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ヤンデレ姉さんに○されたら考えるべき10のこと  作者: くらげマシンガン
▼第三章 俺が知らない越後谷司の真実について。
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つ『連続通り魔の犯人を追えるか』 後編

 なんとなく、俺に見せている態度の一つ一つを全くコントロールできない姉さんが、どこまで本音で俺と接しているのかが気になった。

 何が姉さんにとってのまことで、何が嘘なのか。

 考えたって、答えが出ることではないけれど。


「姉さん、帰ろう。今は様子を見よう」

「……うん」


 俺達は車に乗り込み、姉さんは車を発進させる。

 青木さんは、美濃部に話さないでいてくれるだろうか。

 もしかしたら、それが俺の切り札になるかもしれないのだから。



 ◆



 その日の夜、越後谷司が息を引き取ったと青木さんより連絡が入った。どのようにも反応できなかった俺は、「そうか」とだけ呟いて、青木さんと通話を終えてしまった。思考の整理が付かず、姉さんも特に何もコメントせず、七月七日を終えた。

 七月八日、日曜日。六時五分に目覚めた俺は、すぐに立ち上がり、身支度を始める。

 越後谷司を助け出す方法は、たった一つ。今から四十八時間以内に時をループさせ、越後谷が生きている『過去』に戻ることだ。

 今回は美濃部の一件と違い、どこで事件が起こったのか、犯人は誰なのか、動機は何故なのか、一つも分からない。状況は前よりも悪いと言える。

 だが時間と場所、車のナンバーまで特定できれば、青木さんと越後谷の両方を助ける事も可能なはずだ。


「ごちそうさま、姉さん。……ちょっと、出掛けてくるね」


 姉さんは、俺が何かを起こそうとしている意思に気付いたのか、


「……わかった。夜までには、帰って来てね」


 俺にそう伝えた。俺は頷いて、食べ終えた朝食の食器を片付けて外へと出る。


「……さて、っと」


 四十八時間以内に姉さんに殺されなければならない以上、時間は目一杯節約していかないと間に合わない。俺が何時にどこに現れて、どのように問題を解決しなければならないのか、道筋を立てなければ。

 ……まずは、青木さんに当時の状況を聞く事が先決か。


「あ、あの、純さん」


 ケーキがおっかなびっくり、俺を咎めるような態度に出た。……まあ、ケーキも曲がりなりにも神の使いだからな。神様の言う事は絶対だろうし、抗う手段もないのだろう。


「なんだ、ケーキ?」

「お、お気持ちはわかりますが、神様が……」


 俺は目を細め、薄笑いを浮かべてケーキを見た。


「何言ってるんだ? 俺は何も考えてないよ」


 ケーキは渋々と、俺の後頭部にしがみついた。悪いが、こればっかりは何があっても止まれない。

 俺は携帯電話を開き、例のメモを見る。死ぬのはこれで五回目になるか――……。

 ……あれ? テキストファイルのスクロール、もう少し先があるぞ。こんなに長いテキストにしていた覚えはないけど……

 最後の記述から遥か下まで、テキストファイルをスクロールした。


「……くろみのくわ?」


 ……黒……みの……鍬? 平仮名で、そのように書いてあった。漢字もないので、どこからどこまでが単語なのかも分からない。


「純さん。これは……」


 俺は、こんな事を書いた覚えはない。俺以外の第三者で、この携帯電話に介入できて、パスワードを知っている者だけが辿り着くことが出来る。

 ……ならば、これは神様が書いたもの……か? おそらくそうだ。俺は外では基本的に肌身離さず携帯電話を持っているし、姉さんが俺の携帯電話を開いてこんな事を書くとは考え辛い。

 失われた、六月十九日の記憶を持っている携帯電話。

 ……あまり、普通の事態ではない。


「まるで、暗号だな……」

「あの、もしかして、これは」


 俺はケーキの口を塞いだ。意識していれば神様は常に俺達を監視することができるというのは、前に聞いた。もしもこれが神様――シルク・ラシュタール・エレナの与えたヒントだとするなら、無闇に口に出さない方がいい。

 ……本当に、神様っていうのは何を考えているのか、分からないもんだな。

 俺は静かに、ポケットに携帯電話を戻した。

 くろみのくわ。

 どういう意味なのだろうか。


『……お察しの通りかもしれませんが、私は今、天界に居ます。滅多なことは言えません』


 俺が姉さんの目を逃れ、彼女を作る。姉さんが俺の事を諦めれば、二人は幸せになれる。俺は生き延びる事ができるし、姉さんも暴走する事はなくなる。

 ……あー、くそ。

 何か、大切な事を隠されている気がしてならない。

 これが、天界に居て滅多な事が言えないシルク・ラシュタール・エレナの回答なのか?

 俺に一体、どうして欲しいんだ。


「あーもー、わっかんねえっ!!」


 どうせヒントもないんだ、考えたって仕方がない。今は越後谷を助ける事が先決だ。

 青木さんと越後谷の最寄り駅、どこだったかな。ここからどのくらい掛かるのだろうか……

 ふと、電話が掛かってきた。再び携帯電話を取り出し、コール先の人物を確認する。

 ……杏月?


「もしもし、杏月?」

「あ、純? 今、どこにいる?」

「まだ家の近く、だけど。どうしたんだよ、こんな時間に」

「越後谷が事故に遭ったんだって?」


 ……何故、知っている。


「毎度思うが、お前のその情報収集能力はどっから来るんだ」

「企業秘密。で、状態はどうなの? 危篤状態で病院に運ばれたって聞いたけど」


 そうか。まだ、そこまでは話が回っていなかったか。……判明したのは、昨日の夜だ。当たり前と言えば、当たり前かもしれない。

 言いふらしているみたいで、あまり気が進まないが。


「……あまり、こんな事は言いたくないんだが」

「ん、言わなくていいよ。わかった」


 いつも思うが、杏月も察しが早い。


「で、純は今、どうしてる?」

「……事件の犯人、まだ捕まってないんだ。現場の状況と、犯人の車を知りたいなと思って」

「そっち行く。三十分ちょうだい」

「事件が起きた駅、どこだか分かるか? できれば、そっちで待ち合わせたい」

「あ、それはね……」


 杏月と待ち合わせたのは、それから一時間後。青木さんと越後谷が会っていたという駅で待ち合わせた。杏月は七月らしく、へその出たシャツにミニスカート。生足の下はサンダルだ。

 俺が到着する頃には既に待っていたようで、杏月は俺を見付けるとセミロングの髪を左手で撫でて、携帯電話を操作する手を止めた。指を広げて、俺に手を振る。


「純、やっほー」

「……おう」


 杏月はいつもと変わらない様子で、俺に駆け寄ってきた。俺の背中を叩くと、微笑む。


「悲しむのは、後でるりりん達とやろうよ」


 ……全くその通りなんだが。そのように割り切れる杏月を、俺はすごいと思う。

 事故当時の状況は、まだニュースでも曖昧にしか報道されていない。調査は目下進行中だ。警察の動きもあるが、事件の片付いた大通りは、驚くほど日常を取り戻していた。

 そこに、何の悲観的要素もない。当たり前だが、その乾いた雰囲気に少しだけ虚しさを覚えた。

 この場所で昨日、何人の人が負傷したのだろう。

 杏月は鷹のように鋭い目で辺りの人間を一通り見回すと、言った。


「……ワゴンで突っ込むだけの事をしておいて、まだ捕まってないんでしょ。真っ昼間にどうやって逃げたのか知らないけど、そんなものを追っ掛けるなら次に殺されるのは私らかもしれないよ」


 ……それは、勘弁願いたい。

 しかし、そうだよな。これだけの人が通行している中で、未だに捕まっていないというのも不思議な話だ。事故ではなく、明らかに意思を持っている。

 何れにしても、捕まるのは時間の問題かもしれないが――……


「それで、何を調べるの?」

「……車種と、カラー。あと、ナンバープレート。犯行時刻と、実際に起こった場所、当時の状況」


 俺が順番に述べていくと、杏月は怪訝な顔をした。


「……それを調べて、どうするの?」


 それさえ分かれば、事故を無かったことにできるんだよ。と杏月に言う訳にもいかず、俺は肩をすくめて苦笑いをした。

 都合の良い言い訳が、何故かよく知っている歌の歌詞でも思い出すかのように頭の中に浮かんでくる。


「青木さんのせいではないことを、ちゃんと証明しておきたい」


 杏月は目を閉じて、俺の行動に苦笑しているようだった。心優しい奴とでも思われているのだろうか。


「……どうせ、いつか分かるのに」

「できるだけ早く、安心させてあげたいじゃないか」

「はいはい。……ほんと、純ってさあ」

「なんだよ」

「なんでもない」


 ――ごめん、杏月。今は、どんな嘘でも付くよ。

 この時間は、どうにかして俺が巻き戻らせるんだからな。

 時を戻すのだから、確実に助けなければならない。この運命は、俺と姉さんの問題によって間接的に作られたものだ。寿命がどうとか、そういう問題ではない。俺は越後谷が生きている未来を知っているのだから。

 青木さんと越後谷は、俺が助ける。

 時を戻してしまった、俺が。


「……純?」

「ん? どした、杏月」

「……なんかちょっと、怖い感じだったから」


 俺は言った。


「気のせいだよ」



 少しの時間を経て、俺と杏月は事故現場の状況を人伝に聞き回った。

 今日の段階でニュースとしても報道されていたようで、携帯電話でインターネットのニュースを徘徊した杏月によれば、ナンバープレートは隠されていたのだという。道理で誰も知らない筈で、実際の証言からもナンバーは隠されていたと把握することができた。

 事件が起こったのは駅へと続く横断歩道。人は多く、車はほぼタクシーしか通らない。だが、その割に大通りに出るのは楽で、ひとたび駅の外側へ出れば青信号、片側二車線の長い一本道が続いている。

 どちらかと言えば、ひき逃げはし易そうだ。

 車のカラーは血が目立ちにくい黒。十四人乗りのワゴンタイプ。

 一通り聞き終えた俺と杏月は、近場のファミリーレストランまで来ていた。七月初旬、まだ気温は本場の夏には劣ると言えど、歩き回っていればそれなりに汗をかき、体力も消耗する。


「男は覆面をしていたらしく、顔は不明。乗り捨てられたと思われる黒い中型車は、都内の路地で発見された……」


 携帯電話を見ながら、杏月が読み上げた。


「……悪質だな」

「本当にね。誰に何の恨みがあったのか知らないけど、とんでもないよ」


 ぼんやりと、杏月がそんな事を言う。

 杏月にしてみれば、越後谷は同じクラスだった。きっと明日には事情を知らされた学園から報告があり、改めて杏月は越後谷の存在がこの世から消えた事を寂しく思うだろう。

 頬杖を突いてメロンソーダをすする杏月からは、今はまだ悲しまないという姿勢が伝わってくる。事故を身近に起きた事だと思わないように、意識して遠ざけているように感じた。


「杏月、大丈夫か?」

「んー? なにがー?」


 杏月は目を丸くして、俺を見た。なんと返答して良いのか分からず、俺は苦笑した。


「……さっさと、特定してやろうよ。覆面してたって写真があれば、輪郭やその他から本人を特定できるかもしれないし。どこかに良いもの落ちてないかな」

「まあ、昨日の今日だからな。警察は当然探しただろうけど、俺達が探しても損はないな」


 杏月は虚空を睨み付けると、苛立ちを覚えた指先で携帯電話を操作した。


「絶対見付ける」


 人が死んだ。それがはっきりと理解出来る程に、重みのある言葉だった。決して、涙を流す事はなかった。その様子に、強さを感じる。

 杏月の様子を見て、思う。

 俺はどこか、人が死ぬということについて軽視をするようになっていたと認めざるを得ない。俺自身が死んだとしても時間の経過によって巻き戻る訳だし、その間に美濃部は一度姉さんにやられているが、何事も無かったかのように元に戻っている。

 だから、気付かなかった。

 俺以外の人間にとっては、その人は間違いなく、この時点で既に『死んでいる』のだと。

 ――大丈夫だ、杏月。越後谷は生き返る。

 お前の、知らない所で。

 俺は席を立った。杏月が顔を上げて、俺を見る。


「純?」

「ちょっと、電話してくる。ここで待っていてくれ」

「……ん、分かった」


 俺はファミリーレストランを出ると、携帯電話を開いた。操作の内容をケーキに見られ、ケーキが不安そうに俺の顔を覗き込んだ。

 構わず、そのまま通話ボタンを押下する。

 五、六回ほどコールした。もう出ないかと思われたが――暫くして、呼び出し音は鳴り止んだ。


「……も、もしもし?」

「美濃部か? 穂苅です」

「穂苅君……? どうしたの?」


 ここで、何か問題があると気付かれてはいけない。青木さんには既に口止めしているんだ。

 俺は努めて、明るい声音で言った。


「明日さ、月曜日だろ?」

「う、うん……?」

「学校サボって、どっか行かない?」


 何かが倒れる音と、美濃部の悲鳴が重なった。……何かしてしまったかな。少しだけ、申し訳ないと思う。

 ガタガタと何かの音が暫く鳴った後、美濃部の声が聞こえてきた。


「……ん、うん、いいよ。私で、いいなら」

「明日、朝九時に時計台の前で待ち合わせしよう。学園には行かないけど」


 暫くの間、沈黙訪れた。……俺、何かまずい事を言ってしまっただろうか。何かあったと、悟られていなければ良いが。


「穂苅君、な、何か、あったの?」


 ――この程度なら、大丈夫だ。意識して挙動不審になると、俺は言った。


「じ、実は――美濃部に、話したい事があるかな、なんて」


 この時間は、捨てる。それが分かっているからか、俺はやけに冷静だった。今頃美濃部は、電話の向こうで何を考えているだろうか。


「……う、うん。分かり、ました」

「それじゃ、明日」


 それだけ伝えて、電話を切った。

 美濃部はきっと来てくれる。それさえ決定しているなら、何も問題はない。どういう訳か、神様も俺を止めに来ない。

 ならば、やりたいようにやらせて貰おう。

 いつの間にか、目的のために手段を選ばなくなっている。恋愛の駆け引きなんて出来る筈もなかった俺が。


 ――明日は、俺が死ぬ日だ。



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