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つ『委員長から紹介はして貰えるか』 後編

 時間に正確な姉さんのお陰で、俺は学園に遅刻したことがない。最も、遅刻するような展開になれば俺が姉さんに襲われることは避けられないため、これは賢い判断と言えるだろう。

 八時二十分に到着した俺は日直表を確認し、黒板に書かれている日付と隣のカレンダーへと目をやった。

 本当に不思議な現象だ。八月の夏――……。そこまで辿り着くと、俺は初めてクラスのカラオケパーティーで、とある女子からデート候補の女子を紹介される。

 今日は来ているのかな……


「穂苅君、どうしたの?」


 反射的に背筋が凍って、俺は飛び跳ねるように後ろを振り返った。

 いや、待て。落ち着け。今、穂苅君と呼ばれたじゃないか。流石にこれは姉じゃない。

 相当なトラウマだな、俺も……


「委員長」


 青木あおき瑠璃るり

 まさか、このタイミングで声を掛けられるとは。彼女こそが、クラスで変態扱いされている俺をカラオケパーティーに引き入れた張本人だ。そして、俺に彼女候補を紹介した人間でもある。

 髪はやや栗毛だがほとんど黒の長髪で、ポニーテールにしているか、そのままおろしているかのどちらか。素顔でもすっきりとした小顔で、知性のある眉と小鼻が美しい。

 加えて学級委員長だ。その平等さは素晴らしく、あまり人に対して一見で良し悪しの判断をしない。

 俺にとっては肩に乗っている何処ぞの神の使いよりも遥かに天使であり、救済者だ。


「誰か探してるの?」

「あ……いや」


 これもまた、前回には無かった現象だ。俺がきょろきょろと辺りの様子を伺っていたせいだろう。

 ……もう、いよいよもって三ヶ月のアドバンテージは無いと考えた方が良いだろうか。当てになるのは予定だけ――……。一番初めにこうなると分かってりゃ、ハイエースで迎えに来た姉さんに激しく抵抗することで、当時のシナリオ通りに進めることは可能だったかもしれないが。

 いや、当時のシナリオ通りに進んでしまったら、すなわち俺は三ヶ月後に死んでしまうという事で。あの場で姉さんを誤魔化す事は不可能に近かったし、これで良いのかもしれない。

 しかし委員長が話し掛けてくるタイミングが、こんなにも早いとは。本来ならば、二ヶ月後の筈なのだが……


「委員長、今日も元気かなー、と思ってさ」

「はいこれ、今日配る予定のプリント。仕分けして、先頭の人の机に置いといて」


 委員長は俺にプリントの束を渡すと、茶目っ気たっぷりの茶色い瞳でウインクした。


「暇なんでしょ?」


 無表情ではあるが、どこか嬉しそうにそう言うと、まだ用事があるのか、教室を出て行く。

 ……食えない人だ。


 授業を受けて、時間を確認。十一時五十五分を回る頃には、俺も心の中でカウントダウンを始めた。できるだけ姉さんの被害に遭わないようにするためには、昼休みが始まったらすぐに屋上まで向かう必要がある。

 どこかのアニメやゲームの世界では屋上は開放されているが、俺たちの学園は立ち入り禁止だ。それでも鍵は開けっ放し、実は教師も合間を見つけて休憩に来ている事を知っている。

 咎められないが、人は居ない。俺にとっては絶好のポジションなのだ。

 そわそわと、前後に揺れる。


 ――痛っ。


 頭に謎の衝撃を受けた。位置関係を考えて顔を向けると、委員長が薄目を開けてこちらを睨んでいた。

 ちゃんと時間ギリギリまで集中しろってか。厳しいなあ……。

 しかし、そろそろカウントダウンだ。俺は黒板に書かれている内容をざっと書き写し、教科書とノートを仕舞って椅子の背に手を掛ける。

 十二時を回った――まだ、チャイムは鳴らない。

 まだか?

 ……まだか! 早くしろ!!

 ――――きた!!

 俺はチャイムと同時に席を立ち、皆が教科書を片付けている間に全力ダッシュ。最早通例のことで、先生も咎める事など無い。

 姉さんに圧力を掛けられているのか、基本的に俺の学園での行動は完全フリーだ。サボっていても、あまり怒られない。

 良いのか悪いのか。

 廊下を真っ直ぐに走り――もちろん廊下は走ってはいけない――階段を二段飛ばしで駆け上がり――危険なのでやらないように――屋上に到着すると、校門前を確認した。

 ――既に姉さんは、並木道を走っている。速い……みるみるうちにこちらに近付いてくる。何だアレは。車か。

 視力三以上をキープする姉さんは俺が屋上に居ることを確認すると、全てを受け入れるような花畑の笑顔で、俺に大きく手を振った。

 どうして息が切れていないんだろう。

 姉さんは校舎へと入って行くようだった。


「とにかく、間に合った……」


 俺の呟きを聞いて、ケーキが疑問の眼差しで俺を見ていた。おそらく、意味を理解していないのだろう。

 重要な事なんだよ。教室で一緒にお弁当、なんて羽目になったら、その後どんな噂を立てられるか分かったもんじゃない。


「純くん!!」


 もう来たの!?

 いや速いだろ!! この校舎四階はあるぞ!?

 姉さんは鞄を屋上の扉付近に捨て、俺に向かって飛び掛かってくる。

 考えている間に、プロ野球選手も顔負けなほど豪速で飛んで来る胸の谷間に、為す術もなく埋まった。

 ドアが閉まり、俺たちは屋上に二人きりになる。いや、だからと言ってだな……


「純くん。純くんふああっ……だいすき。んー、チューして」

「恥ずかしいから、やめよう」

「えー、ケチー」


 酒でも飲んだか。いや、これが平常運転だ。

 音がして、ドアが閉まった。

 ……ん?


「まあ、いいや。純くんと、やっとイチャイチャできるからー」


 これが普通の彼女だったら、俺も少しは喜んだりしたのだろうか。


「ふへへ……純くんのほっぺ……ふへへ……はあ、はあ……」


 ……しないな。神に誓って。

 さて、そろそろ本題に戻らせないと。姉さんの様子が壊れていくだけだ。


「姉さん、お腹空いたよ」


 瞬間、姉さんは俺を離し、鞄を掴んでこちらに再度走って来る。その間に鞄を開け、レジャーシートを広げ、俺の目の前に敷き、座り、同時に鞄から重箱を取り出して蓋を開けた。

 ……恐るべき手際の良さと速さだ。


「純くん成長期だから、お姉ちゃん頑張っちゃったよ」


 いつも頑張りすぎだよ、貴女は。

 何故昼の弁当が重箱なんだ。そう思うが、そんなにいらないとは言い辛い。俺は黙ってレジャーシートに座った。

 姉さんは出し巻き卵を箸に取ると、俺に寄り添ってくる。


「はい、あ――ん」


 ……あ、俺の箸がない。

 始めからそういう予定だった、ということか。


 放課後になると、既に仕事を終えた姉さんが校門前に立っている。それを確認すると、俺はいつものように鬱々とした気持ちで席を立った。

 あの人、どうしていつも残業がないんだろう。

 悲しきかな、俺は授業以外に姉さんから離れる手段を一つとして持っていない。買い物に行くと言えば付いて来るし、休日は友達と遊ぶと言えば付いて来るし、夜寝る時も一緒だ。

 え? そんな俺が、どうやって秘蔵の本を集めてきたのかって? 家族にはもう一人、父親という属性の男が居るだろ。そいつが買って来て俺に与えるんだ。

 親父は親父で、「愛があるなら……大丈夫さ」などと訳の分からない事を言っているので、あまり仲良くはないが。時々稀に、神がどうだとか存在がどうだとか空に向かって話していたりするので、気持ちの悪い父だった。

 まあ、小説を書くみたいなので仕方ないんだけど。

 あ、明日の日直、俺か。消されていく黒板を見ながら、頬杖を突いてぼんやりとしていた。

 ……よし、行くか。

 ……気が進まない。


「おいシスコン、大好きなお姉ちゃんが迎えに来てんぞ」


 ――そうだった。チャイムが鳴ったら素早く移動しないと、俺は別の被害に遭うんだった。どうも、三ヶ月前に遡ることで普段の調子が戻って来ない。転生でもしたかのような気分だ。

 俺は立ち上がり、周りでぎゃあぎゃあと喚く男子生徒を横目に教室を出ようとした。

 ちっ。鞄を取られたか。


「……返せよ」

「今日もお部屋でお姉ちゃんとエッチすんの?」

「しねえよ」


 溜め息を付くと、男子生徒達は楽しそうに笑う。どいつもこいつも、ガラの悪い格好をしやがって。

 つまりこいつらは、背が低くておおよそ女にはモテそうもない俺に、女の影があるのが気に入らないのだ。鞄は高く掲げられ、俺の背丈ではジャンプしなければ届きそうにない。

 ……まいったな。姉さんに見付かったら、こいつらが殺されてしまうかもしれない。


「そうだ、俺達と遊びに行こうぜ。仲良くしてやるよ」

「良いから、返せって」

「取れ取れ。取ってみろ」


 やれやれ……。言動と行動が幼いと言えばいいのか、なんというか。姉さんが心配する前にと思い、俺はポケットから携帯電話を取り出した。

 瞬間、それも奪われてしまう。携帯電話に付いて来たハンカチが、机の下に落下した。


「何々、お姉ちゃんにメール?」

「おい!」


 悪いが、この状況を続けたら危険なのはお前達の方なんだぞ。ちょっとだけ、成敗された方が良いような気がしてきたが。


「げっ!! マジやべー、こいつ電話帳にラブラブお姉ちゃんの電話番号しか入ってないぜ!!」

「おい、返せって。そろそろまずいぞ」

「あー?」


 あー、くそ。今日は厄日だ。俺の様子を伺いながら、クラスの人間はほとんど帰ってしまったし……何より、そろそろ姉さんが心配する頃じゃないか。

 瞬間、扉が勢い良く開いた。

 長い黒髪が、視界に一番初めに飛び込んでくる。

 俺もヤンキー共も、一様に扉の向こうの人影を見た。


「ここ、幼稚園じゃないから」


 ――青木、瑠璃。


「藤村君、体育の先生がグラウンドで待ってるよ? あなた、もう出席日数ギリギリなんでしょ。古谷君、中間テスト、卒業学年で赤点四つは流石に恥ずかしいわよ。桐山君、あなた達のお陰で日直が仕事しないで帰っちゃったから、これから私が残りをやるから」


 人差し指をヤンキー共にびし、と突き付けると、委員長は言った。


「出てって」


 ……物凄い剣幕だ。その気迫に怖気付いたのか、ヤンキー共はぶつくさと文句を言いながら部屋を出て行った。俺は返された携帯電話で素早く姉にメールをする。

 ごめん、先生に捕まっちゃったから、少し遅れそう……と。

 送信ボタンを押下した。

 携帯電話を閉じると、着信音が鳴った。


『うん、わかった! 待ってる』


 返信速過ぎだろ。


「ふー……」


 溜め息をついて、委員長は本当に机を整頓し始める。俺は慌てて、委員長に習った。


「て、手伝うよ」


 俺の言葉に委員長は首を振って、すう、と透き通るような瞳で俺を見詰めた。


「お姉さんの所に、行ってあげたら」


 ――なんて、格好良い人なんだろうか。前回も、最終的に助け舟を出してくれたのはこの人だったけど――その男気溢れる美しさに、俺は見惚れてしまった。

 いや、男気というのは少し失礼だけれど。


「じゃ、じゃあ、お言葉に甘えて……」


 俺は鞄を背負い、校門前に居る姉さんを迎えに行こうとした。


「穂苅君」


 扉を開けて教室を出ようとした瞬間、委員長は俺に話しかけて来た。何事かと思い、俺は振り返る。

 委員長は――青木瑠璃は、悲壮に満ちた、あるいは怪訝な表情で、その場に立ち尽くしていた。

 その様子に、既視感を覚えた。

 この光景は、見たことがある。本来の予定ならば、二ヶ月後に俺は日直で青木瑠璃と当たり、二人で日直の仕事を終えた後に同じ状況になる。

 まさか、こんなに早く? 俺は喉を鳴らして、その言葉を待った。


「――本当に、お姉さんと、うまくいってるの?」


 来た。心臓の鼓動が速まる。

 前回の俺はその言葉に俯いてしまい、何も喋る事ができなくなってしまう。そうすると、委員長は俺をクラスの輪に溶け込ませるように努力を始める――……

 ……どうしよう。


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