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ヤンデレ姉さんに○されたら考えるべき10のこと  作者: くらげマシンガン
▼第八章 俺と姉さんの過去について。
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つ『異国。脱走者。ルビーの瞳』 後編

 おっと、いけない。ローウェンが外に出てしまう。俺達も後を追わないと。俺は眠りこけている杏月を再び背負い、立ち上がった。ローウェンが外に出るに合わせて、ティナも家の外へと向かった。……送るつもりか。

 慌てて、俺も外に出る。フィリシアはベッドに座ったまま、俯いていた。

 ……まあ、ティシュティヤに取り入らなければ生きていく術が無かった訳だからな。それで姿を隠していたのだろうし……。そう思うと、少し不憫なようにも思えてくる。

 でも、殺されなかっただけまだマシだ。

 外へと出ると、ひんやりと冷たい夜の空気と、木々の香りが鼻をついた。ティナは扉を閉めて凭れ掛かり――危なかったな――ローウェンはティナを見ることもなく、歩いて行く。

 ……本当にこれで、終わりなのか?

 いや、そんな筈はないと思うのだが……


「――ローウェン様」


 ローウェンが呼ばれて立ち止まり、ティナの方へと振り返った。ティナは簡素なローブ姿で、ローウェンのマントを差し出した。

 ……そうか。湖で、ローウェンから受け取っていた。


「ああ、それか。良いよ、持って行ってくれ。寒い日にでも役に立てば幸いだ」

「分かりました。では、有り難く……」


 何だろう。お互いに、何かを言おうとして躊躇っているようにも見えた。ローウェンは何かを言おうとして、そして、それを止め――ティナに背を向けようとした。

 それは、一瞬のやり取り。二人は互いの顔を確認して、互いに何かを切り出そうとし、妥協した。少なくとも、俺にはそのように見えた。

 だが、ローウェンが背を向けた瞬間――ティナが胸の前で握った拳に力を込めた。


「お気を付けて――……」


 ティナはローウェンに、言った。

 多分、その一言がある種のきっかけだったのだろう。

 ついにローウェンは身体ごとティナに向き直り、微笑を浮かべてみせた。先程までの緊迫した空気と違い、至って普通で、穏やかな微笑みだった。


「どうしてだろうか――貴女を見ていると、覇気が鈍る」


 ティナは少しだけ、驚いたような顔をしていた。


「本当は、殺すつもりで来たんだ。戦神メビウスの理があるとはいえ、それを破る事件が起きた――貴女達のことだ。近隣も私達ティシュティヤもまだ、それを『御法度』だと思っている。だが、間もなく殺し合いにルールはなくなり、殺した者が勝ちとなる時代が訪れるのではないかと、そう考えていた」

「……聡明な判断だと、思います」


 だがそれをしなかった、ローウェンの、甘さ。

 そうか。どうにもぎこちないと思っていた。覚悟を持って出た割には話を聞くだけで終わったし、咎めもしない――何かが、おかしい。ローウェン自身も、そのおかしさに気付いていたのか。

 杏月が背負われている事に気付き、僅かに目を覚ます。目の前に居るティナとローウェンに目線が行き、意識がはっきりとしてきたようだ。


「その紅い瞳が、私を狂わせる」


 ローウェンはそっと、ティナの頬に左手を重ねた。

 ずっと、気になっていた。俺は一体、いつどのタイミングから姉さんの事を気にし始めたのか。

 あるいは、いつどのタイミングから姉さんは俺の事を好きになったのか。

 殆ど反射的に、あるいは本能的にとでも言うべきか。ローウェンとティナは、惹かれ合った。姿も形も違う俺のことを、姉さんが一発で探り当てたように――……

 理屈じゃ、ないんだ。

 改めて、そう思わせる。


「行って下さい。こんな所を誰かに見られたら、ローウェン様が咎められてしまいます」


 ローウェンはティナから手を離し、そして離れた。


「……せめて同じ国であれば。どうとでもなっただろうに」


 たった一言、ローウェンはそう告げた。恐らく、国の内部の人間であることが重要になる時代。まだ、小さな国なのだろう。ティシュティヤなんて国の名前は聞いたことがないから、遠い昔に歴史にも残らずに消えて行った国の名前か、或いは地球ですらないのか――……

 それは分からないが、その時その瞬間、確かにローウェンから苦しそうな声は聞こえた。

 走り去って行くローウェンの背中を、ティナは見詰めている。悲壮であるようにも捉えられるし、その火照った頬は愛おしい誰かを見詰めているようにも捉えられる。

 ただ一つ分かっている事は、二人は決して結ばれる事がない、ということで――……


「……なんか、な」


 確か、遠い昔に聞いたケーキの言葉では、俺と姉さんは前世で結ばれる予定だったと聞いた。だが、実際はどうだ。ティナとローウェンの間には途方も無い壁があり、永遠に結ばれる事は無いように感じられる。

 ローウェンがすっかり居なくなった頃、扉が開き、フィリシアが中から顔を出した。


「アッケンブリードの元関係者だという話は、しなかったんだね」


 そう、なのか? そういえば、戦争の敵対関係みたいな話はどこかで聞いた事があったような……。フィリシアの言葉に、ティナは両腕で身体を抱いた。

 虚ろ気な瞳で、機械のように呟いた。


「知られたら、殺されるでしょう。例え、逃げてきた奴隷だと説明したとしても」

「……まあ、ね。でも、それ以上に何か只ならぬ空気を感じたけど」

「フィリシア。やめて」


 ティナの言葉に、フィリシアは仕方なく笑った。


「……お姉ちゃんのあんな顔、初めて見たよ」


 フィリシアの言葉に、ティナは戸惑いを感じているようだった。

 そうして、二人は中に入って行く。俺と杏月はその様子を、ただ見守っていた。



 ◆



 その晩のやり取りが、ティナとローウェンの関係をどう変えたのか、それは俺には分からない。現代とは違って、あまり接触する事のないティナとローウェンの会話は短く、たったそれだけのコミュニケーションで心の内側を判断する事は不可能に思えた。

 だがきっと、少なくともローウェンの中には、何かの変化は訪れたのだろう。王宮に戻って行くローウェンの足取りは重かったし、俺が杏月を背負ってローウェンの背中まで追い付く事も、そこまで難しくなかった。山を抜け、王宮まで戻ると、ローウェンは自分の部屋に閉じ篭もり、じっと何かを考えているようだった。

 そして、朝――……


「……ん」


 目を開けると、美しく装飾された天井が見える。窓の向こう側はよく晴れていて、気温も丁度良さそうだ。

 どこかの部屋の中にあった毛布を避け、俺は起き上がった。家具はないが、ベッドを移動する訳にもいかない。拝借した毛布はどこかの使用人のものだ。少しだけ申し訳ないと思いつつ、背に腹は代えられない。

 隣で眠っていた杏月が、目を覚ました。結局昨日と同じ、俺はスーツに杏月は赤いドレス。

 意外と動き難いな、これ。干しておいた洗濯物は……お、乾いている。さっさと着替えよう。


「おはよ、純」

「おー、おはよ。杏月、服乾いてるぞ」

「あ、ほんと? 着替えよう」


 俺は杏月に背を向けて、着替えた。


「純、昨日のことさあ、どう思う?」

「……昨日のことって?」

「とぼけないでよ。あの瞬間に恋が芽生えたって事でしょ」

「……ん。まあ、そうだな」

「で、二人の恋はもう終わった訳でしょ」


 そう、なのだ。

 数日後、ティナとフィリシアの二人はティシュティヤでもアッケンブリードでもない、どこか遠くに身を隠す。ということは、ローウェンとの接触もこれまで、ということ。

 たったこれだけ、なのか? 既に二人の間は切れ、これ以上関係性が発展するとも思えない。

 わざわざ過去まで来て、確認するような事でも無かったって事になるじゃないか。

 ……本当に、そうなのか? これで終わり……?


「まあ、現実ってそんなもんじゃない? 国同士で戦争しちゃうような時代に、国際結婚みたいなものが成立するとも思えないし」

「……ま、そうだな。杏月の言う通りだと思うよ」


 ローウェンは、それからどうしているのだろう。

 俺は空き部屋を出て、隣のローウェンの部屋に入った。ローウェンは……いた。前と同じように革の椅子に座って、何かを書いている。……何を書いているんだ? 仕事の関係かな……

 そっと近付いて、その紙切れの正体を見た。

 見たこともない文字だったが、その文字の内容は自然と頭の中に入ってくる。『宝石族』との交友と、その人権の確保について……?

 そこまで書いて、ローウェンはその紙をくしゃりと手で握り潰した。


「馬鹿か、私は。宝石族は絶滅したと言われているんだぞ。うっかり発見してしまったとでも公開するつもりか……!!」


 ……なるほど。

 ティシュティヤの中で、異国の人間をみだりに領土に入れる事は恐らく、禁じられている。ならばそのルールから変えてしまえば、ティナとフィリシアの二人もティシュティヤで生きることが出来るという訳か。

 でも、そう簡単にはいかない。その理由は、既にローウェン自身が理解したようだった。


「第一、私が彼女らを助ける義理も道理もない。……見知らぬ二人の人間のために、ティシュティヤ全体の規律を変えるわけにはいかん」


 そりゃあ、そうだ。

 夜通し考えていたのか。随分と憔悴しているように見える。それほどまでに、ティナと出会ったことがローウェンにとって大きな出来事だったのか。平静を装っていても、やっぱり態度は違っていた訳だしな。

 その時、ノックがした。扉越しに、可憐な声が聞こえてくる。


「お兄様、朝食の準備が出来ました」


 立花もどきだ。


「……ああ。今行く」


 ローウェンは立ち上がり、部屋を出て行く――俺達も飯にするか。


「……あれ?」


 と思って部屋の中を見回したが、杏月がいない。あいつ、いきなりどこに消えたんだ……? 常に一緒にいないと駄目だって言い出したのは、杏月の方じゃないか。

 頭の上にはケーキが居る。俺は目線を上げて、俺の頭の上で正座をしているケーキに声を掛けた。


「なあ、杏月知らない?」

「まだ、空き部屋の方で待ってるみたいでしたよ」


 そうなのか。もしかして、二度寝でも始めたのだろうか……。俺はローウェンの部屋を出て、隣の空き部屋の扉を開けた。

 そこでは杏月が新しい青と銀のドレスを着て、携帯電話のカメラを自分に向けて写真を取り、俺は杏月を殴った。


「いたい!!」

「何してんの!?」

「いや、私の服はまだ乾いてないみたいだったから、今日はどんなドレスにしようかと……」

「流石に二着目はリオルが困るだろ!!」

「大丈夫、そう思って使用人さんの部屋から持って来たから!!」


 全然大丈夫じゃねえ!!

 杏月は目を輝かせて、どこからか持ち出した鏡を前にポーズを取っていた。それもどこから持ってきたんだ。


「ねえ、どう? 良い感じ?」


 ……まあ、この時代の服なんてこんな機会でも無ければ着ることも無いだろうし、杏月にとっては奇跡的体験とも言える訳だしな。

 鮮やかに装飾された、とても実用的とは言えないドレスを着た杏月を見ながら、俺はそう思う。


「まあ……良いんじゃないの。行こうぜ」

「反応うすいよ、純」

「後でちゃんと返せよ」

「赤いのはもう返したってば」


 やれやれだ。

 さて、ローウェンはどこに行ったかな。俺は杏月の手を引いて部屋を出た。確か朝食の準備がどうだと言っていたから、食堂のようなものがあるのだとすればそこだろうが――使用人と同じ飯を食べているとは思えないし、何か特別な部屋があるものだと考えた方が自然だろう。


「杏月、これからどっちを見る?」

「どっちって……ローウェンと、姉妹?」


 俺は頷いた。赤い絨毯が敷き詰められた廊下を黙々と歩き、食堂らしき場所を探しながら、俺も考える。

 これ以上接触があるとも思えないのだが、どちらも観察していたいのだ。或いは、これから何らかの事件が起こるとも限らない。事件が起きた時に真っ先に関係しそうなのは、やはり絶滅した種族と言われるティナとフィリシアの方、か?

 杏月はうーん、と唸って、俺の問いかけに答えた。


「ローウェン?」


 おお、俺と回答が違う。


「その心は?」

「いやー、政治的に考えたら、社会的地位の高い人を追い掛けた方が懸命かなって」


 ……なるほど。流石は杏月。

 じゃあ、そうしてみるか。ふと長い廊下の向こう側に見える突き当りの扉に、白い服を着た男が料理を持って入って行く様子が見えた。おお、あれじゃないか。

 ケーキが尖った耳をぴくぴくと動かして、怪訝な瞳で廊下の向こう側にある扉を見詰めた。


「……何か、揉めているみたいですね」

「聞こえるのか?」


 ケーキが頷いた。揉めている? 何だろう。何かあるのか……?

 赤い絨毯を軽く蹴って、小走りに扉へと近付いた。近付いて行くごとに、俺は耳を澄ます――何だ? 確かに、何かを焦ったような声色で話しているような気がする。片方はローウェン……?

 まさか、何か問題があったのか――……?

 扉まで辿り着くと、先程入った白い服の男が出て行く。その隙を見計らって、俺は扉の向こう側に身体を潜り込ませた。


「――本当か」


 杏月も俺に付いて来た。扉の向こう側には、ローウェンとリオル、国王と思われる男。それともう一人……皆一様に、扉の近くに立っている男を見ているようだった。男はいつだか出会った門番のような格好をしていて、まるで今、部屋に入ってきたかのように見えた。

 慌てたように両手を不規則に動かし、男は言った。


「はい。確かに、引き返している途中のようです」


 ……何だ? 話が見えないな。ローウェンと男の間で、その手前にどんな会話があったのか――推測できると良いが。


「なんてことだ……」

「引き返したのなら良いじゃないですか、お兄様。おそらく、こちらに突入するまでのルートを探しているのでしょう。互いの定める決戦までは、まだ時間がありますから」


 リオルがそう言ったが、ローウェンは首を振った。何だ……? 何を考えてる……

 引き返している途中? ティシュティヤに突入するまでのルート。決戦の日……


「ティシュティヤの領土に侵入してくることは、認められていない」


 ――そうか、アッケンブリードの人間がティシュティヤの領土に侵入したという報告を聞いた、そんなところか?

 杏月が何かの確信を得たような顔で、俺の袖を引いた。杏月に向き直ると、杏月はその達観した眼で俺に頷いた。


「純、確か二人って、元アッケンブリードの」


 ――――奴隷。

 ローウェンはその言葉を聞いていない。だから二人がアッケンブリードの関係者だという話を、ローウェンは知らない。

 それでもローウェンは立ち上がった。食事中だということにも構わず、王に頭を下げる。……追い掛けるのか。アッケンブリードが『宝石族』を見たらどう思うだろう、などと考えているのかもしれない。

 確かに、珍しい。そして、壊れてしまった種族だから恐らくルールもない。捕らえられても、文句は言えないのかもしれない。

 そして実際は逃げ出した奴隷という、捕らえられるべき理由がちゃんとある。ローウェンの行動は、奇遇にも当たっていたのだ。


「……少し、様子を見てきます。決戦の前だ、おかしな行動は取られたくない」


 王は頷いた。ローウェンは急ぎ足で、部屋を出て行く。

 ここは、追い掛けるしかない!


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