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ヤンデレ姉さんに○されたら考えるべき10のこと  作者: くらげマシンガン
▼第八章 俺と姉さんの過去について。
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つ『遥かな出会い』 後編

 ふと、聞き覚えのある声が部屋に響いた。俺は思わずぎょっとして目を見開いてしまい、声の主を探してしまう。

 ――そんな。まさか。……この場所に、居るはずがない。

 姉さんやフィリシアとは対照的な、高貴で可憐とも言えるフリルのついた可愛らしいドレス。きらきらと陽の光に照らされて輝く、ウエーブが掛かった金色の長髪と赤いリボン。


「立花――!?」

「えっ!?」


 俺の呟きに、建物の装飾を見ていた杏月が何事かと振り返った。

 ……いや、違う。似ているが、別人だ。立花の髪はこんなに金色ではないし、瞳の色は青くない。

 だが――似ている。そっくりだ。

 立花もどきはローウェン――俺に向かって走って来る。長いスカートの裾を掴み、上品に、だが無邪気に。天窓から漏れる明かりに照らされて、その表情はコントラストを強くした。

 ローウェンと二人立っている様は、美しい絵画か彫像か何かのようだ。この、赤い絨毯の広間で。


「お帰りなさいませ、お兄様」

「ただいま、リオル。何か事件はあったか?」

「いえ、特に何も。それより、アッケンブリードの件は……」

「ああ。少し、奥で話そう」


 リオルと呼ばれた――立花の肩を抱いて、ローウェンは歩いて行く。杏月が眉根を寄せて、薄く双眸を開いて二人の背中を見詰めていた。あまりに似過ぎているからだろう、ケーキも固唾を呑んでその様子を見守っている。


「りっちゃん……よね」

「そうとしか見えない……」


 ……いや、見守っている場合じゃない。追い掛けないと。

 仲睦まじげなキョウダイと言ったところだが、あれが本当に前世の立花なら、それは凄まじいことだ。……なんというか、強力な因果のようなものを感じる。

 はは、因果か。まさに、予め決められている配置。完全であることがこの世の道理であって、それに抗う事は出来ないと言われているみたいじゃないか。

 俺の知らない所で、知らない俺が知らない事を行っている。

 その光景を前にして、俺は。


「確かに似てないと思ったけど、純もそうでもないわよね」

「え? そうか? 俺は全然似てないと思うけど……」

「ほら、顔立ちとか。筋肉に隠れてはっきりしないけど、顔の骨格はすごく似てるんじゃないかな」

「気のせいだろー……」


 広間を抜けて、廊下に出る。廊下の左右にはいくつもの扉が並んでおり、何人もの使用人がその王宮で働いているようだった。道中綺麗なスーツの男等――と言っても、現代とは随分様式の違う、蝶ネクタイと合わせて着るもののようだが――とも擦れ違い、文化の違いを感じさせた。

 廊下の奥には、更に階段が。……よく把握できるな、こんなに広い建物の間取りなんて。

 ローウェンは耳打ちをするように、リオルに近付いた。俺も二人と距離を詰めて、言葉を聞き漏らすまいと動いた。


「アッケンブリードは、正式に我々に宣戦布告してきた。……最早、争いは逃れられないだろう」

「そうなのですね……」

「リオル。この事は、まだ誰にも言ってはいけない」

「勿論です、お兄様」


 しかし、お兄様……。お兄様、ねえ。

 当時の様子は知らないけど、今の立花に「お兄様」なんて呼ばれた日には、俺はデレデレだろうなあ……。そう、昔の杏月のような……


「……純、今りっちゃんが妹だったら良いなって思ったでしょ」

「お……思ってねーよ」

「何だあ!? 私じゃ駄目ってのかこのやろー!!」

「誰も駄目とは言ってない!!」


 何故か喧嘩をする俺達だった。

 しかし、フィリシアもあんなに清楚な雰囲気のある女性だったのだ。杏月だって、今からでも頑張ればまだ遅くはない――

 俺は杏月の肩を掴み、頷いた。


「……な、なによ」


 気味悪がられただけだった。


「お二人共、この広い王宮でローウェンさんを見失ってしまいますよー」


 ケーキに窘められて、俺は振り返った。……いかん、突き当たって左に消えてしまう。俺は杏月の肩を離し、慌てて二人を追い掛けた。


「何!? 何なの!?」


 ちょっと杏月と遊び過ぎた。俺は赤い絨毯の上を走り、ローウェンとリオルの消えていった廊下の突き当りまで走った。

 窓枠まで装飾されているのかよ……。徹底してるな……

 俺は突き当りまで走ると、左を振り返った。

 ――――いない。

 遅れて、杏月が小走りで駆け寄ってくる。


「あんた、あの山道を登って降りた後で、よくそんなに走り回る元気があるわね……」


 杏月はかなり、疲弊しているようだった。俺は何回も死んだことによるアドバンテージがあるから、その差はある程度仕方が無いのかもしれない。

 居ないということは、どこかの部屋の中に入ったということだ。俺は廊下を見回し、扉を探した――今までの廊下とは違い、この通りには扉が一つしかない。

 扉が一つしかないということは、つまり部屋の中がとても広いということ。それはつまり……位の高い人間の部屋である可能性が高い、ということだ。

 俺は扉の前に立ち、扉と背中合わせに立った。


「……どう?」


 杏月が駆け寄り、俺に聞く。俺は頷いた。


「扉の近くに居る感じじゃないな。……開けるか」


 ドアノブに手を掛け、そして――ノブを回す。

 慎重に扉を開くと、部屋の内装が目に入ってきた。リオルは天蓋ベッドに座って、足をバタバタさせている。真紅の絨毯は市松模様に変わり、装飾は豪華だが内容物は少なく、ベッドにクローゼット、テーブルの上に羽根ペン、革製の椅子があった。

 旧式で電動ではないと思われるが、時計のような存在もある。時刻は――果たして俺達の時代と同じ見方が通用するのかどうか分からないが、十七時を指していた。

 確かに、外はもうじき暗くなるだろうと思わせる――……太陽の光が傾いて、赤みを帯びてきた。ローウェンは革の椅子に座っているので、俺はソファーの方に陣取った。


「ねえお兄様、隣の空き部屋、私が使っても良いでしょうか? 今の部屋、少し小さくて」


 ローウェンはじっと考え込んでいた。リオルは不思議に思ったのか、丸い瞳でベッドから立ち上がり、ローウェンに近寄った。


「……お兄様?」

「あ、ああ。問題ない。使って良いぞ」


 空き部屋か。……すぐに移動する事はないだろうし、今夜の寝床にさせてもらうか。


「どうかしましたか?」


 リオルの問い掛けに対し、ローウェンはテーブルの上で両手を合わせ、指を組んだ。


「……リオル、アッケンブリードに向かう山の途中に小さな小屋があることは知っているか」

「ええ、過去の英雄で、王様の古き友人が住まわれているという――。名を確か、タンド様と仰ったような」

「そうなのか? どこで聞いた」

「何時だったでしょう……かなり昔の話なので。噂を嫌う方でしたから、特に話題にもなりませんでしたね。でも、彼がティシュティヤに来る時だけは、西門の方を開けるそうですよ」


 そうか。山奥に住んでいた二人のことを、ローウェンは記憶していたんだ。確かに、顔を隠して山奥に身を潜め、この国の領土のギリギリの所で生きている人間の事は、見てしまえば気になるものかもしれない。

 ローウェンは指を組んで、じっと何かを考えていた。


「……ということは、娘が居てもおかしくはないか」

「お兄様?」


 くりくりと愛らしい瞳で、ローウェンを見詰めるリオル。その様子に、ローウェンは苦笑して答えた。


「いや、いい。こちらの話だ」


 その時、扉がノックされた。扉の近くで様子を伺っていた杏月が仰天して、素早くその身を部屋の隅へ隠した。


「ローウェン様。湯浴みの支度が済みました」

「ああ。向かう」


 立ち上がり、ローウェンは部屋を出て行く。リオルも後に続いて、杏月の横を擦り抜けて外へ――……

 杏月はその様子を眺めていた。杏月が背にしているクローゼットと、俺を交互に眺め……何か、企んでいる顔だ。と思っていたら、こちらに走って来た。


「純! もしかしてこれ、私等もお風呂に入れるぽくない!?」

「え? ……風呂?」

「もう何日も入ってないでしょ。入ろうよ!」


 ……そういや、ちっとも気にしていなかったけどそうか。あまりに異次元の展開が過ぎて、そんな事すっかり忘れていたよ。


「……でも、替えの服とかないだろ」

「りっちゃ……リオルが部屋に戻ってくみたいだし、私そこからくすねる」

「くすねるってお前……」

「大丈夫だって! 一番使わなさそうな地味なやつ選ぶし、どうせバレないんでしょ!? 入ろうよ!! 風呂!! 入るの!!」

「わかったわかった。んじゃ、行って来いよ」


 俺が手を振って答えると、杏月はぶっきらぼうに言った。


「私がお風呂に入って事故に遭ったら、純はどうするのよ」

「……えっ」



 ◆



 風呂はとてつもなく広い。女神の像と思わしき建造物もあるし、全く別次元だ。シャワーは勿論無いが、この広さは圧倒的な開放感だった。

 使用人との風呂は分けられているのか、そのだだっ広い風呂にローウェンは一人。そして、そのすぐ近くには気持ち良さそうに伸びをして、湯船に浸かる女の姿が――……


「はー、ごくらくごくらく」

「お前は女湯に行けよ!!」


 俺が握り拳を構えて言うが、杏月は何も気にせずに俺の腕に身体を絡めて、艶っぽい声で言った。


「今の私が頼れるのはー、純だけなのよ? だから、当然でしょ?」


 くっ……。計算された反応だと分かっているのに、身体が……


「くふふ。照れちゃって、かわいー」

「うるさいうるさい!! 俺はそういうのは苦手なの!!」

「そうだねー。昔から苦手だったよねー、純は。うりうり」


 ……駄目だ。完全に愛玩モードに入っている。俺は杏月に頬を突付かれながら、まあ確かに誰にも発見されない今の状況では一人よりも二人の方が良い、と考え直す事にした。

 しかし、片時も離れないというのはつまりプライベートも何も無いということで、それはそれで良い事だとも言えないのだが……


「ねえねえ、吊り橋効果とかあるかなあ」

「ないっ!!」

「えー」


 その時、ローウェンがふと微笑んで、言った。


「賑やかだな」


 ――――えっ!?

 俺と杏月は咄嗟に行動を止め、二人で硬直したまま、ローウェンの様子を伺った。俺の頭の上に居たケーキも、何事かと目を丸くしてローウェンを見ている。

 ローウェンはぼんやりと俺達を見詰め、そして――……


「城下町がこれだけ栄える街など、近隣では珍しい。人々の声がまるで小鳥のさえずりのようではないか」


 ……って、

 独り言かよ――――!!

 ドキッとさせるなよ!! 心臓止まったかと思ったじゃねーか!!

 無駄に息を荒らげて、俺と杏月はどうすることもできず、ローウェンに気付かれていない事に安堵するばかりだった。

 ローウェンは俺達ではなく、ぽっかりと空いている外の景色を眺めて言ったようだった。柵に囲まれてはいるが、外は確か酒場のエリア。人々の笑い声が俺達の耳にも聞こえてくる。

 ふと、ローウェンは検相な表情になった。唇を真一文字に結び、何かを覚悟した様子で腰を上げる。

 俺は杏月の目を覆った。


「――守らなければならぬのだ。例えそれが、どんな野兎一匹の企みであろうと」


 そのように呟いて、ローウェンは風呂場を出て行く。

 何だ……? 今の台詞、アッケンブリードとの戦争についてか? ……いや、それにしては、野兎一匹っておかしいような……。

 俺も立ち上がり、ローウェンの後を追う事に決めた。


「純? どうしたの?」

「ちょっと、ローウェンの後を追い掛けてみる。杏月は疲れてるだろうから、リオルの隣にでも居てくれ」

「まっ……待ってよ!! 私も行くよ、置いて行かないで!!」


 ……大丈夫か? 既に疲労はピークに達しているようだったし、あまり無理をさせたくないが……。しかし、この誰にも発見されない世界で一人では不安だという思いがあるのかもしれない。

 俺は頷いて、杏月を背負っていく事に決めた。


 ローウェンは俺の予想通りというのか、すぐに武装して人知れず、王宮を出た。俺は頭の上にケーキを、背中に杏月を背負い、山道を駆け抜けていくローウェンの後を追う。

 杏月はリオルのクローゼットから合ったドレスを手に入れたようだったが、俺はローウェンの服なんて合いっこない。仕方が無いので、使用人の部屋からスーツと思わしき洋服をいただいた。

 お陰で黒のタキシードのようなスーツと赤いドレスという、社交ダンスにでも行くのかと言ったような格好で山道を走る俺達だった。


「……いくらバレないからって、真っ赤なドレスはどうかと思うぞ。杏月」

「今の服が乾いたら、ちゃんと返すってば」


 ちなみに今まで着ていた服は適当に洗い、リオルが後日使う予定の空き部屋に干してある。

 この道。間違いなく、あの二人――姉さんとフィリシアの所に向かっている。昼間では同じように対応されるだけだと見ての、単独行動。あの白馬――ヴェルニカとか言ったか。馬を置いてきた所から見ても、隠れて行動していることが良く分かった。

 それが証拠に、足音を立てないように相当意識して走っている。


「むっ……」


 ふとローウェンは立ち止まり、辺りの気配を伺っているようだった。何だ……? 俺には何も分からなかったけれど。

 ローウェンは剣の柄を握り、山奥へと入って行く。俺も杏月を背負ったまま、草むらへと入った。

 それにしても、この真っ暗闇にランタンひとつで、よく転ばずに山道なんか歩けるな……。この辺りの地形を把握しているのか、どうなのか。俺達はローウェンの後を追いかければ良いだけだが……。

 ――あ。今度は、俺にも分かった。水の音がする。

 それも、川の流れとは少しだけ違うような――……。

 自然と、耳を澄ました。ローウェンは木の影に隠れ、様子を伺う。きっと、すぐ近くに川か湖があるのだろう。

 俺は隠れる必要がないので、そのまま直進した。遅れてローウェンも、木の影から顔を出す。


「――――あれは」


 黒い髪に、真紅の瞳。表情は険しく、月明かりに反射して素肌が光って見える。

 ――姉さん。


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