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ヤンデレ姉さんに○されたら考えるべき10のこと  作者: くらげマシンガン
▼第二章 俺と美濃部立花の関係について。
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つ『信頼は時として証拠に優るか』 前編

 六月十八日の夜、俺が自宅謹慎処分を受けた後、間辺慎太郎は美濃部立花を自分の教室に呼び出していた。

 たまたま杏月が同じクラスで助かった、杏月は当時の状況を動画に残してくれていたのだ。

 画面の向こうでは、間辺の言葉に合わせて美濃部が俯いたように見えた。


『……決断、って、言われても』

『もう、結論は出ているだろう。僕は近日、海外に出る。君を連れて行くよ、美濃部さん』


 俺は一字一句聞き漏らすまいと、テレビのモニターに顔を近付けた。ノイズの向こう側で、ぼそぼそと喋る声が聞こえてくる。

 杏月は何も言わず、ただ顰め面をしていた。


『中々、君のご両親が折れてくれなくてね。形だけでも君の同意が欲しいんだ。頼むから、あまり僕を困らせないでくれないかな』

『……私は、認めて、ない』


 認めるって……何を、だ? 美濃部の声色から察するに、あまり良い内容とは思えない。間辺が言っている『海外』というワードも、よく分からないが……

 美濃部は覚悟を決めたのか、俯いていた顔を上げたようだ。表情は解像度の関係で潰れてしまい、よく見えない。


『私、は、まだ、この学園に、居たい』


 やれやれ、といった様子で間辺は下がった。誰も教室に居ない事を確認したからだろう、間辺は出入口の扉に鍵をかけたように見える。誰かが簡単に入って来ないように、若しくは入って来る様子があった場合にすぐに察知できるように鍵を掛けたとしか思えない。

 何故、美濃部との会話を聞かれたくないのだろう?

 ……そうか。俺が捕まったのは、その当日だったからだ。被害者は美濃部、告発したのは間辺。二人に関係性があることが誰かにバレれば、疑いを掛ける者が現れるかもしれない。

 俺の勝手な見解か……? でも、だとするなら画面の向こうの間辺が見せる、慎重な様子は一体……。


『まだ、あの下着泥棒に想いを寄せているのかい? ……美濃部さん、君も強情だな』

『別に、ほ、ほ、穂苅君が、やっ、やったって決まった訳じゃ、ないもん』

『ご両親も呆れているだろう。僕との関係はもう決まっているというのに、あろうことか何処ぞのシスコンに恋心を抱く娘の存在に』

『……あっ!! あっ、あっ、あなたに、穂苅君の、何が分かるのよ!!』


 ……すごい言われようだな、俺。思わず、苦い顔をしてしまう事が避けられなかった。美濃部、ありがとう。こんな事を言われている俺を庇ってくれて。

 何処ぞのシスコンって何だよ。本当、どいつもこいつも勝手な事を言いやがって……。


『でも、彼はもう居ない。今頃、彼の両親にも通知が届いている頃だろうさ。美濃部さん、君の両親には僕から報告しておいたから』


 ――何?

 美濃部の両親に、俺が生徒指導室に呼ばれて謹慎を喰らった事を、話した、という事か……?

 どうして?

 何の理由があって、そんな事を。

 美濃部の両手が胸の前で強く握られているのが分かった。


『まっ、まっ、ま――さか、私のパパとママを納得させるために、わざと下着泥棒なんて……』


 ……話の本筋が見えない。

 そりゃあ、物事を全部説明してくれる筈はないか。推理しながら、聞かなければならないだろう。

 決断。海外。両親。納得。四種類の単語が、俺の頭の中に浮かんだ。それらはぐるぐると巡り、一つのストーリーを俺の中に誕生させる。

 間辺は両手を広げ、美濃部に――おそらく、不敵に嘲笑った。


『――――さあ、どうだろうね?』


 何かの予感が、確信に変わった瞬間だった。

 突然現れた、釣り目の女。あれがもし、間辺と手を組んでいたとしたら? 主犯・間辺、協力者・釣り目の女だったとしたなら、ある程度、予想をする事は出来る。

 おそらく美濃部の両親と間辺の両親は知り合いで、二人は海外に出る予定だった。それに反対した美濃部の理由を潰すため、間辺が青木さんを始めとする、ドラマ制作関係の情報を探っていたとしたら。

 おかしいと思ったんだ。ある日唐突にC組の学級委員長を名乗る人間が俺の前に現れ、『違うクラスであるはずの』俺に、美濃部の事件について問い掛ける。

 普通同じ事件を学級委員長として追求する場合、真っ先に探すのは自分のクラスじゃないか?


『穂苅純君。大変申し訳無いが、君の鞄を見せてくれないか。学級委員長として、放ってはおけないんだ』


 今思えば、学級委員長として放って置けないと言うような人間が、海外留学から帰って来た穂苅杏月の学園案内を引き受けない理由が分からない。

 あの時、案内を担当したのは青木さんだと言っていた。それで二人は仲良くなったのだから。


「こいつ、普段は学級委員長の仕事なんてちっともやらないから、おかしいなーと思ったんだよね」


 杏月が俺の予想を肯定するように、呟いた。

 そうか。杏月は間辺の不審な様子に、もっと早く気付いていたんだな。事件の時の杏月は、俺の教室に来た時に事情を把握し、慌てて隠れたのだろうか。

 ドラマ制作メンバーの中に、まだ杏月は正式に加入している訳じゃないからな。警戒が薄れる。


『ひっ、ひっ、ひ、どいよ。な、何の罪もない穂苅君に、罪を着せるようなこと、したの!?』


 間辺は一瞬後ろを振り返り――廊下を確認しているのか。抜け目無いな。再び、美濃部の方向に向き直った。


『知らないよ。でも、君がいけないんじゃないかい? 僕というものがありながら、他の男に目を付けた』

『私は、パパやママが何を言っていたとしても、か、か、関係、ないから!!』

『そうかな。君が一言『ご両親の言う事を聞く』と言っていれば、こんな事にはならなかったんだよ』


 間辺は美濃部に向かい、歩く。美濃部は怯えているようで、窓際に追い詰められていった。


『君と僕が結婚することで、ようやく会社の仕事は上手くいくんだ。願ってもない話じゃないか。後を継ぐ僕等にとって、これ以上の利益はないと思わないかい?』

『ひっ、ひっ、人の、気持ちを、勝手に、決めないでよ!!』


 間辺は美濃部のすぐ近くにまで迫っていた。俺はテレビに手を付け、その様子に見入っていた。杏月がソファーに座り、不機嫌に踵を踏み鳴らした。

 このやり取りに、苛々しているのかもしれない。


『美濃部さん――いや、立花。君がご両親に抵抗するための駒は、全て潰した。もう、我儘を言うな』

『……み、皆が、貴方が最低な人間だって、し、知っていれば、事情は違ったでしょうね』

『躾がなってないな、父さんも。立花、君の家は誰の会社に所属して、生きているんだい? 僕がイエスと言えば、君はイエスと言うしか無いんだよ。『あまりご両親を困らせるな』』


 ――主従関係。

 そうか、つまりこれはあれだ。間辺は美濃部の事をどうにか手中に収めようとしていた、と考えるべきなのだろう。

 美濃部は間辺の事を多分あんまり好きではなくて、ご両親に反対する手段が『他に好きな人がいる』事だったんだ。

 何か理由がなければ、美濃部の両親は仕事柄、間辺の家に反対出来ない。そんな状況なのかもしれない。

 たった一つの美濃部の武器――つまり俺という存在に対して、『女性の下着を盗む、最低な下衆野郎』だというレッテルを貼ることが出来れば、美濃部の両親は間辺の提案に頷かざるを得なくなる、ということか。

 ……なんだよ、そりゃあ。


『さあ、立花。学園を出よう――そして、僕と』


 映像は、そこで途切れていた。

 何か、とんでもない衝撃映像を見せられたかのような気分だった。杏月はソファーに座って足を組み、相変わらず踵で床を叩いている。


「七光りの馬鹿息子って、こういうのを言うのかもねー」


 不機嫌にぼやいた。

 なるほど。確かに、確信を得られるだけの映像だった。俺を罠に嵌めたのは、間辺慎太郎。だが相変わらず、奴がやったという証拠はどこにもない。

 釣り目の女が薄情すれば話は別だが、まあこの話を聞いている限りだと間辺は大層な金持ちみたいだから、大金で釣っているのかもしれないな。

 ……うう。かといって、どうしろって言うんだ。

 杏月はソファーから立ち上がると、うん、と伸びをした。


「さーって。とりあえずお腹空いたし、お昼ごはん食べようよ。食べたら解決編へと行きますかね」


 ――どうやって?

 俺は、思わず杏月の顔を見てしまった。杏月は俺の顔を見ると目を丸くして、直後、その間抜けな顔があまりに面白かったのか、指をさして笑った。


「どーしたの、純。そんな顔して」

「え、いや、だって」

「解決編? 簡単だよ」


 杏月は再び携帯電話を持ち出し、俺に見せ付けるように振った。


「あいつを呼び出して確信的な事言わせて、コレで確実な証拠にすれば良いんでしょ?」


 ぞっとするほどに妖艶な微笑みで、いやらしく携帯電話の端を舐める仕草をする杏月。……俺は軽い寒気を覚えた。


「私の純を罠に嵌めようなんて七光りの大馬鹿阿呆間抜けクズは、二度と表を歩けなくなるくらい恥ずかしい目に遭わせてやる」


 ……こ、これは。貴重な戦力が増えたと思って、……良いのか? 大丈夫なんだろうか?

 怖いなあ。



 ◆



 杏月は青木さんに電話し、美濃部の番号を聞き出した。昼休みの間に今度は美濃部にコール。難なく、間辺慎太郎の連絡先を突き止める事に成功する。電話先で美濃部が何やら慌てていたようだが、杏月はいつもの甲高いアニメ声で美濃部に明るく言った。


「ん? あいつぶち殺そうかなーと思って。うん、ちょっと気分的にね」


 最早、ブリっ子要素など欠片もない台詞を口にして、美濃部との通話を終える。その後、間辺に連絡していたようだった。授業を抜け出して来るようにと言っていたようで、間辺は予定通り来る事になったらしいが、何を考えているのやら。

 そうして昼飯を食べ終えると、俺と杏月は都内のファミリーレストランまで向かい、席を確保した。杏月は茶色のベレー帽にサングラスという如何にもな格好で新聞を広げ、ポケットから煙草を――……


「っておいお前吸うなというかお前未成年というかここ喫煙席だろうが!」

「シガレットチョコだから」


 流れるような俺の突っ込みを完全にスルーした上に、杏月は何の意味もないシガレットチョコを吸う振りをしていた。

 自分の姿が間辺にバレないよう、工夫をしているのだろうか。


「あの、ご注文は……」


 杏月の奇妙奇天烈な格好を前に、ウエイトレスが頬を引き攣らせた笑顔を浮かべる。杏月はサングラスを外すと、人差し指と中指で格好つけて、ウエイトレスに言った。


「おねーちゃん、カツ丼二つ」

「ここはイタリアンだ!」


 何をハイになっているのか分からないが、行動と発言がどうかしている杏月を軽く殴って、俺はウエイトレスにドリンクバーを二つ注文した。昼飯を食べに来たサラリーマンや、買い物帰りの奥様方の視線が目に痛い。

 しかし、あの見るからに優等生な格好をしている間辺慎太郎が、本当に授業を抜け出してこんな所に来るんだろうか……? 俺も自宅謹慎処分を受けている身だ。本当なら、こんな所に居てはいけないんだろうけど。


「純、何飲む?」

「杏月、お前よく平然としていられるなあ……。俺はこれから間辺に会うのかと思うと、心臓がバクバク言ってるよ」

「なんで? 事件の犯人を捕まえて、証拠を聞き出すんでしょ。ワクワクするじゃん! ……あ、私、探偵って設定にしようよ、名前を公開しないでさ。匿名な方が、あいつも緊張するかもしれないし」


 杏月ってすごいな……。

 と、窓の向こうに人影を見付けた。黒髪に眼鏡……あれが間辺か? ……いや、その割には学園の制服を着ていないし……。

 男はそのままファミリーレストランに入り、辺りをきょろきょろと見回している。顔が見えると、それは間違いなく間辺だと分かった。一瞬目が合い、間辺は口だけで笑みを浮かべると、俺達のテーブルまで胸を張って歩いてきた。

 思わず、ごくりと唾を飲み込んだ。


「ここで、よろしいかな?」

「何で、制服じゃ……」

「ああ、ばれるとまずいのでね。着替えさせて貰ったよ」


 相変わらず小難しい言葉遣いで、間辺は俺に聞いた。俺は慌てて席を立ち、杏月の隣に腰を下ろす。間辺は俺が座っていた対面のソファーに腰掛けた。

 間辺は腕を組み、俺に不敵な笑みを浮かべた。


「……それで、僕に何の用かな。穂苅杏月」


 杏月が驚いて、一瞬身体を硬直させたのが分かった。今日の杏月は、学園でよく見る妹の格好ではない。帽子を被りサングラスを掛けて、しかも髪型はツインテールではないし、メイクも違う。普段の杏月からすれば、別人のよう。

 杏月はサングラスを外し帽子を取ると、間辺を険しい顔で見た。

 その表情には、僅かな焦りが見て取れる。


「……どうして、私だと?」

「ん? いや、かの穂苅と一緒にいる女など、姉でなければ君くらいかと思ってね」

「カマかけただけ!?」

「いや、君が自爆しただけだ」


 悪かったな、友達居なくて。

 杏月はむっとした表情になって、上着を脱いだ。武装を解いた杏月は、いつものギャル風のスタイルだ。赤く塗られたマニキュアが光を反射して、煌々と輝いた。


「なるほど。何かあるとは思っていたけれど、随分と趣味が悪いね」

「余計なお世話! ……何あんた、クソうざいんですけど!」


 間辺は杏月の悪態にも動じない。中指で眼鏡をすっと直すと、腕を組んだ。やはり、一筋縄ではいかない男だ。証拠が無い場合は信頼関係の勝負になると、始めから分かっていてやったのだろう。

 杏月は鞄からDVDを取り出すと、机に軽く叩き付けるように置いた。


「で、ネタは上がってんだけど。さっさと降伏しなさいよ」

「うん? ――すまない、日本語で話してくれないか。申し訳ないが、低脳人の言葉は一般人には理解し難いものでね」


 杏月が顔を真っ赤にして、ぶるぶると震えていた。……苦手なんだろうな、こんな風に言われるのは。ここは、俺が進んで名乗り出なければならないか。

 俺はささやかな敵意を間辺に向けて、両手を組んでテーブルに置いた。


「美濃部と交際がしたかったから、俺をダシにしたんだろ。悪いが、杏月が動画に撮って収めてる。このDVDがそれだ。言い逃れはできない」

「なるほど。随分と小賢しい手を使うんだね」

「はア!? どっちが!!」


 ……杏月、落ち着け。こいつの憎まれ口に付き合っていても仕方ないぞ。

 杏月は今にも爆発しそうな様子で間辺を睨んでいる。仕方がないので、俺はその背中を軽く叩いた。ぎろりと、杏月が俺を睨む。……俺を睨むな。

 間辺は嘲笑うような顔で、手を広げて俺と杏月に見せ付けた。


「それで、何か証拠になるような事はあったかな?」


 そこに、一切の迷いも恐れもない。


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