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ヤンデレ姉さんに○されたら考えるべき10のこと  作者: くらげマシンガン
▼第八章 俺と姉さんの過去について。
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つ『生きとし生けるものの覚悟』 後編


 それは、一瞬の出来事だった。


 ローウェンが振り返るよりも早く、ティナはヴェルニカから落ちる。

 全身が硬直し、脱力し、馬から落ちるまでの間。

 永遠とも思えるたった一瞬の出来事を、俺は見ていた。

 負傷し、地面へと崩れていくティナ。ドサ、と乾いた音を立てる頃に、ようやくローウェンはティナの現在地を確認した。


「お姉ちゃん!?」


 フィリシアが叫ぶ。

 アッケンブリード国王は、嘲笑していた。


「ああ、言ってなかったな。弓部隊も構えている」


 フィリシアはすぐにヴェルニカから降り、落ちたティナの傷を確認した。矢はまるで蜂の針のように逆向きに引っ掛かりがあり、無理に抜こうとすれば周辺の肉が抉れる仕組みになっていた。

 ――明らかに、狩猟用のものではない。対人用に、それも確実に人を殺す事ができるように作られたものだ。

 矢の先端は、ティナの血で朱く染まる。

 まるで、一本の残酷な薔薇のようだった。


「どうしよう!? ローウェン、どうしよう!!」

「フィリシア。ティナを森の奥まで、運んで貰えるか」

「う、うん……」


 ローウェンが指示を出し、フィリシアはティナを連れて森の奥に走った。ローウェンはヴェルニカに乗ったまま、アッケンブリードの門番が――おそらく護身用に持っていたのだろう剣を捨て、自らの愛刀を腰に構える。


「……アッケンブリード国王よ。弓矢は、狩りの道具。戦神メビウスの理において、一切の飛び道具の使用は禁じられている」

「あァ。勿論、狩猟用だ。この状況は既に我々の狩りのようなモノだろう?」


 ――――静かだ。

 フィリシアがティナを背負い、森の奥に隠れた。ローウェンはそれを確認してから、愛刀を抜く。

 だだっ広い草原。アッケンブリードの城と山を両脇に構えるその空間に、不吉を予兆するかのような風が通り過ぎて行った。


「ならば、何故弓使いが『部隊』になっているのか。教えて貰おうか」

「遠い昔にな、多数の獲物を狩ろうとした時に部隊が必要になったんだ。アー、名前はなんと言ったかな」


 アッケンブリード国王は意地汚い笑みで、蔑むようにローウェンを嘲笑う。


「――――そうだ。『宝石族』とか言ったかな?」


 おそらく、その一言がローウェンにとっての、暴走の引き金になったのだろう。

 ローウェンの全身から、夥しい殺気が放たれた。何もしていないのに、そこに居る周囲の人間を怯えさせる。アッケンブリード国王にも届いたようで、その異様な――狂気にも似た雰囲気に、額に汗をして眉をひそめた。


「『理破り』か。――面白い。勝ったものが正義というわけか」


 ローウェンはヴェルニカと共に、アッケンブリード国王の背後五千の団体に向かい、正面を向ける。


「五千でも。一万でも。十万人でも連れて来てみろ。私は負けない」


 それは、高い崖の上からモノが投下されてから、地面に落ちるまでの時間に似ていたかもしれない。

 着地するまでの距離が長ければ長いほど、着地した瞬間のエネルギーは強くなり、加速度的な力を伴って地面に激突する。

 ローウェンの瞳が、大きく開かれた。



「潰すぞ、アッケンブリードオオオ――――――!!」



 野獣のような咆哮と共に、ローウェンは走り出した。

 ――――速い。

 ローウェンが戦っている所を見たことが無かったが、彼はこんなにも速かったのか。

 そして、恐ろしい程の気迫だった。五千対一の状況であるにも関わらず、五千の軍勢が怯え、その身を引く。

 アッケンブリード国王が、狂気にも触れたかのような声で叫んだ。


「な、何をしている!! 戦え!! 戦えエ――――!!」


 遅れて、斧を持った部隊がローウェンに突撃する。アッケンブリード三世はすぐに脇に隠れ、後ろに回った。……弓使いよりも更に後ろへ。

 五千の兵士を盾にしよう、と言うわけか。

 だが、この入り乱れた状況では弓矢など、味方同士で自爆する武器でしかない。五千と言えども、弓部隊は戦いに参加出来ていなかった。

 何故なら、狙うべき対象は一人しか居ないのだから。


「はっ!!」


 ローウェンがついに、先頭に居た一人の男と剣を交える。と言っても、相手は数で攻めるためなのか、手にしているのは斧だが――その斧の一振りを鮮やかに避け、ローウェンは男の喉元に剣を突き刺した。

 それを素早く引き抜くと、今度は隣から襲ってきた男の斧を腕ごと斬り飛ばし、首をはねる。

 ローウェンが剣を振るうスピードは、斧で襲って来る兵士達の三倍は速かった。また、ヴェルニカの機動力も尋常ではない。

 斧と剣が対等に打ち合えば、刃こぼれを起こす危険もある。だからなのか、ローウェンは斧部隊の攻撃を全て、ヴェルニカの機敏な動きで避けていた。


「……何、これ」


 思わず、杏月がぞっとした顔で呟いた。

 鬼神だった。

 ヴェルニカに乗り、戦闘を決意したローウェンは正に、鬼神。

 アッケンブリード国王がティシュティヤを潰すに当たり、ローウェンが引っ掛かってきた事を『思わぬ収穫』だと言っていたのは、ローウェン・クラインの戦闘能力が、常人のそれと比べてあまりにも掛け離れていたからなのかもしれない。

 アッケンブリード国王は、顔を引き攣らせて弓矢の部隊に指示を出した。


「何をしている!! 撃て!! ローウェン・クラインを狙え!!」

「し、しかし。我が軍に被弾する可能性が、かなり高い状況でして……」


 ぎゃあぎゃあと、アッケンブリード国王はがなり立てるように言った。


「知った事か!! 別に少しくらい死んでも構わん!! 奴さえ落とせば、向こうの娘二人など敵ですらないのだ!!」


 ――仕方なく、弓部隊が矢を構えた。しかし、アッケンブリード国王に対する不審感は拭えないようだった。

 その間にも、次々に兵はやられていく。後ろからローウェンに襲い掛かった兵が、ヴェルニカの気合の入った蹴りによって倒れた。ヴェルニカは後ろ足で、斧を構えている男の右腕を踏み潰す。

 ローウェンは前を見ている。襲い掛かってくる三人の兵のうち、右から襲ってきた兵の指を撫でるように斬り、斧を落とさせる。続いて、左から落ちてきた斧を剣の腹を使い、軌道をずらした。

 正面からの攻撃が来る前に、ローウェンは立て直した剣を正面の男のヘルムの内側に向かって突いた。左、右、と順番に、兵士の首を飛ばしていく。


「撃て――――!!」


 弓部隊からの矢の雨が、前に居るローウェンと斧部隊に向かって撃ち込まれた。


「――えっ!?」


 斧を持っていた兵士の一人が、予想もできない場所からの攻撃に為す術もなく射られ、馬から落ちる。

 ローウェンの周辺に集中した矢は、斧部隊を通り抜けてローウェンにも向かった。


「はっはっは――――!! 一本でも刺されば、その矢は『猛毒』!! 半日と生きていられないぞ!! ローウェン・クライン、ここに敗れたり――――!!」


 狂喜乱舞して、アッケンブリード国王が跳び上がって叫ぶ。

 ローウェンの近くに居た斧部隊が、矢の攻撃を受けて崩れ落ちた。

 だが、ローウェンとヴェルニカは立っている。

 ――そこに、一本の矢も刺さってはいなかった。


「んなっ――――!?」


 既に、半分以下になってしまった。やられた数は三千か、四千か……倒れている兵士の方が、圧倒的に多い。斧の軍勢は、弓矢の攻撃を受けて倒れた兵士を含め、あっという間にその数を減らしてしまった。

 斧部隊は挙動不審に陥り、ローウェンから後退った。

 それでも、ローウェンは兵士達と距離を詰める。


「どんな奇術を使った、貴様ア――――!!」


 アッケンブリード国王が叫んだ。

 ローウェンは一度咆哮したきりで、そこから先は蒼い炎のように冷静で、しかし燃え上がっていた。

 血に濡れた愛刀から、雫が垂れる。

 そこに、英雄も正義の味方も居ない。居るのは、殺された何の罪もない人間達の無念を晴らすために現れた、亡霊のような男。

 ローウェン・クライン。


「『戦神メビウスの理』は、神聖なるメビウスの神に誓って、公平に戦いが行われるよう決められたものだ。だから自身の国が危うくならない限り、戦争は――決戦は、行われなかった。国王が世代を変える前は、ほとんどが和解で事足りていた」


 じりじりと距離を詰めるローウェンに、アッケンブリードの兵隊達はどうすることもできず、身を引くばかりだ。


「卑怯で姑息な手段を使って捻じ伏せれば、メビウスの神が黙っていない。必ず天罰は訪れる」


 アッケンブリード国王は、なおも叫ぶ。


「貴様等――――!! たった一人に五千の兵士がやられるつもりか!! カスはカスに見合った仕事もできないのか!! 戦え!! 殺せ――――!!」


 斧部隊が百人足らず、弓部隊は元々百人前後しか居ない。

 全て、アッケンブリード国王が招いたことだ。

 数など、関係ない。囲まれた状態でもローウェンの隙を突くことは一切出来ないのなら、数での攻防など無意味だ。


「……おい」

「ああ……」


 残った兵士達は互いに頷いて、アッケンブリード国王を見た。そして――アッケンブリード国王に詰め寄った。


「おい!? 何をしている、お前達!! 戦えカスども!!」


 ローウェンは動きを止めた。残ったアッケンブリードの兵士達が、今までとは違う動きを見せ始めたからだ。

 兵士達はアッケンブリード国王を囲み、武器を構えた。その様子に、アッケンブリード国王は顔色を変える。


「……おい? 何のつもりだ、貴様等。国王が居なければ何も出来ないお前達が、国王に歯向かうつもりか?」


 じりじりと、アッケンブリード国王は詰められていく。強気な発言をしながらも、アッケンブリード国王は真っ青になり、がたがたと震えながら、三百六十度辺りを見回し、逃げ道がないことを把握した。


「おい!! 貴様等、こんなことはアッケンブリード始まって以来の大問題だぞ!? 許されると思っているのか!? カスはカスらしく仕事を――分かった、カスなどと言ってすまない。私が悪かった。話し合おう。仲間に向かって武器を振るうなどと、『戦神メビウスの理』に背いて」


 一人の兵士が斧を振り上げ、それを――アッケンブリード国王に向かって、振り下ろす。


「っぎゃああああああ――――!!」


 断末魔の叫びが聞こえた。

 次々と、兵士達はアッケンブリード国王に斧を、剣を振るった。その光景をローウェンは眺めていた。

 あまりにも無残な光景に、俺はすっかり見入ってしまっていた。杏月もまた、青い顔をしながらもその光景から目が離せないようだった。

 アッケンブリード国王への攻撃が止むと――兵士達は、一目散にローウェンから逃げた。その場に居ることは、即ち死を意味すると思ったらしい――……。

 その場には、目にするのも苦痛な『元国王だったもの』が、転がっていた。

 悲惨なものだ。味方をカス呼ばわりし、何度も姑息な手段を使って、最後には自らの仲間に殺される。その愚かさに気付かない国王なんて。

 ローウェンは止める事もなく、兵士達の動きを見ていたが――ふと、唐突に慌て出した。


「――待ってくれ!! もう私は攻撃をしない、一つだけでいい、教えてくれ!!」


 ローウェンは叫んだ。


「矢の猛毒は、解毒する方法はないのか!?」


 ――――あ。


『一本でも刺されば、その矢は『猛毒』!! 半日と生きていられないぞ!!』


 居るじゃないか。

 一人、その矢の攻撃を受けてなお、今この場で生きている人間が。

 ローウェンはヴェルニカから降り、逃げ惑う兵士達を追い掛けた。既に誰も、ローウェンの言葉に耳を傾ける事はしない――ローウェンも、山のように兵士を殺した。お互いは敵同士、勝てないと分かった今は逃げるしかないのだろう。

 それでも、ローウェンは兵士の一人の腕を捕まえた。


「ひっ!?」

「すまない、一つだけ教えてくれ。どうすれば、矢に塗られた毒を消せるんだ」

「し、知らない!! 知らないよ!! 頼む、殺さないでくれ!!」


 ローウェンはしっかりと、兵士の目を見据えて言った。


「殺さない」


 もう、ローウェンの背後には、先程まで見せていた恐ろしい殺気は感じられない。それが兵士にも分かったのか、徐々に落ち着いていった。


「……そっちの裏の山に、でっかい桑の木がある。そのすぐ近くに、こう、ギザギザした感じの葉っぱがあって、それが解毒に使えたはずだ」

「付いて来て貰えるか?」


 若い兵士は迷っているようだったが――ここで逃げても殺されるかもしれないと考えたのだろうか、頷いた。


「ありがとう」


 なんとなく、分かった。おそらく、杏月も気付いたのだろう。

 長かった前世の旅路が、いよいよ終わるのだろう、ということを。

 俺は振り返って、ローウェン達よりも早く、ティナとフィリシアの所に走った。確か、森の方に逃げていったはず――……


「純、待って、私も行く!!」


 杏月が後から、追い掛けて来ていた。

 俺と姉さんの、前世。

 結ばれなかった二人の、愛を巡る物語は、

 どのような結果になったとしても、結ばれずに終わるのだ。

 この物語に、ハッピーエンドはない。

 だって姉さんは、今世になって、今の俺になってからも、俺のそばに――……

 木の陰を見た。


「お姉ちゃん。……しっかりして、もうすぐ、終わるから」


 俺のそばに、居たんだ。


ここまでのご読了、ありがとうございます。

次回、実質上の最終章となります。


次は5/30 25:00~更新予定ですが

最終章手前なので、細かい部分をごそっと直していきたいと思います。

そのため、開始時期が変動いたします。変更点・開始時期詳細は活動報告まで。


それでは、『ヤンデレ姉さんに○されたら考えるべき10のこと』是非、最後までお付き合い頂ければ幸甚です。


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