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ヤンデレ姉さんに○されたら考えるべき10のこと  作者: くらげマシンガン
▼第四章 俺が予想も出来なかった二階堂レイラの問題について。
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つ『二階堂レイラは合宿場所を紹介するか』 前編

 八月二日、夏休み。

 じわじわと迫るような蝉の声が耳をくすぐる。照り返して恐ろしい温度になっているアスファルトに旅行鞄を置くと、俺は空を見上げた。

 気温、三十四度。こんな日に東京都になんて来るもんじゃない。タオルで汗を拭いても、止めどなく溢れてくる。青木さんに呼ばれ、噎せ返るような湿度と気温の中、人を待っていた。

 鞄を背負っているのが辛くなってきたので地面に降ろすと、アスファルトの温度を感じる。


「うーん、暑いね、純くん」


 勿論、姉さんも一緒だ。まさか、姉さんのハイエースに再び乗る事になるとは思わなかった。

 そんな姉さんは、今日は五月の引っ越しを彷彿とさせるノースリーブにホットパンツで、サングラスを掛けていた。姉さんみたいな体型の人間がボディラインの出た服を着るもんだから、周囲の視線を独り占めだ。

 俺は……まあ、お察し。俺と姉さんの関係を知らない人間から見れば、俺はただの冴えない彼氏だ。


「……そうだね」

「どうしたの?」

「いや……」


 胸元を掴んでバタバタしないで欲しい。生けるエロスだ、この人は。

 姉さんは俺の様子に気付いたのか、急に嬉しそうな顔になり、表情をほころばせた。……本当に勘の良い人だな。


「何々? お姉ちゃんの魅力にクラクラしちゃった?」

「してないよ。してないから」

「嘘だあ。じゃあ、ちゅーして」

「しないから!」


 はあ……まいったなあ。早く誰か来ないかな。

 今日は、薄手のジーパンに半袖のシャツという簡素な格好なのだ。姉さんのフェロモンに当てられると、……困る。色々と。

 あれ? 姉さんがいつの間にかあんなに遠くに……あ、戻って来た。両手にアイスを持っている。


「はい、純くん。バニラだよー」

「お、ありがと」


 少し早く来過ぎてしまったのだ。

 都内を車で、ましてハイエースで来るのは大変だから、早めに出ようという相談をしたのだ。結果、こうして俺達は電車組よりも遥かに早く到着する事となり、ここに立っている。

 今更ながら、姉さんの車移動のスピードの速さを感じる。普通に道路を走っているだけで渋滞にも巻き込まれる事はあるのに、どうしてこんなにも早く到着できるのかさっぱり理解できない。

 姉さんはバニラアイスを……なんかしゃぶるように舐めていた。

 あああもう早く誰か来ないかなあ!!


「きゃっ、あーん、溶けて服に付いちゃう」


 いや、絶対わざとだろそれは!! そうなる事を見越してバニラにしただろ!!


「……ちっ。やっぱり家に向かえば良かった」


 俺はすかさず振り返る。杏月が腕を組んで、鬼のような形相で俺と姉さんを見ていた。当初のような妹らしさは既に何処にもなく、ぱっちりとしたメイクに蜘蛛の巣レースのタンクトップ、水玉模様のハイウエストミニスカート。両手の真っ赤なマニキュアが毒々しさを際立たせている。

 ……銀色の首輪も非常に目立つ。あと、ヒールが高い。

 段々と、と言うのか、最早遠慮は全く無かった。


「杏月。もうちょっと、静かな格好をさ……」


 俺が窘めるように言うと、杏月は小悪魔っぽい笑みを浮かべて、モデルばりのポーズを取った。


「どう? 似合う?」


 すかさず姉さんが俺の前に出て、壁を作った。……ホットパンツの尻が。


「純くんに変な格好を教えないでよ」

「あんたの方がよっぽどエロい格好でしょ! 何言ってんの」


 ……青木さんか美濃部か、早く来ないかなあ。あ、越後谷でも良いな。


「うおお!! レベル高え!! マジヤバくね!?」


 うるさい奴が遠くから近寄りながら叫ぶように言って、何やらショックを受けていた。

 君麻呂は青メッシュの入った茶髪という、やたらと目立つ髪をしている割に、服装はただのシャツとジーパンだった。

 お前かあー。……君麻呂、お前はあんまり呼んでなかったなあー。

 おそらく今日揃う面子の中で、最もうるさい奴等が揃ってしまったなあ……。


「……あれ? 純くん、そちらは?」


 姉さんが腰に手を当てて、前屈みに俺を……ああもう、見るな俺!! そんなもんに付き合ってたらキリがないぞ!!


「あー……えっと、B組の葉加瀬君麻呂。こないだメンバーが足りなくなった関係で、一人補充されました」


 君麻呂はなんか後ろ体重になって、姉さんと杏月に左腕を向けた。


「――葉加瀬、君麻呂だ」


 ……何ですか、そのポーズは。アニメの影響かなんかですか。

 やはり、杏月が気持ちの悪そうな顔をして、眉を動かしながら俺の袖を引いた。


「ねえ、誰、このキモいの」

「だから、君麻呂だって」


 君麻呂は杏月に近付くと、前歯を突き出してキモ面白い顔になった。瞬間杏月が息を呑んで、俺と君麻呂から一メートル程離れた。


「んだよ。美人でもギャルは嫌いなんだよ。俺ちゃんに近付いてんじゃねーぞコラ」

「んなっ!? ちっ、近付いて来たのはあんたでしょ!?」

「ああん? テメー誰っだよ」


 くちゃくちゃとガムを噛む仕草をしながら、君麻呂がポケットに手を突っ込んで杏月に詰め寄る。勿論ガムなど噛んでいないが……仕方なく、俺は割って入った。


「杏月だよ。穂苅杏月。妹」

「ハア!? 妹オ!? いや有り得ないでしょー、これは妹じゃなくてビッチでしょ」

「うっさいわね!!」


 動揺してるなー、杏月。得意じゃないんだろうな、こういうタイプは。姉さんは対照的に、至って落ち着いた笑顔で君麻呂を迎えた。さらりと亜麻色の髪を撫でると、君麻呂の表情が固まった。


「こんにちは、初めまして。葉加瀬くん……ね? 弟がいつもお世話になっています」

「……姉? あ、噂の?」


 こんな時だけ、非常に格好がよろしい。

 君麻呂は完全に石化し、フリーズしていた。……なんか、嫌な間だな。姉さんに惚れたとか言い出さなければ良いんだけど……


「……ああ。どもっす」


 普通だ――――!?

 少し気さくに、君麻呂は姉さんに挨拶した。最早、普段のキモ面白い態度が標準になってしまい、普通の対応をされると逆に気持ちが悪くて仕方がない。

 何を考えているのだろうか。ただでさえ面倒事を呼ぶ男だ、姉さんを絡めて更に面倒な事にはなって欲しくない。

 ならば、先手を打たなければ。俺は君麻呂に近付いた。


「……分からないなら言っとくけど、姉さんには近付くなよ」


 君麻呂は少し照れ臭そうに、俺の袖を引いてきた。


「……ちょっと……母さんに……似てた。デュフフ」


 やめろよ気持ち悪いよどうしてこんなにこいつは終始気持ち悪いんだ。絶句してしまい言葉も出なくなった俺は、そそくさと君麻呂から距離を取った。

 何なんだこいつは。実はマザコンだったとか、そういうのだろうか。俺が引いている事に気付いたのか、君麻呂は、くわっ、と憤怒の表情になって――ちっとも怖くはないが――憤慨していた。


「変な意味じゃねーよ!!」

「じゃあどんな意味だよ!!」

「俺様の超秀逸なギャグが理解できないとは……マジないわー。駄目過ぎてスライムプルップルだわ」


 誰も理解出来ねえよ。何の関係があるんだ、スライム。

 杏月が俺の腕を引き、距離を詰める君麻呂から引き剥がす。


「やめて駄目私こいつ生理的に受け付けない!! 無理!!」


 ……気持ちは分かる。


「んのクソビッチがァ……俺の純に何ベタベタ触ってんだよ。こっちおいでえェ? デュフフ」

「ひいいいい!? 無理無理無理!!」


 …………気持ちは分かる。非常に。

 本当に君麻呂ってどんなキャラ付けを狙っているのか、さっぱり分からない……。


「穂苅君!」


 呼ばれて振り返ると、オレンジ髪に赤いリボンをした小柄な娘が、俺の下に駆け寄ってきた。……良かった。静かな奴が来た。

 美濃部立花は、フリルの付いたピンクのフレアスカートに、同じく薄桃色の半袖シャツ。メンバーの中では一番問題の起きない性格と立ち位置なので、俺は安堵して美濃部に近付く。

 背が低いから、近寄るといつも上目遣いになることも、俺としてはポイントが高い。


「早いね。私、一番乗りかと思ったのに」

「ああ。俺と姉さんは先に来ないと、遅れたら皆の出発が遅れちゃうからね」


 というのは、後付けの理由だったが。

 美濃部は小さな鞄から包みを取り出して――あれ? そういえば、美濃部の荷物は――と思ったら、後ろにやたらと大きなキャリーケースを転がしていた。

 ……海外旅行か。


「ほっ、ほっ、ほか――穂苅君」


 見るからに挙動不審になっていた。……どうしたんだろう。


「な、何?」

「あっ、あっ、あ―ーのね……クッキー焼いて、来た、の。あとで、一緒に食べよう」


 メンバーの中では最も白い肌を服と同じ桃色に染めて、美濃部は挙動不審にそう言う。

 何でだろう。美濃部を見ていると、なんか頭を撫でたくなるんだよな。別に美濃部がどう、という訳では無いはずなんだけど……

 欲望のままに美濃部の頭を撫でると、美濃部は――

 うっとりしていた。

 ……可愛いな。


「い、妹まで居るのか……。俺、完敗じゃね……」

「違う!! 妹は私!! それは純のクラスの美濃部立花!!」


 君麻呂が無駄なショックを受けていた。杏月のぶっきらぼうな言葉に、美濃部がショックを受けて萎縮する。


「あ、あれ……? あ、あ、杏月ちゃんって、こんなんだったっけ……」


 まあ、なあ。学校では結局夏休みまでツインテールだったし、プライベートの外見を知った衝撃は大きいだろうな。その杏月は腕を組んで、汗一つかかずに溜め息を付いていた。

 意外と、暑さには強いのかもしれない。そういえば、風呂場で事件を起こした時も全然平気そうだったしな。

 遠目に、黒いポニーテールが揺れているのが見えた。おお、青木さん!

 爽やかな白基調の襟付きシャツに、女性物のボディラインがはっきりしたブルージーンズ。山にでも登るのかといったような鞄を背中に背負って……何でサンバイザーなんだろう。趣味だろうか。

 手を振りながら俺達の下に駆け寄ってきた。


「ごめーん、皆早いねー」

「おはよ、青木さん。時間ぴったりだね」

「うおおう穂苅君っ!? おはようっ!?」


 俺が声を掛けると、青木さんは仰天して飛び跳ねた。

 ……え、何? 挨拶したらまずかった……?


「おい穂苅、お前からもおばさん臭いって言ってやれよ」


 えええ越後谷どっから出て来やがったァァ!!

 気が付けば越後谷が俺の後ろに……怖すぎるわ!! 俺が絶句しているのにも関わらず、越後谷は面倒臭そうに俺の様子を伺っていた。青木さんの後ろに居たのだろうか。気配消しすぎだろ。

 越後谷はこのクソ暑い時期にも真っ黒なタンクトップに同色の黒いジーンズで、相変わらずの金髪だ。いつものようなゴテゴテした派手さはないが、つくづく黒しか着ないのだなあ、と思う。

 青木さんを見ながら、越後谷はぶつぶつ呟いていた。


「サンバイザーってさあ……。それはないだろ……」

「越後谷うるさい!! 仕方ないでしょ、帽子持ってないんだから!!」


 そういう理由なのか。……持ってないのか。相変わらず、厳しい生活をしている人だ。

 確かに、あまり金を出し惜しみせずにファッションを楽しんでいそうな杏月や美濃部とは裏腹に、青木さんの格好は極めて地味だ。これから旅行に行くから、という事もあるが。

 そう、事の始まりは青木さんの一言から始まった。


『学園祭が近付いているし、夏休み中に一気に進めちゃいたいから、合宿やります!』


 反論はなく、一瞬にして合宿は決まった。部活でもないのに合宿とはこれいかに、という思いはあるが。

 特にそれ以上のエピソードも無いので、語る事は少ないのだが。そういえば、俺達には何も相談されなかったけれど、青木さんは場所を何処に決めたのだろうか。あまり資金の確保できない青木さんの事だから、安い場所を確保出来たのだとは思うけど……

 あ、でも水着を持って来てくれと言われたので、海の近くであることは間違いがない。

 皆、それぞれ楽しそうな顔をしている。美濃部は浮ついているし、君麻呂はいつもだが――……。越後谷は普通だった。


「青木さん、青木さん」

「うん? 穂苅君、どうしたの?」

「皆揃ったから、向かおうよ。姉さんに場所、教えて貰えれば」

「あ、それはね――……」


 ――その時だった。

 近くに猛スピードで急ブレーキを掛けた車が現れたかと思うと、扉を開いて数名の黒スーツの男達が出て来る。皆一様に屈強な身体つきで、サングラスを掛けていた。

 俺達は全員驚いて、その黒塗りの車を見てしまった。……青木さん以外。


「……オイ、瑠璃。お前、場所は確保したって言ってたよな。まさか」


 越後谷がいつになく、滝のように汗を流して狼狽うろたえていた。青木さんは特に越後谷の様子に気付く事もなく、にこやかに笑顔で人差し指を立てた。


「そうそう、そうなんだよ。丁度都合良く、別荘を貸してくれるって言う人がいて――」

「お前のチョイスはやっぱり――――最悪だ!!」

「ふええ!?」


 越後谷が青木さんの胸倉を掴んで、叫んだ。全く意味を理解していない青木さんが、越後谷の態度に少し慌てていた。

 ……仮にも女性の胸倉を、よくもまああっさりと掴むものだ……。やっぱり、幼馴染たる所以だろうか。

 夏場に似合わない黒スーツの男達の中から、背の高い――姉さんと同じくらいか、少し低い程度だろうか。女性が顔を出した。


「やっぱり、高貴な人間には巻き髪よね。お父様にお願いして正解だったわ」


 金髪を巻いている。……ものすごく巻いていた。あれが、縦ロールというモノだろうか。外国人みたいな顔付きで、肌は美濃部と同じくらい白い。

 瞳が青いから、やっぱり外国人なんだろう。

 何よりも印象的なのは、その高い背と長い脚のわりに、胸が無い。

 お嬢様らしい、ビシッとした襟付きのシャツの上からでも分かるくらいに、圧倒的に足りなかった。胸が。

 その娘は、半袖の襟付きシャツと高そうなロングスカートを身に着け、懐から扇子を取り出して広げると、


「――ごきげんよう、みなさん」


 ……高らかに、そう言った。


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