表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ヤンデレ姉さんに○されたら考えるべき10のこと  作者: くらげマシンガン
▼第二章 俺と美濃部立花の関係について。
22/134

つ『疑惑は人を欺くものだろうか』 前編

 六月十八日、月曜日。

 俺は今、やり直し人生史上最も重大な問題に直面していた。

 今日も杏月はセミロングの茶髪をツインテールにして、少女らしいメイクで俺の腕に巻き付いている。姉さんにとっては屈辱的な光景だろうが、姉さんは至って冷静な様子で俺の斜め後ろを歩いていた。

 姉さんに確たる決意が出来たのは、先週の話だ。俺は何も知らされていなかったが、話の流れからするとお袋にしか相談せずに家を出て行った姉さんに対して、杏月には親父から目を掛けてもらっているという、何か特別な理由があるらしい。

 まるで宙に浮いた、俺の立場からは何も理解出来ていないに等しい把握の仕方だが、これが今の所の俺に分かる、全ての情報である。


 姉さんと杏月は……頭の中に思い浮かべるのも甚だ阿呆らしい話ではあるのだが、どういう訳か俺を取り合っていて、現状からすると杏月の方が優位らしい。

 正妻・杏月バーサス、駆け落ち悪女・姉さん。例えるなら、そのような状況だろうか。

 口を酸っぱくして言うが、どちらも俺の家族である。

 さて、現在はそのような状態にあるのだが、姉さんは六月十日の日曜日夜、ある決意をした。……してしまった。

 姉さんが俺を攫って二人暮らしを始めるに当たり、今まで放置してきた親父と真剣に話そう、と言うのだ。

 内容はもちろん、俺との交際(?)について。

 ……いかん、目眩が……。

 姉さんには相変わらず、何かのスイッチが入ると狂人のようになってしまい、俺と心中するという時限爆弾を抱えている。これを回避するためには、俺が姉さんの監視をどうにか掻い潜って、新しい恋人――……を、見付けなければならないのだ。

 親父の都合により、実家に一度戻って話をする日は六月三十日の土曜日に決定したらしい。もしも親父が俺と姉さんの交際を許す、などという暴挙に出た場合、俺はもう姉さんから逃げる事は出来なくなる。

 なんとしても六月末を乗り切って姉さんから逃げられる未来を繋ぐため、俺がその日までに姉さんではない、別の恋人を捕まえている状態でいないと……。

 どうする俺!? 次章に続く!!


「ねーお兄ちゃん、今日は杏月もお弁当作ってきたんだよー?」


 ……続いたら、良いなあ。

 一週間くらい、こたつで蜜柑でも食べて過ごしたい。全てを忘れて。

 残念ながら、この物語にはコマーシャルもなければ次回予告もない。何故なら、現在進行形で実際に起こっている出来事だからだ。

 日中の恋愛ドラマくらいのサイズで頼むよ、本当に。


「……そかあ。じゃあ、後で姉さんの弁当と一緒に食べような」

「うんっ! お姉ちゃんのより、きっと美味しいからね!」


 ……笑顔が黒いぞ、杏月よ。姉さんも挑発されて、少し不機嫌な表情になった。その様子を見て、杏月が密かに嘲笑う。

 今度、海外留学の話を詳しく聞いてみようか。一体何があったのか、それさえ分かれば杏月更生の方法も少し見えてくるかもしれないな。


「おはよう、穂苅君」


 振り返ると黒いポニーテールを揺らして、青木さんがにこやかに微笑んだ。杏月の笑顔が急に、引き攣ったそれになった。あの日以降の杏月と青木さんの間には、まるでベルリンの壁のように、強固なガードが設けられてしまった。


「おはよ、青木さん」

「……お、おはよー! るりりん!!」

「おはよう、杏月ちゃん」


 杏月が爽やかな媚びた笑顔で、青木さんの隣に向かった。瞬間、俺は姉さんに袖を引かれ、姉さんの隣を歩く事になる。

 青木さんは、一見普通だ。だが、話しているとすぐにその異変に気付く。


「ねえ、今日の帰り、たい焼き屋さんに行ってみない? 最近、色んなトッピングを入れてくれるたい焼き屋さんができて、ちょっと有名なんだよー」

「うん、今日は、いいかな」


 杏月の笑顔が固まった。

 罪深き女よ、杏月。出会ったばかりの段階で媚びたり本性を見せたりと、ブリっ子をやっているからそういう事になるのだ。こればっかりは完全に自業自得なので、俺も何も言う事はできない。


「……瑠璃ちゃん? ……怒ってる?」

「え? どうして怒るの?」


 青木さんは、薔薇のように凍てついた笑顔で杏月に笑い掛けた。思わず、さあ、と鳥肌が立った。


「あはは。変な杏月ちゃん」


 杏月の頬を人差し指で突付く青木さんの様子に対応できず、杏月は含み笑いのまま、固まっていた。

 きっと、心の中では酷い汗をかいているのだろう。

『アレ』以降、青木さんは杏月と変な距離の置き方をするようになった。特に避ける訳でも問い正す訳でもなく、徹底的に杏月を『自分の蚊帳の外』に置くことにしたらしい。

 杏月の行動について、青木さんは何も咎めない。感想を言わない。同行しない。青木さんの事だ、もしかしたら女子トイレで俺と騒いでいたのが杏月だと気付いたかもしれない。

 ……あれ、その仮定だと俺も居場所がバレていた事になる……か? それはかなり困るな……。


「そうだ、穂苅君、お姉さん。今日のお昼、私とりっちゃんも参加していい?」

「私は、別に構わないわよ」


 姉さんが構わなくても、俺は構う。困る。かなり。

 ただでさえ教室ではシスコン扱いされていたのだ。今、周りからの俺に対する評価をざっとまとめてみよう。

 シスコン(旧)。姉妹丼(特盛り)。ついに委員長にまで手を出した。他のクラスの子も手玉に取っているらしい。殺す。穂苅純殺す。

 ざっと、こんな所だろうか。

 男子の視線は痛く、女子の視線は冷ややかだ。

 俺の周囲に関する激しい女子率の変化はさて置き、ただのシスコンから何でもアリの軟派野郎に周囲の感想が進化しつつあるのは、これ以上放置することはできないだろう。

 姉さん以外から殺されたら、多分生き返らないんだよ……なあ。


「……あ、じゃあ屋上で集合にしない? ね? 屋上にしよう?」

「そうね。屋上にしましょう」

「えー!! お兄ちゃんの教室に行くよー!!」


 杏月が来てからというもの、姉さんも教室で熱愛シーンを見せ付けようとしなくなったことは、不幸中の幸いかもしれない。

 さて、俺はこの擬似的ハーレムとも言える状態(本命は美濃部のみ)に対して、打開策を一つ設ける事にしている。


「じゃあ、越後谷も誘おう」


 これを思い付いたのは、先週の木曜日。越後谷も誘う事で、周囲の感想は『俺・姉さん・杏月』のシスコンチーム――甚だ不本意だが――と、『青木・越後谷・美濃部』の委員長チームに別れているように見え、俺への敵意が若干薄れるのだ。

 青木さんが俺を学園祭で公開するドラマの制作チームに加えようとしている、という話は少しずつ広まっている。

 そうして、青木さんと美濃部に対しては「やっぱり、ただの友人関係なのね」という感想を抱かせる事が出来るということに、俺は気付いた。

 だから俺のシスコン疑惑が消える訳ではないし、好きでもない越後谷の参入を自ら名乗り出なければいけないという苦痛は伴うのだが。

 越後谷は顔が良いので、元々青木さんと付き合っているという話はよく出て来ていたしな。


「そうだね。後で、私から声を掛けておくね」


 青木さんが俺の意見に同意する。そして、小さくガッツポーズをしていた。

 ……やり辛い。


「青木さん、さ」

「え? 何?」

「後で少し話したいんだけど、いいかな」


 俺も美濃部に対して好意を持っている――持つ予定だ――ということは、ちゃんと話さなければな。


「ん? うん、良いよ」


 姉さんが居る場所では、話す訳にはいかない。

 校門前まで来ると、姉さんと別れる事になる。杏月は俺と姉さんの間に割り込むように入って、姉さんに向かって手を振った。牽制のつもりなのだろうが、今の姉さんにそんなささやかで小悪党な真似は通用しない。

 姉さんは威風堂々たる振る舞いで、俺に向かって笑い掛けた。


「――あとでね、純くんっ」


 端正な顔立ちをフルに活かした投げキッスで、姉さんは気丈に去って行った。杏月が、不審な顔で姉さんを見る。


「……やっぱ、なんかあるな」


 杏月はぽつりと呟いた。姉さんは何も言わないから、杏月もこの一週間は不気味な顔をしながらも、与えられた特権を使い倒していた。だが、姉さんの考えている事を読まなければ、一歩先手を打つ事は出来ないだろう。

 ……何を冷静に考察しているんだよ、俺よ。


「おっと! じゃあ、杏月も教室に向かうね。あとでね、お兄ちゃん」


 杏月は一足先に教室へと走って行く。青木さんと二人で居る事が辛くなったのかもしれない。どうするんだろう、この関係。いつまで続けるのかな。

 ついに校門前で二人になってしまった俺と青木さんは、互いに顔を見合わせた。


「……行こっか」

「そう、だな」


 青木さんは歩き出す。俺も慌てて、後を追った。時刻、八時十五分。いつもより、少し早い時間だろうか。……なんだか、姉さんと杏月以外の女の子が俺の隣に居るの、ものすごく違和感がある。

 それでも、青木さんは穏やかに、何一つ変わる様子はなかった。学園の敷地内に入ると、青木さんは俺を横目に言った。


「それで、話って?」

「……ああ」


 早速、といった所だろうか。青木さんも大概せっかちな方だ――俺はグラウンドを横目に、朝練を終えた運動部の活動を眺めながら、それとなく青木さんに聞くタイミングを伺った。

 青木さんは、ただ俺の言葉を待っている。


「美濃部のこと、だけど」

「うん?」


 ……あれ? なんて言えば良いんだ?

 そういえば俺、別に今は美濃部に告白されている訳でも、恋人候補になっている訳でも無いんだよな。

 これで俺の方から「美濃部って俺の事好きだろ」なんて言ったら、俺はただの勘違いキモ野郎か……?

 まさか八月に告白されました、なんて言える訳もないし……

 ……あれ。どうしよう。


「……あー、俺の事避けてるのかなー、って」

「そんな事ないよ!! むしろ好……ううん、なんでもない!!」


 ほんと露骨だなー、青木さん。俺は苦笑を隠すことが出来ない。

 学園内に入ると、俺と青木さんは下駄箱で靴を履き替えた。


「仲良くしてあげてよ。良い子だから」


 言い辛い。当分は仕方ないか。

 そもそも青木さんは美濃部と俺を引き合わせるために、俺に近付いたんだろうか。そうだとするなら、青木さんにとって俺は依然としてただのシスコン野郎、と言う事なんだろうか。

 青木さんに限って、表裏なんてものは無いと思うけれど……杏月の事もあったし、なあ。


「俺は、どっちかと言うと美濃部より、あ――」

「あ、そうだ。私、職員室に寄らないといけないんだった。ごめん穂苅君、先に教室、行ってて」

「ん、分かった。後でな」

「うん!」


 青木さんは小走りで、一階の廊下の影へと消えて行く。俺は何を考えるでもなく、その後ろ姿を見詰めていた。

 ……今、何を言おうとしたんだろう、俺。


「どうしたんですか? 純さん」


 思い出したように、ケーキが俺に向かって話し掛ける。

 美濃部立花と付き合うためには、彼女――青木瑠璃の協力が必要不可欠だ。そのためには、美濃部だけではなく、青木さんとも積極的に接触を図る必要はある――……よなあ。

 でも青木さんはどこか人と距離を置く感じで、誰とでも仲良くする代わりに誰とも特別仲良くはしないような、そんな雰囲気がある。

 長いこと一緒にやっているのだろう、越後谷や美濃部の関係はまた、他とは違うようだが――……。


「いや、ちょっと考えてた」

「……何を?」


 ぎょっとして振り返ると、越後谷が眉根を寄せて俺を見ていた。

 制服のネクタイは緩めてあり、ワイシャツの第二ボタンまでが外れている。雑な着方だ。

 いや、そんな事は問題ではなくて。


「……あー? 何が?」

「今、『ちょっと考えてた』って、言わなかったか?」


 どうして、こう狙い澄ましたようなタイミングで現れるんだ、この男は。何か言い訳をしないと。……何か、何かって何だよ!!


「あー、そんな事言ってた? もしかしたら、昨日見てたバラエティ番組のお笑い芸人が言ってた台詞がうつっちゃったかなー」

「昨日、バラエティ番組やってなくね……」


 細けえよ!! そこは納得しとけよ!!


「あー!! 録画してたんだよ、録画!!」

「……別に、良いけどさ」


 別に良いならそんなに深く突っ込んで来ないでくれよ、俺が困るだろう。越後谷は訝しげな顔をして俺を見ると、階段の下でまじまじと俺を眺めている。

 ……あ、そうだ。ちょうど良いや。


「越後谷、今日の昼、青木さんと美濃部と食べるんだけど、一緒に食べない?」

「……ベタ甘姉ちゃんとブリっ子妹も一緒?」


 どうしてそういう言い方をするんだ。


「って、ブリっ子?」

「どう見てもあれはただのブリっ子だろ。本性はギャルとかじゃね?」


 ……杏月。お前、やっぱ演技には向いてないらしいぞ。越後谷が鋭いだけなのか、それは俺にはよく分からないが。

 越後谷はまだ、俺を眺めている。今度は何だよ。


「……まだ、この場所に用事があるわけ? つーか、何してたんだ?」

「お、おお!! 行くよ行く!!」


 俺の事なんか放っておいて、先に行ってくれりゃ良いのに。俺はそう思ったが、何も言わないでおいた。何を言われるか分かったもんじゃない。

 越後谷はにやりと、前を向いたままで笑った。


「まあ、昼、行くよ。面白そうだし」


 一応、面白がってはいたのか。かなり意外だ。相変わらず、越後谷の考えている事は俺にはさっぱり分からない。階段を上がると、俺は越後谷と別れた。自分の教室に入ると、その騒ぎに少し異質なものを感じる。

 しかも騒ぎは俺の机の上で起きている出来事のようで、俺は教室に入るなり、生徒を掻き分けて、自分の机に辿り着いた。

 ――何だ、これ?

 生徒達は俺を見ると、青い顔をして自分の席へと戻る。ひそひそと、何かを話しているようだった。

 俺は机の上にある、『それ』を手に取った。

 ……どうしろと言うんだ、こんなもの。


「あいつ、ついに始めたか……」「アレは流石に停学じゃね?」「いや、下手したら退学かも……」


 ――え? 待て、もしかして俺がやったことになってるのか?

 いやいや、有り得ないだろ。月曜日だぞ。前日は休みだし、仮に俺がやったとして、それを自分の机には置かないだろ。

 その……女の子の、下着なんて。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ