内にしまい、今この瞬間に俺との関係を固めたのではないかと、


「――そろそろ、行こう。皆待ってるよね」


 少し、思った。


「……ああ」


 青木さんは俺に背を向けて、去って行く。

 杏月。青木さん。そして、美濃部。俺が卒業までに恋人になる事が出来そうな可能性がある女の子が、三人いる。

 決して、恋人になる事が出来る、ではない。可能性があるとしたら、だ。あまり悪い関係にはなっていない人を、頭数に含めるとするなら。

 少なくとも今の状況なら、美濃部は一番確率が高いと言えるだろう。

 幻想の上での『彼女』が、現実に居る本当の『恋人』になる瞬間が、遠からず来るんだ。

 ――俺は、どうしたいのだろうか。


「――ほう」


 どこからか、声がした。

 ……なんだ? 上から聞こえてくるような……俺は声のする方――岩陰の上を見た。

 瞬間、口を開いたままで固まった。


「……どっ……えちご……」


 どうして神出鬼没に現れるんだ、越後谷司。そう言おうとしたが言葉にならず、俺は口だけを動かした。

 見られて、いたのか?

 いつから?

 ……やばい。恥ずかしい。

 俺、結構際どい事を色々言った気がするんだが。いや、その前に俺が完全に先走った感じの単語を口にした瞬間、越後谷はここに居たのだろうか?

 青木さんは俺のことが好き、的な。

 だとしたら、やばい。かなり。


「二階堂をようやく巻いたと思ったら、すげえ場面に出会しちまったな」


 悪魔的な笑みを浮かべながら、越後谷は言う。

 ……そうか。こいつ、青木さんとは幼馴染だったな。この岩陰で起こった青木さんのあんな表情やこんな表情も、こいつにとってはさぞかし面白かった事だろう。

 越後谷は慎重かつ大胆に、岩陰からこちらに降りてきた。

 ざばん、と波が立ち、水飛沫に俺の顔が濡れる。……そこまで深い場所ではないのに、よく飛び降りてくるな。


「お前さ、瑠璃の事、好きか?」


 越後谷は立ち上がると、俺にそんな事を言った。……そんなもの、どう答えろと言うんだ。


「……まだ、よく分からないよ。あんまり意識した事も、なかったし」

「そうか。まあ、そうだよな。分かるよ」


 勝手に越後谷は一人で納得して、腕を組んで頷いていた。……こいつ、最近少しずつ俺に心を開いて来たかと思ったら、意地の悪い顔ばかりしやがる。

 ……何を言われるんだろうか。俺は身構えて、越後谷の言葉を待っていた。

 杏月みたいに揺すられたりとか――……


「よし、戻ろうぜ」

「……え?」


 越後谷は何食わぬ顔で俺にそう言い、背を向けた。


「お、おい」


 思わず、引き止める。

 何だ? 一体何処から俺と青木さんのやり取りを見て、何を考えて、どこで納得したんだよ。というか、このやり取りのどこに越後谷が頷いて納得するような出来事があったんだ。何について納得したんだ。

 ……相変わらず、何を考えているのか見えない男だった。


「なんだよ?」

「気になるじゃんか。何考えてんだよ」


 越後谷が笑顔を浮かべている。

 ……決して、穏やかなそれではない。これは絶対に、何か良からぬ事を考えている顔だ。例えるなら、君麻呂のキモ面白い顔をものすごく賢くして、イケメンにした時のような。

 自分で考えていて、君麻呂が可哀想だけど。それしか比較対象が思い付かなかったのだから仕方ない。


「――――別に?」


 越後谷はそう言って、勝手に皆の下へと戻っていく。

 俺は越後谷の後を追い掛けた。

 ……不安だ。



 ◆



 別荘での部屋割りは、二人一組で分かれる事になっていた。越後谷・君麻呂の男性チーム、青木さん・美濃部の女性チーム。

 俺? そりゃ勿論、姉さんと杏月と三人だ。別荘の部屋は基本的に二人部屋だが、半ば無理矢理に三人で入っている格好になる。

 まだどちらかと二人の方が平和で……いや、三人で部屋に入ると絶対にロクな事がないから、いっその事俺を追い出して……と思ったが、本当に追い出されて熱帯夜の砂浜で一人寝るのは嫌だったので、仕方なく俺はその提案を許可した。

 二階堂は当然、一人部屋だ。バーベキューは明日なので、今日はそれぞれ好きなものを口にして、就寝という事になった。

 そして、夜。


「……眠れん」


 俺の隣には、姉さんと杏月がぴったりくっついている。……予想していた事だが。冷房は効いているので、暑いという事は無いのだが。それでも、コレは眠れなくて当然だと思う。

 何しろ、両脇にくっついているせいで俺は寝返りすら打てない。

 後、寝てしまったら最後、朝が大変な事になる気がした。

 そしてその場合、なんだか分からないが、流れで青木さんに見られる気がした。今までの経験が物を言っているのだと思う。

 大体そういう都合の悪い状況に出会すのって、青木さんだからな。

 さて、どうしようか。夜は長い。

 ケーキを話し相手に乗り切ろうか。

 ……腹出して寝てやがる。

 使えない奴め。


「……ん?」


 ――ノックの音がした。気がする。

 その音はとても小さく、俺が起きていなければ軽く聞き逃してしまうレベルの音だった。

 幸いにも俺は起きていたので身体を起こし、姉さんと杏月を起こさないように注意しながら扉へと向かう。

 ケーキは……まあ、いいか。今日は一日暑さにやられて死にそうになっていたので、寝かせてやろう。

 扉を開くと、廊下に出た。

 辺りを見回すが、当然のように誰も居ない。


「……なんだ?」


 風の音だろうか。もしくは幽霊だったり……いやいや。神様と神の使いが現れて、この上幽霊なんて事はないだろう。

 俺は再び寝るべく、部屋の扉に手を掛けた。


「……カリッ」


 ……カリ?

 何だよ。何の声だ……? あまりに小さすぎて、全く聞き取る事が出来なかった。俺は廊下の向こう側を見て、一応曲がり角まで確認をしようかと歩いた。

 しかし、広い別荘だな……。廊下の向こう側まで行くのが結構面倒だ。

 壁に手を掛けて、向こう側を見回す。あっちは確か、青木さんと美濃部の部屋だ。

 誰も居ない。

 なんだ、やっぱり気のせいか。

 俺は振り返った。


「そっちじゃありませんわ」

「おわああああ!!」


 至近距離に突如として現れた人の顔に、思わず叫んで後ろに転んでしまう俺。

 やっぱりアレか、期待は裏切らないって奴か!? しまった、幽霊かもしれないなんて考えなければこんな事には……


「ジュン・ホカリ。人の顔を見て叫ぶなんて、態度の悪い人間ですわね」


 なんだ、二階堂か。誰かと思った。


「……部屋をノックしたの、二階堂さん?」


 二階堂は俺の胸倉を掴むと、ぐい、と引き起こした。


「相談が、ありますわ」


 ……少なくとも、これは相談する人間の態度ではないと思う。




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