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ヤンデレ姉さんに○されたら考えるべき10のこと  作者: くらげマシンガン
▼第八章 俺と姉さんの過去について。
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つ『ティシュティヤの騎士』 後編

 ともあれ、俺、杏月、ケーキと揃ったし、ここが前世であることも分かった。俺達がケーキと似たような存在だということは、多少派手に動き回っても何も言われないということだ。そうと決まれば、今ここが何処なのかを早急に知っておく必要があるな。

 扉が開いた時に、中に入っておけば良かった……。いや、ケーキと同じ存在なら、扉を開けてもバレる事はないか?

 向こうが存在を知っていなければ、俺達を気にする事が出来ないんだよな。

 俺はパスカルの頭を撫で、立ち上がった。


「いいか、お前の主人に俺達の事をバラさないようにな」

「ワン!!」


 ……分かっているんだか、分かっていないんだか。


「ふん、ふんふん。ふんふんふん」

「ワン?」


 ――なん、だと!? ケーキがパスカルと会話をしている……!!


「ワン! ワン?」

「ですよ」

「ワン」


 意外な所で思わぬ力を発揮するケーキ。その能力、神の使いに必要なのか……? まあ、無いより良いが……。

 パスカルはケーキにひとつ頷くと、そのまま木造の家に向かって走って行った。


「……何て言ったの?」

「私達のことは、他の誰にも秘密ですよーって」

「あ、そう……」


 杏月も腑に落ちないようだった。まあ、神の使いたるもの人間以外の生き物とも疎通は取れなければいけないという。そういう事なのだろうか。

 ケーキは人差し指を立てると、俺達にウインクした。


「別に、声を出す必要はなかったのですけどね。お二人も、パスカルと意思疎通する事は可能なはずですよ?」

「え? そう……なのか?」

「はい。今の純さんと杏月さんは、言葉の枠を外れる事ができていますから。それが証拠に、フィリシアさんが何を言っているのかも分かりますでしょう?」


 ――あ。確かに、そうだ。

 全く意識していなかったけれど、当然日本語で話されている筈がない。ということは、その気になれば俺も色々な言葉を話す事が出来るということか。


「……つまり、あれか。俺達は今、『人間の身体』っていう枠を飛び越えている、と考えても良いってことだよな」

「仰る通りです。その身体は、恭一郎さんがお創りになったもの――真っ暗な空間に居た時です」


 ほお、あの時に。なるほどね。

 最早親父については、俺も何も突っ込むまいが……。一つだけ、気になる事があった。


「……じゃあどうしてケーキは、パスカルの上に居たのよ」


 そう、それだ。


「いやあ、実は私、風で流されてしまいまして。頑張ってお二人を呼んだんですけど、努力も虚しく私は街の方に……たまたま、山へと入っていくフィリシアさんが見えたので。付いて行きました」

「……わざわざ酔ってまで、犬に?」

「飛んでも間に合わなかったんですよ。だから、しがみついて行こうかと」

「……フィリシアの肩に乗れば良くね?」

「はうっ!?」


 ……本当に、相変わらずだった。

 さて、俺達もそろそろ出て――いや、待て。

 緩みかけた意識を再び張り、俺は杏月とケーキを左手で制した。二人も気付いたようで、その足音に身を縮める。

 今出て行ったら、危険だ。何故なら、その足音は人のものではなかったから。

 規則正しい、蹄の音が聞こえてくる。恐ろしいスピードで近寄ってくるそれは、おそらく馬。


「うわお……」


 杏月が感嘆の声を漏らした。

 遠くから近付いて来たそれは、白馬だった。見目麗しい真っ白な毛並みに、頑丈そうな蹄。白馬は飛び跳ねるように走って来ると、木造の小屋を発見する。


「ストップ、ヴェルニカ」


 頑丈そうなアーマーに身を包み、馬から降りた男がヘルムを外した。

 白馬の上には、人間が乗っていた。茶髪に蒼い瞳を持ち、屈強な身体を持った男性――これまた西洋系の顔立ちで、彫りが深い。男の声を聞いて、ヴェルニカと呼ばれた馬が唸り声をあげて、野道に立ち止まった。

 後から数名の男達が、同じように馬に乗って現れた。彼等は皆一様にヘルムを被り、それなりに武装して――見る限り、先頭の白馬に乗っている男がリーダーなのだろう。


「なんか、純に似てるね……」

「はあ? ……どこが?」

「いや、なんていうか雰囲気というか」


 ……似てるかあ? フィリシアはまだ、杏月に似てるようにも見えたけれど……こっちは別人だろ、別人。

 白馬から降りた男は暫し、その木造の家を眺めていた。物珍しそうに、辺りを歩き回っている――……あれ、裏側に行っちゃうぞ。


「純、追い掛けよう」

「出て行くわけに行かないだろ」

「大丈夫よ。ケーキみたいに、周りからは見えないんでしょ」


 杏月がそう言うと、ケーキが頷いた。

 ……やれやれ。まあ、馬に蹴飛ばされて誰にも気付かれずに死ぬっていうエンドはもう無いので、まあいいか。

 そう、誰にも発見されないということはつまり、誰かに意図せず殺されても誰にも気付かれないという事なのだ。

 俺と杏月は立ち上がり、木の影から出た。……おや? 向こう側に走って行ったパスカルの唸り声が聞こえる。それも……警戒しているような。


「待て待て、用心棒か? 俺は悪い奴じゃない」


 家の裏から、再び男が顔を出した。見れば、パスカルは今にも飛び掛かりそうな様子で男を睨み付けている。すぐに玄関扉の前に走り、扉の前で壁となった。

 この動き、中に居る二人を守ろうとしているのか。

 男はほう、と頷いて、下顎を指で撫でた。


「……住人つきか」


 男はノックをしようと試みるが、パスカルが行く手を阻む。


「ワン!! ワンワン!!」

「おいおい、何だよどうした。腹減ってるのか?」


 男は馬に括り付けた袋から……パンだ。パンを取り出すと、パスカルに向かって差し出した。


「こっちも食糧難だけど、お互い様だからな。まあ、ひとついってくれ」


 パスカルは匂いを嗅いで――そして、顔を背けた。その様子に、男が苦笑する。


「つれないな」


 後ろに居る男の仲間と思わしき人間達は、ヘルムを取ることもなく、馬の上に乗ったままだ。全く動かない所を見ると、相当訓練されていることが分かる。

 男はパスカルが居る限り扉をノックする事は出来ないと知ったのか、その場で声を張り上げた。


「ティシュティヤの者だ!! 中に人が居るなら、出てはくれまいか!!」


 ティシュティヤ……男の住んでいる国の事か。腹から声を出し、その音は大きく響いて山々に木霊する。だが、中に居る二人が出て来る気配はない――……

 男は溜め息を付いて、踵を返して白馬に乗った。


「どうしましょう、隊長」

「留守かもしれないな。中に何があるのか知らないが――全く、大した騎士だよ」


 パスカルを見て、男は微笑した。

 男が白馬を走らせようとした瞬間だった。先程まで無視を決め込んでいた扉が少し開き、中から――どっちだ? 姉さん? フィリシア?

 ――いや、フードを付けている。それがどちらかも良く分からない。どうしていきなり、ローブのような上着を羽織っているんだ……?


「良かった、住人が居たか」


 男が安堵して、再び白馬から降りる。俺は二人にそっと近付いて、フードの向こう側を確認した。

 赤い瞳。……姉さんか。男からは見えないだろうけど。


「何用にございますでしょうか?」


 声はひどくトーンを落としたものだった。本人だとは思えない、不自然な声だ。中身が自分だと知られたくないのか――……全く本人とは思えない徹底ぶりだ。

 この二人、訳ありか。


「近々、ティシュティヤとアッケンブリード間で戦争が行われる可能性があると、聞いたことはあるか」

「……はい。風の噂ではございますが」

「この通りはティシュティヤとアッケンブリードを繋ぐ一本道。この場所は危険だ、別の場所に避難した方が良い」

「心得ております。どうぞ、お引取りを」


 男は姉さんが拒絶していることからだろう、苦笑してヘルムを前に、一礼した。合わせるように、フードを被った姉さんも頭を下げる。


「この場所はティシュティヤの領土とはいえ、街から遠く離れているだろう。何故このような場所に拠点を構えるのか、何か理由があるのか?」

「あまり、都会の喧騒を好まないもので」

「……そうか。余計な事を聞いてしまって、すまなかった。騎士団のローウェン・クラインだ。もしも王国に不都合があるなら、私に教えて欲しい」

「有難き幸せ。ですが、ご心配なさらぬよう」


 姉さんは再び頭を下げて、扉を閉めた。ローウェンと呼ばれた男は、暫くその扉を眺めていた――――

 ――って、ローウェン!! マジかよ。あいつ、俺なのか。いや、さすがに似てなさすぎる。同名の別人なのではないだろうか。

 白馬に乗ったローウェンは、手綱をしっかりと握った。


「ハッ――――!!」


 後ろの仲間と共に、風のように去っていく。

 ……王国の騎士団? 確か、ローウェンはそのように言っていたよな。ということは、あれは騎士の集団ということか。

 近々戦争が起きるということは、もしかしたらその関係で動いている最中だったのかもしれない。

 ローウェンを追うべきだったのか、この二人を見るべきだったのかは少し悩み所だが。もしもあのローウェンが『俺』だとするなら、まだ接触の機会はあるはずだ。

 まだ、姉さんとローウェンは恋に落ちていないのだから。


「……あ」


 杏月が気付いて、姉さんを指さした。いつの間にかフードを外していた姉さんは、去っていったローウェンの道を見詰め、不安そうな表情を浮かべていた――……。



 ◆



 フィリシアと姉さんの部屋は簡素な創りで、ほとんど木のテーブルと椅子しかない。ベッドも硬いマットレスのようなものがあるだけで、上に乗っている毛布もまた、薄い。今は良いが、冬場は寒そうだ。

 電灯もないので、夜は真っ暗だ。月明かりが照らしているが、これではほとんど身動きも取れない。ランタンに灯された明かりだけが唯一の頼りで、俺と杏月はその明かりの近くで両足を抱えて座っていた。


「……意外と肩身狭いな、この身体」

「だね……」


 寝る時とか、どうするんだろう。床に雑魚寝か。冷たそうだが……


「私の気持ち、分かりましたかー?」


 ケーキが得意気に胸を張った。少しイラッとしたので、俺はケーキの頭を軽く叩いた。

 お前は俺のベッドで普通に寝てただろうが。

 しかし、俺達もケーキくらいのサイズだったら、寝る場所にも困らなかっただろうに……。いや、もしかしてこの身体なら寝なくても大丈夫だったりするんだろうか。メードバイ親父らしいし、もしかしたらそこは……


「純、おなかすいたよ!!」


 ……腹は減るんだから、そんな筈はない。


「一応、簡単なものだったら私の能力でも作れると思いますけど……何か食べますか?」


 おお!? ここに来てケーキ同伴という事に意味が生まれた!!

 杏月が頬を膨らませて、ケーキのこめかみを小突いた。


「そういうこと、出来るなら、さっさと、やりなさい、よっ!!」

「あうあうあう」


 杏月はずっと腹が減ったと言ってたもんなあ。

 ケーキは得意気な顔のままで、人差し指を立てた。……おお! シルク・ラシュタール・エレナのように、淡い光がケーキの指先から漏れる!!

 これはちょっと、期待できるかもしれない――――


「はい、どうぞ!」


 ……なんか、黄色い箱が出てきた。

 え? これ、もしかしなくても……カ○リーメ○ト……?


「何故……」

「あ、ゴミはこちらにお願いしますねー」


 ……今度はスーパーのビニール袋らしきモノが出てきたぞ……。

 杏月も喜びと言うよりは、訝しげな顔をしてケーキを見ていた。


「なんか、普通にパンとか無いの……?」

「自慢ではないですが、私現世に来てから、この手の栄養食にハマってしまいまして! ごはんはこればっかりでした!」


 それは身体に良いのか……? この手の健康食品って、それだけ食べていれば健康って訳では無かったような……。いや、そんな事は無い。栄養が偏って、間違いなく身体を壊す方だろう。

 杏月は気落ちした表情で、バランス栄養バー的な食べ物の包装紙を開けた。


「無いより良いけど、カレーとか……が良かったなあ……」

「私、味音痴なのでそれは無理です」

「いや、こっちの方が余程難しいでしょ!?」


 ……意外ときついかもしれないぞ、前世の旅。

 大丈夫か、こんなんで……。


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