つ『青木瑠璃の協力者を探せるか』 後編
「メンバー探し?」
昼になると青木さんが美濃部と越後谷を呼んで、屋上で六人で昼食を食べた。ドラマのメンバーが足りないという話を青木さんが持ち出した際、最も驚いていたのは意外にも越後谷だった。
姉さんが持ってきたレジャーシートを広げ、和気藹々と弁当を食べる一同の中で、越後谷だけが購買のパンを立ったままでかじっている。
そんな越後谷が驚きの声を漏らしたのだから、皆で越後谷を見上げてしまった。
青木さんが少し面食らいながらも、越後谷に補足する。
「うん。人数が足りなくて。放課後くらいに、穂苅君と二人で探す予定だよ」
越後谷は口を開けたまま、俺を見る。パンを食べる途中で固まったからか、珍しくその表情は間抜けに見えた。
その状態で眉根を寄せる。面白い顔だ。
「……探すの? 穂苅と?」
「そうだよ?」
「いや、穂苅とじゃ見付からないだろ……」
どういう意味だよ、それは。俺がシスコン扱いされているから、友達が居ないって言いたいのか。馬鹿め。その通りだ。
返す言葉もないので越後谷の意見は大人しく聞き流したが、青木さんは越後谷の言葉に苦笑すると、言った。
「コミュニケーション能力の無い越後谷より、下手に出て話ができる穂苅君との方が、見付かりそうでしょ」
「コミュッ……んだよ。そんなに俺が嫌なら美濃部と行けば良いじゃねえか」
「りっちゃんが人見知りなの分かってて、そういう事言うの!? 何、私が穂苅君と行くのが嫌みたいね」
越後谷は青木さんの事を「何を言っているんだこいつは」と言わんばかりの顔で一頻り見詰めた後、目を閉じて溜め息を付いた。
……本当に感じが悪いが、多分これは越後谷にとっての普通な態度なのだろう。遠慮が無いというのか、口調が荒いというのか。
「……別に、見付かるなら何でもいいよ。まともな奴、連れて来いよ」
越後谷の言う所の『まともな奴』というのがどの程度の者なのか分からないが、ハードルは少し上がったようだ。
青木さんは越後谷の態度に少しむくれて頬を膨らませると、ぷい、とそっぽを向いた。美濃部がちらちらと、こちらの様子を伺っている。
……大丈夫だよ、美濃部。お前が無理に出て来なくても、俺がなんとかするって。
越後谷は姉さんをずい、と見て……姉さん?
「おい、穂苅姉」
「……へ? わたし?」
「女子の出演枠に入ることは可能か?」
――女子? って、ドラマの?
姉さんは突拍子もない事を言われて対応できず、目を瞬かせていた。青木さんや杏月、美濃部も揃って越後谷を見ている。
越後谷は姉さんを指差すと、俺にその指を向けるように動かした。
「メインヒロイン・姉。主人公・弟」
「……は?」
俺は呟いた。越後谷は何の気なしに、至って真剣な顔でそう言っていた。
「……私? ……なんで?」
越後谷は姉さんに悪戯っぽい笑みを浮かべ、姉さんに詰め寄った――
「穂苅姉が出演するなら、穂苅を主人公にしてもいいぜ」
「……どんな話なの?」
「恋愛」
「やる」
姉さんは即答……っていや、それはまずいだろ!! ふざけんなよ!! どうしてドラマに出演してまで、姉さんとラブコメしなきゃいけないんだよ!!
いや、コメディじゃないのか!? 恋愛ドラマ!? なお悪いわ!!
「待って越後谷!! お姉さんは生徒じゃないんだよ!? それはだめだよ!!」
慌てて青木さんが越後谷を止めた。ナイスだ青木さん!! 既に絶望的なまでに熱愛ぶりを見せ付けているこの学園で、あえて姉さんとドラマなんて地獄絵図しか見えない!!
なんて恐ろしい提案をするんだこの男は……。暴走した姉さんどころか、学園中の男子生徒を敵に回すに等しい。
「このクソ緩い校則でOBの出演くらい、なんてことないだろ」
「だからって、あえてお姉さんを入れる必要は……」
「穂苅姉の万能ぶりを舐めるな。多分、この場で俺の次くらいには演技が上手い」
青木さんの顔色が変わった。青木さんは姉さんを一瞥して、ぐ、と顎に力を込め――
「……た、確かに」
青木さ――ん!?
いや、待てってちょっと落ち着けよ!!
「野次馬増えて、客も増えるぞ」
「う、うーん……」
いや、冷静に考えてさ。学園の行事で公開しようっていうドラマのメインヒロインが卒業生というのは、あんまり良くないでしょ。脇役なら兎も角として。
姉さんはすっかり乗り気だし、青木さんも押され始めていた。
……ようやく、越後谷の考えている事が分かったぞ。越後谷は俺と青木さんではまともな人材は見付からないと踏んで、少なくとも手に入る範囲での『まともな人材』とやらを確保しに掛かったんだ。
確かに姉さんは万能だが。……万能だけど。
「ま、待って。お姉ちゃんがやるなら私も立候補するよ」
慌てて杏月が手を上げた。
流石だよ、杏月。気落ちしていても、姉さんに有利な状況は作らないときた。テンションダウンのためか、ぶりっ子演技はあまり見られず、半分ほど素が出ていたが。
今の俺にとっては、完璧な救済手段……でもないか。杏月がメインヒロインになっても、悩みの種は尽きない気がする。
越後谷は杏月の返答に、少し驚いた様子だった。
「妹? ……演技したこと、あるのか?」
「な、ないけど……」
はっと杏月は気付いて、越後谷の腕に抱き付いた。越後谷がぎょっとして、杏月の腕を振り解こうとする。……なるほど。妹モードになったのか。
「私、やってみたいの!! ……だめ、かな」
越後谷はこめかみに指を当てて、ため息を付いた。
「……穂苅妹。お前の演技はとっくにバレてるから、無駄な行動はやめろ」
「ちぇっ。面白くねー」
すぐに元に戻る杏月。そのキャラでも受け入れられる事が分かったからか、段々と容赦がなくなっている。ばれなきゃ清純派というのも、また難しい。
「えっ!? ……えぇっ!?」
何故か美濃部が、今更杏月の変貌ぶりに驚いていた。……気付いてなかったのかよ。結構、気付くことの出来るタイミングはあったと思うんだけど。
美濃部の存在を思い出した青木さんが、慌てて美濃部に駆け寄った。美濃部の後ろに回り込むと、青木さんは美濃部の背中を押す。
「だめだめ!! ……そう、メインヒロインはりっちゃんにお願いしようと思ってたの!!」
「ふええっ!?」
言われた本人が、嘘だろ信じられないという顔をしているんだが。
「主人公・穂苅君、メインヒロイン・りっちゃん。これでいきたいです!」
「る、る、る――瑠璃、それはそれは、私、あのっ」
ものすごい挙動不審になっている美濃部に、少しばかり同情した。美濃部は俺の顔を見て――更に混乱をヒートアップさせたらしい。
姉さんが俺の腕に抱き付いて、青木さんを見た。
「あの、メインヒロインにしてくれたら私、頑張る……から」
杏月が負けじと、姉さんに詰め寄る。
「あんた卒業生でしょ!! だったら私がやるから、引っ込んでなさいよ!!」
青木さんが美濃部をその戦場に参加させた。
「だから、私の中ではりっちゃんがね!」
「あう……あわわわ」
越後谷が溜め息をついた。
「……すまん、やっぱ無かったことにしてくれないか。穂苅は脇役で」
もはや、越後谷の言葉で止まる者など居なかった。
え、俺、主役なの……? 明らかにこの中では一番演技できないと思うんだけど……
◆
結局、時間切れでメインヒロイン談義は持ち越しになった。誰も引き下がる気が無いのだから、当たり前だ。
普通に考えれば青木さんの推薦である美濃部がメインヒロインをやるべきだと思うが、美濃部本人はおろおろしてまともな意見が出てこないため、余計に厄介なことになった。
後日、改めて練習を踏まえながら決定して行こうと俺が話して、ひとまずは難を逃れる俺。いつの間にやら俺も、事なかれ主義を貫いている。
放課後、新しいメンバーを探すために姉さんには先に帰って貰う事にして、俺は一人、青木さんを教室で待っていた。職員室に用事があるとのことで、久方ぶりに一人で教室に残る形となっている。
いつだったか、面倒な人間に教室で絡まれた事があったが。今回はその様子もなく、平和だった。ふと思い出し、俺は席を立った。
杏月を探さなければ――……ん?
「杏月?」
どうやら杏月も同じことを考えていたようで、俺の教室に杏月は現れた。
既に大多数の生徒は部活動を始めたり帰ったりで、教室に残っている生徒はほとんどいない。だからなのか、杏月はツインテールを解き、いつもの杏月に戻っていた。
俺は杏月に近付いた。
「どうしたんだよ、今日は」
杏月は何も言わない。
「親父に何か言われた?」
……杏月は首を振った。
まあ杏月にも色々考える所はあるんだろうけど、正直あの状況で俺が姉さんを助けなければならないことは一目瞭然だった訳だし。
今までのままというだけであって、杏月には何もデメリットはないのだから、これくらいは勘弁して貰いたいものだが。
杏月は覚悟を決めたのか、俺と目を合わせた。
家に帰って来て欲しいと言われても、姉さんを暴走させないために俺は首を横に振るしかないんだ。申し訳ないけど、ここはさっさと諦めて貰って――
「――私、魅力ないかな!?」
――ん?
「……何の話?」
「よく考えれば、私ってスペックであいつに勝ってる所、一つもないし……。胸も普通だし、身長は低いし、なんかずんぐりしてるし……」
「いや、ずんぐりはしてないと思うよ」
「うそ!! 最近太ったよ!!」
寧ろ痩せている方なのだが。そんなにガリガリになってどうする――女子には女子のノーマルというものがあるらしい。肉がどうと言うなら、姉さんの方が肉感的である。
勿論、胸と尻の話だが。あれで腹は引っ込んでいるのだから、姉さんはおかしい。
いや、その定義だと青木さんの方がおかしい事になるか。あの胸――
……俺は何を考えているんだ。
「姉さんと比べるのはおかしいでしょ、杏月の方がずっと小柄なんだから」
「でも!! 純だって、あいつがエロいからあいつと一緒に暮らすことに決めたんでしょ!?」
「いや、それはどちらかと言うと迷惑している要素なんだけどね?」
手が出せないエロスほど、辛いものはないよ。
この気持ち、男ならきっと理解してくれると思う。
「ナイチチにすらなれないとか、終わってる……。とにかく、私はもっとレベルを上げなきゃ……」
「……そんな事で悩んでたの?」
「そんな事ってなによ!!」
俺は苦笑して、杏月の頭を撫でた。杏月が上目遣いに俺を見詰めている。俺が笑ってしまったことに、ショックを受けてしまっただろうか。
いやあ、でも大した事でなくて良かった。親父に何か、きつい事を言われたのかと思った。
「別に、姉さんと一緒に暮らすことに決めたのは、杏月と暮らしたくない、とかではないから。杏月には杏月の魅力があるから、大丈夫だよ」
杏月は俺の胸に顔を埋めて――微かに見えた杏月の顔は、火傷をしたように真っ赤になっていた。
「……純」
「ん?」
「……今の、ポイント高いよ?」
……あれ。もしかして俺、今の台詞は少しばかり格好付け過ぎたかな。
ようやく到着した青木さんが、教室の扉を開いて中へと入って来た。
「ごめん、お待たせ――……あれ、杏月ちゃん?」
「ば、ばいばい。またね、純! るりりん!」
顔を見せないようにして、杏月は走って去って行った。青木さんがその後ろ姿を見て、俺に向かって首を傾げる。
……そんなに、凄い事を言ってしまっただろうか。今更ながら、自分の発言に羞恥を覚えた。
まあ、おそらく悪い気はしてないんだろうから、明日くらいから元気になってくれると助かる。
「大丈夫そう? 杏月ちゃん」
「……ん、まあ、大丈夫じゃないかな……。多分」
一応、青木さんも気にしてくれているらしい。やり口はねちっこいが性格はサバサバしているので、後には引かないと思うのだが。
「ところで、そろそろメンバーを探さないと」
「あ、そうだよね。運動部系の人は大会があったりするから、文化部の人を中心に回ってみようか」
「演劇部なんてどうかな?」
「良いかも! 行ってみよう!」
青木さんは手を叩いて、俺の提案に賛成した。まあ、文化部とはいえ忙しいだろから、ドラマ制作に付き合ってくれそうな人達と言ったら、やっぱり演劇部だよな。
そうと決まれば、話は早い。演劇部の部室まで行って、部員の中で暇そうな人を探そう。
そういえば、学園祭で演劇部も何か催し物をやったりするんだろうか。今から準備を始めている部活はまだ少ないだろうから、相談すれば一人くらい貸してもらえるかな。
俺と青木さんは教室から廊下へと出た。そうすると、まずは職員室かな。
「ユー、演劇部をお探しかな? 俺が協力してやろうか」
誰だ?
……なんか茶髪の男が、廊下の柱に背中を預けて変なポーズを取っていた。左手を広げて中指だけ額に当てている。……あれ、格好付けているつもりなんだろうか。
指貫グローブと青メッシュが妙な存在感を醸し出していた。
男は俺を睨み付けると、言った。
「んだよ。見てんじゃねーよ」
「話し掛けてきたのお前だよね!?」
ああ、青木さんが引いてる。すごく引いてる。そりゃあそうだ。
茶髪の男は前髪をさらりとかき上げると、俺と青木さんに流し目を送った。
「――B組の、葉加瀬君麻呂だ。演劇部の事なら俺に聞け」
今、見るなって言ったじゃん……。
……と、とにかくこの葉加瀬とかいう男は演劇部と繋がりがあるんだろうか。あまり普通ではなさそうだけど、聞くだけ聞いてみようか。
「葉加瀬……さん? 演劇部なんですか? もし良かったら、部室とか教えて貰えるとありがたいんですけど」
「ハア!? 俺は帰宅部だよ!!」
……よし、無視しよう。それがいい。