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ヤンデレ姉さんに○されたら考えるべき10のこと  作者: くらげマシンガン
▼第八章 俺と姉さんの過去について。
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つ『生きとし生けるものの覚悟』 前編

 繁華街を駆け抜け、正門を通り、フィリシアは走った。その手には、複雑な形をした鍵が握られている。

 偶然なのかバカなのか、アッケンブリード国王はフィリシアに鍵を渡してしまった。それがローウェンを救い出すための最後の綱渡りであることは、俺達にも分かっていた。

 たった一つ、問題だったのだろう。アッケンブリード国王がもしも鍵を持っていた場合、どうやってそこから鍵を奪うのか。

 何れにしても、フィリシアのように嘘をでっち上げてアッケンブリード国王を騙さなければならなかった。その勝負は、完全にフィリシアの勝ちだ。

 ローウェンさえ救い出せば、ティシュティヤはもうローウェンを手放さないだろう。

 戦神メビウスの理に反してでも、裏切り者の国、アッケンブリードを倒すべきだという流れにさえ持って行ければ。

 地下への入口近くまで走ると、先程入れ替わった門番が不思議そうな様子で、フィリシアを見ていた。


「あれ? ……お前、どうした? 忘れ物か?」


 こんな何もない、だだっ広い空間に忘れ物もないだろう。


「ああ、そうなんだ。……すまない」


 フィリシアは遠くでこちらの様子を伺っているティナに、男からは見えない位置で手招きをして合図した。

 ティナがその行動に気付き、すぐにこちらへ向かってくる。


「何を忘れたんだ? 煙草か?」

「あ、いや、そういうんじゃなくてさ。伝え忘れてたんだ」

「え? 俺に?」

「そうそう。……ちょっとさ、これ見てくれよ」


 フィリシアが鎧の内側を見せようとした瞬間。

 ティナが後ろから、先程と同じ手口でスカーフを口元に当てた。


「んっ――……?」


 男は驚いているようだったが、程なくして強烈な眠気に襲われ、目を閉じた。

 男が完全に脱力すると、ティナとフィリシアは二人で男を担ぎ、再び木の影へと運ぶ。

 元の場所に戻って来ると、フィリシアは入口の前に立ち、ティナに鍵を渡した。ティナはそれを戸惑いながらも受け取り、そして――……


「……ごめん、フィリシア。ありがとう」

「お礼なんていいよ、私だってローウェンに助けられたんだし。早く助けて、ここを離れよ?」

「……そうだね。もうちょっとだけ、待ってね。すぐに助けてくる」


 ティナは鞄からランタンを取り出すと、火を点けた。そして、ゆっくりと地下への門を開く――……

 四角いマンホールのような外観の門は、ティナが取っ手を掴むと少し動いた。……重そうだ。ゆっくりと、門は開いていく。

 階段が現れた。ティナはランタンを持ち、中を照らしながら階段を降りていく。フィリシアはその様子を確認すると、地下への門を閉めた。

 ……これで、ティナが内側から門を開くまでは、見た目は何も起きていない事になる。

 何も起きず、無事に助け出す事が出来ればいいが……


「何分掛かるかな……」

「どうでしょう。ローウェンの状態によるとは思いますが……」


 杏月の言葉に、ケーキが同調した。

 まあ外にいる俺達からは、何も分からないが――――


 暗闇に染まった階段を降りて行くと、真紅の薔薇が敷き詰められているのが見える。


「――――えっ?」


 な、なんだ? このイメージは……まるで、地下の様子を上から眺めているかのような……


「純、どうしたの?」


 杏月は至って普通だ。何かが起きた様子もない。ということは、このビジョンが見ているのは俺だけ、ということ……?

 複雑な感覚だ。まるで、ある日突然視界が二つになってしまったかのような、強烈な違和感を覚える。並行して襲ってきたのは、耐えられないほどの偏頭痛だった。

 ティナが階段を降りて行く。地下には僅かな灯りがあり、ティナはその道を下って行った。

 そこで、視点はまた移る。移った、と表現して良いのだろうか。劣悪な環境に手足が痺れて無くなってしまったかのような感覚を、直に感じる。


「……じゅ、純? どうしたの?」

「大丈夫ですか、純さん!!」


 頭が痛い。

 ――そうか、俺は目隠しをされている。だから、部屋に僅かな灯りがあったとしても、俺の目に届くことはない。

 まして、地下の檻では。

 どこか遠くで、鐘の音が聞こえる。

 全身を軋むような痛みが蝕み、少しだけ酸っぱいような香りが鼻をついた。

 ――真紅の薔薇の、香りだ。

 指は一本も動かす事ができない。少しでも首を動かせば締まる位置で何かが俺の首を拘束し、呼吸もままならずにいる。


『一ヶ月。飲まず食わずで、この中で生き延びる事が出来たら――ここから、出してやっても良いぜ』


 そうか。

 何度も夢に見ていたビジョンは、これだったのか。

 焼け付くような焦げた臭いは、あちこちから香ってくる。

 ――すぐ近くで、死んだ人間を焼却したせいだ。

 ふわふわと浮いているような、あるいは魂がここにはないような感覚を覚えた。

 ――俺は、縛られて宙に浮いているからだ。

 これで、終わりなのか?

 ローウェンの心の叫びが、聞こえる。

 真っ暗で、視界も役に立たない。

 どこまでも沈んでいくような錯覚を覚えた。暗く深い海の底に、延々と落ちていくような。


 ――待ってくれ!!


 言葉は言葉にならず、想いだけが消えていく。声を出すことが出来ない――……

 いや、口が、ない、のか?

 指もない。……ああ、足もない。視界が役に立たないのではなく、目がないのか?

 俺は、死んでしまったのか?


 ――嫌だ。


 そんな筈はない。そんな筈はないよ。何も報われなかったなんて、そんな事はあって良い筈がない。

 なら、今この場は一体、どこなんだ?

 やめてくれ。怖い。

 誰か来てくれよ。ここから俺を連れ出してくれ。

 なあ。悪いことはしていないつもりなんだ。一生懸命に、生きてきたんだ。

 頼むよ――……


「あっ……」


 涙が、溢れた。


「純!?」

「純さん、しっかりしてください!!」


 不意に、何かが俺の肌に触れた。

 ――ああ、『肌』は、ある。撫でるように動く手のひらが、俺の存在を、肉体の感覚を取り戻してくれる。

 口もある。……なんだ、ちゃんと目もあるじゃないか。耳もある。全て、ただの錯覚だ。

 俺はここにいる。……では、誰が俺に触れているのだろう。


 ――――姉さん。


「ティナ」


 地下でその身を拘束された、俺が呼ぶ。

 その、勇気ある女性の名前を。

 愛するひとの、名前を。


「――ローウェン」


 ああ。

 たったこれだけで、全てが救われたかのような錯覚に陥る。血の巡りが止まった全身に、また血液が戻ってくる時のような。

 愛は、水のようなものだ。

 時間を置けば蒸発し、触れれば溜まり、確たる固形ではないのに確かな感触を持つ。それはやがて血液となり、俺の全身を巡り、俺に酸素を届けてくれる。

 手放せなくなる。

 だって、愛してしまったから。


「ごめんなさい、ローウェン。私のせいで、こんな――……」

「いや。良いんだ。ありがとう」

「お礼なんて」

「君は私を捨てて、逃げても良かった。逃げるべきだった。……少なくとも、私はそうして欲しいと願った」


 ただ、


「――それでも君は、来てくれるんだな」


 そんな事だけが、嬉しかった。

 たった数日にしかならない時の中で、自分の命を優先してくれるものがあるということが、どれほど嬉しい事だろうか。世の中に、どれだけそんな事があるだろうか。

 だから、尊いのだ。

 愛は。


「……ううん。ここに来られたのは、フィリシアのおかげ。フィリシアが私を、ここに連れて来てくれたの」

「そうなのか。フィリシアは今、どこに?」

「表で、待ってる。早く行かないと」

「分かった。……この拘束具、外せるか?」

「ちょっと、待って」


 ローウェンの視界を奪っていた、眼帯が外れる。小さな部屋の様子を確認することができた。部屋の中は暗いが、ティナの手にしているランタンが、部屋を淡く照らす程度には光を放っていた。

 それは短い時間だったが、ローウェンにとっては久しい顔に見えた――ティナの麗しい唇を、正面に捉えた。

 ティナは潤んだ瞳でローウェンを見詰め、ローウェンの頬を撫でる。やがて、ティナはローウェンに口付けた。


「んっ……」


 艶っぽい吐息が、ティナから漏れる。真紅の薔薇に囲まれ、手足を拘束されたローウェンに口付ける様はなんとも奇妙な光景で、ティナの顔が俺の視界を埋め尽くした。

 地上では、相変わらず鐘の音が鳴り響いている。これは――なんだ? そういえば、フィリシアがここに辿り着いた時から鳴り始めたような……


「ティナ、時間がない」

「――そうね。まず、ここを出ないと」


 ローウェンを縛る縄は外側に向かって棘が伸びており、縄の先には強固な錠が付いていた。

 ――既に鍵は使い果たした。ということは、このローウェンを縛っている鍵は、相変わらずアッケンブリード国王が持っている、ということで――……

 ティナはそれを力尽くでねじ切ろうと、手を伸ばした。


「待て、ティナッ……!!」


 外側に向かって伸びた棘は、容赦無くティナに突き刺さる。


「ぐ、うっ……!!」


 ティナが苦痛に呻いた。

 それでも、ティナは両腕に力を込める。鍵穴に刺さっている部分ならば、力を入れれば抜けるのでは、と考えているようだ――最も、その無数の棘へと躊躇せずに手を伸ばせるならば、だが。

 ティナはついに、その棘だらけの縄を鍵から引き抜いた。縄はローウェンの拘束を解き、ローウェンの身が自由になる。


「ティナ!!」


 ローウェンはティナの傷を見ようと、腕を掴んだ――だが、ティナはローウェンに微笑んで、首を振った。


「ローウェン。出るのが先よ。私の傷は、大したことないから」


 確かに、時間はない。逃げた後で、じっくり傷の様子を見るべきか。ローウェンは頷き、ティナの手を引く代わりに手首を持ち、部屋を出る。

 ――頭痛が、少しずつ引いていった。


「純!! やばいかも!?」


 ティナとローウェンは、階段を駆け上がった――……


「――えっ」


 鳴り続けていた鐘の音は、ついに鳴り止んだ。それを合図に、地下への入り口を守っていたフィリシアの表情が、絶句の色に固まった。

 地下へと続く門が開き、中からローウェンとティナが顔を出した。


「ご苦労、奴隷達よ」


 フィリシアと真っ向から対峙していたのは――アッケンブリード国王。

 そして、国王の後ろには全勢力を集めてきたのではないかとも思えるほどの、無数の兵隊達が列を成して佇んでいた。


「……なん、で?」


 思わず口を付いて出てしまったかのようで、フィリシアの口から絶望にも似た言葉が漏れた。ローウェンはすぐにフィリシアの鎧から剣を引き抜き、フィリシアよりも前に出る。

 アッケンブリード国王は、不敵な笑みで腕を組んだ。


「中に入ったのは、姉の方か。では、そこの兵士もどきは妹だな。……ひとつ、良い事を教えてやろう」


 アッケンブリード国王は人差し指をフィリシアの向けた。


「私専用の通路は、兵士達は絶対に通る事がないように、まず教育している」


 フィリシアはヘルムを脱いで、地に落とした。最早既にばれている。意味を成さない鎧など、逃げる時の足枷にしかなりはしない。ならば、脱いでしまうのが得策だと思ったのだろう。

 幸い、連中はまだ攻めてくる様子はない。

 順番に、装備を脱ぎ捨てていった。


「あの場で捕まえようとしてしまうと、姉を取り逃がすのでな――全員揃ったタイミングを突かせてもらった。悪く思うな」


 フィリシアは身軽になると、後ろを見た。


「逃げよう!!」


 ローウェンは慎重に、辺りの様子を伺っているようだった。そして、何かの確信を持ったかのように頷き――人差し指と親指を咥え、指笛を鳴らした。


「来い!! ヴェルニカ!!」


 山の向こうから、深く地面を蹴る、硬いものの音がする。それは瞬く間に音量を上げ、距離を縮め、すぐにローウェン達の下に現れる。

 輝くほどの美しい体毛を風になびかせ、鮮やかにローウェンの隣に現れた。

 ローウェンは微笑んで、その身体を撫でる。


「すまない、ヴェルニカ。独りにしてしまったな」


 ヴェルニカは嬉しそうに一声、鳴いた。ヴェルニカの身体には、剣が括り付けられている。ローウェンが持っていた剣は、確か王宮に残して行ったはずだ。

 誰かがヴェルニカの存在に気付き、括り付けたのだろうか。ローウェンはヴェルニカに乗ると、ティナとフィリシアを同じように乗せた。


「……ほう。愛馬がきたか」

「ヴェルニカとは、私が呼んだ時にすぐに来ることの出来る位置に隠れているよう、連携を取ってきた。誤算だったな、三世」

「いやあ? そうでもないぞ」


 アッケンブリード国王は、にやりと憎たらしい笑みを浮かべた。


「馬に乗った貴様が強いことは承知だ。だから、こちらは五千の兵士を用意させて貰った。貴様はこの五千の兵士と戦い、そして虚しく散るのだ。最後まで足掻き続けた、無様な『理破り』の兵士としてな。いや、騎士だったか? まあ、どちらでもいい」

「ローウェン、こんな奴の話を聞くことないよ!! 行こう!!」


 フィリシアが叫ぶ。……確かにこの場は逃げた者勝ちだ。アッケンブリード国王は何故か、三人を囲んでいないし――後ろへ逃げてしまえば、退路もどこかには――……

 ローウェンはフィリシアの言葉に頷いて、背を向けた。そのまま、ヴェルニカの手綱を握る。

 そして走り出そうと、指示を――……


「状況が理解できていないようだな」


 アッケンブリード国王が左手で合図すると、一番後ろから何かが飛んで来た――弓矢か!  そうか、わざと斧ばかり持っている団体を手前に、弓の部隊を後ろに構えさせて、見えないようにしていたのか!!

 距離が近い上に対象が少ないから、弓矢の護衛が後ろにいるとは考え辛かったが……『あえて囲まなかった』理由はこれか。

 それは放物線を描き、そして――……

 一番後ろに乗っていた、ティナの右肩を貫いた。


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