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ヤンデレ姉さんに○されたら考えるべき10のこと  作者: くらげマシンガン
▼第二章 俺と美濃部立花の関係について。
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つ『6月18日の問題に先手を打てるか』 前編

 時刻、六時三十分。六月十八日、月曜日。通算すると、これで死ぬのは四度目になるだろうか。俺は早々に姉さんの作る朝食を食べ終え、制服に着替えた。

 姉さんは俺の支度の早さに少し慌てて、食器を急いで洗い始めている。


「あっ、あれっ? 純くん、もう行くの? ……ごめんね、もうちょっと、待って」


 俺は姉さんを少し険しい顔で見詰めると、言った。


「……ごめん、姉さん。今日は先に行く」

「えっ? ……わ、分かったよ」


 姉さんは俺の異様な剣幕に驚いたのか、きょとんと目を丸くして頷く。束ねた亜麻色の髪が弾んだ。姉さんの機嫌が多少悪くなるのは、覚悟の上だ。それでも俺は、この時間に学校へ向かわなければならない。

 いつもの通りに学校へ向かうと、八時二十分に俺は学校に到着する。まず、事件は六月十八日の朝、教室に到着した時から始まっていた。

 そう、何者かの下着が俺の教室に置かれていた所から問題は始まる。青木さんは、何かに気付いたようだったから――あれは、美濃部の下着だったのだろう。

 既にそれが教室に置かれていたとしたら、俺はそれを回収しなければならない。後で事情を説明して、こっそり青木さんに渡しておけば全て済む話だ。

 もしもまだ置かれていないとしたら、それを持って釣り目の女、あるいは間辺慎太郎がのこのこ現れるかもしれない。

 まずは、そこからだ。


「……純くん?」


 姉さんは、皿を片手に俺を呼び止めた。その表情には、いくらかの真剣さが見て取れる。


「どうしたの?」

「……何かあるなら、お姉ちゃんに何でも相談、してね?」


 もしかして、現場を抑えて犯人を特定してから姉さんに相談したら、奴は殺されるでは済まないかもしれない。一瞬そんな恐ろしい光景が目に浮かんだが、俺は満面の笑みを姉さんに見せる事にした。


「うん。後で相談、するかも」

「……へへっ」


 もう俺、間辺に気を遣う必要、ないよね?

 悪人を悪人として特定できた暁には、姉さんに裁きの鉄槌を下して貰おう。

 姉さんは頬を緩めて、俺に笑い掛けた。こういう無防備な仕草に胸を掴まれてしまうのは、俺だけだろうか。

 扉を開き、俺はマンションの階段を駆け下りた。なんとなく、エレベーターよりも素早く学校へと向かいたかった。今からならば、七時過ぎには教室に辿り着けるだろう。準備は万端――


「あれ? 純?」


 ――だったのだが。

 マンションを降りると、見知った顔が立っていた。今日は染め上げた茶髪をツインテールにして、少女趣味なメイクを自身に施し――おそらく、姉さんと競わせるための弁当を鞄の中に入れた、


「……杏月?」

「何で今出て来んの? もしかして、今から学校行くの?」


 ……何故、ここにいる。


「……そうだけど」

「えっ、ゴミ捨てに来たとかじゃなくて? マジで?」

「俺がゴミを持っているように見えるか?」

「そうだね。一番捨てたい粗大ゴミは、まだ部屋の中だもんね」


 さらりと怖いことを言いながら、杏月は俺に付いて来る。……粗大ゴミって、多分姉さんの事なんだろうな。恐ろしい。

 どうしてこの姉妹は血が繋がっていないとはいえ、こんなにも仲良く出来ないんだろう。


「それよりお前、いつもこの時間にマンションの前で待機してるのかよ」

「そうだよ?」


 一体何がおかしいのだ、万有引力の法則と同じくらいには自然だと言わんばかりの瞳で、俺を見てくる杏月。正直、かなり居心地が悪い。

 姉さんの事をあれこれ言っておいて、こいつも大概普通の神経をしていない。父さんは『離れ』で、こいつをどのように育てて来たんだろうか。

 しかし、今この場所に杏月が居るということは、俺にとってはかなり都合が良いのではないだろうか?

 俺は立ち止まり、杏月に向き直った。


「――杏月」


 杏月は驚いて、俺と目線を合わせる。

 ……良かった。姉さんは身長百六十五センチもあるから、向き合った時に俺の方がいつも小さく見えてしまうのだ。杏月は俺より背が低いので、無駄な敗北感を覚える事がない。

 いや、そんな事を気にしている場合ではなくて。

 俺は杏月の両肩を掴んだ。


「えっ? ……な、なに? なになに?」

「協力してくれ」



 ◆



 はあ? 純、頭打った? などという杏月の軽い反応も、教室に辿り着いてみると顔色を変えた。俺が杏月に予告し、予定通りに下着を発見したからだ。

 杏月は、俺のことを奇人か何かではないかと疑問視するような瞳で見ている。俺はその下着を手に取ると、杏月に見せた。


「……これは、おそらく美濃部立花のものだ」

「まさかとは思うけど、盗んだの?」

「俺がそんな事する訳無いだろ」

「いや、だって……」


 ……まあ、無理もないか。でも、俺が自分で杏月に予告して、実際にそれを見せ付けているのだから、俺がやった訳ではないという事は杏月にも伝わっている筈だ。

 杏月も、納得が行かないような顔をして下着を見ている。ツインテールにした茶髪の先端を指で撫でていた。


「とにかく、今は俺のことを信用して欲しい。今日、俺はお前のクラスの、間辺慎太郎って奴に嵌められる」

「間辺……? 間辺って、学級委員長じゃない。そんな事したら、あいつだって問題」

「問題にはならない。間辺は自分の手で行動を起こさないからだ。使いっ走りにする奴にも、それ相応の報酬を用意している。本来ならば、間辺が犯人だと特定する迄には至らないよう、周到に準備がされている」


 俺は美濃部立花のものと思われる下着を鞄に突っ込んだ。流石に、これだけで特定とまではいかない。だが、間辺の計算を狂わせる事はできるだろう。

 時刻、七時十五分。まだ教室には誰も来ていない。運動部と思われる連中が朝練を始めているが、鞄が机のフックに掛かっていない所を見ると教室には来ていないのだろうし、仮に見られたとしてもこの状況なら噂される事も無さそうだ。

 俺がこの時間に教室に居て、机の上の下着を回収しているということは、まだ誰にも知られていないんだからな。

 まずは第一段階クリア、といった所だろうか。


「……で、私は何をすれば?」


 俺の出掛けの鞄に美濃部のスカートが入っていない事は、言うまでも無い事だ。ならば朝、下着を発見してから昼までの間に、俺の鞄にはスカートが仕掛けられた。

 おそらく――朝に発見されたこの下着は、周囲からは見えない俺の鞄の中に、もしかしたら本当にスカートが入っているかもしれないと予想させるための一手だった。

 間辺の切り出しは『昨今、体育の時間を狙って、女生徒の服を盗む事件が相次いでいるようだが』だ。ところが、実際は相次いでいるどころか、事件は発生していない。C組ではどうだか知らないが、俺達A組には知られていない出来事だ。

 事前に一度見せておかなければ、俺に勝手な言い掛かりを付けている間辺慎太郎、と判断される可能性もなくはない。

 間辺慎太郎の居ない所で一度、不審な事件を俺の机で起こしたかった。そうすることで、『第一発見者の間辺慎太郎』という、最も犯人に近いカードを周囲から疑わせないように工作することに成功していたんだ。

 二度目になって、そんな事に気付くとは。

 ……意外と、手が込んでいる。そこまでして、俺を陥れたかったのだろうか。


「そうだな。杏月は――」


 釣り目の女が美濃部のスカートを盗み、俺の鞄まで運ぶだけの時間の余裕。

 ――合同体育。

 美濃部のスカートが入っているのは、女子更衣室か教室か――女子更衣室だろうな。教室で着替えている所など見たことがないし、女子更衣室の意味も無いだろうし。

 ならば、女子更衣室から仕掛けるのが丁度いいだろうか。


「今日の合同体育、釣り目の女を尾行してくれ」

「釣り目の女……? ……ああ、最近委員長とたまに放課後待ち合わせてる? 下関しものせきさん、だったっけ」

「……待ち合わせてるのか?」

「うん、商店街の方で一回だけ見たことあるよ。もしかしたら付き合ってるのかも、なんてちょっと思ってたけど」


 残念ながら、付き合っているよりはいくらか質の悪い絡みだったようだ。

 そのような姿が目撃されているなら、下関という女が俺の見た釣り目の女なのだろう。


「多分、そいつだ。……そいつ、尾行してくれ。初めから居ないか、どこかで体育を抜けるはずだ」

「……なにそれ」

「携帯のカメラ、ちゃんと使ってくれよ。それで、美濃部のスカートが合同体育の最中に盗まれる。それを記録しておいて欲しい」

「……まあ、私は、構わないけど」


 杏月は俺に懐疑心を抱いているのだろう、訝しげな瞳で見詰めると、自身の携帯電話を取り出して何やら操作していた。今は杏月に何を思われようとも、事態の収束が第一だ。

 さて。これで釣り目の女はガードできる。俺の鞄にスカートが入れられようものなら、杏月がそれを映像に記録しながら止めてくれる筈だ。

 だけど、これだけでは間辺と繋がりがあったと特定するには至らない。

 遠いな……。どうやって間辺慎太郎と、下着泥棒事件を一致させればいい。何か、証拠が欲しい。間辺が意図して俺を陥れようとしている、証拠……

 ……無ければ、作れば良いのか?


「杏月、間辺の席、分かる?」

「え? そりゃ、分かるけど……どうすんの?」


 そうだ。無ければ、作れば良いんだ。

 今、それを成し遂げるためのアイテムを手に入れた所じゃないか。俺はA組の教室を出て、杏月に誘導してもらい、C組の間辺の席を当たった。時刻、七時半。まだ大丈夫だろうか……そろそろ、一番乗りの生徒は現れるくらいの時間かもしれない。

 いや、八時前くらいか? 廊下を歩いて、C組の教室は――まだ、空だ。良かった。

 グラウンドでは、まだ運動部が練習をしている。

 俺は速やかに教室に入り、間辺の机の上に俺に仕掛けられた地雷を置いた。


「おおお」


 杏月が珍しく好感触な様子で、キラキラと輝く瞳で俺を見ている。

 ……お前、こういうのは好きなんだな。


「本人に返してやれば良いか、と思ってさ」

「なるほど。良いアイデア。……っても、私はまだ委員長が犯人だとは分かってないけど」

「その点については大丈夫だ。綿密に調べた」


 お前とだけど。

 再び廊下へ出て、俺は自分の教室へと足を進める。道中誰にも見付かっていない事を確認して、俺は人知れず笑みを浮かべた。

 ――いける。


「間辺の予定では、合同体育の後、昼休みに仕掛けた罠を使って、俺を嵌める。生徒指導室に呼ばれて停学になる俺を横目に、放課後になると美濃部に迫り、『お前の想い人はただの変態だ』というレッテルを貼った上で、美濃部を海外に連れ出そうとする」

「お前の想い人って……純のこと?」

「今は、そういう事にしといてくれ。本来の筋書き通りならそれで美濃部は首を縦に振るしかなくなるが、間辺に汚点が付いたとなれば、どうかな」


 皆が、貴方が最低な人間だって知っていれば。

 美濃部は杏月が撮影したビデオで、苦し紛れに間辺にそう言っていた。

 現実にしてやる。


「……ねえ、純、ホントにどうしちゃったの?」


 他の人に俺の境遇を話して協力して貰うっていうのは、やっぱり駄目なんだろうか。まあ仮に杏月に姉さんに殺される関係の出来事を話した所で、認めてくれるとも思えないが。

 今日一日に起こる出来事を予知するより遥かに突拍子もないことで、証拠も残せない事だしな。


「まあ、知ってるんだよ。どうやって間辺の計画に気が付いたのかということについては、秘密。教えない」

「えっ、ちょっと! 私に協力させるんなら、それくらい教えなさ――」


 ……ん? 杏月の言葉が止まった。俺はA組の教室に入ろうと扉を開いて、


「わぷっ」


 胸に、何かが当たった。

 視線を前に戻す。――誰も居ない。……自然とその視線は、下へ。

 わあ、綺麗なオレンジ色の髪だなー……


「ミノベェ――――!?」


 ――思わず、声が裏返った。

 美濃部は俺の胸板にぶつけた鼻っ柱を擦りながら、俺と目を合わせた。ダークブラウンの瞳が、くりくりと俺の事を捉えて動く。


「……おはよ、穂苅君」


 聞かれた!?

 どこから!?

 いや落ち着け!!

 俺は廊下を歩いていた!!

 その時、教室の扉は開いていなかった!!

 ということは、美濃部は何も聞いていないという事にはならないだろうか!!


「おはよう美濃部立花! 今日も良い天気だネ!」

「……梅雨なのに『今日も』っておかしくない? あと、何でフルネーム?」

「今日は良い天気だネ!」


 俺は何事も無かったかのようにさらりとかわし、美濃部をすり抜けて自分の席へと戻った。

 美濃部は俺の事を熱い眼差しで見ている。……ふう、危ない所だったぜ。


「……今日は、お姉さんは一緒じゃないの?」


 俺は固まった。

 ……知ってたよ。言及されるであろう事は。

 本当は速やかに席をチェックして、時間が来るまで屋上で時間を潰す予定だったのに。

 まさか、よりによって美濃部に発見されるとは。

 俺は再び時刻を確認した。……七時四十分。


「美濃部こそ、今日は随分早いな」


 美濃部は苦し紛れに目を逸らすと、もじもじと身を捩らせた。


「……な、な、な、なんの、ことかな? わっ、わっ、私、いつも、この時間……だよ?」


 ――ああ、分かりやすい。

 俺にも一目で嘘を付いていると分かる。

 なんて分かりやすいんだ、美濃部。お前最高だよ。


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