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ヤンデレ姉さんに○されたら考えるべき10のこと  作者: くらげマシンガン
▼第九章 俺が姉さんの束縛を解く、という件について。
131/134

つ『大好きだ。』

 ――――登らなきゃ。

 立花のリボンが、瑠璃を支えている。展望タワーはまるで嘘であったかのように無くなり、俺は階段へと帰ってきた。

 さっきのは、何だったんだ? 蜃気楼のように、近付くと消えてしまう夢だったのか、疲労の果てに俺が作り出した幻覚のようなものだったのか――いや、どうでもいい。

 全身が悲鳴を上げても、涙が俺を突き動かす。既にすっかりなくなった筈の気力が、体力が、上がれ、上がれ、と猛り狂う。

 瑠璃が、姉さんが、待ってる。

 がんばれ。

 がんばれ、俺。

 俺は一人じゃない。

 一人ではなかったんだ。

 涙が溢れるままに任せて、俺は歯を食い縛り、もう一段、先へ。

 ずっと、一人だった。

 一人だと、思っていた。

 シスコン呼ばわりされて友達の出来なかった俺には、協力してくれる人なんて、居ないと思っていた。

 流れる血をものともせず、顎を引き、もう一段、先へ。

 登らなきゃ。

 ――――登れ!!


「そうだよ、純!! こんな所で、終わりなんかにはならないよ!!」


 そうさ。

 杏月だっている。

 俺の事を、ずっと待ってくれている。

 俺には帰る場所があるんだ。

 こんな所で、因果だの秩序だの、『ノーネーム』だのに負けて、存在を消す訳にはいかないんだ。

 俺は、ひとだ。

 弱い、ひとだ。

 だから、連れて帰る。

 俺の大切なひとを、必ず。


 ――――上空に、終りが見えた。


 思わず、それが本物かと我が目を疑った。


 緑色の空の遥か上に、雲のような、真っ白な何かが見える。階段はその白い何かに向かい、突き刺さっているように見えた。

 ――――さあ。

『ノーネーム』、どうやら戦いは、俺の勝ちのようだ。

 お前は俺の事だけを気にしていた。

 俺から『姉さん』の存在さえ消せば、それで良いと思ったか?

 残念だったな。

 俺は一人じゃない。

 息が上がる事なんて、もう気にもならない。

 まだ、戦える。


「部屋、綺麗にしておいたよ。二人が戻って来るのを、待ってるからね」


 杏月が一緒に登りながら、俺の事を後押ししてくれる。俺は最早、涙なのか血なのか、何を流しているのかも分からなかったが、

 だが、登る。

 一歩一歩、確実に、俺は階段を踏み締め、上を目指した。

 段々と、それは俺の下に近付いて来る。

 あと、もう少し。

 あと、百段くらいだろうか。

 数えなくても、終わりはあるんだ。

 そこに、向かうだけでいい。


「純、純は、本当にあいつの事が好きなんだね」

「ああ」


 息は切れていたが、俺ははっきりと、言った。


「愛してる」


 杏月は少しだけ寂しそうに、笑った。


「……そっか。そうなんだね」

「ああ」


 誰かも分からず、俺は頷いた。俺にはもう、前しか見えていない。雲のように見える、あの階段の終わりを目指している。

 あと、五十段くらいだろうか。

 絶対に、登る。

 助けるんだ。

 ――――姉さんを!!


「もしあいつが人間じゃなかったとしても、純はそれを助けに行くんだね」

「ああ」


 我武者羅に、上を目指した。途中までの勢いの衰えも何処へやら、俺はまるで今登り始めたような勢いで階段を上がっていく。

 あと、十段。

 ゴールはもう、すぐそこだ。

 階段を登り始めてようやく、俺は心の底から笑顔になった。

 どうだ、神よ。いや、秩序だったか。

 俺は、人間だ。ルールの下に生きる者だ。

 だが、お前に触れる事ができる。


「なあ、杏月。待っててくれ、今、行く」


 ここに居る杏月が幻覚でも、俺はそう伝えた。

 杏月も待っている。俺の帰りを待って、きっとあのマンションに居るはずだ。

 二LDKの、マンションの一室に。

 今、行く。

 俺は、手を伸ばした。


 背中の杏月が、嘲笑ったような気がした。


「もしあいつが地に堕ちたとしたら、純も堕ちるんだね」


 ――――違う。

 杏月、じゃない。

 空気が、変わった気がした。俺は目を見開いたまま、その場に固まった。

 杏月じゃないとすれば、何だ?

 レイラも、君麻呂も、越後谷も立花も、此処を通り過ぎた。

 そうだ。

 現れる訳がない。

 杏月が此処に、現れる訳がない。

 杏月はずっと、現世で俺の事を待っているんだから。

 だとしたら、此処に居るのは――――


「純くん!!」


 ひく、と顔が引き攣った。

 ああ――――そうか。

 伸ばした左手はゴールを目前にして、透明な階段の下に落ちる。

 俺はその場に固まったまま、身動きが取れずにいた。

 散々、期待させて。

 散々、『越えられる壁』を作って。


「助けて、純くん!!」


 最後は、俺が絶対に無視できないものを用意して――――

 堕とすつもりだったのか。


「それを登っちゃ駄目、純くん!! お願い、私のことを助けて!!」


 ――――くっ。

 くふふ、くひひ。

 思わず、笑いが溢れた。

 涙と共に、笑いは溢れた。

 それは喜びでも達成でもなく、絶望に。俺の事を弄んだ『秩序』とやらに、精一杯の恨みを込めて。

 そりゃあ、そうだろうな。考えて見れば、当たり前だった。

 最終手段として、絶対に俺が無視できないものが、一つだけあったじゃないか。

 そして、それを使ってくる事は、火を見るよりも明らかだったじゃないか。

 でも、例え分かっていたとしても、俺はそれを『無視』できない。

 絶対に、できない。


「純くん!! おねがい――――!!」


 だってその声は、


 背中から、したんだ。


「姉さん――――」


 ――――俺は、振り返った。

 立ち止まったのは、ほんの数秒だったか、それとも数分のような長い時間だったか。

 音のない世界。

 一瞬の――世界。

 俺は未来を夢見て、振り返り、当たり前のように絶望して、


「ごめんな、みんな」


 何もない空を見詰めて、全てを失った事を、把握した。


「ゲームオーバーだ」


 左手はついに『ゴール』を掴めず、空を切った。

 瞬間、俺の足元を頼りなくも支えていた階段が、パリン、と音を立てて割れる。

 空中に散りばめられた硝子の破片と共に、俺は何もない空中へと投げ出された。

 ただ、その様子を、虚無感と共に見詰めていた。

 あるかどうかも分からない重力の存在に、身を引かれる。

 ――――ああ、姉さん。

 ごめんよ、姉さん。

 涙が溢れる。

 俺は結局のところ、『ローウェン・クライン』でしかなかった。

 ローウェン・クラインはついに、ティナ・ピリカを助ける事が出来なかったんだ。

 ――――歴史は、繰り返す。

 それは争いが何時になっても終わらないように、ひとは神にも秩序にもなれず、永遠に人間であることを意味していた。

 愛とは、不完全だ。

 不完全なものは、完全なものに勝つことが出来ない。

『秩序』に――――……。

 左手を無造作に持ち上げたまま、俺は堕ちていく。

 背中に、瑠璃の身体を構え。

 果てしない絶望とともに――――…………



「いえ」



 ふと、その左手が掴まれた。

 俺は驚きに、目を見開いた。

 しっかりと、体重を支える。

 それは。


「ゲームクリアです、純さん」


 俺は、泣いた。

 桃色の髪に、真っ黒になった妖精の羽根を持ち。真っ白な素肌の女性は俺をその華奢な腕で掴むと、苦しそうにしながらも、微笑んだ。

 ああ。

 もうひとり、いた。

 ――――俺の、仲間。


「どうせこんな事だろうと思っていたから、先に登って待っていました。これで、ゲームクリアです」


 ケーキ。

 ケーキ。ケーキ。ケーキ。

 言葉もない。

 ただ、涙が頬を伝うに任せた。


「泣かないでください、純さん」


 何も喋る事が出来ない俺に、相棒は笑って、言う。


「――私は純さんの、『愛馬』ですよ?」


 ケーキは渾身の力を込めて、俺を白い空間の上へと引っ張り込んだ。一瞬、ケーキが乗っている白いものに包まれ、視界が真っ白になる――やがて、俺はケーキと同じ位置まで目線を上げた。

 先程俺が通り抜けたはずの『白い地面』はいつの間にか塞がり、今となっては俺の足元を埋め、かつ俺の体重を支えている。

 一体、どういう構造になっているのだろう――……

 考えても仕方のない事ではあるのだが。

 俺は前を見詰め、そして、

 ――――やばい。

 全身が危機警報を鳴らし、血の気が引くような錯覚を覚えた。血なんて、とうに流れ尽くしているような気分にさえなっていたのに。


「ケーキ。瑠璃を、頼めるか」

「は、はいっ。ごめんなさい、私じゃどうにもできなくて……」

「いや、いいよ。助かった」


 俺は立花のリボンを解いて、瑠璃の身体をケーキに預けた。俺は複雑な心境のまま、それを凝視しながら、瑠璃から手を離す。

 具体的に言えば、姉さんは――――いた。

 だが、それは感動の対面と言うには、とても言い切れないそれだった。

 すぐに――駆け出した。


「ざけんな」


 走り出すと、俺の目の前に広がるその光景がどれだけ異常なのか、分かるようになった。

 瞳孔が開き、俺は衝動のままに、牙を突き立てる前の獣のように下顎を開いた。


「――――ざけんな!!」


 ただ我武者羅に、『それ』を掴んだ。強引に、手繰り寄せる。

 まるで何もない空中に吸い込まれるようにして消えていく、姉さんの『右手』。

 俺は、それを掴んだ。


「返せよ!!」


 叫んだ声は、どこにも衝突せずに、虚無の空間へと消えていく。構わず、その右手を引いた。

 もしも全て飲み込まれてしまったら、どうなる?

 この世から消え、姉さんはおろか瑠璃の身体さえも、まるで初めからそこには無かったかのように扱われるのか?

 ふざけるな。

 絶対にそんな事、させるものか!!

 ああ。

 どこからか、声が聞こえる。それは耳管を介さず、直接脳に語りかけて来るようだった。

 踏ん張るものすらない何かから、俺はどうにかして姉さんを引き摺り出そうと試みた。


『それは、許されないことなんだ』


 何が、許されないって?

 ひと一人の存在を消すことは時間が掛かることなのか、姉さんはそこから今にも消えてしまいそうな様子だったが、右手だけが残り、中々消える気配はない。

 だが、確実にそれはゆっくりと、姉さんの存在を奪っていた。


「純さん!! 瑠璃さんが!!」


 俺は右手を掴んだまま、後ろを振り返った。

 ――――瑠璃の身体が、消えかけている。

 なんとかしないと。

 心の中で、もう一人の俺が叫ぶ。


『完全な秩序が、乱れてしまうから』


 秩序って、なんだ。人が生きて行くために必要なものか?

 きっと、必要なものなんだろう。

 そりゃ、そうさ。何でもかんでも許していたら、世界はあっさりと滅茶苦茶になってしまい、歪んで見る影も無くなってしまうだろう。

 俺が何度も時を戻して、少しずつ世界の様子をおかしくさせていったように。

 ――でも。


「ぎぎ……ぎ……」


 食い縛った歯から、身も蓋もない声が漏れた。

 姉さんの右手が、空間に飲み込まれて行く。

 ――くそ。なんとかしろ。

 なんとかしろ、俺!!


『ジュン。臆さず、顎を引いて、前を見るのですわ』


 他の誰がなんと言おうと、俺は姉さんを助ける。


『笑っていろよ、純。相手が泣いてたらよ、それよりも強い風で笑い飛ばせば笑顔になんだよ』


 どんな逆境にだって、抗ってみせる。


『気張れよ、穂苅。最後が一番、肝心だぞ』


 見てくれなんて、どれだけ醜くても構わない。

 背が低くてもいい。顔がそこまで良くなくたっていい。周りから軽蔑されたっていい。

 良いんだ。

 そんなもの、生きるために大切なことでは、ないんだ。

 ――――俺は。


『がんばれ』


 その時俺は、何を喋っていただろうか。

 苦痛に身を捩らせながら、狂気に触れて叫んでいただろうか。

 活力に滾る血を感じながら、獣のように咆哮していただろうか。

 右手が、見える。手首が現れる。白い腕が、肘が見える。白い肩が見える。

 俺は目を見開いて、全身全霊の力を込めた。

 涙でぐちゃぐちゃに潰れた瞳が、柔らかそうな唇が、すっきりとした鼻が、理性を持った眉が、俺を見詰めて。

 そして。


「――――純くん!!」


 俺には、姉さんの言葉に返事を返す余裕は、無かったけれど。

 ああ、約束だ。

 今度は、ずっと一緒だ。

 死ぬまで。


「『ノーネーム』!! お前はどうしても、完璧な秩序が欲しいらしいな!!」


 どこにいるのだろう。それは。

 存在していないものに話し掛ける事なんて、出来るんだろうか。

 だが、伝える。

 絶対に。

 姉さんの上半身を抱きかかえ、俺はなおも引いた。


「だったらどうして、人を『不完全』にした――――!!」


 そうだ。

 それが、たったひとつの欠陥。

 この世を作った秩序とやらが、たったひとつ、目を瞑った。

 細い腰に手を回し、俺は気張る。

 血だらけの全身が、軋む。


「愛して欲しかったんだろ、『世界』を!!」


 叫んだ声は、どこかに。


「俺はこの世界が好きだ!!」


 どこかに、届いただろうか。


「姉さんと、この世界で生きたいくらい、好きだ!!」


 だが、それは確かに勢いを弱めた。

 認めてくれ。

 認めてくれ、ノーネーム。

 俺と姉さんの、たったひとつの希望と過ち。

 初めて愛され、初めて死んだあの日から、全てが狂い、壊れてしまった俺と姉さんの過ち。



「大好きだあああああ――――――――――!!」



 それが始め、どう変化したのかは、俺には分からない。

 だけど、姉さんの全身は空間に飲み込まれず、俺のもとに落ちてきた。反動で俺は、反対側に尻餅をついた。

 何もない世界。緑色の空と白い地面しかない、シンプルな空間に。

 本当に、何も無くなってしまった。

 ――そこにいるのは、誰だ?

 或いはそれは、親父だったかもしれない。立花だったかもしれないし、越後谷の雰囲気もあった。

 君麻呂? レイラ? 杏月? ……いや、もしかして姉さんだろうか?

 色々な存在を感じる。雰囲気のようなもので、はっきりとは分からない。

 多人数で話をしているようにも感じられるし、それは一人のようにも感じられた。

 だけど、分かった。

 笑っていると、いうことだけが。


『――――そっか。じゃあ、仕方ないね――ありがとう』


 ケーキが瑠璃を抱いて、近くまで寄ってくる。俺は目の前の『存在しない存在』とでも呼べばいいのか、そのようなものを、呆然と眺めていた。

 ケーキもまた、何が起こったのか分からないといった様子でいる。

 久しく寝顔しか見ていなかった、瑠璃の顔。

 目を、開いた。


「――――あ」


 ケーキが反応して、声を出した。瑠璃は立ち上がり、俺を見て、微笑む。

 これは――どっちだ?

 ああ、でも姉さんは、まだ俺のそばに居る。二人は、二人だ。

 青木瑠璃の身体は、姉さんの前に立った。姉さんが驚いて、目を丸くする。

 瑠璃は無造作に両手の手のひらを、姉さんに向かって差し出した。

 二人、両手を合わせる。


「もう、大丈夫?」


 瑠璃は聞いた。

 姉さんは少し躊躇いながらも、全身を確認して――そして、頷いた。


「うん、大丈夫だと、思う」


 それは、満面の笑みで。


「そう――――良かったよ」


 そう、言った。

 瞬間、姉さんが、吸い込まれるようにして『青木瑠璃』の身体に、入って行った。

 二つの存在は、一つに。

 瑠璃は――いや、姉さんは、気付いて両手を見詰め、呆然と身体を見回していた。


「姉さん……か?」


 その顔が、俺の方を向いて、叫ぶ。


「純くん!!」


 その髪は亜麻色か、それとも黒なのか。この真っ白な空間の中では、よく分からない。

 だけど、きっとそれは瑠璃であり、姉さんなのだろう。

 俺は駆け寄り、姉さんを抱き締めた。


「姉さん!!」

「よかった、よかった、純くん、私、ほんとに――――」


 瞬間。


「お二人とも、伏せてください!!」


 ケーキの言葉で、我に返る。ケーキは俺と姉さんを抱え、上空を見詰めた。

 地鳴りがした。世にも恐ろしい揺れに、全員身を竦めた。

 崩壊していく。何もないはずの空間が、何もないはずの空間へと。

 何かを清算しようとしているのか?

 どうしてか、そのように感じられた。

 互いを守るようにしっかりと抱え、固く目を閉じた。

 もう、絶対に手離さない。

 俺は――――……



 ◆



 風の音が聞こえる。

 暖かい日差しのわりに、風はまだ冷たい。季節は春、といったところだろうか。身を捩らせるようにして毛布を握り締め、俺は唸った。

 そっと、目を開く。

 なんだ、雨戸が開けっ放しじゃないか。おまけにカーテンは風に揺れていた――つまり、窓は少しだけ開いたままの状態で、放置されていたということだ。そりゃあ、寒くもなる訳で。

 今、何時だ。

 視界も朧げなまま、ベッドの上にあると思われる目覚まし時計に手を伸ばす。

 二DLKの、小奇麗なマンション。寝室には、ダブルベッド。

 時間を確認して――――……


 二○一三年、五月二十日。


 ――――飛び過ぎだろ。


 目覚まし時計の裏に、メモが貼ってあった。俺はメモの存在に気付き、裏返して内容を確認した。


『八時に行くから 杏月』


 再び、時間を確認した。

 七時、か。

 思わず、笑みが漏れた。

 ――――帰って来たんだ、本当に。


「ん……ああ」


 寝転がったまま、うんと伸びをした。隣で眠る彼女の長い――焦げ茶色の髪の毛を、そっと撫でる。

 すうすうと寝息を立てていた可愛らしい唇が、俺の行動に気付いて呼吸のタイミングを変える。

 長い睫毛が動き、寝ぼけ眼のまま、目を開いた。


「おはよ、姉さん」

「んん……おはよ、純くん?」


 いつも通りというのか、今迄ずっとそうだった、ということになったのか?

 俺の記憶では、それが当たり前になっている。

 そんな、当たり前のようで全く根拠も何もない記憶を頼りに、俺は姉さんを抱き締める。

 ――こんなに、背は低かったっけ。

 いや、俺の背が伸びたんだったか。

 ああ、そうそう。高校三年の終わり頃から、何かを思い出したように背が伸び始めたんだったな。

 そうだったっけ。

 ――どうでもいいや。


「姉さん、で、いいの?」


 俺が問い掛けると、瑠璃は――姉さんは、微笑んだ。


「この身体の――ううん、私の誕生日、五月十九日みたい。『一日』違いの姉?」

「まーたそういうのかよ」


 もう、いいよ。別にそれ、姉とか妹とかそういう領域に含まれるのかどうかも定かではないわけで――――

 いや、それ以前に『青木瑠璃』って、『穂苅』ですらないし。

 そうして、俺は『当たり前の習慣』とやらに従う。

 その唇に、口付けた。



 ――妙に、懐かしい味がした。


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