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ヤンデレ姉さんに○されたら考えるべき10のこと  作者: くらげマシンガン
▼第三章 俺が知らない越後谷司の真実について。
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つ『I shall never survive youを唱えるか』 前編

 七月九日、月曜日。真夏の猛暑の予兆を感じさせる、最高気温二十八度のよく晴れた日。俺は美濃部と会うため、某待ち合わせ場所の前まで来ていた。

 事件が起こったのが土曜日だったのは、俺にとっては好都合だった。もしも美濃部が学校に行っていたら、俺は一歩早く、出来事が起こった次の日すぐに美濃部に話しかける必要があった。

 そうして時を繰り返した後で、事件の日までに『起こっていない事件』のことを調べなければならなかった。日曜日を通過する事で、俺は起こった事件の跡を調べる事ができた。

 これは、不幸中の幸いと言えるだろう。

 俺は時計を確認した。……五分前。そろそろ、美濃部が現れる時間だろうか。


「……純さん、本当にやるんですか?」

「何言ってんだよ。ここまで来たら、やるしか無いじゃんか」

「そ、それはー……確かに、そうですけど……」


 俺の格好は、白い半袖のボタンシャツに、ブルージーンズ。

 ――そう、これは『去る六月二十日』の格好を半袖にしただけという、非常に簡素なものだ。俺は姉さんによって巻き戻った六月二十日を、もう一度再現しようとしている。

 火炙りにされるのは、本当は避けたいが。俺が意図して暴走を引き起こす事が出来た、唯一の方法なのだ。

 こんな事なら、美濃部とのデートについて事細かくメモしておくべきだった、と少し後悔する事になった。確か、最初にケーキ屋に入るんだったよな……。


「穂苅君!」


 俺が携帯電話を構えて細かい事を考えているうちに、美濃部は現れた。

 ――あれ?


「ごめん、待った?」

「……いや、そこまで待ってない、けど」

「え? 私、何か変かな」

「いや、変じゃない、変じゃない」


 ……普通だ。

 今日の美濃部の姿は、白基調の肩が出たワンピース。赤いリボンはいつも通りで、花柄のサンダルを履いていた。長袖の時には目立たなかった小さな腕時計が、やたらと光って見えるが――……

 特に、それ以外に気合いを入れた化粧など、している様子はない。

 俺はデートに誘ったつもりだったのだが……。仕方ない。一応、きちんと再現をしよう。


「すごい可愛いなって思って、見てたよ」

「――あっ、あっ、あり――がとう」


 この掴みは、割りと良い方だろうか?

 そう思ったが、美濃部はすぐに顔を上げて俺を見た。恥ずかしそうに顔を赤らめたのは一瞬で、美濃部はにっこりと俺に笑うと、言った。


「行こっか!」

「……あ、ああ」


 楽しそうではあるが。

 胸の下の方が、モヤモヤと嫌な感覚になった。死神に片足を掴まれたような気がして、俺はぎこちない笑みを浮かべる。

 夏だというのに、冷や汗をかいていた。

 まず、間違いなく言える事がある。

 ――美濃部は今日俺と会うことについて、初めてのデートだという認識をしていなさそうだ。

 唐突な話だったから、そう認識されなかったのか? 前回は美濃部の方から誘ってきていたから……。考えてみれば、少しおかしな話だろうか。月曜日に学校をさぼって会うなんて、どちらかと言うとデートと言うよりは、難しい相談があるとか、そういう危機感を覚える内容を想像するかもしれない。

 ……いや、これはデートなんだ。今日はそのつもりで来たんだ。


「じゅ、純さん」


 ケーキが俺の名前を呼ぶ。分かってるよ。前回のようには行かなさそうだ。

 俺は頷いて、前を歩く美濃部の左手を後ろから掴んだ。驚いて、美濃部が俺を見る。


「買い物なんか、どうだ? バイトしてないから、金はないけど」


 確か、こんな感じの台詞だった筈だ。

 どうだ。流石にこれなら、美濃部だってデートだと思わざるを得ないはず――……

 美濃部は顔を真っ赤にして、繋がれた俺の右手を見た。掴みは上々だ。美濃部にデートだと思わせないと、今後の展開が変わってしまう可能性がある。

 大丈夫だ。俺なら出来る。人の命が掛かってるんだ。


「大丈夫、私、バイトしてるし。そうだ、デパートの中にね、ケーキ屋さんがあるの。奢るよ、私」


 ――どうして、こんなに気楽なんだ。

 なんで?

 どうして?

 一体どこで、何を間違えた?

 美濃部とこうして二人で出会うのは、美濃部にとっては初めてだ。緊張して当たり前。間違っても、美濃部の吃音症が聞けないなんて状態になってしまう事はない筈だ。

 展望タワーに行けなくなってしまったら、確実にシナリオは逸れてしまう。


「――穂苅君?」


 俺はハッとして、俺の顔を覗き込む美濃部を見た。怪訝な表情で、どちらかと言うと心配そうに俺を見ている。

 ウエーブの掛かったオレンジの髪に隠れた眉を、少しだけ歪めていた。


「大丈夫? 調子、悪い?」

「あ、いや、大丈夫だよ。そうだね、ケーキ屋さんに入ろう」


 ……何やってるんだ。俺がこんな状態では、美濃部だって楽しめないに決まっているじゃないか。

 自分の使命が頭の中で先行してしまい、自然に美濃部と接する事ができていない。些細な事を気にし過ぎて――……

 そうだ。こんな事、些細な事じゃないか。まだ、何をきっかけに姉さんが暴走するのかもはっきりとしていないのに、美濃部の一挙一動にいちいち怯えていたのでは話にならない。

 大丈夫だ。今日一日を美濃部と過ごせば、きっと時間は戻る。姉さんが前と同じように俺を火炙りにして、この時間はそれで終いだ。

 きっと、大丈夫。



 ◆



「……それで、新しい犬を飼い始めたんだって。でも、やっぱり前の犬とは違うってことを余計に意識しちゃうみたいで、寂しさは埋まらないらしいよ」


 美濃部の希望する乙女ケーキ屋さんに入った後は、予定通りに映画を見て、遅めの昼食を食べる。美濃部はそれきり何を聞くこともなく、俺たちは『ごく普通に』デートをしていた。

 そうして、前回と同じベーグル専門店に俺は美濃部を連れて行く。

 初めてのデートという雰囲気ではない。美濃部はこなれていて、まるで既に何度か俺と二人きりで会っていたかのような落ち着きぶりだった。

 俺にとっては二回目なので、そこまで慌てる事もなかったのだが。何より、越後谷の件で素直にデートを楽しむような気分じゃなかったという事が大きい。

 それより問題なのは、美濃部の方だ。


「そうなんだ。うちは犬とか飼ってないからなあ……あ、でも親父が大型犬を飼い始めたらしいよ、なんだっけ、アフガンハウンド?」

「あ、それ知ってる! 可愛いよね、抱き締めてもふもふしたい」


 こんなにも『普通』であることは、初回の慌てぶりから考えると、あり得ないことだ。そもそも俺と話すということにすら、それなりに抵抗があった筈なのに。

 美濃部と二人でじっくり話してみると、ちゃんと美濃部は今日をデートだと認識しているらしい、ということは後で分かった事なのだが。それならば、どうして慌てていないのか。

 手を握るのも、すぐに慣れてしまったようだし……。


「あんま勧められないけど、今度実家に遊びに来る? 触らせて貰えると思うよ」

「勧められないの?」

「親父がちょっと、大変に特殊な人でね……」

「あ、頑固親父、みたいな?」

「いや、そういう訳じゃないんだけど……」


 美濃部は屈託のない笑みで、俺の前で手を振った。


「あー、わかった! お姉さんというものがありながらー、とか、実の父に言われちゃうんでしょ」

「それはないって! 絶対ない。ハズレ」

「えー、絶対そうだよ。立花のパパも、穂苅君を見て『姉離れが出来ていない』とか言ってたもん」


 ……立花?

 ふと発された自分の言葉に、美濃部は顔を赤くして俯いてしまった。珍しいな、美濃部が自分のことを自分の名前で呼ぶなんて、あまりないことで。

 美濃部は俺から目を背けて、身体を硬直させた。


「……ごめん」


 ……何故、謝る。


「いや、俺は別に」

「……く、癖――なの。自分の事を自分の名前で呼ぶなんて、子供っぽいからやめろって、いつもパパに言われてるんだけど。きっ、気――が緩むと、つい出ちゃうの」


 俺は美濃部にツッコミを入れるような間柄ではないけど、弄り甲斐のある性格してるよな、美濃部って。すぐ顔を赤くして、黙り込んじゃうし。


「どもりみたいに?」

「そっ――そっ、そっ、そんな、そんなことないもん!! どもってないもん!!」


 思わず、笑ってしまった。


「どもってるじゃん」

「……そ、だね……」


 何だか、思ったよりも癒される。不思議な空気を持つ少女だと思った。事情を知らないからなのは分かっているが、美濃部には不幸な現実を教えたくないとさえ思ってしまう。

 何度でも、この時間を繰り返したいと思うような――

 後で死ぬ時に、いつもその痛みに絶望するんだ。その手前で、これくらいの幸福があったって良いだろう。


「穂苅君、あのね」


 美濃部が顔を上げて、言った。


「ちょっと行きたいところあるんだけど、いいかな」


 俺は、思わず聞き返しそうになってしまった。

 本当は適当なところで切り上げて、俺が言うつもりだったのに。ベーグル専門店、場所もタイミングも前回とほとんど同じだった。美濃部は立ち上がり、俺の手を握った。


「行こう!」


 美濃部は走り出す。俺は美濃部に手を引かれたままで、美濃部と足並みを合わせた。

 ――その光景に、今一度既視感を覚えた。

 そうだ。俺は一回目も美濃部に、展望タワーに連れて行かれた。手を引かれるままに、展望タワーの上へ。

 エレベーターを上がっている最中に、美濃部に身体を寄せられた。


「ね、穂苅君。展望台って、見たことある?」


 前と、同じ質問だ。俺は都合三度、美濃部とここに来ている計算になる。

 今まで、そんな事にも気付かなかったなんて。


「……いや。一人じゃあ、あんまり行く機会、無かったから」

「私も初めてなの」


 ならば、これで俺の目的は達成したのだろうか。答えは家に帰って、姉さんの様子を見るまで分からないが――……。

 エレベーターの扉が開くと、沈み行く太陽に美濃部が歓声を上げる。ここまでは、前回と同じ。だが、そこから先が違う。

 何故なら、美濃部はここで気合いを入れた告白をする訳でもなければ、海外に行くことになり、俺に別れを告げる訳でもないからだ。

 美濃部は振り返り、俺を見る。


「すごいね、穂苅君」


 ――普通だ。

 そこに、何のしがらみもない。

 いっそのこと、越後谷の事を今この場で話してしまおうか、なんて少し思った。青木さんとはそのように約束したし、俺の口から話しても何の問題もない。

 どうして、わざわざ美濃部とのデートをぶち壊す必要があるんだ。

 何も問題ない、俺の目的は全て達成されたじゃないか。

 ならば――


「なんか、不思議だね。穂苅君とこうしていると、まるで何度も二人でデートしたみたいな、そんな気分になるの」


 えっ……?


「……ごめんね、気のせいだって分かってるんだけど。初めてなのに、何だか妙に落ち着いちゃって」


 今日、美濃部がすっかり落ち着いていた理由は。

 偶然だろうか? ……もしかしたら、偶然の可能性もある。何度か出会っているうちに、美濃部が俺に慣れてきて、こんな事を言っているという可能性はある。

 でも。


「私、ここで告白するような、そんな気がして。ちょ、ちょっと――……、舞い上がっちゃった」


 そんな『予想』を、せずには居られない。

 何度も繰り返すたび、違う結果を描いていく世界。もしもそれが本当ならば、考えなければならないこともある。

 神様の言っていた、『時間を遡る事によるリスク』についても、何となく問題点が把握できる。

 人々の中に、記憶されない経験のようなものが蓄積されているのだとしたら。

 ――俺は。


「でも、今日は告白しない」


 美濃部は、落ち着いていた。

 夕日を背に、表情を影にして、はっきりと、前回とは違う展開を作り出した。


「その方が、良いような気がするから」


 今更気付いても、もう戻れない。

 俺はどうすることもできず、ぎこちない笑みを浮かべた。美濃部は俺の様子を確認すると、辛そうに笑った。


「……なんでかな。ちゃんと話すようになって、全然時間も経ってないのに。私ばっかり、どんどん、好きになっちゃう、気がして」


 俺だけが、美濃部の気持ちを何度も受け止める。美濃部は俺に気持ちを打ち明ける記憶を失う。

 初めての告白は、いつまでも初めてのまま。

 ……これっきりだ。

 こんな事をするのは。

 美濃部は俺をすり抜けて、エレベーターへと向かう。

 何度も失われていく日を、もう一度繰り返す。そうしてほんの少しだけ、違う未来を。


「――またね」


 繰り返して――……


「シスコン」


 そう言って、去って行った。

 ――おいおい、ちょっと待てよ。もしもその人の中の記憶が完全には消えないのだとしたら、俺は美濃部の気持ちを何度も悪戯に弄んでいるという事になるのか?

 この時を戻して、美濃部の様子が変わっていたら、俺はどうしたらいい。

 未来を変えるために美濃部を利用していました、なんて事を話せる訳がない。何故か妙に仲良くなったまま、また同じ時を繰り返すのか。


 言い訳すら、出来ないのに。


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