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ヤンデレ姉さんに○されたら考えるべき10のこと  作者: くらげマシンガン
▼第三章 俺が知らない越後谷司の真実について。
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つ『青木瑠璃の協力者を探せるか』 前編

 七月六日、金曜日。

 親父が再び家を出て、俺と姉さんは晴れて両親公認の上二人暮らしをする事になり、一週間あまりの日が過ぎた。特に杏月も以前と変わらず、俺と姉さんの邪魔をする。俺と姉さんの関係以外は、特に変わっていない。

 越後谷は俺にメールをしたきり、この五日間は何も行動を起こさなかった。昼に現れる訳でも放課後に一緒に帰る訳でもなく、俺は越後谷の姿すら見ていない。

 まさか一回目はすんなりと生き延びてきた八月末に辿り着くのが、こんなにも大変だとは思っていなかった。それでもいよいよ、今月末からは夏休みだ。

 ああ、なんという甘美な響きだろうか。夏休みと言えば、俺はクラスメイトに一切罵られる事もなく(会わないため)、姉さんにベタベタされても嫌悪の眼差しで見られる事もない(通行人は俺達をキョウダイと認識しないため)。

 俺にしては珍しく、安らかな日々を過ごす事が出来る時なのだ。


「はい、純くん。あーん」


 さて、親父にはっきりと俺の口から『姉さんと一緒に暮らす』発言をした俺だが、その後遺症として、それなりに深刻な問題を抱える事となってしまった。つまるところ、俺と姉さんの関係は驚くほど変わってしまったのである。

 口に押し込まれたオムライスを咀嚼しながら、俺は美味いのに苦い顔をしていた。

 晴れて戻って来た我が家だが、まず食卓のレイアウトが変わった。

 四角いテーブルの一辺に、椅子は横並びに二つ。向かい合わせに座っていた今までと違い、圧倒的に距離が近い。


「美味しい?」


 朝と言わず、夜までも裸にエプロンを巻くスタイルに拘り始めた姉さんは、あられもない姿で俺に飯を食わせていた。

 勿論俺のスプーンは用意されていないので、俺は姉さんに従うしかない。

 一度俺の食器を自分で出して食べようとしたら、姉さんがとてつもないショックを受けて一日テンションダウンしていたので、それもやめた。

 家族として、と強調した筈なんだけど。おかしいな。これは家族には出来ないだろうと思う。

 とにかく、姉さんに何かのスイッチが入ってしまったのだ。


「美味しい、けど」

「……へへへ、良かったー」


 甘い声を出してオムライスを頬張る姉さんについ見惚れてしまい、俺は慌てて邪な思考を掻き消した。

 長くて三日もすれば少し落ち着いて、羞恥心を思い出してくれた姉さんなのだが。

 どういう訳かすっかりタガが外れてしまい、杏月が家に来ても容赦なくそのスタイルを貫いたため、火曜日は激怒した杏月が大変な事になった。

 いつか落ち着くと思っていたが……いつまで続くんだ、これ。


「はい、あーん」

「……姉さん。俺、他に彼女作るって話、したけど」

「いいよ?」


 意外にも、返事はあっさりと返って来た。良いのか。だったら、これは一体何なんだ。


「彼女作ったら、姉さんはちゃんと、姉さんしてくれないと困るんだけど」

「するよー? でも、今は居ないでしょ? 予定も無いでしょ?」

「……ないけど」

「じゃあ、それまでお姉ちゃんが純くんの奥さんの代わり、してあげる」


 うおお、奥さんときたか。これは大分ぶっ飛んでいるな……。

 姉さんは幸せそうにオムライスを頬張りながら、頬を赤く染めていた。


「……へへっ……姉さんと一緒に暮らす……姉さんと一緒に……一緒に……ふへへへ」


 駄目だ。完全に頭の中がピンク色になっている……。

 見える。見えるぞ。姉さんの周囲でふわふわと飛び交う花が見える。これはきっと、幻覚ではないだろう。

 俺の発言は、どうやら姉さんに斜め上から大打撃を与えてしまったらしい……。

 流石に予想外だ。家族として、と言われて少し凹む所まで想定していたのに。


「ふへへ……んんっ……」


 姉さんの視界にオムライスが入らなくなった……。何だか分からないが、悶えていた。

 どうしよう。時間、間に合うんだろうか。

 やめろ熱っぽい眼差しでこっちを見るな!


「純くん、口移し……しても……いい?」

「ダメ!! 後戻り出来なくなるでしょ!?」

「……だって」


 ちなみに家族として、という発言は一応効いているのか、姉さんは一線を越える行動は、どうにか抑えてくれるようになった。……その代わり、以前にも増して姉さんは俺にベッタベタなのだが。

 裸を見せないという境界線で、耐える事にしたらしい。だから家族としてアリかと言われれば、それは全く違うと思うけど。

 ……色々と、健康な若い男としては、そっちの方が視覚効果的には宜しくないのだが。多分それを言うと全裸になるので、俺は何も言わない事にしている。


「耐えられないなら、しなきゃ良いのに」

「……んっ……ああ、も、ダメッ……」


 姉さんの息が荒くなってきた。毎朝こんな光景を見せられてから登校しているせいで、授業中に悶々としてしまって耐えるのが大変だったりする。今まで以上に。

 時計を見る。……そろそろか。


「ほら、姉さん。オムライス。オムライス食べて」

「……はい」


 瞬間、物凄い音を立てて玄関扉が開いた。……いや、蹴り飛ばされたという表現が正しいかもしれない。

『家族として』の境界線を保つための処置なのか、部屋の合鍵を渡された人物が居る。

 勿論、杏月のことだ。

 ずかずかと歩いて来て、俺と姉さんの光景を確認。姉さんは杏月の事など見てもいないが、杏月は一瞬鬼も裸足で逃げ出すような恐ろしい表情になり、舌打ちした。

 せっかく純情なツインテール妹スタイルなのに、もう全てが台無しである。


「お姉ちゃんっ!! ほら、そんな事してないで。着替えよー」


 ……姉さんは完全にあっちの世界に飛んでいた。杏月は俺を見ると、とても爽やかな笑顔になる。


「お兄ちゃん、ちょっと待っててねっ!」


 そして、姉さんの腕を掴んだ。


「――来いよコラ」

「ひっ!? あ、杏月!? 来てたの!?」


 どうやら杏月の派手な登場にすら気付いていなかったらしい姉さんが、ずるずると引き摺られて寝室へ。

 ……杏月が怖い。

 俺がこっちで暮らさなければ姉さんが穂苅の家を追い出されるという展開上、まあ親父は始めから二人暮らしを認めていたようなものだ。それが杏月にとっては面白くないのだろう。

 実際のところ、杏月は俺と姉さんが……いや、姉さんが俺に襲い掛からないためのブレーキのような役割を担っていた。

 俺には、そのくらいの状況しか分からない。

 どうやら姉さんも杏月も、その後に親父から何かを言われたようなのだが――俺には一切の内容は知らされていない。何だか隔離されているように感じるのは、俺に決定権があるからなのか。

 まさに、『我が家は穂苅純を中心に廻っている』である。

 いや、親父を中心に廻っていると言うべきか。それは間違いが無さそうだが。


「……おい。ケーキ、出て来い」


 机の下から、ケーキが顔を出した。……どうしても、この手の問題に関わる事は出来ないらしい。

 ……やれやれ。



 ◆



 杏月が来てからはいつもそれなりに平和だが、姉さんは所構わず熱っぽい視線を送って来るようになったので、前よりも居心地は悪い。

 学園に辿り着くまでの辛抱であり、校舎の中にさえ入ってしまえば姉さんとはお別れなのだが。少しずつ、二人で居た時の状態に戻っているような気もする。

 姉さんが浮かれ過ぎていて、杏月の抑制力では太刀打ち出来なくなってきたのだろう。

 前のように腕に絡みついて登校、とはならないが。杏月が来てからというもの、俺から一歩引いて道を歩いていた姉さんだったが、今はすっかり俺の隣をキープしている。

 所謂、『両手に花』状態だ。花同士反発する、少し変わった状態だが。


「お兄ちゃん、帰りにアイスクリーム屋さんに寄って行こうよ」

「駅前の?」

「そうそう、抹茶のやつが食べたいんだー」


 杏月はちらりと、姉さんを見た。姉さんはにこにこ笑いながら、杏月の視線に気が付くと、


「うん、良いんじゃない? 気を付けてね」


 そう、言った。

 ――勝者の余裕!? いや、姉さんはそんな事を考えるような人間じゃない。単に幸せに浸っているだけだ。

 だが、その台詞のせいで杏月の機嫌が更に悪くなる。……いや、ほんと勘弁してくれよ。


「あ、穂苅君!」


 ――――おおおおお!!

 青木さん!! 俺は君の登場を待っていたよ!! 後ろを振り返ると、青木さんがポニーテールを揺らしながら、こちらに駆け寄ってきた。姉さんも杏月も、青木さんが登場すると少し冷静になる。本当に彼女は女神だ。

 俺の女神、降臨。

 今日は美濃部は一緒じゃないのか。


「おはよ!」

「おはよう、青木さん」


 ……おや? 何だか、青木さんが妙に楽しそうだぞ。俺と足並みを揃えると、青木さんは姉さんに挨拶した。


「お姉さんも、おはようございます」

「おはよー!!」


 ……姉さん、ついに青木さんにも体裁を取り繕う事をしなくなったか。まあ下着を買って来た件もあるので、いくらか慣れたのだろうと思う。

 とはいえ、そのテンションの高さに全く付いて行けていない青木さんは、やや表情を引き攣らせて笑顔を作った。


「何か、良いことでもあったんですか?」

「ええ? なんにもないよー。普通だよー」


 ちっとも普通じゃないよあんた。

 青木さんは杏月の不機嫌な顔を見て、更に頭に疑問符を浮かべた。


「……杏月ちゃん?」

「おはよ、るりりん」


 姉さんとは打って変わって、こちらは周囲にダークなオーラが漂っていた。

 そういえば、青木さんと杏月の仲もいつの間にか復活したみたいだな。杏月はそれとなく青木さんに対する態度を変えているし、青木さんもそれを受け入れているようだ。

 杏月による、青木さんへのビックリ本音体験は美濃部のデートを最後に巻き戻ってしまった筈なのだが、どうにか上手くやれているらしい。

 まあ、そんなものは時が解決していくものだしな。


「穂苅君、今日のお昼、空いてる?」

「ああ、空いてるよ。姉さんと杏月が来ると思うけど」

「うん、大丈夫だよ。ちょっと、話したい事があって」

「話したい事?」


 青木さんは鞄から意気揚々と――プリントの束? ……違う、これは台本か! 台本を取り出した。


「じゃじゃーん!!」


 自分で効果音を付けちゃう辺りが、青木さんらしくて可愛らしい。


「完成しちゃいましたー!!」

「おお、おめでとう青木さん。ようやく、練習が始められるね」

「お待たせしました!! 内容について、少し話したいなと思って」


 俺が間辺問題だの姉さんと杏月だのに気を取られている間に、ちゃんと青木さんは先へと進んでいたのか。まあ、この人は黙っていても色々な事をやってしまう人なので心配もしていなかったのだが。

 青木さんは出した台本を一部だけ俺に渡し、残りを鞄に戻した。


「それでね、穂苅君」


 そして、再び俺に顔を向ける。

 青木さんって、歩きながら振り返るとポニーテールが揺れて魅力が倍増するんだよなあ。


「……穂苅君?」


 いけない、ちょっと見惚れてしまったじゃないか。


「ん、何?」

「実は……お恥ずかしながら、メンバーが二人ほど足りない状況でございまして」

「ああ、増えたの?」

「男の子とね、女の子。一人ずつ増えちゃったんだ。これから探さないといけないのですよ」


 そうなのか。まあ、よく考えてみれば青木さんが役を演じるのかどうかも分からないし、三人か四人でドラマを撮影するのは少し厳しいかもしれない。

 一人はカメラを持っている訳だし、そうすると三人までしか同じシーンに登場出来ないなどの制限も出来る。

 後二人を探すのは、少し骨が折れそうだが……。


「いいよ、手伝うよ、探すの。一緒に探そう」

「本当!? ありがとう!!」


 青木さんは嬉しそうにはにかんだ。その辺りで学園に到着し、姉さんと手を振って別れる。

 そういえば、杏月って頭数に含まれているのかな。最終的には顔合わせの時に居なかったんだし、まだ含まれていないと思う。それを考えると、探すのは男一人ということか。

 俺は後ろを振り返り、杏月と目を合わせた。


「杏月も、やるだろ? ドラマ」

「あ、そうだ、そうだったよね! それなら、一人で良いね」


 青木さんが手を合わせて、杏月に笑い掛けた。杏月は少し面食らったような顔をして、気まずそうに目を逸らした。


「あー……。私、やっぱいいわ」


 青木さんが少し、寂しそうな表情になった。

 ……何だ? 今週に入ってから、少しずつ元気が無くなっているような気はしたが……そこまで、俺が姉さんと一緒に暮らす事になったのが嫌だったのだろうか。

 それだけではないような気がするが……


「そ、そっか。それは仕方ないよね、無理してやっても、辛いだけだもんね」

「ごめんね。るりりん」


 杏月はぎこちなく笑って、C組の教室に向かった。


「……何かあったの? 杏月ちゃん」

「うーん……」


 仕方ない。どちらにしても、後で杏月に事情を聞いてみるか。あの時親父に何を言われたのかも、少しだけ気になるしな。

 お昼より、放課後が良いだろうか。何しろ、姉さんが来るのが早いからな……少し、タイミングを考えなければならない。



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