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ヤンデレ姉さんに○されたら考えるべき10のこと  作者: くらげマシンガン
▼第八章 俺と姉さんの過去について。
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つ『英雄の奪還』 後編

 ティシュティヤ国内へと戻ってきたフィリシアは、あえてティシュティヤの人間には何も伝えずに、部屋に閉じ籠もった。

 アッケンブリード城の敷地内――特に、城下町や王宮のどこかに閉じ込められているならば問題だったが、外側の、しかも地下へと続く路の奥ともなれば、奪還することはそこまで難しくないのでは。少なくとも、俺にはそう思えた。

 地下への入り口には、門番がたった一人。おそらく、意識をアッケンブリード城の中に持っていくための、敢えての手薄――そう考えると、入り口の門番が役に立たなかったのはフィリシアにとって、かなり幸運な出来事だったのだろう。

 だが、近日ティシュティヤとアッケンブリードの間で決戦が行われる事を考えると、日中の潜入は避けたい。

 そのくらいは、フィリシアにも分かっている筈だ。

 朝方。ティシュティヤへと戻ってきたフィリシアは、空き部屋で死体のように眠るティナを見て、微笑んだ。

 力無く憔悴していたが、柔和な微笑みでティナの髪を撫でる。

 静かに、ティナが目を覚ました。


「……フィリシア?」


 早くから朝食や掃除などの仕込みをしている使用人を除いて、まだ一般の人々は目覚めていない。フィリシアは自身の口元に人差し指を立てると、ティナに合図をした。

 フィリシアの意図が分からず、ティナが困惑した表情を浮かべた。


「ローウェンの居場所、突き止めてきた」

「えっ――!?」


 がば、とティナが起き上がった。派手に両者の頭を衝突させ、フィリシアとティナの頭上に星が飛び交った。


「あうっ……」


 このすっとぼけ具合も、姉さんとそっくりだ。……いや、本人なんだけど。

 ティナは涙を拭いて意識を覚醒させると、フィリシアと向き合った。フィリシアは頷いて、ベッドに腰掛けてティナを見た。


「パスカルが今、私達の家にいるの。一緒に行ってきた」

「そっか、パスカル……」

「ローウェンは今、アッケンブリードの地下に閉じ込められてる。どんな手段なのかは分からないけど、多分ひどい拷問を受けているはず」


 ローウェンが連れて行かれる時に取り落とした剣は、ティナとフィリシアの空き部屋に置いてあった。フィリシアはその剣を見詰める。

 地下で一体どんな事が行われているのか、七日後の処刑までに一体何をされるのか。そのどちらも、今の段階では分かっていない。


「地下に?」

「そう。城下町の外側、比較的人も少ないから侵入するのは簡単なはず。処刑は七日後、酷い目には遭ってるだろうけど、まだ時間はあるよ……お姉ちゃん、ローウェンを助けたいでしょ?」


 ティナは慌てて、何度も頷いた。その様子を見て、フィリシアは少しだけ満足したようだった。

 もしもティナがこのまま死んだように生き続けていたら、それは堪らなく悲しい事だからだろう。


「でも障害が二つあって。広い場所に門番が立っているから、倒れたり眠っていたりするとすごく目立つこと――あんまり、救出に時間は掛けられないものだと見て良いと思う」

「う……うん。でも、具体的にはどうやって……」


 フィリシアは鞄から、アッケンブリードに潜入する時に持っていた小さな瓶を取り出した。


「これを使うの」


 あっさりとそんな発言が出て来るのだから、大したものだ。ティナはきょとんとして、直後に笑う。


「……すごいね、フィリシア。やっぱり、頼りになるよ」


 フィリシアが居ることで、ティナにも幾らか覇気が戻ってきたようだった。


「もう一つは、入り口の門番が鍵を持っているかどうかがまだ分かっていないということ。……これが結構厄介で、外側からは鍵の存在を確認することができなくて」

「あれ? ……でもフィリシア、鍵がなくても扉は開けられるって……」


 ……ピッキングか。そんなことまで出来るのか……。俺が苦笑していると、横で杏月が俺の服の袖を引っ張った。


「私もできるよ!?」

「いや、分かってるって……っていうか、あっちもお前だっつの」


 同一人物同士で争ってどうするんだよ。


「開けるのに三十秒はかかるし……ローウェンの閉じ込められてる扉が、アッケンブリードに普段、出回ってるやつなら良いんだけど……そうじゃなかった場合は、開けられないよ」

「そっか。そういうのがあるんだ……」


 まあ仕組みを知らない人間からすれば、魔法のような技術だろうからな。


「そこで思ったんだけど、連中の装備って顔も体型も隠れるものだから、すり替わるのはどうかなって」

「……すり替わる?」

「門番を気絶させて、装備を奪うの。縄で縛って森にでも転がしておけば当分はバレないし、もしも鍵を門番が持っていたらその場で手に入るし、ちゃんと警備をしていれば気付かれないでしょ」

「……そっか。もしも持っていなかったとしても」


 ティナの気付きに、フィリシアは得意気に説明した。


「そう――門番は交代する。その時に鍵の場所を聞き出せるし、王宮にも入る事ができる」


 偽装作戦というわけか、なるほどな。中に入るにしたって、適当な理由をでっち上げればいい。目には目を、というわけか。

 とはいっても、こちらは潜入作戦であることに変わりはない。中身が知られたら危険であることに変わりはない。


「だから、事前に門番の挙動を知っておく必要があると思うの。私が門番の交代前に、入れ替わる。もしも鍵があったらお姉ちゃんが中に入って私は見張り、もしも鍵がなかったら門番交代から鍵を取りに行く。二人気絶させるくらいなら、周りの目もないしいけるでしょ」

「……まあ、確かに」


 但し、そのためには門番のタイムスケジュールというのか、そういったものを事細かく調査しておく必要がある。一筋縄ではいかないぞ。

 そして、七日後に処刑。だとするなら、そこまで時間を掛けられる訳でもない。


「これから、私が調査するよ。今日から数えて三日後に、ローウェンを助けに行こう」

「……うん」


 フィリシアはティナの両肩を掴み、言い聞かせるようにした。ティナの表情には困惑の色が見て取れたが――……程なくして、その表情は不安から覚悟へと、変わった。


「……そうだね。まだ、何も終わってない」


 そうか。

 ティナとフィリシアは、ローウェンを助けに行くのか。そのように、決断したのか。

 助けられるのは俺ではなく、前世のローウェン・クラインという存在なのに。ティナとフィリシアは、ローウェンのために再び命を危機に晒すという、ローウェンの覚悟からしてみれば相反する行動を取っているのに。

 どういう訳なのか俺は、嬉しかった。



 ◆



 ティナとフィリシアの三日間は、あっという間に過ぎてしまった。

 その間に分かったことは、どうやら鍵は王宮の中にあるということだった。やはり、たった一人で門を守る、いち兵士に与えられるような代物ではない――それだけ、アッケンブリード国王も真剣だったということだ。

 もしかしたらティナやフィリシアが思っている程、容易には行かないかもしれない。わざわざ捕まえたローウェンを外に置いておくなら、外に置いておくだけの理由をアッケンブリードは持っている筈だった。

 城下町の中に閉じ込める訳には、いかない理由。

 一つに、民衆に見せられるような物ではない厳しい体罰を与えている可能性もあるだろう。

 それとも最後は毒ガスのような、城下町や王宮に流れ込んではいけないもので殺すつもりなのだろうか。


「……いよいよ?」

「いよいよだな」


 俺と杏月は今、アッケンブリードの敷地内まで来ている。城下町はすぐそこだ――見付かりはしないと分かっていても、つい隠れてしまうのが悲しいところだ。

 アッケンブリードの正門近くでは、以前と同じように気怠そうな眼差しで、門番が立っていた。フィリシアの調査が本物なら――いや、俺達は実際にその目で見てきたので、間違いはないのだが――鍵は王宮の中にあり、多くの場合はアッケンブリード国王が持っている。ティナとフィリシアは協力して、鍵を取って来なければいけないということになる。


「――じゃあ、行ってくるね。お姉ちゃん」


 フィリシアがそう言うと、ティナは少し緊張した面持ちで頷いた。さあ、英雄の奪還劇の始まりだ。フィリシアは背後から慎重に地下への入り口を守る門番に近付くと、予め薬品を染み込ませておいたスカーフを構えた。

 近付く。――奴は、まだ気付いていない。――近付く。――そして――


「なっ――!?」


 門番が気付いたタイミングと同時に、フィリシアはスカーフを男の口元に近付けた。すっぽりと顔を覆うヘルムだから、効果が薄いかもしれないとフィリシアは言い、薬品を多めに混ぜていた。

 それが功を奏したのかどうかは分からないが、脆くも門番は脱力し、その場に崩れた。すぐにティナが物陰から現れ、二人は門番を草陰へと運ぶ。


「スカーフ、どうしようか?」

「巻き付けておけば、当分目覚めないんじゃないかな」


 さらりと恐ろしい事を言うフィリシアにティナは面食らっているようだったが、本来死んでしまっても構わない所だ。二人の最終目標はローウェンを奪還することであり、そこに何人の犠牲が居ても構わない――いや、その覚悟がなければ二人も死ぬ。

 ローウェンの処刑はもう、決まっているのだから。

 それを考えると、二人の選択はまだ優しいものだと言える。

 二人は門番を縄で縛り、見えないように木の影に隠した。

 フィリシアはすぐに門番の服と鎧を奪い、着る。その重さに若干よろめいたが、今は弱音を吐いている場合ではない。フィリシアは胸を張って立ち上がり、ヘルムを被ると地下への入口に走った。


「マンド・ゴール」


 男の名前だ。ヘルムの裏にフルネームで名前が刻まれてあった。同じものは沢山あるだろうから、自分のものだと名前を付けておいたのだろう。

 フィリシアはそれを読み上げる事で、しっかりと覚えた。

 ――間一髪。間一髪だった。正門側から門番が現れ、フィリシアに声を掛けた。


「よう、お疲れ。交代だぜ」

「やっとかよ。昨日は寝てないんだ。立ったまま意識を失いそうだよ」


 ……お前は何か。声真似芸人か何かか。

 観察していて真似できると思ったのか知らないが、若い青年の声を完全に再現していた。……恐ろしいくらい、似ている。


「あれ? なんかお前、痩せた?」

「あー、昨日から何も食ってなくて」


 だが、流石に体型までは隠せない。フィリシアはきっと、心の中で冷や汗をかいているだろう。


「なんだよ。またカミさんと喧嘩でもしたか?」

「アー、まあ、そんなとこだ」

「気を付けろよ、そのうちマジで逃げるぜ」

「はは、サンキュー」


 言いながら、フィリシアは門番を譲り、男に手を振った。踵を返し、今度は正門側に歩いて行く。

 気怠そうな正門側の門番は、フィリシアが現れても見向きもしなかった。既に見慣れた光景となっていて、特に話すことも無いのだろう。

 街に出ると、フィリシアは少し急ぎ足で歩き出す。……不審に思われてはいけないため走る訳にはいかないが、門番を眠らせていることやティナを隠していることを考えると、なるべくならば急ぎ足で行きたいところだ。

 そんなことは、俺にだって分かる。


「フィリシア、スムーズだね」

「無事、最後まで見付からないと良いんだが……」


 フィリシアは王宮まで辿り着き、扉を開いた。そのまま、中に入ろうとする。


「あれ? おいお前、そこは国王が通る所だぞ」


 ――危ない。

 王宮の扉の裏側に立っていた兵士と思わしき男が、フィリシアに声を掛けた。心臓を鷲掴みにされたような気分なのだろうが、態度には一切表れない。


「おお、そうか。ありがとう」


 フィリシアは何事もなかったかのように男に頭を下げ、扉を閉めた。

 ふう、とフィリシアは安堵した――……


「見たぞ、お前。新米兵士か? 名を名乗れ」


 瞬間、フィリシアの身が固まる。

 ――アッケンブリード国王!?

 流石のフィリシアも跳び上がるようにして驚き――最も、アッケンブリード国王には中身がフィリシアだと気付かれてはいないだろうが――アッケンブリード国王に頭を下げた。


「マンド・ゴールです。この度は、申し訳ありません。ついうっかり、間違えてしまって」

「ンン。まァ、兵士の勝手口はあまり綺麗ではないからな。『私の』国王専用通路を使いたい気持ちはまあ、分かるよ。気にするな」


 慰めているつもりなのだろうか。はたまた激励のつもりなのか。

 何れにしても、的を外れた気遣いであることは間違いない。


「この世は生まれた時から既に、富と名声によって差が付くものだ。バカはいつまで経ってもバカのままだし、カスは生涯カスとして生きる。君達は社会的に不利な立場になっていることにも気付かない。同情しているよ」


 ……どうなんだ? これは。励ましているつもりなのか……?


「はあ……」

「はっはっは、まあそうガッカリすんな! 私に任せておけば、良いことあるさ!!」


 バン、と国王はフィリシアの尻を叩いた。


「――――ひっ」


 耐え切れなくなったようで、フィリシアの口から悲鳴が漏れた。咄嗟に止めたのか音は小さく、アッケンブリード国王には聞こえていないようだったが。

 ……おお。見える。鎧と顔をすっぽり隠すヘルムの内側から、殺気にも似た尋常ではない怒りのオーラがフィリシアから発されている。


「……国王、地下の鍵なんですが」

「ああ、あの特別製の鍵がどうした?」


 やっぱり特別製だったか。フィリシアの読みは当たっていて、ピッキングなんかで開けようとするべきではなかったということだろう。


「どうも、扉がガタついているらしくて。一度開けてから、閉め直したいと思いまして」

「ああ、あの特別製の鍵、ちゃんと閉まってなかったかあ……? おかしいな。特別製だし、何度も確認したんだが……分かった、私が見て来よう。特別製の鍵で」


 特別製って言い過ぎだろ。


「いやいやいや!! そんな雑用、国王にお任せする訳にはいきませんよ!!」


 アッケンブリード国王は悩んでいるようだった。フィリシアは慌てている事を極力悟られないよう注意しながら、慎重に言葉を選ぶ。

 ……こ、怖い。


「そうか? ……しかし、あの部屋は……」

「扉の鍵を確認するのなんて、カスの仕事ですよ。カスらしく私めが確認して参りますので、国王は暫しお待ちを」


 フィリシアの全力で下手に出る態度が、アッケンブリードの財布の紐――ならぬ、鍵の紐を緩める。

 アッケンブリード国王はニコニコと笑い、嬉しそうにしていた。


「……そうだな。カスの仕事を私がやるわけにもいかん……しかし、気を付けろよ。中のヤツは異様に強く、凶暴だからな。鍵は――……と、ほれ」


 ――――渡された。

 フィリシアはそれを受け取ると、正門に向かって数歩、歩いた。振り返り、あたかも仕事を楽しそうに行っている素振りで、国王に手を振る。


「では、行って参りますので!!」

「おお、頼んだぞ!! マンド・ゴールか、覚えておこう!!」


 フィリシアは走る。鍵は手に入れた。後は、いかにしてローウェンを救い出すかだ。

 繁華街を抜け、正門へと向かう途中、興奮したのかフィリシアのヘルムの内側から、笑い声が聞こえた。


「――――バーカ!!」


 ローウェン救出まで、あと一歩。


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