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ヤンデレ姉さんに○されたら考えるべき10のこと  作者: くらげマシンガン
▼第二章 俺と美濃部立花の関係について。
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つ『深淵の奇策士は夕日に紛れるか』 後編

 杏月は玄関扉を開き、中へと侵入してきた。我が物顔で家の廊下を歩き、リビングへと到着する。俺は何も言えず、杏月の後ろを付いて歩いた。

 その手には先程俺に見せ付けた、一枚のDVDがあった。ラベルが貼られていないので、市販のデータコピー用か何かのDVDだろうか。

 俺はまだ朝食も食べることが出来ずにいた。杏月が目ざとくそれを発見する。


「あれ、そういえばまだパジャマだね」

「……ちょっと、色々あってな」


 杏月はジャケットを脱ぐと、食卓の椅子に掛ける。鞄を居間のソファーに投げると、意気揚々と俺の手を掴んだ。何事かと思ったが特に抵抗する理由もなく、されるがままになっていると、杏月は寝室の扉を開いて中へと入っていく。

 その部屋の様子が異様だったからだろう、杏月はあからさまに嫌そうな顔をした。


「うわっ、ダブルベッド!? マジ!?」

「……ほっといてくれよ。姉さんの趣味だ」

「……ふーん」


 杏月は不機嫌そうにそう言うと、わざとダブルベッドに腰掛ける。……ああ、姉さんが気付いたら何と言うだろう。あの異常すぎる嗅覚には対応出来そうもないので、俺は杏月がここに現れたと話すしかないのだが。

 姉さん、荒れるだろうな……。

 部屋の中を物色すると、杏月は腕を組んだ。


「シンプルだね。なんもないの?」

「今のところは、見えてるもんだけだよ」

「そうなんだ。意外」

「なんで?」


 杏月は、俺を見ると悪戯っぽい笑みを浮かべた。


「てっきり、大人のオモチャくらいはあると思ってたよ」

「ある訳ないだろ!!」

「でも、一緒にお風呂ぐらいは入ったでしょ?」


 ……真実なので、何も言い返せない。

 俺は無言だ。その沈黙を肯定と受け取ったのか、杏月は不機嫌な態度でベッドから立ち上がった。俺を部屋の奥に押しやると、寝室の扉を閉める。

 扉を閉めた状態のまま、杏月は硬直していた。

 ……何を、考えているんだ? 部屋は暗く、電気は点いていない。杏月の表情を確認する事は出来なかった。

 だが、杏月は寝室の扉を後ろ手に、俺に向き直った。


「脱いで」


 ――それは、ほんの一言。だが、たったそれだけで俺の思考は停止した。


「……え?」

「いつまでもパジャマなんて嫌でしょ? 朝ごはんも食べたいもんね? だから、脱いで」


 心臓の鼓動が早くなった。杏月は不機嫌そうにしながらも、わずかに頬を染めて俺を見ていた。

 あまり、冗談を言っているようには見えない。だとするならば、これは本物だ。

 勝手に胸の奥がざわついて、胃の辺りが冷えるような感覚に襲われる。

 緊張しているのだ。


「このDVDにはね、昨日の事件を解決するための、ヒントが入ってる。品質は保証する。顔も台詞も、動機もばっちり。……でも残念だけど、確実な証拠にはならなかった」


 ――そうか。

 杏月は、その、俺が喉から手が出るほどに欲しかった『真犯人の手掛かり』をネタに、俺を揺するつもりだ。

 寝室の鍵が閉められ、杏月は俺に向かって歩いて来た。

 心臓の鼓動が早く、大きくなり過ぎて、杏月に聞こえているのではないかと錯覚する。

 杏月は服の中に、手にしていたDVDを隠した。


「それでも、追い掛ける相手だけでも分かったら、無実を証明するためのきっかけになると思わない? ね、私、協力しても良いよ。そのためにこれ、わざわざ仕掛けて撮ったんだもん」

「杏月、お前……」

「交換条件。私は純に、このDVDを提供する。純は六月三十日に、私と結婚するってパパに宣言する」


 俺は、喉を鳴らした。


「どうしてお前、それ……」

「ああ、六月三十日に一度帰って来るって話? この間のあいつの態度が気になったから、家に確認してみたんだ。そうしたら案の定というか、あいつはパパに許可を取りに行くみたいだね」


 杏月は至近距離まで迫り、上目遣いに俺を見詰める。姉さんとは毛色が違うが、可愛らしく整えられた前髪と、すっきり童顔に見える眉が、俺の方を向く。

 そうして、杏月は胡乱な笑みを浮かべた。


「あいつと付き合うかどうか、決めるんでしょ? 目の前ではっきり断って。自分の意思で、ここに来た訳じゃないって」


 ――もしかしてそうすれば、全て解決するのか?

 俺は『義理の妹である』杏月と結ばれ、学園での誤解を晴らし、実家へと帰る。姉さんは俺と杏月が結ばれた事で諦め、ケーキと神様の意思を通じて来世にも支障は出ない。

 美濃部と付き合う事は無くなるが、友好な関係を築いていく事は可能だろう。

 でも。


「ねえ。……オッケー?」


 杏月は寝間着の裾に手を突っ込み、俺の胸板をするりとなぞった。

 思わず、悩ましい吐息が漏れた。

 そのまま、杏月は俺の寝間着を脱がそうと、手を掛ける。

 だけど。


「……別に俺は、好きでこの場所に来た訳じゃない。……それは、お前の言う通り、本当だと思う」


 杏月は初めて、心から安堵したかのような表情になった。

 悪いが、その安堵は裏切る事になってしまうかもしれない。


「でも、今すぐに答えを決めることなんて、俺には出来ないよ」


 例え姉さんが俺に持っている感情が、家族としての愛情ではなく、一人の男としてのそれだったとしても関係無かった。

 杏月の表情が強張った。


「俺は……杏月、お前と付き合ったり、結婚したりなんていう未来も想像できない。それを今の俺に決断させるのは」


 はっきり、言っておかなければいけないと思った。

 本当は姉さんに先に言わなければならなかった事だと思う。

 けど、もしも杏月に言うなら、このタイミングでなければ有り得なかったのだ。


「――多分、一番、残酷な事だと。そう、思う」


 杏月は俺の寝間着に手を突っ込んだ状態のまま、固まっていた。

 ――今、どのような事を考えているのだろうか。それは俺には分からなかったけれど、俺が杏月の期待に沿った回答をしていない事だけは、少なくとも確実だった。

 でも、俺は言わなければ。


「別に、ずっと気持ちが変わらない訳じゃない。杏月は血が繋がっていないし、俺だって考えが変われば、将来的に結ばれたいと思うかもしれない。……でも、今のところは無理なんだ」


 肉体的に、誘惑をされたとしても。


「俺にとっては、姉さんも、杏月も、家族なんだ」


 生理的欲求に心を動かされたとしても。

 沈黙が訪れた。

 杏月は暫くの間、何も発言しなかった。暗い寝室の窓際で俺達は寄り添ったまま、固まっていた。俺もそれ以上何を言う事も無かったので、ただ杏月の気持ちに整理が付くのを待っているつもりで、そこに立っていた。

 程なくして、杏月がふう、と溜め息を付いた。


「……やっぱ、まだ『お兄ちゃん』には早かったかあ」


 ――どうやら、納得してくれたらしい。納得してくれたのだろうか。

 杏月はそのまま、俺の服を脱がし始め――……

 って、おい!!


「あ、杏月? ……杏月さん?」

「いやあー、なんか身体が火照っちゃってねえ。やっぱ、揺すりって興奮するよね」

「お前は変態か!!」

「あれ? 今更気付いたの?」


 ちょっとちょっと、なんで!? 俺結構良いこと言った筈なのに!!

 腰が抜けてしまい、俺は窓際に座り込む格好になる。杏月は俺の姿勢に合わせて屈み、俺の身体を抱き締めた。そのまま、俺の身体を――

 おいおいおいおい!!


「ちょっ、何、して、んだ、よっ、はっ!! ひゃっ!! ちょ、待っ、あんっ!!」

「『あんっ!!』だって。かわいー」


 なにこれなんでこんな展開に。


「じゃあ、条件変更ー。純が私とキスしながら、私のこと黙って見ててくれたら、それで協力してあげるよ」


 杏月はそう言うと、おもむろに自分の身体を……ひええええ!!


「やめろやめろお前ちょっとそれはライン越えてるって!!」

「だって、あいつとはキスしたんでしょ?」


 ……情けなさすぎて、何も言えなかった。

 そうさ。俺のファーストキスは、何度奪われたか分からないが、最終的には五月二十一日に姉さんに奪われましたさ。

 俺の沈黙を肯定だと受け取ったのか、杏月が顔を近付けて俺に――……

 ……柔らかい。


「……んふ。いただきました」

「あ、杏月……」

「別に、純が今、私のこと恋愛対象として見てなくても、いいよ。そのうち振り向かせてみせるから」


 杏月は俺に、満面の笑みを向けた。……もう、訳が分からない。

 沸騰してぐつぐつと気泡が水面へと向かう俺の思考の中で、熱くなった皮膚が杏月と接触して溶けるような感覚を覚える中で、

 俺は何だか、とんでもない事を言われた気がする。



 ◆



 朝食を終えると、俺と杏月は居間へと向かった。結局その頃には午前十時を丁度回った頃になっていて、姉さんが作ってくれた朝食はすっかり冷めてしまっていた。ごめん、姉さん。ハプニング続きだったんだ。

 杏月もそれとなく私服で家を出たようで、お袋の作ったと思われる弁当が鞄に入っているらしい。それに気が付いた時、今更ながら杏月が学校をさぼって俺の家に来ていた事を思い出す。

 だけどまあ、俺の立場からは何も言う事はできない。

 何と言っても、こいつは俺のために一人で調査し、俺のために協力してくれているのだから。


「それじゃあ、再生するねー」


 杏月はDVDをプレーヤーに挿入し、再生ボタンを押下した。

 当たり前だが、特にバックグラウンド・ミュージックも流れていない簡素な映像が突如としてテレビ画面に映り、動画は再生される。

 ……と思ったら、唐突に『杏月ちゃんの操作記録パートワン』などという謎のタイトルがフェードインした。


「……何してんの?」

「だって、ちょっと作りたくなったんだもん」


 どうやってやるんだろう、こういうの。杏月、凄いな。

 タイトルロゴがフェードアウトすると、映像の全体が見える。カメラは黒板を映していて――そうか。これは、教室の後ろから撮影したものだ。黒板に書かれている内容や隣にあるプリント、光の差し込み具合の違いから、俺の教室ではないのかもしれないと、なんとなく推測した。

 教室には数名の人間が居た。夕暮れの光が差し込んでいるから、時間はおそらく夕方。ふと、俺の教室にはあるはずの時計が、黒板の上に掛かっていない。やはり、俺の教室とは違うようだ。

 目立たなかったが、数名の生徒が帰ると、そこにはオレンジ髪の女生徒が一人、残っていた。


「……あ」

「気付いた? そう、ここ私んトコの教室だよ」


 ――美濃部、立花。

 杏月はリモコンを操作して、ボリュームを上げた。


「何で、杏月のクラスに?」

「よーく見てて。スマホのハードディスク容量上げてると、こーいう時便利で良いよねー」


 これ、携帯電話の映像なのか。確かに、ビデオカメラともなれば発見されるかもしれないが、教室後ろに携帯電話のサイズのものが転がっていたとして、それがまさか動画を撮っているとはあまり思わないかもしれない。

 実際、誰も気付くことなく教室から出て行っているようだ。


「よく見付からないな」

「カメラからは分からないけど、一応隠してあるからね」

「……すごいな、お前」


 杏月は少し早送りをして、目的のシーンまで飛ばした。美濃部は何をしているのか、誰も教室に居なくなったというのに一人、携帯電話を操作していた。

 違う。そもそも他のクラスに来ているのだから、これは暇を潰している訳じゃない。

 ――人を待っているのか。

 暫くすると、教室の扉が開いた。杏月はそこで、再生ボタンを押下する。

 平均身長くらいの黒髪の男が、美濃部に向かって歩いて行く。


「……あれは」


 思わず、俺は呟いてしまった。

 そこに居たのは――間辺、慎太郎だった。美濃部に向かって真っ直ぐに歩くと、美濃部が間辺の方を向いた。


「美濃部さん」


 ノイズがひどいが、声は聞き取る事ができた。

 美濃部の表情までは潰れてしまい、確認する事が出来ないが。その様子は、間辺の登場を把握していたとは思えない様子だ。

 俺は食い入るように、テレビのモニターを見詰めた。


『そろそろ、決断してくれないかな』


 ――――火のない所に煙は立たないとは、よく言ったもんだな。


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