表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ヤンデレ姉さんに○されたら考えるべき10のこと  作者: くらげマシンガン
▼第二章 俺と美濃部立花の関係について。
24/134

つ『深淵の奇策士は夕日に紛れるか』 前編

 六月十九日、火曜日。六時五分きっかりに目を覚ますと、俺は一人、ベッドから身体を起こした。

 ――あれ? 俺、どうしたんだっけ。

 そうだ。結局俺は、一週間の自宅謹慎処分を受けた。証拠はないが、俺が犯人ではないと証明するものもまた、存在しない。俺に悪印象を持っている生徒が教師陣に有る事無い事吹き込んでいるのか、まるで犯罪者を問い詰めるかのような会話だった。

 万引き常習犯がどうだとか、自転車置き場のサドルが盗まれる事件がどうだとか、色々な事を聞かれた。勿論そんな事はしていないと話すも、信じて貰える様子はなかった。

 教師にしてみても、主犯は俺一人とするのが一番都合が良い。

 つまり、そういう事らしかった。


「おはよっ、純くん!!」


 姉さんが扉を開き、キッチンから顔を出した。……今日も裸にエプロンか。六月だというのに、風邪を引かなければ良いが。姉さんが風邪を引いている所など見たことがないので、気にしても仕方がない事かもしれないけれど。

 キッチンから、香ばしいベーコンの香りが流れてきた。姉さんはベッドに座ると、後ろから俺に身体を寄せてきた。

 どうして、わざわざ素肌が見えている方から寄ってくるんだ。せめて、一枚でも布がある方にして欲しい。


「今日は、純くんの好きなベーコンエッグにしてみました!」


 俺は姉さんから目を逸らし、感情の昂ぶりをどうにかして押さえ込んだ。

 ただでさえ、やるせない気持ちになっている。ふと気を抜くと、本能の赴くままに姉さんに襲い掛かってしまいそうだった。姉さんがそんな俺の気持ちを見抜いて、あえて突撃して来ているのかどうかは分からない事だったが。

 胸板に背中から撓垂れ掛かる女体。どうしてもエプロンにぎりぎり隠れている、豊満な胸を上から見下ろす形になってしまう。

 姉さんの腹に腕を回したくなる気持ちをぐっと堪える。


「大丈夫? 昨日は、大変だったね」


 不意に姉さんは、そんな事を言った。


「……ん、まあ」

「気にしてるの?」

「……そりゃ、まあ」

「純くんは悪くないんだから、胸を張っていて良いのよ。そのうち、真犯人が見付かるわ」


 そのうち、真犯人は雲隠れするかもしれない。元より他の生徒からは良い印象を持たれていない俺だ。余程の事が無い限り、真犯人を探し出そうとする奴など居ないだろう。

 青木さんが探してくれる可能性はまだあるかもしれないが、素直な青木さん一人で犯人を特定するのは難しいだろう。虚言を暴く手段も無いし、何より証拠がなければ意味がない。

 それよりも一週間の自宅謹慎を抜けて来る時間の方が早いと周囲に思わせる事が出来れば、犯人は見事に罪を着せる事に成功した、ということ。

 俺がクラスから再び孤立すれば、目標達成という所だろうか。


「うん、そうだね」


 それでも、俺は姉さんにそう言った。

 姉さんに心配を掛ける訳にもいかないし、もしも仮に真犯人が見付かったら、姉さんが包丁を持って嬲り殺しに向かうかもしれない。少なくとも、今は元気な様子を見せていなければ駄目か。

 ――そうか。そこまで考えると、もうこの段階でほぼ詰みの状態なんだな。犯人が見付かれば姉さんが暴走して、見付からなければ俺の学園生活はジ・エンド。

 いっそ犯人が見付かって、俺も犯人も殺されてしまった方が、良いのだろうか。

 いや、犯人は殺されても俺が殺されるかどうかなど分からないじゃないか。無理はしない方がいい。

 まあそれを考えると、姉さんが暴走するかどうかもよく分からない事か。

 ……駄目だ。混乱してきた。


「今日、私も会社休んじゃおうかなー」

「駄目だよ。ちゃんと仕事には行かないと」

「あは、分かってるわよ。ちゃんとお金稼いで美味しいもの作って、純くんに早く元気になって貰わないと、ね」


 姉さんは振り返り、俺の頬にキスをした。

 ああ、くそ。唇にキスして、そのままめちゃくちゃにしてしまいたい。

 出掛ける合図だったのか、姉さんは立ち上がるとエプロンを脱いだ。俺は慌てて、姉さんに背を向ける。

 布が擦れる小さな音が聞こえてくる。かあ、と頭に血が上った。


「実は、朝から先方に出向かないといけないの。ちょっと早めに出るね」

「わ、わかった」


 姉さんは背を向けている俺を向き直らせる。既にスカートルックのスーツ姿になった姉さんは、俺の首に手を掛けた。戦場へと向かう時の姉さんは、僅かに凛々しい。

 キスをするほど顔を近付けて、聖母のように柔らかな笑顔で、姉さんは言う。


「夜には終わるから、すぐ、帰って来るからね。お昼はレンジに入れておいたから、チンして食べてね」

「……ありがとう」


 こういう時の姉さんほど、甘えたくなるものはない。

 だが、俺が望めば本当に姉さんは会社を休んでしまいそうだ。それは良くない。


「純くん、愛してる」


 姉さんは立ち上がり、鼻歌を歌いながら家を出て行った。

 程なくして、玄関扉が閉まる音と、鍵が閉まる音がした。

 ちょっとだけ、

 俺も、と言いそうになってしまったことは、誰にも知られないように胸の奥底に仕舞っておこうと思う。


「お姉さん、優しいですね」


 ケーキが俺の視界で上下に浮遊しながら、俺にそう言った。本当だよ。狂っていない時の姉さんは、何もかもが完璧だ。

 俺は再び、ベッドに倒れ込んだ。

 あー。これから一週間、どーしろって言うんだ。一人寂しくゲームでもやるか? ……あ、駄目だ。ゲーム、実家の俺の部屋だ。

 姉さんと二人暮らししてからというもの、大好きだった筈のゲームをやる暇も無いくらいに、毎日激闘だったから。

 ……そういえば、両親にもこれから連絡が行くんだろうか。もう連絡が行ったのかどうかは分からないが。

 どんな風に思われるんだろうなあ……お袋は常識人だから別に構わないが、親父に知られるのは少し嫌だ。

 ……あー。朝飯、食べないとな。


「なあ、ケーキ。お前は知らないのか、姉さんが俺のことを諦めなかったら、どうなってしまうのか」

「……すいませんが、私、大層な下っ端でして……」

「ああ。知ってたよ」

「えっ!? ひどっ!! 知ってて聞いたんですか!!」


 俺はベッドから降りると、誰も居ないリビングへと向かった。食卓に用意された俺用の朝飯を横目に、顔を洗うために洗面所へ向かう。

 ……何かが、引っ掛かるんだ。何が引っ掛かっているのかすら、よく分かっていないけれど。

 姉さんから離れれば離れるほど、事態は悪化していくからなのかもしれない。

 そうだ。一回目に三ヶ月も生き延びる事が出来たのは、俺が姉さんに寄り添って生きていたから、ということもあるかもしれない。それが良いか悪いかという事については兎も角、俺が別の女性に手を出しさえしなければ、姉さんには何も起きない。

 ただ、痴女のように発情しているだけで。これはあんまり良くないけれど……。

 繰り返す度、俺の記憶は薄れて行ってしまう事だし。繰り返している以上、何を書き留める事も――……

 そこまで考えて、俺はある事に気が付いた。

 顔を洗うと、朝飯を避けて一直線に、寝室にある学習机に向かう。


「……あれ? 純さん? 朝ごはんは?」


 ケーキが何か言っているが、それはどうでもいい。机に置いてあった携帯電話を手に取ると、俺は以下のように記述した。

 一回目、八月末。美濃部立花と初めてデートした帰り、姉さんに殺される。

 二回目、五月二十一日。家に青木さんが押し掛けて来る。事前に青木さんと会っていたからなのか分からないが、青木さんが来ると暴走して殺される。

 三回目、五月二十六日。美濃部が歩道橋で俺に手を挙げる。姉さんが割り込んできて、美濃部を殺した後、俺の首を掴んで歩道橋から落ちる。

 現在、四回目。

 簡素なものだが、これがあるだけでかなり事情は違って来るのではないか。同じ事を繰り返さないためにも、同じ死に方をする事だけは避けないと。

 誰にも見られないよう、俺はテキストファイルにパスワードを掛けて保存する事にした。もしも奪われても、中身が見られないような題名とパスワードにしないと。


「何してるんですか、純さん?」

「いや、俺が死んだことを記録しておこうと思って」


 俺はケーキに携帯電話の画面を見せた。


「巻き戻った時間は無かった事になってしまう。でも、殺された記憶は本物だ。何度も殺されると、どうも昔の記憶から遠くなっちゃうみたいでさ」

「……ほほー。これがあれば、思い出せると?」

「そ。万一これから三日後に死ぬ分には、まだ書き直せるし。三日が過ぎれば、一度死んでもこの記録は書き変わらない。万一何度も死ぬような事があっても、一回目にどういう死に方をしたか、俺は思い出す事ができる」

「……ほほー」


 ケーキはしきりに画面を見ながら、何かを納得しているようだった。我ながら、割と良いアイデアではないかと思う。

 瞬間、インターフォンが鳴った。時刻を確認すると、ちょうど七時半。そろそろ、いつもなら俺と姉さんが出勤・登校する時間だ。

 ということは、インターフォンの向こうは杏月か。今日は俺、登校出来ないんだけどな。知っていて来ているのだろうか……

 相変わらず、何を考えているのか分からない奴だ。

 俺は玄関扉のインターフォンに向かうと、カメラ越しの相手を確認した。


「はい、穂苅です」

『……あ、穂苅君? もう、お姉さんは出て行っちゃったのかな』


 玄関の向こうに居るのは――……青木さん?

 どうして、青木さんがこんな所に? 最寄り駅も違うし、逆方向じゃないか。唐突な客の来訪に、俺は慌てて扉を開いた。


「青木さん、どうしたの?」


 いつもの黒いポニーテールが見えた。青木さんは、俺の寝間着姿を確認すると顔を赤らめた。

 ……しまった。そういえば、着替えていなかったな。


「ご、ごめん。こんな格好で。姉さんなら、居ないよ」


 青木さんは呆けた目でただ俺を眺め、そして、


「……あっ、うんうんうん大丈夫何も気にしてない!! ちょっとパジャマ可愛いとか思ってないから!!」


 ……どうしたんだ、急に。


「それで、姉さんなら、居ないけど」

「あ、いやいや、そうじゃないのよ私、穂苅君に会いに来たの」


 俺に? まあ姉さんに用事があると言われたら、それはそれで一体何だろうと考えてしまいそうだけど。


「……どうしたの?」

「いや、ちょっと、昨日の件、私、何も出来なかったから。どうしてるかなーと、ちょっと気になって」


 何だ、心配してくれていたのか。たったそれだけで、煮詰まって気分が悪くなっていた俺の胃が少しだけ楽になった。青木さんはようやく落ち着いたようで、俺を不安そうな眼差しで見ていた。


「あー。……ま、見ての通り」

「そ、そっか。ちょっと気になって、ちょっと寄っただけなんだけどね」

「……そんなに『ちょっと』を連呼しなくても」

「あああいや、すっごく心配はしてたよ!? 勿論犯人が穂苅君だとは私もりっちゃんも思ってないし、でもあの場では、すっごくどうしようもなくて!!」

「……ああ。すっごく、ね」


 青木さんは俺の言葉に、慌てて弁解をしていた。そこまで慌てなくても、別に俺は青木さんに悪印象を持っている訳ではないのに。

 鞄から、ノートほどの広さの缶……これは、クッキーとか入ってるやつじゃないか。それを取り出すと、俺に手渡した。……良いのか? 缶はそれなりのサイズだ。結構高いんじゃ……


「はい、これ、お詫び。早く元気になってね、ってことで」

「……あ、ああ。わざわざありがと」

「ね。元気出して。きっとすぐ、誤解は解けるよ」


 ――なんか、

 じーん、と来てしまった。

 今まで俺の味方になってくれる人間といえば、姉さんしか居なかった。特にこの学校に入って杏月が海外留学に出てからは、俺はずっと一人だった。

 ただ授業の間だけ教室に居て必要があれば動く、さながらチェスの駒のような生活。

 それは俺の人生を氷漬けにし、いつしか俺の前で動かない存在になっていた。

 それが、たった一人心配してくれる人が居るだけで、こんなにも楽になるなんて。


「……ん。ありがとう」

「何かあったら、すぐに連絡してね。それじゃ私、行くから」

「瑠璃、こんな所で何してんの?」


 扉を開いていた状態からもう少しだけ身を乗り出して、俺は廊下の向こうへと目をやった。そこには、やたらと短いミニスカート、縞模様のストッキングを履き、黒い革ジャケットを羽織った茶髪のギャルが――……

 ……杏月?


「はっ? ……えっ? ……ええっ!?」


 青木さんが三段階に分けて驚いた。杏月はつかつかと青木さんに近寄り、腕を組んで青木さんを訝しげな瞳で見た。

 あまりの衝撃に、青木さんも俺も何も言えなくなっていた。


「……何よ」


 杏月が、青木さんに、普通に話し掛けている。

 どうして制服じゃないのかとかこの際そんな事は置いておく事にして、青木さんは唐突な杏月の変化に動揺し、どうして良いのか分からないようだった。

 ようやく青木さんが何を考えているのかを把握したのか、杏月は唇を尖らせて言った。


「別にもうバレてるんだし、演技する必要もないでしょ」


 ……まあ、確かにそれは、そうなんだが。

 だからといって、急に変わってしまった知り合いに対して掛ける言葉など、青木さんに見付かる筈もない。俺だって、どうコメントして良いのか悩むだろう。

 杏月が初めてこの状態になった時、それはもう驚いたものだ。


「あ、でも学園では今まで通りするから。よろしくね」

「……え、ええと、ごめん、さっぱり付いて行けない」


 ……同感だ。


「それより、学園に遅刻するよ? ここ、意外と遠いから気を付けて」

「はうあっ!? ……ごめん、穂苅君、杏月ちゃん、また来るね!!」


 杏月の指摘を受けて腕時計を確認した青木さんは、そのままマンションの階段を駆け下りて行った。

 杏月、お前は行かなくて良いのか。

 ……と思っていたら、杏月は肩に掛けていたブランド物らしき鞄からDVDを取り出すと、にやりと笑った。


「……何? お前、学校行かなくて良いの?」

「そんな事より、ここに面白いものがあるんだけどね」


 ……また、ろくでもない事を考えているんだろうか。今までの行いからついそのように考えてしまった俺は、それとなく玄関扉を閉めようとした。

 瞬間、杏月が慌てて玄関扉を掴んだ。


「ちょ、ちょっと!! 今、重要なトコロでしょ!?」

「俺は忙しいんだ。これからどうやって一週間を潰そうか悩むんだ。邪魔しないでくれ」


 と言うべきか、そもそもこいつに関わって良いことがあった試しがない。姉さんと揉めて三人で街に行ったり、女子トイレで迫られたり……。

 必要外では極力接触しない方が良いだろう。

 杏月は面白く無さそうな顔をすると、玄関扉を掴む手を緩めた。


「……ふーん。良いのかなー、そんな事言っちゃって。知りたくない? 昨日の事件の犯人」


 ――思わず、俺は扉を開き直してしまった。

 杏月が俺の態度に満足したのか、ふふん、と鼻で笑う。

 そういえばこいつ、事件の昼、何故か俺の教室に来なかったな。作ってきた弁当とやらも結局、公開せずに終わったし……

 何か、あるんだろうか。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ