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ヤンデレ姉さんに○されたら考えるべき10のこと  作者: くらげマシンガン
▼第二章 俺と美濃部立花の関係について。
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つ『4人のカラオケで何をすべきか』 前編

 気付いた事が、一つある。

 八月末、一回目の死亡。五月二十一日、二回目の死亡。そして、五月二十六日に三回目の死亡を経験した。

 三度の経験を通して、四回目の人生は五月二十四日からスタートする事となった。

 そして今の俺には、一回目の人生における『三ヶ月間』の記憶というものが、ほぼ無くなってしまっていた。思い出す事が難しくなっているのかもしれない。まるで、遠い昔に経験した苦い記憶のように、ある日思い出す事もあるが、基本的には忘れている。


 これは、問題だ。


 三回目、どうにも一回目の記憶が遠くなってしまい、思い出す事に時間を必要とした。美濃部立花が恋人になっていたという事すら、出会ってすぐには思い出す事が出来なかった。

 元より、日記を付けても意味はない。信頼できるのは、俺の記憶のみだった。

 なのに、その記憶は繰り返すごとに遠くなっていってしまう。

 まあ、元々同じ人生を繰り返すなどというシステムは人間には無いし、記憶を引き継ぐ事が出来る道理もないので、仕方ないと言えば仕方ないのだが。

 そのうち前世の記憶を思い出す儀式みたいに、怪しげな霊媒師にでも記憶の修復を依頼する必要が出てくるかもしれない。

 そのような益体もない事を延々と考え続け、俺はある提案を青木さんに、した。


『例のカラオケなんだけど、二週間後にしよう。その日はちょっと、予定が埋まっていて無理だった』


 勿論、その段階では予定などなかった。それでも、俺は二十四日の木曜日、青木さんにそう告げた。

 俺にも少し周りの状況について考える時間が必要だったし、美濃部立花ともあの段階で出会うべきではなかったと推測する。

 美濃部立花は、俺が姉さんとベタベタしていることに嫌悪感を覚えていた。おそらく五月末の段階ではまだ、美濃部自身が俺への気持ちに――こんな事を自分で言っているのもどうかと思うが――俺への気持ちに、踏ん切りを付けていない段階だったのだろう。

 だから、嫌っていた。

 嫌おうとしていた。

 俺はそのように考える。

 杏月の介入は、五月二十二日。もう、あの過去をやり直す事は出来ない。

 そもそも俺は、死ななければ確かな記録になってしまうこの世界で、適当に生き過ぎだった。

 もっと確信を持った行動、経験に裏打ちされた判断で、理詰めに人生を『造っていく』べきだ。

 そんな事が俺に出来るかどうかはさておいて、やらなければ先には進めない。

 猶予は一年あるんだ。

 しっかりしろ、俺。

 そして――……


 六月九日。雨が降っていた。

 俺は同じように、都内の某アパレルショップ前で青木さんを待っていた。服装は前回と同じ、ベージュのチノパンに春物の黒いジャケット。気温はそこまで変わらなかったけれど、俺はダークグリーンの傘を手に、屋根の下に居た。

 俺は一人だ。

 まず、手始めに杏月の介入を拒否。今後杏月が参加する事になるかどうか分からないけれど、次の顔合わせでは数に含めないようにしよう、と青木さんに耳打ちする。

 青木さんの承諾を待ち、杏月に青木さんの口から話して欲しいと依頼した後、俺は姉さんに事情を話す。


『六月九日なんだけど、青木さんがやりたいっていうドラマのメンバーと顔合わせしてくるから』

『……あ、そうなの? わかった。……もちろん、杏月は来ないんでしょ?』

『うん。参加するなら今後関わってくる可能性はあるけど、今はいいだろう、って青木さんに話しておいたよ』


 その言葉に、姉さんはほっと胸を撫で下ろす。

 俺は次の台詞を待った。


『……えっと、おと』

『男だけじゃない。青木さんともう一人、女の子が来る予定みたいだ。男二人に女二人だけど、別に何かがある訳じゃないから。大丈夫』


 暗くなった姉さんを見て、俺は優しげに微笑む。

 姉さんが暴走することに怯えていては、先になんか進めない。

 ギリギリを行かなければ、未来も見えない。


『姉さん。心配しないで』


 俺は決めていた台詞を口にする。


『ありがとう』


 俺も小狡い手を使うようになったのだなあ、と思う。俺の言葉を真に受けて、姉さんは少しだけ照れた様子で何も言う事が出来なくなる。

 すなわち、今の姉さんは俺の恋人だ。

 扱い方として、そう割り切ってしまう事にしよう。

 馬鹿馬鹿しいけれど、杏月は姉さんの恋敵。恋人の肩書きが無いから、姉さんはどうにかして俺の心を繋ぎ止めようと必死になっている。

 ……あれやこれやの手を使って、か。

 まだ性的な誘惑に対する耐性なんか微塵も出来てはいないけれど、姉さんをその気にさせない方法は、少しだけ分かってきた気がする。


「穂苅君!」


 ポニーテールを揺らして、こちらに走って来る青木さんを発見した。俺は軽く笑って、手を振った。青木さんは柔和な笑みを浮かべて、水玉模様の傘を右手に、左手を俺に向けて振った。

 リボンの可愛いシャツは同じ、でも羽織られたカーディガンは青色。それを見て、展開が変わっている事を確信した。


「お待たせ」

「おはよ、青木さん」

「あはは、おはようって言っても、もうすぐお昼だけどね」


 会話は同じ。だが、今回は雨が降っている。前回と同じ失敗を避けるには、美濃部との第一印象を変えなければならない。前回と日付は違うが、ストーリーが同じなら、越後谷が先に来るはずだ。

 越後谷には、どういった対応をすべきかな。


「お姉さんは、大丈夫だった?」

「……ああ、うん。流石に一人で外出も出来ないんじゃ、ドラマなんて作れないからね」

「あはは、そうだね」


 青木さんは傘を閉じると、俺の隣に立った。越後谷はまだ来ない……遅れているのか、前回姉さんと青木さんが話していた時間が意外と長かったのか。まあ、二週間経っている。そりゃあ、前回と一緒ではない筈だが。来る時間などは、今後の展開に利用できる理由もないか。

 俺は辺りをきょろきょろと見回していたが、不意に視線を感じて青木さんを見た。


「……どうしたの?」

「ううん。いっつもお姉さんと杏月ちゃんに振り回されているみたいだから、今日くらいは羽根を伸ばして貰えればなー、って思って」


 ……どういう、意味だ?

 青木さんは、俺が姉さんや杏月にベタベタされている事を、『ラブラブだ』という解釈で居たような気がしていたが。

 ストレートに聞いてみようか。


「はは。俺と姉さんはラブラブだったんじゃないの?」

「最初は、そう思ったよ。こないだ穂苅君がお姉さんにキスしてた時、ああ、やっぱりそうなんだな、って。私には理解できない領域だけど、まあそれでもいいかー、って」


 ……さり気なく俺に鞭打つのはやめてくれ。やっぱりあれか。俺、青木さんのような聖人にもそのように見られているのか。


「……だけど、お姉さんと話してる時、穂苅君、随分必死な様子だったから」


 青木さんは俯いた。その表情に少しだけ影が落ちたような気がして、俺は青木さんの顔を覗き込んだ。

 ふと、青木さんは俺の視線に気付いて、頬を染めて、慌てて俺に手を振った。


「い、いや、なんでもないよ? 私はその、穂苅君にそういう気持ちは、持ってないから。ほんとに。そもそも、恋愛ってよくわからないし」


 ……何を言ってるんだ?

 青木さんが何を言っているのか、俺にはさっぱり理解が出来ない。この人も、慌て出すとよく分からない事を喋る人だからな……。

 まあ、考えても仕方がない事か。再び町中に視線を戻すと、お、あれは――……

 オレンジ色の髪に、小柄な体格。今日も綺麗なウエーブが掛かっていて――あれは地毛なのだろうか。少し気になる。蝶々結びの赤いリボンで髪を括っていて、それが幼さを感じさせる。

 美濃部立花は青木さんを見て、笑顔になった。


「瑠璃」


 青木さんは胸を抑えて熱っぽい吐息を漏らしていたが、美濃部を見ると――ぎょっとしたような顔で、笑顔が凍り付いた。

 ……なんだ……?


「りりりりっちゃん!!」

「……どしたの、瑠璃? うつった?」

「うつってない、うつってない。大丈夫」


 青木さんは呼吸を整えると、ようやくといった様子で俺を指さした。美濃部の視線が俺に向けられる。

 ――さて。どんな反応をするか、確認させて貰おうか。

 美濃部は――……


「えっ!?」


 ……この反応は、良いのか? ……悪いのか……?

 理詰めで考えれば考える程、分からない事が増えていく気がする……。どうしよう。


「えっとね、こちら、穂苅君。次の学園祭のドラマに協力して貰おうと思って、連れて来ちゃいました!」

「ちょっ、ちょっ、ちょっと、瑠璃」


 美濃部は抗議の眼差しを向ける。……なるほど。嬉しいとか嫌だとか、それ以前に驚いたというところか。なら、まあ三回目みたいに好感度が激減する事は無さそうか。

 ……どうだろうか。

 俺は美濃部を見ると、柔らかく微笑んだ。

 イケメンだ。……イケメンを意識しろ。


「穂苅君。彼女は分かるよね」


 今更ながら、青木さんのこの台詞が、俺に対する確認と同時に美濃部へのフォローであることに気が付いた。ここで俺が覚えていなかったから、美濃部が不機嫌になったのだ。


「美濃部さん。美濃部さんも、参加してたのか。これからよろしくね」


 美濃部は呆然と俺を見て――……

 瞬間湯沸し器のように全身真っ赤になったかと思うと、青木さんの袖を掴んだ。


「よろしくだって、りっちゃん!」


 青木さんがフォローする。美濃部はこくこくと人形のように頭を上下に振ると、俺から視線を逸らした。

 ……まあ、最初はこんな所だろうか。


「あれ、おまえ――今日は一人なの?」


 声を掛けられて、振り返った。聞き覚えのある声はどちらかというと驚きの色に染まっていて、降り続く雨音に混ざって消えていく。一応、彼の名前はまだ知らない事にしておかなければならないだろう。

 違うクラスだしな。


「越後谷」


 青木さんが越後谷を見て、俺に紹介を始める。


「はい、えーっと、穂苅君、こちら杏月ちゃんと同じクラスの越後谷司つかさ。幼稚園からの幼馴染で、今でも友達なの。役者の経験もある人なんだよ。越後谷、こちら、私と同じクラスの穂苅純君。手伝って貰う事にして」


 まあ、知っているけど。歯に衣着せずモノを言う奴で、背が高くて、少しその発言に腹が立って、背が高い男であることも知っている。

 越後谷は俺を見ると、傘を閉じて屋根に入る。品定めするようにまじまじと見られた後、


「……ふーん。こいつにしたんだ」


 そう言われた。結局、どのように出会ってもこいつにはあまり良い印象を覚えない。無駄に長身しやがって。少し寄越せ。

 ドクロマークの入った革ジャンはそのまま。だが、三回目と違うのはブラウンではなく、ダークブルーのダメージジーンズを身に着けているということ。美濃部も、暖色系のワンピースではなく、ゴシックロリータのような白黒基調だ。

 ……まあ、だから何だ、という事は無いのだけど。三回目と同じやり取りを二度、環境も服装も違う状況で繰り返されるというのは、かなり新鮮な出来事だった。



 ◆



 そして、カラオケである。

 越後谷が歌っている。……歌が上手いのも、俺にとっては悪印象だ。やっぱり、バンドか何かをやっているんだろうか。

 三回目と違い、今回の俺は姉さんや杏月に縛られていないため、ある程度自由に行動する事が出来る。この辺は、一回目のカラオケパーティーを思い起こさせるものがある。

 青木さんと美濃部が、選曲用の端末を操作して、何やら話をしていた。あんまりカラオケになんぞ行く機会が無かったので知らなかったが、本を見てテレビのリモコンのようなもので番号を入力する時代はもう終わっていたらしい。

 曲を選んで送信するだけで、勝手に自分の番が回ると歌が始まるのだ。

 すごい事だと思う。

 青木さんが俺をちらりと見ると、美濃部に何かを耳打ちしている様子だった。瞬間、美濃部が顔を赤くして慌てふためく。……何のやり取りをしているんだろう。俺の位置からは、よく分からない。

 カラオケが始まると、あまり会話できなくなるのだ。

 程なくして、青木さんが俺の下に近寄って来た。耳に唇を寄せる……近い近い!!


「……ねえ、穂苅君。……って曲、知ってる?」


 嬉しそうに、そのように言われた。どんな曲だったっけ……? 覚えているような、覚えていないような。


「……まあ、聞けば思い出すかも」

「本当!? オッケー!!」


 ……何がオッケーなのだろうか。

 一回目もこんな事、あったっけ。……駄目だ、もうすっかり思い出せないぞ。青木さんは美濃部の下に戻ると、楽しそうに端末を操作し出した。

 カラオケのモニターに、先程俺に確認された曲が入る。

 ……思い出した。これ、男女のデュエットソングだ。そういうことか。

 美濃部は既に歌う準備に入っているのか、マイクを両手で握り締めて、ガタガタと震えていた。別に俺は歌上手い訳じゃないんだし、そこまで緊張しなくても……。

 越後谷が歌い終わると、マイクのスイッチを切って俺の隣に座った。


「……くそ。声が出ねえ。フォームがなってねえ」


 今の、出てない方だったのか。越後谷って、何をしている人なんだろう。役者の経験もある、などと青木さんが紹介していたが……。

 青木さんが選曲しタイトルがモニターに表示される。青木さんは越後谷の使っていたマイクを、俺に向かって投げた。

 まあ、なんとなく予想はしていたけど。

 青木さんは俺に向かって、親指を立てる。

 協力してくれるのはありがたいけれど。そこまで美濃部を推しに推さなくても大丈夫だよ、青木さん。俺、別に美濃部の事を理解していない訳じゃないから。

 一度、告白された後だしな。

 俺は立ち上がった。


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