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ヤンデレ姉さんに○されたら考えるべき10のこと  作者: くらげマシンガン
▼第二章 俺と美濃部立花の関係について。
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つ『姉妹の圧迫から逃れる事はできるか』 後編

 結局、杏月と姉さんと三人で街に繰り出す事になった。

 俺は左に姉さん、右は杏月と腕を組み、両手に花(家族)という状態で、街を練り歩く羽目になっている。顔が似ていないからか、周りは俺を一目見るくらいで、特に話題にはなっていないが……。

 時折聞こえてくる舌打ちの音や、女学生の黄色い声が耳に痛い。

 駅まで到着すると、姉さんは俺の腕を引いた。


「純くん、お昼食べる前に、ちょっと服を見て行かない?」

「ん? 何か足りないの、あったっけ」

「スーツを、新調したいなーと思って」


 なるほど、そうきたか。杏月はまだ、スーツっていう時期ではないもんなあ。と思っていたら、杏月は俺の右腕を引いて言う。


「純、今着てるデニムのジャケット、色落ちしてきてない? 私とカジュアル系を見に行こうよ」


 杏月も、無駄に弁が立つな。……これ、俺に選べって事なのかな。

 姉さんが必死で、杏月を睨んでいる。杏月は狼も裸足で逃げ出すような表情で、姉さんを睨んだ。

 姉さんが押されているのって、やっぱり珍しいよな。何故か姉さんも杏月に対しては暴走しないようだし……。

 どういう理屈なのか、よく分からないけど。


「……じゃあ、先にお茶でも飲まない?」

「……そ、そうねっ。そうしましょう」「えー」


 このままだと、姉さんが負けそうだしな。一人でスーツを買いに行かせるのは、少し可哀想だ、なんて。

 杏月は不満そうな顔をしているが、お前少し空気読めよ。何で姉さんと真っ向勝負しているんだ。

 後で苦労するのは俺なんだから……。

 ふと、通行人と目が合った。

 何気なく、目を逸らす。

 ――思わず、二度見してしまった。


「……あ」


 青木さんが手提げ袋を片手に、口をぽかんと開けて俺を見ていた。

 まあ当然なのだが、今の俺は右腕に杏月が腕を絡めて、左は姉さんにべったり寄り添われている状態なわけで――……

 ……あ、青木さんの顔が大変なことに。……ああ、目を逸らされた。

 早足にならないでよ。……俺、結構傷付くよそれ。


「青木さん?」


 あえて、声を掛けてみた。青木さんは頬を両手で抑えて、熱を冷ましているように見えた。


「ほっ、ほほほ穂苅君! ごきげんよう!」

「ごきげんようって……どうしたの、こんな所で」

「いや大丈夫ただ買い物に出ただけで私あはは、何ガン見してるんだろうね気持ち悪いね!!」

「落ち着けよ」


 青木さんは、俺が姉さんや杏月と居ると焦る癖があるみたいだ。……まあ、とんでもないシーンを色々目撃されているので、もう条件反射になってしまっているのかもしれない。

 今日もポニーテールが綺麗にまとまっている。青木さんと居ると、色々落ち着くんだよな、服装とか服装とか。

 姉さんはお洒落過ぎるし、杏月はギャルだからな……。


「あはは、うん落ち着く!! 落ち着いた!! ととと隣の方は、彼女さん?」


 全く落ち着いていない。

 隣の方? ……ああ、杏月か。本当に気付かれないもんだな。まあ、化粧もいつもと全然違うしな……。

 杏月はニヒルな笑みを浮かべて、俺の尻をつねった。

 痛い、痛いよ。


「……いや、彼女じゃない。……えーと、しんっ!! 親戚」


 痛い痛い痛い!!


「そ、そうなんだね。初めまして、穂苅君と同じクラスの青木瑠璃と申します」

「……初めまして。んもう、純ったら親戚だなんて」


 杏月よ。その声の変わり様は、ちょっと末恐ろしいぞ。

 案外こいつも役者としては、ばっちりなのかもしれない……。


「そそそそれじゃあね穂苅君! ばいばい!!」

「……あ、ああ」


 青木さんは流れるように頭を下げると、俺に背を向けて小走りで去って行った。黒いポニーテールが激しく揺れ動く。


「今で良かったあ……」


 去り際に、青木さんにそんな事を言われた気がした。

 どういう意味なんだろう。


 昼になると三人で洒落たレストランに入って、飯を食べる。相変わらず姉さんと杏月は修羅場で、俺はどうして良いのか分からない。

 海外から戻って来てからまるで遠慮の無くなった杏月と、俺を連れ出して鳥籠に入れてから何かの線が音を立てて切れた姉さんの激闘は続いた。

 映画を見て、喫茶店に入る辺りで俺は何だかどうでも良くなってしまって、されるがままになっていた。

 やれポップコーンの味は塩が良いかバター醤油が良いかとか、アクション映画か恋愛ものかとか、果ては下着のスタイルが……これは伏せておこう。

 仲良いじゃないか、二人共。……とは、口が裂けても言えない。


「はい、純。あーん」


 そして今、俺は杏月に喫茶店のチョコレートケーキを食べさせられている。

 俺の向かいに杏月、左に姉さんという異質な――……まあ、これしか選択肢は無いだろうが。四人席に座り、周囲の密かな注目を浴びていた。

 密かな、というのは、俺が目を合わせるとすぐに見ていない振りをする若者達のことだ。なあ、笑っても良いんだぜ。


「純くん純くん。こっち向いて。あーん」


 姉さんからは、レアチーズタルトを口に押し込まれる。

 しつこいようだが俺達は家族であり、キョウダイである。姉さんが俺を連れ出す五月二十日までは、仲は良かったがある程度普通のキョウダイの体裁を保っていた、血の繋がったキョウダイである。

 愛に血筋は関係ないとかどうとか言っていたが、俺にも身内ハーレムという謎時代が訪れたという事だろうか。しかも、ヤンデレとビッチ、という。

 残念ながら俺は新たな時代の変化に付いて行けていないよ。こりゃあ、氷河期を越えるのは無理だな。


「……純のお腹が膨れちゃうでしょ。やめてよ」

「貴女こそ、『私の』純くんにチョコレートなどという、青少年のニキビの元になるような食べ物を与えるのはやめて」


 ねえ、だから誰の?

 誰の純?

 杏月はむっと不機嫌な顔になって、フォークを置いた。


「……どうして私がパパに選ばれたのか、知らない訳じゃないでしょ? いい加減、純の恋人ぶるの、止めて欲しいんだけど。迷惑」


 姉さんの表情が曇る。……待て待て、これは俺の知らない間に何かのやり取りが行われていないと成立しない会話だぞ。

 まだ実家に、俺の知らない秘密があるというのか……。

 あの親父、常にハイテンションだと前から……常々、思っていたが。

 とんでもない隠し球を抱えているようだということは、なんとなく理解できてきたからな……。

 今度、ひっそりと両親にも会いに行こう。

 お袋がどうして姉さんのハイエース出動を許したのか、考えれば気になる所はまだあるしな。


「……わっ、私は、杏月が、……純くんの、……は、認めて……ない、から」


 ……え? ……何?

 今、なんて言ったの? もう少し大きい声で言ってくれよ。今のは重要なポイントだったんじゃないのか。


「追加のブレンドコーヒー、お待たせしまし……」

「ママがあんたのワガママを聞いちゃっただけで、誰も今の状況には納得してないから!! 純だって、そんなの嫌でしょ!?」

「……杏月。落ち着け。ここは喫茶店だぞ」

「ねえ! 純からも、ちゃんと言って――――」


 テーブルを叩いて、杏月が顔を上げた。……店員を見たのか。

 ……固まっている。

 ……口を四角に開いて、何やらガタガタと震え始めた。

 俺も顔を上げた。


「――――あ」


 可愛らしいウエイトレスの衣装に身を包んで、ブレンドコーヒーをテーブルに置いた状態のまま、杏月を見て固まっている。

 ――杏月を見て固まっている、青木瑠璃。


「あっ」


 遅れて、姉さんも口を開いた。


「あー……」


 ブレンドコーヒーをテーブルに置いて、青木さんが杏月を見る。……そして、俺を見た。……今度は、姉さんを。

 ぐるぐると周り、そして、


「いらっしゃいませ。ごゆっくりどうぞ」

「流した」「流したわ」


 思わず、俺と姉さんの声が重なる。

 青木さんはトレイを前に抱えて一礼すると、「私はー、何も見なかったああー」などと歌いながら、店の奥へと戻って行った。……こんな所でアルバイトしていたのか、青木さん。さっきのは通勤途中だったんだな。ただでさえポニーテールがよく似合うのに、ウエイトレス姿になると大したハマりっぷりだな……。見た目だけでもプロの仕事だ。

 杏月がようやくフリーズから解放されて、俺を見た。


「バレたかな!?」

「いやバレただろ」「あれはバレたわね」


 俺と姉さんの回答が一致する。杏月は顔を真っ青にして、カタカタと震えていた。

 ……ご愁傷様。


「……そもそも、どうしてブリっ子してたんだよ」

「はあ!? ギャルだってばれたら嫌じゃん!!」

「自覚あったのか……」


 思わず、そんな事を呟いてしまった。杏月は早々に席を立つと、腹の具合でもおかしくしたかのような顔色で、ぼそりと一言呟いた。


「――帰る。おつかれ」


 ふらふらと、店を出て行く。特に引き止める事も出来ず、俺は呆然とその背中を見送った。

 ……いや、別にそのままでも、杏月は充分杏月らしいと思うのだが……。当人にとっては、どうしても隠し通したい事だったのだろうか。

 姉さんも杏月の思わぬ退場の仕方に、喜ぶこともツッコむ事も出来ず、ただ杏月を見ていた。

 何をそこまで気にする必要があるのか、さっぱり理解出来ないのは俺の理解力が足りていないからなのかどうか。


「追加のカフェオレ、お待――」

「あ、すいません。頼んだ奴帰っちゃったので、そこら辺に……」


 オレンジ髪のウエーブに赤いリボンを付けたウエイトレスは背が低く、これはこれでオブジェクトとして有りだと言わざるを得ないほど似合って――……

 そして、その顔は茹で上がって、限界に達していた。


「おっ、おっ、おっ、おま、お待たせ、しっ、しまし……」

「落ち着け」


 最近、俺の周りは慌てる人間で埋め尽くされるようになってしまったらしい。

 美濃部はカフェオレをテーブルに置くと、その体勢で暫く固まっていた。……大丈夫か?

 潤んだ瞳で、店の奥を見る。自然と、その方向に目をやってしまった。

 ……青木さんが、顔だけ出してこちらを見ている。美濃部を見ると、強く頷いた。


「……ええー」


 美濃部から情けない声が漏れた。青木さんは、美濃部にガッツポーズ。

 ……何やってんの。


「ごっ、ごっ、ごっ、ごゆっ、くり、どうぞ、どうぞ、どうぞ……」


 壊れたレコードのように何度も繰り返しながら、どうにか美濃部は俺に頭を下げた。そして青木さんに向かって走って行く。

 青木さんは、笑顔で美濃部を抱き締めて――頭を撫でていた。

 ……まあ、良いけどね。


「……なんか、興が削がれちゃったね。コレ飲んだら、帰ろっか?」


 姉さんが俺の隣で、和やかに微笑んだ。……何だかよく分からないけど、満足そうな顔だな。


「どうしたの?」

「……ううん。杏月の言葉を聞いて、私もある程度の決心が付いただけ」


 姉さんはぐい、とブレンドコーヒーを飲み干すと、席を立った。……え、カフェオレどうすんの。……まあいいか。杏月、帰っちゃったしな。

 姉さんは俺の手を取ると、決意を持った眼差しで、はっきりと言った。


「やっぱり、有耶無耶にして終える事は出来ないよねっ。お父さんに、引っ越した事についてどう思ってるのか、ちゃんと聞きに行こう!」


 ――えっ?

 あ、そっちなんだ? ……杏月の事について聞くとか、そういう事じゃないんだ?


「私は本気だってこと、ちゃんと認めてもらいたいし!」


 ちょっと待って待って!! それで許可出たら、俺はどうなってしまうんだ!?

 いやでも彼女が居ない今じゃあ、姉さんの事をはっきりと断る訳にも行かないし……


 や、やばいぞ。こんな事になるとは思っていなかった。

 本当に、やばい。


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