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ヤンデレ姉さんに○されたら考えるべき10のこと  作者: くらげマシンガン
▼第一章 俺が姉さんの束縛から逃れるという件について。
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つ『俺はそれぞれの立場を理解しているか』 前編

 青木さんは少し緊張した面持ちで、奥にいる姉さんに目を留める。ごくりと喉を鳴らすと、姉さんに向かって歩いた。青木さん、何するつもりだ……? 必要以上に背中に力が入っていて、見ているこっちまで緊張してしまう。

 そして、青木さんは。

 姉さんに向かって、頭を下げた。


「ご、ごめんなさいっ!!」


 姉さんがきょとんと目を丸くして、動きを止める。俺も、青木さんがどうしてそんな事をしているのか分からなかった。


「……あなたは、青木さん、よね」

「はい、……その、先日は――穂苅君に、ご迷惑をお掛けして」


 ……ああ、あの件か。律儀だな、青木さんも。姉さんはもうすっかり覚えていない様子で、目を瞬かせた。

 その様子に、俺は思わず食い入るように姉さんを見詰めてしまう。

 覚えていない、のだろうか。一回目と二回目は抵抗出来ずに殺されてしまい、時が戻っていた。今回は予兆の段階で食い止める事に成功したため、姉さんは平常心を保っている。


「――何の話?」


 どうやら、覚えていないらしい。

 それはつまり、何を意味する……? 俺は考えた。今まで姉さんの暴走、姉さんの暴走と一概に言ってきたけれど、当の姉さんが覚えていないんじゃ、それは暴走でも何でもないのではないだろうか……?

 二回目に初めて姉さんの異様な態度を見た時、俺は嘘を重ねる事で暴走を食い止めたつもりでいた。でもその時は、学園で俺に迫った記憶はあるようだった。でなければ、あんな確認みたいな事をする訳がないと思う――……

 ……あ、愛情の確認、みたいな……。

 ……。

 ま、まあ、それはともかく。

 あの時は、実際には食い止められていなかったということか……。


 こう考えるのは、どうだろう。

 俺は姉さんが昨日暴走した時、まるで悪霊に取り憑かれたように、と考えた。その比喩表現は実は正しくて、理由は分からないが、姉さんは前世の自分の霊――の、ようなものを憑依させて、当時の記憶を思い出して攻撃的になっている、というのは。

 記憶を――記憶って言うのか? とにかく、何かきっかけのようなものを思い出してしまったら、もうそこからは俺を……求め過ぎて、止まる事は出来ない。

 自分で考えていて、恥ずかしくなってきた。

 ……結局、単なる推測でしかない。だけど、姉さんが記憶を失っている……らしい、ということは、有力な情報になる可能性がある。

 覚えておかないとな……。


「青木さん、姉さんはもう気にしてないみたいだから。だよね? 姉さん」

「んー……? あー、うん」


 俺は注意深く、姉さんの様子を伺った。やはり、覚えていないようだ。

 ならば、予兆の段階でどうにか食い止める事が出来れば、何事も無かったかのように学園生活を送る事もできる、ということか……。


「本当に、申し訳無かったです。次からは気を付けます」

「うん、よく分からないけど……青木さんも、一緒にお昼、食べる?」

「……え、ええっ!?」


 何故そこで、挙動不審になるのだろう。青木さんは思わずといった様子で両手を前に出して壁を作り、慌てていた。俺を一瞥すると、すぐに目を逸らした。

 若干、頬が赤いような。


「い、いやあっ。あのっ。わ、私……は、ちょっと……」

「えー、るりりん、一緒に食べようよー」


 思わぬ声が俺の後ろからして、俺は口をあんぐりと開けて後ろを見た。

 姉さんが絶句していた。たったそれだけで、俺は今後ろに誰が立っているのか、把握する事が出来た。

 ……まじか。屋上に居るとは、一言も言ってなかったんだけど。


「……杏月? どうして、ここが?」

「んー、勘、かな? お姉ちゃんとお兄ちゃんが一緒にご飯食べるなら、やっぱり屋上かなーって。昨日もそれとなく行ったんだけど、居なかったから」


 ……そうか。二回目の五月二十一日、屋上の扉を開いて様子の確認をしに来たのは青木さんじゃなかったんだな。

 杏月だったのか……。もしもその時の俺と姉さんの様子を確認して、今後関わるかどうかを決めているのだとしたら。

 一回目も、やっぱり屋上には出向いた筈だしな……。どうしよう。杏月が加わった事で、今度こそ完全に俺の『三ヶ月間のアドバンテージ』は、脆くも崩れ去ったというわけだ。

 ……本当にこのメンバーで昼、食べるのか? 安泰には終わらない……よなあ。考えているうちに、もう杏月はレジャーシートに腰掛けて自分の水筒を取り出していた。

 仕方なく、俺も座る。


「……青木さん。もし迷惑じゃなかったら、一緒に昼、食べよう」

「いいいいや、私なんかがその、むしろご迷惑ではありませんでしょうかっ」


 全力で手を振りながら、後退していく青木さんを見て。……杏月が走って青木さんの後ろに回り、そして――青木さんの、胸を揉んだ。


「うわっ!! るりりん、胸おっきー!! これだから着痩せするタイプは!!」

「ひっ――!? 杏月ちゃん、ちょっと、やめてっ……!!」


 ……最早苦笑を通り越して、苦い顔しか出来ない。


「……おいコラ、やめろ杏月。青木さんが困ってるだろ」

「良いじゃん良いじゃん。一緒に食べようよー」

「わっ……かった、からっ……! もう、勘弁してっ……!!」


 いざ聞き直してみると、この杏月から発される甲高いアニメ声……とでも言えばいいのか、そのような声は非常に作り物臭い気がした。二面性を確認しなければ、気付く事も無かったかもしれないが……。

 杏月は青木さんに逃避の意思が無くなった事を理解すると、ステップを踏んで俺の隣に座った。……密着し過ぎだ。


「おにーちゃーん、杏月ねえ、あの出汁巻き卵が食べたいな」

「食べれば良いんじゃないか」

「杏月お箸持ってないから、食べさせて」


 姉さんがすかさず鞄から割り箸を引っこ抜いて、杏月に差し出した。その様子にはいつになく、焦りが見える。杏月は姉さんの顔を一瞥すると、一瞬、熊でも怯えて逃げ出すようなおっかない顔になって――俺のように注意深く様子を見ていなければ、それは分からなかっただろう。実際、青木さんは杏月の豹変振りに気付いていない。

 すぐに媚びたスマイルに戻ると、箸を受け取った。


「ありがとー、お姉ちゃーん。へへっ」


 ……そうか。姉さんは、杏月とこうやって戦って来たんだな。

 姉さんの呪縛から逃れたような気はするが、今度は杏月が問題だ……。姉さんは納得行かないと言わんばかりの顔で唇を尖らせ、杏月が食べたいと言っていた出汁巻き卵を口に運んだ。

 青木さんはぼんやりと、その様子を眺めている。……何かを姉さんに言いたいような顔だな。どうしたんだろう。

 ケーキは嬉々としてデザートのリンゴを奪い、かじっていた。もしかして、とある休日の午後なんかに、ある日知らずのうちに食べ物が無くなっていたりするのは、こいつら神の使いが奪って行った結果だったりするのかな。まあ、八割は人間の勘違いだろうが。


「なんだか、楽しい感じになってきましたね、純さんっ」


 これが楽しい昼食の風景に見えるのだったら、一度眼科に行った方が良い。……ああ、神の使いに眼科なんてものは無いかもしれないけど。


「……あ、このアスパラベーコン巻き、美味しいね」


 俺が呟くと、姉さんが明るい表情になって笑った。


「あ、わかる? それね、アスパラが柔らかくなるまで、白ワインで蒸してあるんだ」

「へえ……ワインで」


 姉さんは初めて初々しく嬉しそうな微笑みを浮かべながら、アスパラベーコン巻きを取ろうとした。――瞬間、最後の一本だったアスパラベーコン巻きを杏月が奪って行く。


「はい、食べさせてあげるよー。お兄ちゃん。あーん」


 ……なるほど。これは確かに、姉さんの立場からすると腹が立ちそうだ。仲が悪いということはなんとなく気付いていたが、こんな攻防があったことは認識していなかったな。

 俺もかなり鈍感な方なのかもしれない。

 最後の自信作を奪われ、しかも俺の口に突っ込まれ、姉さんが泣きそうな顔で俺を見た。……ごめん。俺、杏月がこんなタイプの人間だとは知らなかったんだ。

 青木さんはそのやり取りを、ただ眺めている。何か喋って欲しいのだが。


「……純くん」

「な、何? 姉さん……」


 姉さんは、俺の左手を握った。次第に姉さんの表情から、余裕が失われていくのが分かった。どろどろと渦巻く何かを、瞳の奥に感じる。

 ……あれ? ……まずくないか、これ?


「……杏月、謝れ」

「へ? 何が?」


 この狸め。いや、化け猫か。猫を被っている間は、梃子でも意見を変えないという事だな。

 姉さんはぶつぶつと呟きながら、煮豆を口に突っ込んだ。何かの覚悟を持ったのか、俺を睨む。いや、さすがに煮豆で殺される程俺も弱くは――


「ちょっ!? 何してんの!?」


 ――唇を、奪われた。

 杏月が驚いて、思わず素に戻った様子で姉さんに抗議する。青木さんは――姉さんを眺めていた。ちょっと怖いぞ、一体どうした。

 姉さんは唇で俺の口をこじ開け、押し倒して――ついに、壊れたか?

 そんな冷静な思考とは違う場所で、勝手に心臓は鼓動を速くした。

 ……あ、煮豆。


「――あー、ん」


 唇を離すと、姉さんが多少涙ぐんだ瞳で俺に微笑む。あーん、は遅いと思う。

 それ以上に、俺は唐突に迫って来た姉さんの行動に、為す術もなく思考が空を飛んでいた。


「美味しい?」

「……美味しい」

「……へへっ」


 姉さんは俺に上から体重を掛ける。……やっぱり、本当は甘えたかったんだろうな。甘え、甘やかしたかったんだろう。杏月が来てから、一生懸命距離を置いているように見えたから。

 吸っていない時はまだ耐えられても、一度甘い蜜を吸ってしまうと中々そこからは離れられなくなるものだ。

 姉さんは俺の胸に顔を埋めて、匂いを嗅いでいた。……姉さん。青木さんがまじまじとこっちを見ているんだが。


「……お、お姉ちゃん。今はお昼ごはんの時間だよー?」


 杏月が控えめに、「何してんだお前そこをどけ」と言う。姉さんは杏月の言葉など完全に無視して、一人陶酔していた。

 青木さん、どうした。あまりの異常な光景に、何も言えなくなってしまったのだろうか。

 と思っていたら、不意に青木さんが立ち上がった。


「――――あ、あの!!」


 唐突な事で、姉さんも杏月も揃って青木さんを見た。青木さんは酷く緊張した様子で、何もしていないのに息が上がっていた。


「ど、どうしたの? 青木さん」「るりりん?」


 姉さんと杏月が同時に、青木さんに言った。青木さんがラブシーン目撃以外で余裕なく取り乱している所を見るのは、もしかしたら初めてかもしれない。いや、この状況をラブシーンだとするなら話は別だが。

 段々と、感覚が麻痺してくるから不思議だ。


「私、聖グレンリベット学園三年、学級委員長の青木瑠璃と申します!!」


 ……どうした。頭でも打ったか。


「じじじ実は、十月に開催される学園祭までに、ドラマを作りたいと思っていまして。……そこに、穂苅君も参加して欲しいなと思っているのですが、お姉さんに許可をいただきたく!!」


 それを言おうとしていたのか。青木さん、様子がずっと変だったから。姉さんはその言葉の意味を解釈するのに時間が掛かっているようだったが、程なくして、


「……ドラマ?」

「は、はいっ」

「純くんがドラマの主演?」

「いや、主演かどうかは……分からないんですけど……」


 姉さんは、俺と青木さんを交互に見た。……すっかり流されてしまっているが、この発言、大丈夫かなあ。姉さんは俺の環境が外の影響で変わるの、あんまり得意じゃないから――


「聞いた!? 純くん、頑張って!! お姉ちゃんマネージャーやっちゃう!! 水とか飲ませちゃうから!!」


 ……どうやら、全然大丈夫だったらしい。何やら、興奮している様子だった。


「……はあ」


 あまりの状況に、全く思考が付いて行かない。何? ドラマ……? 俺、創作ごとの経験なんか皆無なんだけど……。ああ、滑舌がどうのなどは、幼い頃に姉さんに仕込まれて良くなってはいるが……。だからと言って、それが何かに役立つとも思えない。


「るりりん!! 杏月の出番は!? 杏月の出番はある!?」

「……えっと、まだ企画段階だから……作れば、あるかも」

「やった――!! 一緒に頑張ろうね、るりりん!!」


 青木さんの両手を握って、杏月はぶんぶんと上下に振っていた。……杏月よ、青木さんが困っているじゃないか。


「……どうして、杏月は青木さんに馴れ馴れしい態度なんだよ」

「初日の案内の時にるりりんが付いて来てくれたから、一杯お話したんだよー。ねー!」

「う、うん……」


 杏月よ。青木さんが引いているじゃないか。目を覆いたくなるが、ぐっと堪えた。そんなもの、隣のクラスの委員長か保健係にでも任せておけば良いのに。大方面倒だからという理由で断られて、引き受けたって所だろうな。親切だな、青木さんも。

 青木さんは姉さんと俺を再度見ると、少し照れながら微笑んだ。その微笑、女神の如しである。


「――そのために、今度の休日、穂苅君をお借りしたいんですけど」


 ――あ。

 カラオケパーティーから、四人でカラオケへ。

 何度時を戻しても誘っていたのは、もしかしてこれ――……。

 いや、そうとは限らない。十月公開の八月末カラオケパーティーじゃ、間に合わない可能性もある。青木さんが一回目からずっと俺を誘おうとしていたのか、はたまた今回のやり取りの中で決意したのか、それは分からない。

 それでも、俺を新しい世界に連れて行こうと考えてくれるその優しさに、俺は感謝の意を表したい。

 姉さんは、そうか、と納得したような顔をして。瞬間、とても寂しそうにしていたけれど、


「……うん。勿論よ」


 そう、言った。

 姉さんの中で、どのような感情のやり取りがあったのかという事については、俺には表面上の変化しか汲み取る事は出来なかったけれど。心のどこかで、俺が遠くに行ってしまう事を恐れているかのような――そんな気配を感じた。


「ねえねえ!! るりりん、杏月も行っていい? そのお休み!!」

「う、うん……」


 ……杏月。


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