表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ヤンデレ姉さんに○されたら考えるべき10のこと  作者: くらげマシンガン
▼第三章 俺が知らない越後谷司の真実について。
47/134

つ『いつかの未来に戻れるか』 前編

『はい、穂苅です――』

『姉さん!! 頼む、今すぐ家から出て来てくれ!!』


 確信に変わった事が、一つだけあった。

 神様こと、シルク・ラシュタール・エレナは俺の携帯電話を通して、巻き戻った時間の中にヒントを残していく事に決めたらしい、ということだ。

 どれだけ時間を遡っても、あの携帯電話に残したテキストファイルだけは記録の消去を受けない。意図されているのかどうか分からなかったが、今回の出来事でそれは計画的なものだと分かった。

 そうでなければ、『くろみのくわ』などというメッセージが俺に伝わる筈もない。

 ならば、あれは確実にメッセージだったのだ。


「――はっ!! ――はっ!!」


 ただ息を切らし、それでも前へ進む。時刻は二十三時四十分を通過し、俺の行動にもタイムリミットが近付いていた。

 あと、二十分以内。

 そうしなければ、俺は七月七日のあの日に戻る事ができないのだろう。

 ケーキは二、三日と言っていたが、戻る時間はいつもきっかり、七十二時間以内で最も時間を遡る事のできる日の朝だった。

 五月二十六日の夜から、五月二十四日の朝へ。

 六月十日の夜から、六月八日の朝へ。

 五月二十一日だけは例外で、五月二十日に戻ったけれど――……

 五月二十日が、今回の問題の『スタート』だとするなら、それは理解できる。

 戻るタイミングに正確な時間があるのかどうか分からないが、推理するならおそらく、タイミングは決まっている。

 今日を逃したら、もう七月七日には戻れない気がした。

 七月九日、月曜日。七十二時間制限なら、もうリミットは近付いている。


「純さん、どうしたんですか……?」

「何だよケーキ、気付かなかったのか?」


 走りながら、そう答えた。ケーキはまだ、俺の肩の上にいる。特にまだ異常はないようで、平然としていた。

『くろみのくわ』を『黒実の桑』だと仮定するなら、そこに残されたメッセージの意味合いを特定することは、それ程難しい事ではない。

 もしもシルク・ラシュタール・エレナが天界に居て、迂闊に俺にヒントを出すことが出来ない状態だったとして。あのタイミングで書かれたヒントとしては、妥当なようにも思える。


「気付く、ですか?」

「I shall never survive you、『私はあなたが死んだ後、生きながらえはしない』。丁寧に、元の話まで説明されたろ」

「……え? ……え?」


 俺は、藁にもすがる思いでその推理を頼っていた。もう、時を戻せるとしたらそれしか残っていなかったのだ。

 もしも、桑の花の花言葉がヒントになっているのだとしたら。そこから結論付けられる事は、一つしかなかった。

 俺は走りながら、ケーキの顔を見た。まるで何を言われているのか分からないようで、焦っている。

 ……本当、パートナーとして頼りない事この上ない。まあ、非常にケーキらしいが。


「時間を戻すきっかけは、『俺が姉さんに殺されること』じゃなかったんだよ」


 俺は立ち止まり、そう言った。駅前まで来ると、辺りを見回す。

 こんな時間になってしまっては、自殺できるポイントなどそう多くはない。

 確実に、死ななければならない。それも、派手な方法で。

 マンションの屋上から飛び降りるか――? いや、この時間帯のマンションにはセキュリティ上の問題で入れない可能性がある。四階――いや、出来れば五階以上のマンションから飛び降りなければ確実に死ぬとは言えなさそうだから、見付からないのなら無理に探すのは止めておいた方がいいだろうか。

 二十三時五十分。

 ――やばい。時間がない。

 自然と動悸は速くなり、全身から嫌な汗が出るのを感じる。人通りもすっかりなくなった駅を走り、俺はポイントを探していた。

 姉さんなら、近くまで来れば俺の居場所を特定してくれるはずだ。

 他の人間なら兎も角、あの姉さんなら。


「それって、どういう……」

「時間を戻すきっかけは、『俺が死んだ後で、姉さんが俺の後を追って死ぬこと』だったんだ」


 桑の花のエピソード『ピュラモスとティスベ』には、恋人が恋人を殺すエピソードなど出て来なかった。そこにあったのは、二人が勘違いをして自殺し合うという物語のみ。

『姉さんは俺が死んだ後、生きながらえはしない』。それが、時を戻すためのスイッチになっているとしたら。

 そう、どういった手順で俺が姉さんに殺されるのかは、大した問題ではなかった。

 たった一つの共通点は、『俺が死んだ後で、必ず姉さんも死んでいる』ということ。

 確証はない。でも、推理できるとしたらそれしかない。

 シルク・ラシュタール・エレナは、俺が美濃部との一件で失敗することを先読みしていたのだろう。

 先読みしていてくれ。そうして、俺に残したヒントであってほしいと思う。

 どうせ信じるなら、俺はそれを信じる。


「……くそ。ケーキも探してくれ、何か、なんでもいい」

「な、何を――」

「俺が姉さんの目の前で死ねるポイントだよ!!」


 車に体当たりでもしてみるか――? ……いや、この深夜で、駅前だぞ。ドライバーだって警戒しているに決まってる。死ぬかどうかはドライバーの反射神経次第になるし、確実とは言えない。

 デパートの屋上から……いや、流石にもう閉まってる。

 都合良く越後谷を殺した殺人鬼とか、現れてくれたり――……

 馬鹿か、俺は。確率がどんどん低くなっているじゃないか。


「な、何か、何か、何か……」


 ケーキが念仏のように唱えながら俺の周りを飛び回り、探していた。どうしてこの駅の周辺は、自由に出入りできる背の高いマンションが少ないんだ。

 そうだ、コンビニで包丁を――……

 時間内に俺、確実に自分を殺せるか?

 痛みに悶えて、半端な所で手を離してしまったり、しないか?

 もう、十分もないんだぞ。コンビニで包丁を買って――売っていなかったらどうする。博打にも程がある。

 ――自信がない。


「な、何もないですよ!! 純さん!! どうしましょう!?」


 時計を確認した。

 ――二十三時、五十五分。

 思わず、寒気がした。


「純くん!!」


 息を切らして、俺は後ろを振り返った。

 ……待って。……まだ、待ってくれよ。まだ、思い付いていないんだ。

 心臓の鼓動を感じる。俺は一瞬の出来事をとても長い時間のように感じ、まるでスローモーションのように姉さんの動きを捉えた。

 長い亜麻色の髪が乱れ、姉さんは俺に駆け寄ってくる。整った顔が、女神のような姿が、俺に近付いて来る。

 抱き締められたらもう、間に合わないだろう。

 ――後、百二十秒。

 やばい。

 ――やばい。

 自分の目が、大きく見開かれる感覚があった。


「――――姉さん!! そこを動くな!!」


 吠えるように、全力で叫んだ。姉さんが俺の様子に怯え、俺から五メートルほど離れた場所で立ち止まった。

 ふざけんな。

 こんな所で終わる訳にはいかないんだ。

 越後谷は絶対に、俺が助けなければいけないんだ。

 もう、時間がない。無理か? ――手段が見付からない。駄目だよやめろ終わりにしよう俺のせいでこんな誰のせいでもない頭を休めるな考えれば何処かに必ず方法は何処かって何処だよ!!

 俺はアスファルトを両手で力一杯に殴った――――


「糞があああああ――!!」


 後、九十秒。

 素手のまま、傷付いて血が流れる事にも構わず、何度もアスファルトを殴り付ける。

 見付かったのに。

 時を戻す方法は、あるのに。

 可能性があるのに。


「……純、くん」


 何でだ――――


「――――純さん!! 純さん、ありました!! あります!! あれ!!」


 ケーキが呼ぶ。俺はすぐに起き上がり、ケーキが指差す方向を見た。

 踏切。

 遠くに、電車が見える。

 駄目だ。それは考えた。駅前の踏切じゃ、電車が駅に止まる関係で衝突前に止められる可能性がある。かといって、速度の出る場所で近くに踏切なんて無かった。

 ……いや。そうか。

 立ち上がり、俺は走った。


「純くん!? どこに行くの!?」


 姉さんが俺の後を追い掛ける。

 時間も無かったので、そこまで頭は回らなかった。ケーキが発見してくれて、本当に助かった。しかし、時間が間に合うのかどうか――……

 急行電車ならば、この駅を通過して行く筈だった。

 踏切の音が聞こえ、遮断機が降りて行く。

 ――間に合うのか?

 後、六十秒を切った。

 俺は遮断機の前まで行くと、遮断機を掴んだ。


「……ちょっと、待って!! 待って、純くん!!」


 姉さんが俺の名前を呼ぶ。

 ――ごめん、姉さん。今だけは、姉さんの言う事を聞けないよ。

 電車は近付いて来る――……


 本当に、これで、合っているのだろうか?


 真実を教えてくれた訳じゃない。俺はただ、たった六文字の誰が書いたのかも特定できない『くろみのくわ』という平仮名を頼りに、推理してきただけじゃないか。

 これで、時間が戻らなかったらどうする。


「姉さん、来るな!!」

「嫌!! 嫌だよ!! だったら、何を考えているのか教えてよ!!」


 根拠も証拠もない。失敗すれば俺は死んで、――ただ、死んで、それまでだ。何も救う事はできず、ただ姉さんの泣き顔を見るだけだ。

 止めておけ、と悪魔が囁いた。たった二メートル、足を前に進める勇気が出ない。

 電車は刻一刻と、こちらに近付いている――……

 後、二十秒。

 俺は、立ち尽くした。

 博打でしかない。俺はたったこれだけの推理で、姉さんに殺される訳でもなく、自殺をしようとしている。

 腕が震える。

 ――正気か?


「……純、……さんっ……」


 ふと、俺の肩の上で苦しそうにしているケーキが目に入った。

 ――俺は。


「姉さん!! 今は何も分からなくていい!!」

「……え?」


 俺は一気に遮断機を潜り、電車の前へと出た。姉さんが驚愕に目を見開いて息を呑み、俺は姉さんに向かって振り返る。

 気持ちが悪い。全身の体温が急激に冷えているかのような、寒気を感じた。舌が乾いている。にも関わらず、額を流れる汗はその量を増していた。


「頼む」


 ――大丈夫だ。

 俺は自分を助けるために、越後谷を事故に巻き込んだ。

 自分の身近な人が死ぬことで、俺が生き延びるのならば、

 そんな未来は、いらない。

 俺は両手を広げて、姉さんの目を真っ直ぐに見詰めた。



「――――俺と一緒に、死んでくれ」



 ざああ、と電車の進む音が聞こえた。暗闇からライトが俺を照らし、俺は目前にまで猛スピードで迫る、急行電車を見ている。

 大丈夫だ。自分を信じろ。

 信じろ。

 大丈夫だ。

 ――信じろ。

 俺は目を閉じた。

 身を貫くような強烈な痛みに、俺の意識は遠く彼方へと飛んで行った。



 ◆



 どこか遠くで、鐘の音が聞こえる。

 全身を軋むような痛みが蝕み、少しだけ酸っぱいような香りが鼻をついた。

 指は一本も動かす事ができない。少しでも首を動かせば締まる位置で何かが俺の首を拘束し、呼吸もままならずにいる。

 何だ、これは?

 まさか――失敗、したのか?

 どこからか、焼け付くような焦げた臭いもした。ふわふわと浮いているような、あるいは魂がここにはないような感覚を覚えた。

 真っ暗で、視界も役に立たない。

 どこまでも沈んでいくような錯覚を覚えた。暗く深い海の底に、延々と落ちていくような。


 ――待ってくれ!!


 言葉は言葉にならず、想いだけが消えていく。声を出すことが出来ない――……

 いや、口が、ない、のか?

 指もない。……ああ、足もない。視界が役に立たないのではなく、目がないのか?

 俺は、死んでしまったのか?


 ――嫌だ。


 そんな筈はない。そんな筈はないよ。何も報われなかったなんて、そんな事はあって良い筈がない。

 なら、今この場は一体、どこなんだ?

 やめてくれ。怖い。

 誰か来てくれよ。ここから俺を連れ出してくれ。

 なあ。悪いことはしていないつもりなんだ。一生懸命に、生きてきたんだ。

 頼むよ――……


 不意に、何かが俺の肌に触れた。

 ――ああ、『肌』は、ある。撫でるように動く手のひらが、俺の存在を、肉体の感覚を取り戻してくれる。

 口もある。……なんだ、ちゃんと目もあるじゃないか。耳もある。全て、ただの錯覚だ。

 俺はここにいる。……では、誰が俺に触れているのだろう。


 ――――姉さん?


「はっ!!」


 目を覚ました。言葉を発したのは自分だったようで、まるで長い間呼吸を止められていたかのように、全身汗まみれになって肩で息をしていた。

 どこだ、ここは? 俺は今さっきまで、どうしていたんだっけ。

 辺りを見回した。まず視界に入って来たのは、真っ白な天井。広いベッドには俺一人で、リビングから静かに物音がしていた。

 隣では、ケーキが熱病に侵されたかのように、苦しそうに眠っていた。

 ……なんだ、夢か。


「……はっ、……はっ」


 ――夢なわけ、ない。


 瞬間、俺は飛び跳ねるように起き上がり、目覚まし時計を見た。

 何が夢だ!? 夢だとしたら、どこからどこまでが夢!?


「わひっ!?」


 ケーキが振動に驚いて、目を覚ました。

 目覚まし時計は裏側を向いている。俺はそっと、それを手に取った。

 手が震える。

『今日』の、日付は――……

 七月、

 ……七日。


「……七日だ」


 七日だ。

 ――――七日だよ!!



「いよっしゃあああああああっ!!」



 目覚まし時計を持ったまま、ありったけの力を込めて叫んだ。嬉しくて涙が出たのなんて、本当に久しぶりだった。もしかしたら初めてかもしれないと思えるほどに。


「――おっ!? おはよう!? 純くん!? どうしたの!?」


 慌てて姉さんが、寝室に駆け付けてきた。俺はあまりの喜びに大声で叫び過ぎて咳き込んでしまった。それでもすぐに冷静になり、現状を確認する。

 時刻、十三時ちょうど。

 そうだ。土曜日は、昼まで寝ていて――……。

 時間がない。


「姉さん!!」


 姉さんの肩を掴むと、姉さんは俺の奇行にかなり驚いていたようで、口を半開きにして目を丸くしていた。

 構わず、俺は言う。


「車を、出して欲しい」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ