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ヤンデレ姉さんに○されたら考えるべき10のこと  作者: くらげマシンガン
▼第九章 俺が姉さんの束縛を解く、という件について。
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つ『天国に続く階段の存在を信じますか?』 前編

 呆気にとられたような顔をして、恭一郎は目を丸くした。ケーキや善仁さんもまた、俺と瑠璃を交互に見ていた。

 シルク・ラシュタール・エレナは苦い顔をして、目を逸らした。

 その一連のやり取りを、杏月が見ていた。


「……青木瑠璃? ……って、この、青木瑠璃?」


 俺は頷いた。

 真円に近い瑠璃の瞳孔が開き、まるで猫のような顔で瑠璃が俺の事を見詰める。猫ではなくとも、人間ではない、別の動物か何かのようだ。その瞳の奥に何を考えているのか、俺には分からない――……

 でも、これもまた『姉さん』なんだ。

 俺は瑠璃の髪を撫でると、言った。


「必ず、助け出す」


 そう言って、微笑んでみせた。

 瑠璃は一筋の涙を流して、頷いた。


「――まってる」


 それきり、瑠璃は完全に意識を失ったかのように、その場に崩れ落ちた。

 繋ぎ止められていたものが、無くなってしまったのだろう。

 でも、きっとまだどこかに存在しているはずだ。瑠璃の身体は、まだ消えていないのだから。

 恭一郎がふと、何かに気付いたかのような顔をして、呟いた。


「そうか。空いた身体に、入れない心……。空っぽになってしまったお姉ちゃんの正体は、青木瑠璃の身体に入れない、心」


 そうだ。魂の入らない身体。その矛盾を覆すために、姉さんは青木瑠璃と分離した。その有り余る『徳』をもって、人間ではない身体を用意し、現世にもう一人、俺の前に現れた。

 だから、現世に姉さんは『二人』。

 姉さんの本来の目的は、『俺と子供を作ること』だった。

 それを邪魔するために、シルク・ラシュタール・エレナは俺に『姉さん以外の彼女を選ぶ』という目的を課した。

 現世に降りた姉さんが、瑠璃のことに気付く筈もない。記憶を失ったケーキも、また。

 そして、俺の答えは――……

 知らず、表情が引き締まるのを感じる。

 俺は姉さんを選ばないつもりで、姉さんを選んでいたんだ。

 なんと皮肉なことか、と思う。思えば姉さんが消えてしまったあの日、シルク・ラシュタール・エレナが呟いた一言は、俺と姉さんの二人に向けられた言葉だったのだ。


『いや。――お願い、シルク。まだ、終わりたくない』

『卒業までに、あなた以外の恋人を見付けること。……皮肉なものですね。こんな、結末になるなんて』


 ああ、本当に。今の俺からすれば、本当にその通りだと思うよ。

 姉さんの心を折ることが、姉さんの賭けを負けに導く行為なら。

『青木瑠璃』が『姉さん』だったとしても、関係ない。

 子供を作らなければいけないのは、人間の身体を持たない姉さんの方だったんだから。

 シルク・ラシュタール・エレナはどうにか縛られたままで身体を起こし、俺を睨み付けた。


「見たのですか……どうして? 天界の過去のことまで、貴方は見せたと言うのですか、穂苅恭一郎……」


 恭一郎は目をぱちくりとさせて、間抜けに口を開いた。


「へ? ……僕は何もしてないよ?」


 場の空気が、凍り付いた。

 ……あれ? 親父でないとすれば、一体誰が、あの出来事を俺に見せたと言うんだ……? 俺はてっきり、過去の世界から続いているものだと。

 親父の能力で、見せられていたものかと思っていた。

 恭一郎は腕を組んで、うーん、と唸る。やがて人差し指を立てて、さも『閃いた』とでも言わんばかりの顔になった。


「純くんがやったんじゃないかな?」


 親父は俺を指差して、言った。シルク・ラシュタール・エレナはぽかんと口を開いて、直後に慌て出した。


「えっ? ……た、確かに『徳』が、急激に減っているような……」


 徳? ……自分の身体を確認した。特に異変がある様子はないけれど――……

 いや。普通、なんだ。今までのように、強力なパワーが出せる気配がない。

 じゃあ、俺がやったのか。

 どうしてそんな事ができたのか分からないけれど、体力は確実に無くなったような気がする。杏月を背負って山一つを軽々と越えられた時と違い、今の俺は人を背負って歩く事そのものが大変そうだ。


「まあ、可能性はゼロではないよ。見たい過去の『位置』さえ分かっていれば、それを見ることは難しくない。純くんは、時間の空間の境目を渡ってきたんだから」

「そんな事が、できるのですか……?」


 ケーキがぽつりと、呟いた。恭一郎は微笑んで、頷く。


「勿論普通はできないけど。ほら、純くんはさっきまで、現世に固定されていなかった訳だし」


 まあ、それはいい。

 今は、姉さんを助ける事の方が優先だろう。

 親父に目配せをした。

 恭一郎はにっこりと笑って、肩をすくめた。


「純くん。言うべきは、僕じゃない。天界との行き来ができる人に、頼まないと」


 ……そうか。分かったよ。

 俺はシルク・ラシュタール・エレナに向かい合った。何も言わず、彼女の拘束を解いていく。

 ようやく縛りから解放されたシルク・ラシュタール・エレナは、俺の行動の意味が分からず困惑している様子だった。

 勿論、何の意味もなく自由にした訳じゃない。


「神様――いや、シルク。教えてくれ。姉さんは今、どこに居るんだ」


 シルク・ラシュタール・エレナは、躊躇いながらも言う。


「……おそらく、『秩序』の手前です。『ノーネーム』は、最後に青木瑠璃の存在をこの世から消す事で、調和を保とうとするはずです」

「じゃあ、そこに俺を連れて行ってくれ」

「そんなこと、できるわけが――」


 俺は、シルク・ラシュタール・エレナの両手を包み込むように握った。

 思えば、初めて出会った時は彼女に触れる事ができなかった。彼女はずっと、天界で俺と姉さんの存在を隠していたんだ。

 それについては、感謝しなければならない。


「頼む」


 困惑と言うのか、迷惑と言うのか。そのような顔をしていた。

 やがてシルク・ラシュタール・エレナは目を閉じて、溜め息をついた。


「……本当によく似ていますよ、あなた方は」


 俺は善仁さんに向き直った。全く事情が分からず、困っているといった具合だ。だが、それにしては落ち着いている。

 親父の知り合いだしな。摩訶不思議な出来事は、経験済みっぽい感じだ。


「瑠璃のおじさん。ちょっと、借りて行きます。絶対に、連れて帰って来ますから」

「……あ、ああ。なんだかよく分からないが……後で説明して貰えるんだよな、恭一郎」

「まっかせー!」


 このノリの軽さである。

 俺は苦笑して、杏月に向かった。

 杏月はいつも、見えない所で俺に協力してくれる。それは、過去からずっとそうだったらしい。不安そうに俺を見詰める眼差しに、俺は笑顔で応えた。

 どんな時も、家族のようにそばに居てくれた。


「じゃ、ちょっと行ってくるからさ」


 杏月は、俺を見た。


「……ちゃんと、戻ってくる、よね?」


 根拠も確証もない。だから俺は、精一杯の笑顔と自信で杏月の問いに応える事にした。俺は頷くと、杏月の頭を撫でた。


「ごめん。使ってなかったマンションの部屋、綺麗にしといて貰えるかな。あと、みんなに連絡と」


 言わなければいけないことは、決まっている。


「そしたら、今度は三人で、暮らそう」


 もしも失敗したら、杏月は俺と姉さんのことを忘れてしまうのかもしれない。

 いや、杏月だけじゃない。越後谷も、君麻呂も、レイラも。

 ――美濃部も。

 それぞれの記憶から俺と姉さんの記憶が消え、『青木瑠璃』も消え、今までと同じような日常が始まるのかもしれない。

 まあ、そんなことは考えなくていいのだ。

 姉さんが俺を信じてくれたように、俺も姉さんを信じる。まだきっと、手段はあるはずだ、と。

 必ず、元に戻してみせる。俺はそう覚悟して、青木瑠璃の身体を背負った。体温はしっかりと感じられるが、魂がここに無いことは、なんとなく分かった。


「何か縛れるものとか、無いかな」


 杏月が慌てて、鞄からタオルを取り出した。そのタオルで瑠璃の両手を縛り、俺は瑠璃を背中に立ち上がる。。

 意外と重い……人一人の身体を背負う事は、こんなにも大変だったのか。

 瑠璃の身体は病院のベッドに居たせいで軽いのだろうが、それでも今の俺には重く感じられた。


「そんじゃ、行こうぜ。ケーキ」

「は、はいっ!!」


 俺は相棒の名前を呼んだ。シルク・ラシュタール・エレナは何かを呟いている。両手が光っている所を見ると、いよいよ、これから向かう事が出来るのだろう。

 やがて、魔法陣のようなものが床に現れた。シルク・ラシュタール・エレナはそれを確認してから、俺とケーキに向かう。


「……乗って、ください。行きましょう」


 頷いて、魔法陣に乗った。俺と、ケーキと、シルク。

 ――親父は?

 俺は、穂苅恭一郎を見た。この人は、一体どうして俺を助けてくれたんだろう。

 そして、何者なんだろうか。

 付いて来るのか? 俺は親父に目配せをしたが、恭一郎は笑顔のままで首を振った。


「ま、戦って来なよ。純くん」


 どうやら、付いて来る訳ではないらしい。

 来てくれたら、心強いという気持ちはあったけどな。


「前に、幻想世界で善仁と戦ったでしょ」

「はあ!? 恭一郎、お前何を――」


 怒る善仁さんを、恭一郎は舌を出して制した。

 ……制したというか、挑発している感じだったが。


「覚えておいて欲しいんだ。あの時みたいに、『ノーネーム』との戦いでは身体でも『徳』でもなく、想いが強い事が大事。きっとぼくらの『ノーネーム』は、純くんの心を折りに掛かるだろう。どんな方法かは分からないけどね」


 そういう経験が、あるのかな。

 俺達の身体は、シルク・ラシュタール・エレナの影響によって、透明になっていく。

 同時に、病室や親父の顔も、白くフェードアウトしていった。


「愛だよ、純くん。そして愛とは、不完全なものだ」


 おどけた調子で、しかし真剣に、恭一郎は言う。

 愛とは、不完全なもの。

 それって、何か意味がある言葉なんだろうか。

 最後に不敵な笑顔を残して、恭一郎の姿が消えた。


 視界が暗転した。


 ただ、真っ暗な闇がどこまでも続いている。

 また、この場所に帰って来た。いや、初めて来たと言うべきか――……。前にこの場所に来たことがあるのは、姉さんの方。俺は今回、初めてこの暗闇を通り抜ける事になる。

 俺の背中には、瑠璃が死んだように眠っている。息の音はするが、目を覚ます様子はない。

 急に、とてつもない孤独感を覚えた。まるでこの世界に――いや、この宇宙に存在しなくなってしまうかのような。

 いつかの姉さんと、同じだ。


「……ケーキ?」


 俺は、相棒の名前を呼んだ。

 しかし、返事は帰って来ない。

 もしかしたら、この暗闇の中では声も聞こえないのだろうか。或いは、ケーキだけはどこか違う場所に飛ばされたとか――有り得る。俺を試すなら、俺に協力してくれる存在は極力減らそうと試みるはずだ。

 例え、シルク・ラシュタール・エレナがその思いではなかったとしても。それより上に、『秩序』なるものがあるとしたなら。

 ま、いいや。

 どこかできっと、見守ってくれているはずだ。

 よし――行こう。

 俺は、第一歩を踏み出した。


「親父の癖が、伝染ったかな」


 何故か、笑みを覚えてしまう。

 どうしようもなく辛い時ほど、何故か笑顔になってしまうものだ。そうして、吹き飛ばそうとする――自分に降り掛かってくる災難や、苦難。そんなものには負けないという、強い想い。

 いつか、親父もそのような体験をしたのだろうか。

 ふと、そんな事が気になった。

 だって、あの人はいつも、何かと笑っていたから。

 腹立たしく思う事もあったけど、今になってその態度は、とても意味のあるモノなのだという事に気付いた。

 それだけで、親父が抱えているモノの全てが見えなくなるからだ。

 まるで大した事は抱えていないといったように、見えていたのだ。

 それがどうしたことか。蓋を開けてみれば、あの人もまた『人間』かどうかすら、怪しいポジションに居る。

 不思議なものだ。


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