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ヤンデレ姉さんに○されたら考えるべき10のこと  作者: くらげマシンガン
▼第二章 俺と美濃部立花の関係について。
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つ『最後のデートに2度目はあるか』 後編

 待ち合わせの場所に、予定時間通りに美濃部立花は現れた。今日は花柄レースのブラウスに、グレーのフレアスカート。いつもの赤いリボンが、美濃部らしさを際立たせている。

 ……俺は、デートをする時の女性の本気というものを思い知らされた。


「ごめん、待った?」

「いや、待ってない、けど」


 いつもと、化粧が全然違う。どちらかというと普段は簡素な感じの化粧だったのに、今日は何だか、白人みたいに肌が白い。肌の色まで変わるのかよ……杏月の時もそうだったが、大概女性の顔というものは信用できないな。

 背が低い事も相まって、見た目は人形のような雰囲気だ。さり気なく存在感を放つリップも、違和感はないのに鮮やかな色をしている。

 思わず、見惚れてしまった。


「……どしたの?」

「ああ……いや、何でもない」

「も、もしかして、どこか変だった!? ごめん、私、ちょっと張り切っちゃって……」

「いや、すげえ可愛いよ。普段と全然違うから、驚いてた」


 瞬間、美濃部の顔が熱暴走を始め、鞄を握り締めて石化した。


「……あっ、あっ、あ――りがと、う」


 その吃音症を聞いて、やはり、あの美濃部立花なのだと俺は再確認した。いつもの三割増しくらいに可愛い。

 今ここに、俺は宣言する。『可愛い』は作れる。

 いや、別に普段の美濃部が可愛くないだとか、そういう事を言うつもりは全く無くて。普段も可愛いと思うが、今日はなお可愛い。

 ……ということは、普段簡易的なメイクしかしていない姉さんや青木さんも、デートになるとイメージが変わったりするんだろうか。

 未知の領域だ……。


「ごめん、なんか、こんな格好で」

「ああっ、ううんっ!? だっ、だっ、だ――いじょうぶ」


 俺は普段の通りの白いボタンシャツに、ブルージーンズ。何にでも合わせられるという名の、お手軽装備だった。美濃部の気合いに応えられず、恥ずかしい限りだったが。


「いつもの穂苅君と、デートしたい」


 ……その台詞は、反則じゃないか。


 少女趣味な美濃部の希望は、一日デートをすること。特に予定など考えていなかった俺達は、ノープランで広大な都会の海に紛れた。平日、水曜日。辺りはスーツ姿のサラリーマンと、セレブリティなおば様で溢れかえっている。

 そんな中に居る、学生の俺達だ。気まずい事この上ない。

 俺は近場のデパートを指差すと、美濃部に笑い掛けた。


「買い物なんか、どうだ? ……バイトしてないから、あんまり小遣いはないけど」

「あ、うん。見て行こっか。大丈夫、私、バイトしてるし」


 ……おお純よ、金も無いとは情けない。美濃部に気を使わせてしまったじゃないか。

 今度、バイトの求人広告を探す所から始めようかな……。好きな娘とデートに来て、茶代一つ持てないんじゃ流石にカッコ付かないし……

 世知辛い学生事情を、こんな時に知るのだった。

 美濃部はチラチラと、俺を見ては胸の辺りで手を揉んでいた。


「……美濃部?」


 だが、美濃部は手を後ろに回して、恥ずかしそうにそっぽを向いた。


「な、なんでもないっ」


 なんだ……?

 俺の視界で、ケーキがちらついた。何だよ、こんな時に……。何やら、両手を振って俺にアピールしている。

 面倒だな……。仕方なしにケーキと目を合わせると、ケーキは俺の耳元に飛んで来た。


「手を繋ぎたいのでは、ないでしょうか」


 ――――なに?


「ほら、こういう時は、男の人から繋いであげないと」


 俺は眉をひそめて、美濃部の様子を再確認する。背の低い俺よりも背が低い美濃部は、上目遣いに俺に流し目を送っては、目が合わないように前を向く。何度か、そんな事を繰り返していた。

 後ろ手に回された白い指が、何やらもじもじと動いている。

 いや、まさか。本当に?

 俺は普段歩く時、ポケットに手を突っ込んでいるため――当然の事ながら、美濃部は今まで俺の手を握る瞬間などなかった。

 美濃部の手を見る。

 ふっくらとしていて白く、男の手とは明らかに違うものだった。

 ……握るのか?

 アレを?


「……そ、そ――うだ、穂苅君。デパートの中にね、ケーキ屋さんがあるの。ちょっと、食べて行こうよ」


 美濃部はデパートのフロアマップを指差し、俺に合図した。降ろした瞬間、美濃部の左手が、それとなくジーンズのポケットに親指だけ入れている俺の、手の甲に当たる。

 ――無理無理無理無理!!

 普段、姉さんや杏月に腕を絡められていたのは、もしかしたら手を繋ぎたかったからなのだろうか、などと今更思う。

 ケーキが不満たらたらの顔で、俺の周りを飛んだ。


「純さーん……の、意気地なしー……」

「うっせえ!!」


 思わず反応した俺の言葉に、美濃部が驚いて身を縮めた。周囲の人々が、俺の台詞に反応して俺を見ていた。

 い、いかん……。これ、ケーキの向こう側に人が居たら大変な事になっていたぞ。


「ご、ごめん。嫌だった?」

「ああいやっ、違うんだっ。ちょっと、走ってた車の音楽がうるさくてさ。ケーキ超好き!! 超食べたい!!」

「ほ、ほんと!? 穂苅君は、どんなケーキが好きなの?」


 ……しまった。何故、こんな話題に。ケーキの種類なんてほとんど分からないよ。

 俺は神の使いと噂の、駄目な方のケーキを睨んだ。

 ケーキは口元を両手で抑えて、必死で俺と目を合わせまいとしている。

 ……食われろ、お前。


「名前は分からないんだけど、ピンク色で、あれかな。羽根が生えてるくらい美味いケーキがあってさ」


 ケーキはショックを受けている。


「え、何それ!! イチゴとか? 着色してれば、リンゴとかもあるよね」

「ちょっと憎たらしい味なんだけど、すげえ美味いんだよ。名前、なんだったかなー」


 ケーキはガタガタと震えていた。

 ……ちょっと面白い。


「なんだろー、食べてみたいなー」


 ほんわかと笑い、柔らかそうな頬を蕩けさせている美濃部の姿は、俺の理性にダメージを与えるには十分だった。


 美濃部の希望通り乙女ケーキ屋さんに入った後は、映画を見て遅めの昼食を食べる。流行りのベーグル専門店で茶をする頃には、すっかり俺と美濃部のぎくしゃくとした関係も、角が取れて滑らかに丸くなっていた。

 どうでもいいような学校の話題で盛り上がりながら、いつしか時は過ぎた。俺も美濃部も互いの立場など忘れ、楽しんでいたように感じる。

 ベーグル専門店を出る頃には、辺りはすっかり暗くなっていた。


「っん――。ちょっと疲労――」


 美濃部はうん、と伸びをした。今日の朝には考えられない仕草に、俺は思わず肩の力を抜いてしまう。美濃部は楽しそうに俺を見ると、笑顔を見せた。


「すっごい喋っちゃったね」

「だな」

「あのね、最後に行きたい所あるんだけど、いい?」


 美濃部はふと、そのように言ってきた。俺が頷くと、美濃部は俺の手を取った。

 思わぬ距離の近さに、俺の心臓が一瞬、跳ね上がった。

 いささか、美濃部も大胆になったのかもしれない。


「行こう!」


 美濃部は走り出す。場所も分からず、俺は美濃部に手を引かれたままで、走り出した。

 ――その光景に、何故か既視感を覚えた。

 まるで、遠い日に同じような出来事があったかのような――……

 だが、その既視感が何だったのかを特定するには至らず、二人に当たる夕日に紛れ、消えてしまった。

 美濃部は俺の手を引き、建物に入る――展望タワー? エレベーターに入ると、ぐんぐんとエレベーターは上へ向かっていく。どこか美濃部の様子には、違和感があった。

 まるで、寂しく思う気持ちを、無理矢理に笑顔で上書きしているかのような。


「ね、穂苅君。展望台って、見たことある?」

「……いや。一人じゃあ、あんまり行く機会、無かったから」

「私も初めてなの」


 美濃部は、さり気なく俺の腕に身体を寄せてきた。

 ……な、なんか、妙に積極的じゃないか? 今までの美濃部とは、また印象が違う。


「……なんか美濃部、良い匂い、するね」

「や、やめてよ。恥ずい、じゃん」


 美濃部の頬は、うっすらと赤い。二人きりだから、ハイになっているのかもしれない。


「わあ……!!」


 丁度太陽が沈む瞬間だったようで、美濃部は歓声を上げて窓へと走って行った。俺は後ろからそれを追い掛けた。

 だが、美濃部は夕日を見ると、立ち止まった。その停止に妙な感覚を覚えて、俺は立ち止まった。

 美濃部は沈む夕日から振り返り、俺の方を向いた。はっと気付いて、俺はその光景を『思い出した』。


「きっ、きっ、き――ょうは、勝負用の、香水、付けてきたの」


 ――これは。一回目。

 美濃部はデートの帰りに、俺に同じ事を言った。夕日の逆光に、美濃部の顔に影が出来る。それが美濃部の表情にコントラストを与え、不思議と幻想的な印象を作り出した。

 俺は、その手を取りそうになる。

 だが、美濃部は俺に両手を隠した。


「お、お、恐れ入った? わ、私だって、やる時は、やるんだよ」


 恐れ入ったよ。俺はすっかり、美濃部の魅力に取り憑かれていた。

 美濃部は、笑った。

 それは、辛そうに。


「――もう、帰らなくちゃ、だめなの」


 俺は、笑うことが出来ない。

 一回目、美濃部立花は俺に告白した。俺はとうに、その返事を出せないままで、姉さんに殺されてしまった。

 今度は、美濃部から。

 ――俺達は、出会い、そしてすれ違っていく。


「今日、すっごく楽しかった。感動した。穂苅君、ほんと、良い人だなって、思う。ありがと。私、もう明日からは、学園には、行かないから」


 美濃部は俺に駆け寄ると、背伸びをして、俺の頬にキスをした。

 ふと、前髪で表情を隠すと、俺の胸に頭を預けた。


「――私のものに、なればいいのに。大っ嫌い。……大好き」


 それは、ほんの一瞬のことで。

 美濃部は俺の脇を通り抜け、エレベーターへと走って行く。

 もしかして、タイミングを計っていたのだろうか。エレベーターは丁度、開いた所だった。

 エレベーターに向かい、エレベーターに入る。俺は振り返り、美濃部の後ろ姿に、


「美濃部!!」


 声を掛けた。

 美濃部は振り返ると、両手を後ろで組み、

 きっと、その日一番の、優しくて儚い微笑みを、浮かべた。



「ばいばい。……シスコン」



 最後に、そんな悪態を付いて、

 扉は閉められた。

 俺はその扉を、ただ眺めていた。



「はー。美濃部さん、本当に行ってしまうのですね」


 ――マンションに到着する頃には、すっかり外は暗くなっていた。

 ケーキが肩を落としてぼやいた。俺は無言でマンションのエレベーターに入り、家へと向かう。

 ……今日、時間が巻き戻らなければ、きっと俺はもう。美濃部とやり直す事は、出来ないだろう。仮に明日に殺されたとして、俺が次に巻き戻る時間は、良くて六月十九日の朝。

 もう、自宅謹慎をやり直す事はできない。

 可能性があるとしたら、今日しかない。


「……純さん?」


 俺は覚悟して、扉を開いた。


「……姉さん」

「あ、純くん! おかえり!」


 キッチンに居た姉さんは、俺に笑顔を浮かべた。

 ……普通だ。

 その様子が、ほんの一瞬だけ、残念に思えてしまった。同時に、女の子とデートをして帰って来たのに、姉さんが普通な状態であることに、少しだけ安堵する。

 分かっているのか? 自分が死ぬって、そんなに簡単な事じゃ、無いんだぞ。

 これは、良かった事だ。……いや、でも残念な事だ。

 生命が事切れる瞬間の痛みは、想像を絶する。

 分かっているけれど。


「どうだった?」

「……ん、まあ。普通」

「うん、なら良かったよ」


 姉さんは帰って来た俺を抱き締める。

 食卓をどけると、俺をリビングの真ん中に立たせた。


「どうしたの? 姉さん」

「うん、もうすぐね、準備できるからねー」


 サラダ油を取り出した姉さんは、その蓋を開けた。


 ――――え?


「……ちょっ、ね、姉さん!?」


 姉さんは、リビングにサラダ油をぶちまけ始めた。どばどばと、リビングは油で染まり――俺の素足を濡らした。


「良いこと、思い付いたの」


 姉さんは、俺を抱き締める。


「今夜は、記念日!」


 俺は視界を姉さんの身体に奪われ、身動きが取れなくなっていた。……何だ? なんか、カチッっていう、無機質な、

 ――待って。待って、待って、


「何してんだ姉さん!? おい!! ちょっと!!」


 もっと、包丁で刺すとか、崖から落ちるとか、苦しくない方法、あるじゃないか。

 いや、その前に、どうして? ついさっきまで、姉さんは普通で、

 ……普通じゃなかったのか?

 やっぱり、俺が女の子と二人で出掛けるのは暴走の原因になるのか?

 ――熱い。


「熱い!! 姉さん、熱いよ!! やめて!!」

「今日は、純くんと永遠を結ぶ、記念日だよ」


 俺は無理矢理に姉さんから顔を引き剥がし、辺りを確認して――

 なんだこれ。火事か。

 姉さんは薄ら笑いを浮かべたまま、愛おしそうに俺を見ている。

 俺の身体は、既に燃え始めていた。


「目を開けないで。怖くないよ」


 ごめん。やっぱり、自殺するっていうのはナシだ。既に火傷を通り越した痛みは、俺の身体を蝕んでいる。

 でも姉さんの強靭な腕力が、俺を捕まえて離さない。

 目の前の姉さんの目には、

 生気が無かった。


「熱い!! あづあっ、ああ!! あああああ!!」

「――大丈夫」


 姉さんの親指が、俺の目に迫った。


「すぐ、楽になるからね」


 ぐちゃり、と目が潰れる感覚があった。



 ◆



 夢を見ていた。

 姉さんが水浴びをしている。湖の真ん中で、真夜中。月に照らされて、白い肌が光っている。

 その背中に真っ黒な、月の光に照らされても発色しない――翼のようなものが、微かに見えた。

 長い髪は黒く、目は紅い。

 どうして、それを姉さんだと思ったんだろう。

 目覚ましの音がして、俺は目を覚ました。

 勢い良く起き上がると、全身を撫でさすった。

 寝間着を脱いで、身体の状態を確認する。

 ――火傷の痕はない。


「戻っ、たのか」


 まだ、呼吸は荒い。俺は目覚ましを止め、立ち上がり――よろけた。

 身体が、ひどく重たい。まるで風邪でも引いたかのような重さだった。ケーキは、また俺と姉さんのベッドで眠っている。

 日付は、六月十八日。


 ――六月、十八日だ。


 吐き気を催して、俺は洗面台に走った。


「おはよ、純く……」


 躊躇わず、洗面台に胃酸をぶちまけた。


「純くん!!」


 姉さんが心配しているとか、どうして暴走したのかとか、ひとまず今、そんな事はどうでもいい。

 ――戻れた。

 戻って来られたんだ。


「……平気、姉さん。俺は大丈夫」


 把握して、計画を立てろ。今日一日、誰がどのように動くのか。俺は全てを確認してきた。

 俺だけが、今日一日で起こる出来事の全貌を知っている。

 やりたいように出来るはずだ。


 ――――戦いに、行くぞ。



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