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ヤンデレ姉さんに○されたら考えるべき10のこと  作者: くらげマシンガン
▼第三章 俺が知らない越後谷司の真実について。
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つ『不審な人影は事故の闇に呑まれるか』 前編

 青木さんは俺の手を引き、目の前の男を完璧に無視して歩き出した。……まあ、それが妥当な所だろうと思う。葉加瀬と名乗った男は俺と青木さんの行動に驚いた様子で、慌てて後を追い掛けた。


「ちょ、ちょっと待てよ!! 俺ちゃんを無視しようたあ、良い度胸じゃねえか!!」

「そうしたら、まずは職員室かな? 時間が無いから、早めに行動しないとねっ」


 さり気なく葉加瀬を拒否するための言い訳を含めつつ、青木さんは俺に笑い掛けた。どうやら、存在自体を否定する方向で行くようだ。

 流石に可哀想か――? 俺が少しだけ後ろを振り返ると、葉加瀬は目を見開き眉根を寄せ、口を縦に開いて前歯だけを見せるような、キモ面白い顔になっていた。

 なんだ、あの顔。何をしたらそんな表情になれるんだ。


「越後谷司と同じ俳優養成ゼミに通う俺様の力が必要じゃねーのかって言ってんだよ!!」


 ――青木さんが足を止めた。

 どちらかと言うと青ざめた顔で、青木さんは葉加瀬の方を振り返る。葉加瀬は何故か勝ち誇った顔で、青木さんに詰め寄った。

 いつの間にか青木さんに握られていた俺の手が、緊張によって更に力を込められる。

 いや、青木さん。例えどんな事情があろうと、こいつを仲間に引き入れるのはまずいと思うんだ。

 青木さんは笑顔をピクピクと痙攣させて、無理に笑った。


「……葉加瀬さん。越後谷と同じゼミに通ってるって言うのは、本当?」

「君麻呂だよ!!」


 葉加瀬君麻呂だって言ったじゃねーか!


「……君麻呂、君」

「気安く『くん』とか呼んでんじゃねーよオラ。君麻呂様と呼べ」

「――穂苅君っ!!」


 青木さんが涙目で俺を見詰めるので、俺は苦笑を隠せずに青木さんの肩を叩いた。いや、話にならんよコイツは。話をしようとしていないし。

 やはり大人しく無視をして、演劇部の部室を探した方が時間の無駄にならないだろう。

 ふと、葉加瀬――君麻呂か? 名前で呼べって言ったよな。君麻呂は腕を組んで真面目な顔になると、言った。


「ちなみに演劇部なら、九月に他校合同の――なんつったか、演劇祭みたいなのに出るとかで空いてねーよ?」

「……え、そうなのか?」

「あたぼーよ。こないだ演劇部に顔を出した俺っちが言うんだから間違いない」


 ……どうでもいいが、一人称が安定しない奴だな。

 こういうのを、痛い奴と言うんだろうか。口調も妙に格好付けた感じだし……格好良くはなく、痛いだけなのだが。


「なんで演劇部に顔を出したんだよ」

「勿論、そのなんとか演劇祭に出ようと思ったからさ」

「……じゃあ、入れて貰えなかったんだな」

「――ぐはァッ!!」


 俺が突っ込んで聞いた事で事情が暴かれたためか、君麻呂は胸に槍が突き刺さったかのような大袈裟なリアクションで後退し、暫く身を悶えさせていた。

 いちいち、無駄な動きが多い。


「この完璧な演技力を持った俺様をハブにするとか、マジ許せね――……許せなさすぎて地球一周するわ……俺式フルマラソン派手に決めてやるわ……」


 面白い顔で壁に握り拳を突き付け、何やらぶつぶつと呟いている君麻呂は、何というか表現のし難いオーラを全身から放っていた。とりあえず、近寄りたくない空気なのは間違いがない。


「……そうか、分かった。じゃあ、演劇部以外の所で探すよ。ありがとな」


 俺は亡霊と化している君麻呂を置いて、青木さんと歩き出した。端から見ているだけなら面白いかもしれないが、正直なところ、一緒にドラマを作るなんていうのはパスだ。

 ところが、君麻呂は慌てて俺達の後を追ってくる。


「お、おい!! 待てよ!!」

「……なんだよ」

「だ、だから、俳優養成ゼミに通っている俺様の力が必要じゃねーのかって」

「ああ、悪いけどこのドラマ、普通の人間限定なんだわ。悪いな」


 我ながら酷いということは自覚しつつ、この男はそこまでショックを受ける事は無いだろうという微かな予想があったので、そう言った。

 意外にも、君麻呂はホラー映画の主役のような――あるいは、ミステリーの殺人現場に遭遇した第一発見者のような顔をして、両手で頭を抱えて叫んだ。


「――――まさかこの俺の第三の心眼がこんな所で邪魔をするとはァ!!」


 ……違う所でショックを受けていた。

 青木さんは既に、生気の無い瞳で前だけを見詰めていた。目の前の相手があまりに規格外過ぎて、付いて行けないのだろう。大丈夫だよ、青木さん。俺も会話しているだけで、全く付いて行けていないから。

 とにかく、この男からさっさと離れないと青木さんのコンディションが危ない感じだ。俺は君麻呂に手を振り、無理矢理に笑みを浮かべた。


「……んじゃま、そういう事だから。悪いな」


 ふと、君麻呂は何かに気付いた様子で俺の顔をまじまじと見た。……何だよ。気持ち悪いな。


「お前、まさか……穂苅か? 穂苅純とか言う奴か?」


 どういう質問なんだろう。……B組だから、俺の顔と名前が一致しないとか、そんな所だろうか。

 確かに学園中で有名になってはいるが、姉さんの方が強烈な印象を与えているので、俺が一人で歩いている時にコソコソ話をされる事はあまり無かったりする。

 最も、姉さんの隠れファンになっているような連中からは目の敵にされているが。


「そうだけど」


 俺が頷くと、君麻呂は邪悪な面白い下衆顔になった。ポケットに手を入れ、猫背で俺に向かって歩いて来る。気持ち悪い。

 青木さんが、挙動不審になって俺と君麻呂を交互に見詰めている。

 君麻呂は俺の目の前に顔を近付け――近い。近過ぎる。何なんだよ。やめろ。


「チイと面貸せや」


 ……姉さん絡みだろうか。面倒臭いな。

 俺は溜め息を付いて、きょろきょろと辺りを見回している青木さんの肩を叩いた。


「……ごめん、青木さん。後で合流するから、先にメンバーを探していて貰える?」

「あ、うん。……それは、いい、けど」


 俺と君麻呂の事が気になっているのだろう。

 大丈夫だよ、前回青木さんに助けて貰った時とは違って、俺と同じくらいかそれよりも背が低く、体力も無さそうな君麻呂という男が殴り掛かってくるという事は無いだろう。

 俺は青木さんと別れ、君麻呂に付いて行った。


 君麻呂は俺をマイクのある部屋まで連れて来ると――……視聴覚室か? 放送委員なんてやった事ないから、初めて入るな。俺を中に入れ、部屋の鍵を閉めた。

 ……君麻呂が持っている、視聴覚室の鍵に目が留まる。


「……それは?」

「パクった」

「お前……」


 君麻呂はポケットに片手を突っ込んだまま、俺を下から上目遣いに睨み付ける。……どういうシチュエーションなんだ、これは。状況が特殊すぎて、全く理解の範疇にないんだが。

 なんか怒っているらしいが、複雑な顔だった。


「穂苅さあ、最近、越後谷とドラマをやることに決めたらしくね?」

「……いや、まあ青木さんの提案なんだけどね」

「お前有名らしいじゃん。姉貴とラブラブで」

「……はあ、まあ別にラブラブって訳じゃないけど」

「羨ましんだよコラ。ざけんなよ」


 ……なんかキレられたが、顔が顔だけにあまり切迫した空気にはならない。口調もヤンキーっぽさを醸し出そうと頑張っているようだが、舌っ足らずな風にしか聞こえない。声もトーンが高めだし。

 こいつには悪いが、お世辞にも演技に向いているとは言えないんじゃないだろうか。


「越後谷さあ……うざくね?」


 この場で今、お前以上にうざい奴は居ないと思う。


「……ま、まあ、ちょっと言葉遣いがなーって思うことは、あるよな」

「そうじゃねえんだよ!!」


 ……そうじゃないらしい。


「あ、そう」

「あいつさあ……俺と似てるじゃん? イケメンで、背が高くて、ちょっと女子の人気集めそうじゃん?」

「いや、似てはいないだろ」

「似てんだよ!! そっくりじゃねえか!!」


 どこが似ているのだろう。俺は改めて目の前の青メッシュを入れた男を見たが、欠片も似ている箇所は見当たらない。越後谷と違って君麻呂は三枚目っぽい顔だし、背も低いし、性格はコレだし……。

 君麻呂は歯を食いしばっていた。


「あいつマジ気に入らねえんだよ……ゼミでも俺を差し置いてトップを走りやがって……」

「そりゃ、単に自力が違うんじゃ」

「俺が一番うめーよ!!」


 ……あまり、余計な事は言わない方が良いだろうか。

 君麻呂はギリギリと顎を鳴らし、目を見開いて面白い顔になった。


「奴の消しゴムをこっそり盗んだりしたけど、ちっとも反省する気ねーし……」

「いや何してんのお前!?」

「カンニング疑惑を作ってやろうと思って、さり気なく答案を見せようとしたけど、ちっともこっち見ねえし。マジ腹立つわ。脳天直撃だわ……」


 ああ、こいつ、アホだ。

 いや、分かっていたけれど。薄々どころか、かなり感じてはいたけれど。

 要するに、ただ嫉妬してるだけか……


「そこで純、お前だよ」

「いや、俺を巻き込むなよっていうか何で呼び捨てなんだよ」

「いや、俺達マブじゃね? 同じ目的を持った、さながら同盟を組んだ敵同士じゃね?」


 別に俺は越後谷に対して何をしようとも、怒りも嫉妬も感じていないが。君麻呂は今の台詞で俺の心を完璧に掴んだと錯覚したのか、勝手に満足そうな顔をして拳を握っていた。

 なんか、このキャラは生理的に受け付けないんだけど……。


「なあ、一緒にあいつを貶めようぜ!! 許すまじ越後谷司!!」

「勝手にやれよ。俺関係無いじゃん」

「そう言うなよ友よ!!」


 ああ、やばい。さっさと逃げ出しておくべきだったかもしれない。想像以上にこれは面倒臭いぞ……。

 君麻呂は俺の手を握り――手を握るなよ――固く握り締めて、友情のポーズを取った。


「俺をドラマのメンバーに加えてくれ。そして、共に越後谷司を倒そう」


 この『黙っていても勝手に一人で盛り上がっていく』という特殊な状況について、俺はなんてコメントしたらいいんだ……。

 まあ、一緒にドラマがやりたいらしいという事は、理解した。だが、こいつを連れて行く訳にはいかないよなあ……。


「……お前が参加するしないというのは俺が決められる事じゃないから、青木さんに言ってくれよ」

「なんだと……!? 使えなさすぎじゃね、お前……!?」


 瞬間的に手が離されたので、俺は視聴覚室を出ることにする。……まあ、どうしてもやりたいのだったら青木さんに直接出向いて行くだろう。

 あれ、それはあまり良くないか? でも、俺一人では決められないしなあ……。


「あ、待って。俺も行くわ」

「……どこに?」

「瑠璃ちゃんのとこ」


 ――マジかよ。どうしていきなり瑠璃ちゃん呼ばわりなんだ。自分は君麻呂様と呼べ、とか言ってたのに。

 君麻呂は左手をポケットに突っ込むと、視聴覚室の鍵を探す。少しの時間を置いて、それはジャラリと音を立てた。


「なあ、純さ。お前、姉貴の事、どう思ってる?」


 ふと、真面目な顔で言う。……なんか君麻呂って、真面目と不真面目の比率が親父と似ているな。親父と違って、こっちは今のところ馬鹿しかやっていないが。

 どういう意味の質問なのか分からず、俺はひとまず無難な答えで行くことにした。


「……まあ、普通に大切に思ってるよ。家族として」

「そか。仲良くやれな」


 君麻呂は格好を付けて笑い、ポケットに手を突っ込んだ。俺をすり抜けて視聴覚室の扉に手を掛ける。

 意味は全く分からないが、彼なりの格好の付け方なのだろうか、と少し思う。とにかく色々な動きを見せる男だ。一つ一つの行動に意味など追い掛けていては、時間がいくらあっても足りないかもしれない。

 ……で、こいつは何をしているんだ? ガチャガチャと扉を開こうとして、開かないようだった。


「どうしたんだ?」

「やべ。ここ、内側から鍵閉めると開かなくなるんだった」

「……はあ?」


 ふと見ると、ケーキが扉の隙間を見て、うーん、と唸っていた。


「どうやら、鍵を開けても扉が開かないみたいですね」


 ――なんだと。

 ちょっと待て。そしたら、俺はこの意味の分からない男と閉じ込められたということか……!? それは困る。俺は視聴覚室の窓へと走り、窓からの脱出が出来るかどうかを試みた。

 窓は事故防止のためか、半分しか開かないようになっている。外に出る事は難しそうだ。

 俺は君麻呂に見付からないよう、ケーキを呼んだ。ケーキはふわふわと、こちらに近寄って来た。

 外を指さすと、ケーキは意味を理解したようだった。

 一度外に出て、物音を立てるかして人を呼び寄せて貰おう。


「――――え?」


 ふと、君麻呂は俺を見て、素っ頓狂な声を出した。

 あれ? いや、見ているのは俺じゃない。明らかにその視線は、俺ではなくケーキの方を向いていて――……

 ――なん、だと?


「えっ?」


 ケーキもまさか見られるとは思わず、君麻呂の反応に驚いているようだった。軽く驚き――やがて、ケーキの表情が深刻な焦燥と共に、青ざめていった。

 君麻呂は世にも奇妙なものを見た、といったような顔で――……いや、見たのだ。彼は明らかに、この世には存在しないものを見ていた。


「妖精がいる……」


 君麻呂はケーキを見て、そう言う。

 なんだよ、これ。どうして君麻呂にはケーキの存在が見えているんだ? 俺が教えなければ普通の人間には、ケーキの存在は見ることは出来ない筈じゃ……なかったのか?



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