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ヤンデレ姉さんに○されたら考えるべき10のこと  作者: くらげマシンガン
▼第八章 俺と姉さんの過去について。
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つ『英雄の奪還』 前編

 アッケンブリードの地はローウェン・クライン捕獲のため、騒ぎに満ちているかと思われた。だが実際は特に目立つ事もなく、周囲は日常的な活気に満ちている。

 フィリシアはアッケンブリードの城がある近くまで辿り着くと、物陰に隠れていた。中に入る手段を考えているのだろう――……パスカルもフィリシアの行動に忠実であり、ただの一声も鳴くことがない。優秀なパートナーだった。

 俺は堂々と正門の真ん中から中に入り、様子を伺った。


「……ケーキ、何かローウェンについて話している声は聞こえるか?」

「いえ。……私には、聞こえませんね」

「俺もだ。……変だな。敵国の騎士が連れて来られているんだ。それも、両腕を縛って。話題の一つになっても良い頃じゃないのかな」


 正門の門番と思わしき二人の兵士はどちらも役立たずな感じで、欠伸をしながら呆然と突っ立っている。……戦神メビウスのなんたらが破られつつあり、奇襲を掛けられた国もあるというのにこの体たらく。恐ろしき統率力の低さだ――もしかしたら、ローウェンが居る状態でティシュティヤと真っ向勝負はできないと踏んでいた部分があったのかもしれないな。


「アッケンブリードの門番は、交代制。厳密には兵士とは違うから、兵士間でのコミュニケーションはほとんどなかったはず……」


 ……お、フィリシアがついに、動き出すみたいだぞ。サングラスを掛けて眼を隠し、三つ編みを解いた。……肩に掛けていたスカーフを使って、髪をポニーテールに結いた。

 これで、装備を解かれなければ誰もフィリシアだと分からない――鞄に入れておいたナイフを取り出し、そっと右肩の部分にスリットを入れた。


「……あ、アッケンブリードの紋章」


 そうか。あれを逆手に取って、アッケンブリードに侵入しようと言うのか。フィリシアは更に、鞄からいくつもの瓶――瓶と呼ぶにはサイズが小さい。血液検査の採血瓶くらいの大きさだ。中には多様な色の液体が入っている。

 フィリシアはそれを、左から順番に指差し確認していく。


「睡眠薬、麻酔薬、興奮剤、毒……」


 俺は絶句した。

 ケーキも顔を青くして、ガタガタと震えている。

 ――似ている。こいつは間違いなく、杏月だ。……この、杏月だ。

 当の杏月は苦笑して、その様子を眺めていた。


「……まあ、戦いには情報と武器だよねっ! あるある!」

「お前は前世でもこういうポジションなんだな……」


 機械が無い世界では、杏月は薬剤師と化していたらしい。

 フィリシアは一度確認したそれらを鞄に戻し、立ち上がった。ごくりと喉を鳴らすと、パスカルを連れて正門に向かっていく。

 眠そうにしていた門番は、唐突に現れた女性に驚いている様子だった。


「……おっと、何者だ?」

「何も言わず、ここを通して頂きたいのだけど」


 ……門番と対峙したフィリシアの声色は低く艶っぽく、まるで普段のそれとは違う。……こんなスキルもあるのかよ。

 ティナとフィリシアが他国の奇襲から逃れてティシュティヤまで逃げてきたというのは、偏にフィリシアの功績あってのことなのかもしれないな。


「そういう訳には行かんだろう。特に決戦の手前、そなたが何者なのか、顔と身分を提示せよ」


 フィリシアはぞっとするような冷たい声音で、脅しを掛けるように門番に囁いた。


「……王国が密に雇っているスパイよ。カイン・アッケンブリード三世とはもう手配済み。あまり目立たないようにやらなければいけないの。例え国王相手でも、私の存在は口外しないこと。そのように手筈は付いているわ」


 ぎょっとして、門番はフィリシアから一歩、身を引いた。フィリシアは小さく動いて、右肩に作ったスリットからアッケンブリードの紋章を見せる。

 それを見て、二人は納得したようだった。


「――これで、信じて貰えるかしら」

「わ、分かりました。どうぞ、お通りください」


 フィリシアは二人の門番の腕を掴んで、自身の胸元へと誘う。

 おお、見える。見えるぞ。門番の低俗な下心が。フィリシアは不敵な笑みを浮かべると、小声で喘ぐように言った。


「絶対、誰にも言わないで。仲間にもよ。――ね? おねがい」


 ……あ、そうか。胸元に金と思わしき紙幣が挟まっている。アッケンブリードで奴隷をやっていたと言うから、当然アッケンブリードの通貨も持っているのか。

 いや、当然持っているのか、盗んだものなのかは分からないが……。

 門番二人は気持ちの悪いニヤけ顔で、フィリシアの言葉に頷いた。


「はいっ! 誰にも言いません、姐さんっ!!」

「約束します!!」

「ふふ。……ありがと。良い子にしてたら、帰りもまた来てアゲル」


 最後に投げキッスをして、フィリシアは正門を通る。アッケンブリード国内に入った。


「……また、来ないかなあ」

「なあ。良いな、ああいうの」


 ――――馬鹿すぎるわ!!

 まあアッケンブリードの紋章が右肩に刻まれているからには、アッケンブリードの人間だと思うだろうな、普通は。でも、それにしたってこんな、色仕掛けに近いやり方に引っ掛かるとは……。

 ふと、袖を引かれた。

 振り返ると、杏月が慌てた様子で俺の事を見ていた。


「私もできるよ、ああいうの!!」

「……知ってるよ」


 何でそんなに息巻いてるんだよ。

 アッケンブリードの国内は、ティシュティヤと比べると幾分機械的だった。ゼンマイのような仕掛けもあるようだし、農具や武器の刃も、かなり綺麗に磨かれている。職人技と言ってもいいだろう。

 あのカイン・アッケンブリード三世が作った仕組みなのかどうかは分からないが、少なくともティシュティヤよりは進んでいる一国のようだ。意識や信仰よりも、技術で戦うのだと場の空気が語っている。

 太陽が沈み切った。間もなく暗くなるだろうというところで、街中に立っている燭台へ、人々は火を点け始める。

 まるで外灯だ。人々の習慣になっているのだろうか。


「よう、お姉さん! 一杯やっていかない!?」


 酒場の店主が、道を歩いているフィリシアに声を掛けた。フィリシアは微笑むだけで、その酒場に入って行こうとはしていない――…していなかったが、ふと足を止めた。


「そうね。……じゃあ、一杯だけ」

「犬はその辺に縛っておいてくれれば」

「分かったわ」


 俺にも聞こえた。酒場の中から、「ティシュティヤ」というワードが聞こえてきたのだ。フィリシアはそのワードに反応したようだった。近くにパスカルを括り付けると、フィリシアは酒場のテラス席に座る。

 あまり長居する訳にはいかないということを理解しているのだろう。どこか、その表情には余裕がないことが分かった。

 万が一、アッケンブリード国王に――別に、国王じゃなくても構わない。ティシュティヤに来ていた兵士達のうち、誰か一人でもフィリシアの存在に気付いてしまえば、フィリシアもただでは済まない。


「ははは、こんな夜更けに黒眼鏡ときちゃあ、何も見えないんじゃないかい?」

「目を見られるのが落ち着かないのよ。ちゃんと周りは見えているから安心して」

「面白い方だな。何にするかい?」

「……では、ワインを頂くわ」


 優雅な貴婦人を演じて、フィリシアは言った。

 俺と杏月も、思わず緊張して見入ってしまった。フィリシアの下に赤ワインが置かれると、フィリシアはそれを気付けがてらに一口、飲む。

 ローウェンの話をしているのは、誰だろうか――……フィリシアはずい、と周りを見回した。酒場には多数の人間が居るが、ローウェンの話を知っている者となれば、王宮の関係者に違いない。


「え、じゃあ何だよ。ティシュティヤの騎士を、決戦前にアッケンブリードまで連行してきたってのか?」

「そうなんだよ。俺、国王の隣に居たんだけどさ。これがひでえの!」


 ――――居た。

 フィリシアは酒場の一番奥、部屋の中のさらに隅の丸テーブルに座り、談笑している一団を見た。

 あれは、アッケンブリードの兵士達だ。……しかも一部は、当時ティシュティヤの王宮に居た人間を含んでいる。大きな声で話しているため、テラス席からも彼等の会話を聞き取る事は容易だった。

 フィリシアはすぐに、目線を逸らした。フィリシアがここに居ると悟られては、いけない。


「ひどいって?」

「向こうに決戦前に攻撃されたってことにしてさ、前に『宝石族』逃げたじゃん。そいつらがティシュティヤに住んでる事をうちの国王は知ってたみたいでさ、うちの奴隷に手を出したって」

「また、国王お得意の難癖?」

「もう、すげえよ。前にティシュティヤの領土に勝手に侵入した時、宝石族にうちの紋章を焼き付けろとか言ってたらしくて」

「なんだそりゃ」

「最初は意味分からなかったんだけどさー。ローウェンとやらは間違いなく、うちの奴隷を連れ出したんだって証拠に使ったわけよ。つまり、始めからそこまで計算してやってたって訳」

「うわ、えげつねえ。さすが国王」

「ティシュティヤに逃げたのは偶然だったと思うけどなー」

「いや、有り得るんじゃね? 『宝石族』の奇襲作戦だって、ありゃー数年前から手を打ってただろ」

「確かに! セコさと底意地の悪さは戦神メビウスの信仰力に優るとも劣らない」

「あはは!!」


 どっと、店の奥から笑い声が聞こえてくる。

 フィリシアは目を見開いたまま、動けなくなっていた。――俺にだって、分かる。ティナとフィリシアのいた『宝石族』に奇襲を掛けたのは、アッケンブリード国王だったという話だ。

 ――始めから全ては、仕組まれていたのだ。

 酒を持つ、フィリシアの左手が震えていた。


「それで、そいつは今、どうしてんの?」

「ほら、地下帝国作るとか言って、穴掘らせてるだろ。なんかその中に閉じ込められてるらしいぜ。処刑は七日後だってよ」

「七日後? なんでさ」

「なんでも、一度コケにされたとかで。拷問してから殺すんだと」

「ひー、国王怖えー! 穴って、城の外にあるやつ?」

「そうそう。今はまだ何の変哲もない穴なのに、意味もなく門番なんか立てるから何かと思ったら。この日のためのカモフラージュだったみたいだな」

「うへえー。もうそこまでくると気持ち悪いぜ」

「正々堂々とはやらないわけよ。やったら負けるからさ」

「確かに!!」


 ……ったく、国王も国王なら、部下も部下だぜ。こんな開けっぴろげな酒場で、堂々と国王の悪口言ってるんだからな。公認なのかどうか知らないが、誰も何も言わないし。

 寧ろ、アッケンブリード国王にとっては褒め言葉なのかもしれないが。


「あ、まだこの話は禁止だから。決戦が終わるまでは皆、秘密なー」


 秘密も何も、あったものではない。しかし、通りの噂話の少なさは国王の制止があったからなのか。

 それも、夜になるとあまり意味を成していないようだったが。

 フィリシアはぐい、と酒を飲み干すと、素早く席を立った。連中に気付かれてはいけないため、音も出さない。

 素早くカウンターまで歩き、鞄から金を取り出す。


「ありがと。これ、お代ね」

「おお? なんだ、随分早いな。もう行くのかい?」

「ええ。……少し、用事を思い出して」


 そうしてフィリシアは、酒場を出た。パスカルの紐を解くと、早足で酒場を離れる。

 いけない、追い掛けないと。

 ずんずんと、フィリシアは進んで行った。その行動に、一切の迷いもない。ローウェンが捕まっているのは、アッケンブリードの城下町ではなく、その外側だ。この情報は、寧ろ有利に働くんじゃないか? 問題はローウェンが閉じ込められているだろう、扉の鍵だが……

 正門付近で一度立ち止まるが、すぐにフィリシアは歩き出す。……何だ? そのまま素通りして、フィリシアは離れた。

 門番は――俺と杏月は走り、正門の裏を見た。……寝てやがる。


「パスカル、この辺りだと思うんだけど。ローウェンの匂いをたどれる?」


 フィリシアはそのまま歩き、大きくアッケンブリードを一周する。兵士達の言っていた、地下への入り口を探した。アッケンブリード城の敷地は広いが、すぐにフィリシアはその異様な光景を目にする。

 パスカルがふと、何かに気付いたかのように尻尾を振った。パスカルは賢く、ただの一声も鳴く事はなかった。


「――あれね」


 フィリシアは高い塀の影に隠れ、門番から見えないようにした。木も生えていないおかしな広場の中心に、兵士が立っている。正門は眠っているほど緊張感が無かったのに、そのおかしな場所に立っている兵士は唇を真一文字に結んで、真剣な様子だった。

 ……明らかに、おかしい。


「地下への入り口に、番は一人」


 そう呟いて鞄の中を確認するフィリシアの眼から、涙が溢れた。

 ティナとフィリシアの国――外からは『宝石族』と呼ばれる彼女らは、他国――を装った、アッケンブリードの人間に壊滅させられた。

 命からがら逃げてきた彼女らは、アッケンブリードに捕獲され、奴隷をさせられた。

 そして今、ティナの最愛の人さえ、その国に奪われようとしている――……


「……一度戻って、お姉ちゃんに、……報告、しないと……」


 フィリシアは一人、泣いた。

 誰にも気付かれないよう、声を押し殺した。

 その功績を見ている者も、讃える者も居ない。

 この場に居る、俺と杏月、そしてケーキを除いて。


「――――がんばれ。わたし」


 意識していたのかどうなのか、杏月はぽつりとそう呟いた。


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