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ヤンデレ姉さんに○されたら考えるべき10のこと  作者: くらげマシンガン
▼第八章 俺と姉さんの過去について。
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つ『王国裁判』 後編

 これは、策略だ。一度嵌められてしまえば、絶対に解けない呪いのようなもの。

 前もって策略を見抜く事ができなかったローウェンに汚名返上の術はなく、一度付けてしまった傷は二度と元には戻らない。

 全ティシュティヤの国民を危険に晒すことを考えれば、どうあっても自分が責任を取らなければならないだろう。ティシュティヤ国王はきっと、苦難の末にローウェンを守る選択を取るのかもしれないが――……

 ローウェンはティシュティヤ国王の、深い眼差しを見詰めた。まるで、その時ティシュティヤ国王が何を考えているのかを、察するかのような動きだった。


「では、私は――」

「国王、良いです。貴方は何も発言しなくていい」


 だからローウェンは、ティシュティヤ国王がローウェンを庇うよりも早く、声を上げた。

 アッケンブリード国王は、満面の笑みでローウェンを見た。

 歯を食いしばり、拳を震わせながらも、ローウェンはアッケンブリード国王に立ち向かった。

 今度は理性的な、覚悟を持った瞳で。


「良いだろう、連れて行け。アッケンブリードの『裁き』とやら、このローウェン・クラインが受けよう。何が正義かを、神は見ている。真実はこれから、露わになるものだ」

「ふん、戯言を」


 胸を張り、真っ直ぐにアッケンブリード国王を見据えた。


「――私が死んでも、ティシュティヤは負けない」


 ローウェンの落ち着いた言葉に、アッケンブリード国王は面白く無さそうに舌打ちをし――そして、不敵な笑みを浮かべた。


「後悔、するなよ」


 ローウェンもまた、笑ってみせた。


「その代わり、約束して欲しい。この二人は、理由はどうあれティシュティヤに住んでいた二人だ。ある偉大なご老人の厚意を受けて――……アッケンブリード国王よ、貴様にも人の心があるなら、この二人をティシュティヤの住民にしてはくれないか」


 ――――交換条件か。

 アッケンブリード国王は、思わぬローウェンの提案に下顎を指で撫でた。対照的に、ティナがはっとしてローウェンの背中を見詰めた。


「ふむ……」

「ローウェン!!」「ローウェン!?」


 涙ながらに、ティナが。ティシュティヤ国王の隣で事の成り行きを見守っていたフィリシアが、声を上げた。

 アッケンブリード国王は目を閉じ、仕方ないと諦めた態度を皆に見えるように大袈裟に――肩をすくめてみせた。

 ……あれも、演技か。


「仕方ない、認めよう」


 ティナは最早涙を止める方法も忘れ、ローウェンの背中にすがった。ローウェンは凛とした表情のまま、近くに居たアッケンブリードの兵士に手を縛られ、剣を落とした。

 ――そのまま、連れて行かれる。

 或いは、地獄に。


「ローウェン!! 待って、ローウェン!!」


 ティナは叫ぶ。

 悲痛に、或いは戸惑いにも似た声色で。確かなものを全て失い、絶大な喪失感と虚無感に襲われているようで。

 ローウェンはティナの方は見ず――そして、微笑んだ。


「すまないな、ティナ。……私が、浅はかだった。戦略に気付かず、貴女を苦しませる事になってしまった」


 叫ぶティナとは対照的に、ローウェンの声色はひどく落ち着いていて、そして誠実だった。

 ――そんなことは、許されない。

 ティナはローウェンに救われた身だった。彼が居なければ、アッケンブリードの奴隷として生涯を棒に振っていた可能性だってあった。それなのに、ローウェンは自分の代わりになろうとしていた。

 そんなことは、絶対に許されることでは――……

 俺は、目を背けた。


「違う!! 貴方は何も悪くない!! 私を連れて行きなさい!! お願い、止まって!!」


 ローウェンの背中を掴むが、ローウェンは止まらない。

 既に、全ての話は決着が付いていた。

 そこに、反論の余地もなかった。

 ティナは裸でいることも忘れ、形振りも構わずローウェンを止めようと動いた。

 誰も、ティナを見ない。


「その人は悪くないの!! ねえ、何もしてない!! 信じてよ!!」


 やがてアッケンブリードの兵士に羽交い締めにされると、ティナは狂ったように叫んだ。

 だが誰も、ティナの声に耳を貸さない。


「誰か!! 誰か、彼を助けてください!!」


 ――だが、その声は、届かなかった。


「彼は何も悪くないんです!! お願いします、私はどうなってもいいから――――」


 アッケンブリード国王はローウェンを連れて、兵士達と共に扉を出る。遅れて、ティナを掴んでいた兵士が後を追い掛けた。


「――――おねがい、します」


 ティナはその場に崩れ落ちた。

 それは、無力な小娘の叫び。誰も、手を差し伸べる者など居ない。

 たった二人の自由と引き換えに、過去の俺は――――。



 ◆



 静まり返った王宮に、俺と杏月は二人で立っていた。

 気まずくなってしまった広間には居られず、かといってローウェンの居ない部屋で過ごす事も無意味に思えた。ティナはすっかり自我を喪失してしまったような顔をして、空き部屋に閉じ込もったきりだ。

 ティシュティヤ国王と言えば、アッケンブリード国王が居なくなってからというもの、ずっと苛々としながら王座の辺りをうろついている。

 時折、ガン、と壁や柱を叩く音が聞こえてくる。リオルがそんな国王の様子を見て、心配そうな表情になった。


「何故、私はローウェンを一人で行かせた……!!」

「国王様……」


 国王の無念も虚しく、既にローウェンは連れ去られてしまっているのだが……

 俺達はというと、どうしようもないのだ。ティナとフィリシアがここに居る以上、ローウェンの所へおいそれと向かう訳にもいかない。だが……


「……なんか、すごいことになってきたね」

「だなあ……」


 杏月の言葉に、俺は頷いた。

 ローウェンは今頃、どうしているのだろうか。もしかしたら既に、アッケンブリードに辿り着いてひどい拷問を受けているのかもしれない。

 そっちに行った方が良かったか? ……でも、なあ。第一、前世で俺は別の人を選んだのではなかったのか。このままでは、俺はただ拷問を受けて死んだ人になってしまう。

 その辺、一体どうなってるんだよ……


「純、フィリシアってどこに行ったの?」

「……え? ティナと一緒に空き部屋に居るんじゃないの?」

「私、さっき見たら居なかったけど」


 ……え。

 俺は杏月と走り、ローウェンの部屋の隣にある空き部屋を目指した。一直線に廊下を走り、階段を上がり、扉を――開く。


「……確かに、居ないな」

「でしょ? おかしいな、と思って」


 フィリシアが、王宮に居ない……? いや、王宮は広いんだ。ここに居なかったからといって、他の場所に行ったという可能性は……

 空き部屋ではティナが死んだように、ベッドに横たわっていた。その姿に生気は見られず、先程までの幸せそうな顔が嘘のようだ。

 眠っているのか……或いは、意識を失ってしまったのだろうか。

 せめて、何かの救いがあればいいのに――そんな事を、無意識に考えさせる。

 俺と杏月は、部屋の中をうろついた。俺は死んだような顔をしているティナの事が不安になって、近くに寄って表情を確認した。

 ――その頬には、涙の跡があった。

 胸の辺りを、固く締め付けられるような感覚を覚える。


「……ケーキ、この姉さんに触れても、大丈夫なのか?」

「未来が変わらなければ、ある程度は大丈夫だと、思いますけども……」


 俺はそっと、姉さんの頬を撫でた。

 柔らかい頬の感触と、冷たい涙の感覚。既に涙は流れて時間が経っているようで、生暖かいというよりは冷たい。

 涙を拭くことも忘れてしまったのか。


「ローウェン――――」


 そう、呟いた。

 なんだか、いつかの姉さんに似ている。姉さんは前世の事を思い出すたび、『ローウェン』と何度も言っていたから。

 そのローウェンは、ティナを助けたがために連れ去られる結果となってしまった。それは、最早抗いようもない事実である。

 だが――……


「あっ!! 純、あれ!!」


 杏月が窓の向こう側を確認して、俺に大きな声を出した。当然ティナに聞こえる筈もないが、俺はつい驚いてしまう。

 ティナの様子は何も変わっていない。……まあ、大丈夫だろうが。

 俺は杏月に近寄り、杏月が確認したものを見る。


「……どれ……?」

「ほら、あれ!! 山の方!!」


 山の方……? 別に何も変わらない、普段通りだが――……

 ……あれ? あの小さな動いているものは、山を登る人影……か? 一人だ。あっちは、確かタンドさんという老人の家があった場所では……

 ――――ん?


「ってことは、フィリシア?」

「フィリシアでしょ、あれ!!」


 ……そうか。それしか考えられない。こんな時間にティシュティヤを出て、一人向かう人影なんて。

 追い掛けるか。


「杏月、背中に乗れ」

「よっしゃー!! まだ話は終わらないんだね!!」


 俺は杏月を背負い、頷いた。

 扉を出るよりも、飛び降りた方が速い――自然と、そんな事を考えていた。空き部屋を出ると真っ直ぐに王座を目指し、俺は王座の向こうのベランダへ向かう。

 あの、人々が国王を下から見上げるであろう場所から。

 フィリシアを追い掛けるため、山の向こうへと向かう。

 風のように走ると、何名かの使用人がその風に振り返った。だが、姿は見えないようだった。


「おお、純、気合い入ってるね!!」

「……なんか、な」


 ここから先に、鍵がある気がした。

 長い過去の――――俺と姉さんの前世の旅路。その向こう側にあるものを、薄っすらと掴みかけている気がしたのだ。

 当たり前だ。ローウェンとティナの関係は、こんな所で終わらない筈で。

 そこには、色々な人々の想いや行動が絡んでいる筈なのだ。

 王座へ辿り着き、そして、国王の横をすり抜ける――――


「む――――」


 国王が風に、気付いた。

 透明人間にでもなったような気分だ。

 俺はそのまま、ベランダに足を付ける。

 向こう側は繁華街になっている。即ち、歩くことの出来る広い通路があった。

 その路地目掛けて、狙いを定める。

 右足に力を入れる。


 そして――――跳んだ。


「ティシュティヤの風か……」


 ふと、背中からそのような声が聞こえてきた。

 俺はこの前世に対して何の影響も与える事は出来ないのに、運か何かが巡ってきたかと思ったのだろうか。

 残念ながら、俺はティシュティヤを救うことも出来なければ、ローウェンを救うこともできない。

 今の俺に出来る事は、まあ精々皆を応援することくらいだろうか。

 たった一人、現世に降臨した姉さんを除いては。


「ちょっ……純、速過ぎっ……。ちょっと怖いよ、これは……」

「頭がぶつからないように、引っ込めていてくれると助かる!!」


 杏月は身を縮めて、自分の身体が俺のシルエットの中におさまるようにした。ひええ、と時折怯えたような声も聞こえてくる。

 人一人背負っているというのに、俺は今やヴェルニカと同じ――いや、それ以上の速度で向かっていた。

 山の向こうに微かに見えたフィリシアを追い掛ける。あっという間に山頂まで到着し、更にその向こう側へ――……

 ヴェルニカを追い掛けていた時は疲労を感じたものだが、今回は全く大丈夫だ。速く走るということは、それだけ掛かる時間が短いということでもある。そのためだろうか。

 山の麓まで降りると、遠目に人影を発見した。緩く結った茶色の髪。間違いなく、フィリシア・ピリカだ。

 目指しているものは一つらしく、真っ直ぐに山の家を目指していた。


「……ローウェンを、追っているのでしょうか」


 ケーキが肩の上で、フィリシアをまじまじと眺めて言った。


「みたいだな。もうあれから時間が経っている、アッケンブリードまで辿り着いたとしてローウェンの居場所を特定することは難しいが……」


 フィリシアの歩く速度は、ヴェルニカに比べると遥かに遅い。それでも、人の歩行速度から考えるとかなりの急ぎ足であることが分かった。

 山の家まで辿り着くと、家の影から見覚えのあるシルエットが姿を現した――……


「おいで、パスカル。ごめんね、一人にしちゃって。もうご飯はなくなっちゃった?」


 言いながら、フィリシアは鞄の中から干し肉――と思われるものを取り出し、パスカルに与えた。パスカルは嬉しそうにそれにむしゃぶりついた。

 そうか。もしかしたらフィリシアは、あの後も隙を見てパスカルの面倒を見に来ていたのかもしれない。二人は晴れてティシュティヤの人間だから、パスカルをここに置いておく必要も今となっては無い、ということになるけれど――……

 フィリシアはパスカルが肉を食べている間に、柱に繋いでいる紐を解いていく。


「……パスカル。お姉ちゃんがね、初めて人を好きになったよ。でもね、その人はこれから、よその国で処刑されるみたいで……だから、協力して欲しいの。ローウェンの匂い、わかる?」

「ワン!!」


 ――――そうか、パスカルか!!

 犬の嗅覚があれば、ローウェンの居場所を特定することも可能かもしれない。考えたな、フィリシア。ローウェンの匂いをもしパスカルがもう分かるのだとすれば、パスカルはこれ以上無いほどの武器になる。

 フィリシアはパスカルを自由にすると、首に繋がれている紐を握った。

 パスカルは主人に尻尾を振って、元気に応答する。


「――行こ。今度は私達が、ローウェンを助ける番だよ」


 そう言って、歩き出した。


「……どうする、純?」

「決まってるだろ。後を追い掛けよう」


 アッケンブリードまでは、それなりに距離がある。あの鞄の中には、食料を確保してあるのだろうか。

 仮に辿り着いたとして、ローウェンが既にギロチンのような処刑道具で殺されているとも分からない。

 それでも、行くのか。

 ローウェンを、そしてティナを助けるために。

 杏月が俺の服の裾を、それとなく握った。


「杏月?」


 俺は聞いたが、杏月は答えない。

 やがて、消えてしまいそうな霞んだ声で、杏月は呟いた。


「……いや。……なんか」


 杏月にも、色々と思う所があるのかもしれないと、少し思った。


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