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ヤンデレ姉さんに○されたら考えるべき10のこと  作者: くらげマシンガン
▼第八章 俺と姉さんの過去について。
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つ『ティシュティヤの騎士』 前編

「こっちおいで、パスカル」


 杏月のスカートを引っ張っていた大きな犬は山中で娘に呼ばれ、頑なに咥えていたスカートを離し、娘と共に走り去って行く。俺と杏月はその様子を確認し、パスカルと呼ばれた犬の後を追った。

 一体何の因果か、家のアフガンハウンドと同じ名前だ。姿形こそ違うが、あの人懐っこさは印象を重ねる何かがある――パスカルの事を呼んだのは、声色からすると娘のようだった。曲がりくねった木々を潜り、俺と杏月はパスカルの後を追った。

 盛り上がった木の根に足を引っ掛けそうになりながらも、どうにか転ばずに進む。杏月なんてスカートなんだから、もっと大変だ。素足が虫に刺されなければ良いが。


「パスカル……って、偶然かな」


 杏月は訝しげな顔をして、俺にそう問い掛けた。……いや、聞かれた所で俺に答える手段などないのだが。

 山道を歩き慣れた犬のようで、その姿はすぐに遠ざかって行く。いや、ちょっと待ってくれよ!! まだ人には見付かりたくないが、人は見付けたいんだ!!


「パスカルッ……」


 娘には聞こえないように、しかしパスカルには聞こえて欲しいという願望から、その声は随分と中途半端な声量となってしまった。

 まだ、娘と思われる声の主が俺達にとって安全とも、危険とも言えないのだ。

 不意に、パスカルの背中と思わしき部分が太陽の光にさらされた。眩しさに、一瞬目を閉じてしまう。

 何だ……? 今、太陽の光に何かが反射したような……。犬の背中なんて、ガラスでも括り付けていなければ反射はしないだろうに。

 程なくして、パスカルは草むらに飛び込み、姿を消した。何かから降りたように思える。何だ? 近くに崖か何かでもあるのか……?

 俺は後ろを振り返り、杏月の存在を確認した。やはりスカートが邪魔なようだったが、どうにか付いて来ているようだ。


「すぐ近くに人、居るかも」

「マジで――!?」


 先程まで、どこか影が落ちていた杏月の表情が明るくなる。食料も水も無い場所に突如として放り投げられた事の不安は、相当なものだっただろう。

 しかし、まだ安堵するには早いのだ。相手が何者なのかも、俺達にとって安全なのかどうかもわからないのだから。

 パスカルが軽くジャンプした辺りまで走り、俺はそこから先を慎重に確認した。


「ワン!! ワン!!」


 ――おお。

 どうやら、下はいくらか踏み均された、歩き易い山道になっていたようだ。やっぱり、俺達の居た場所は人が歩くような場所ではなかったか……。

 人が降りるにはそれなりに苦労しそうな下り坂の向こう側で、パスカルが飛び跳ねながら俺の方を向いていた。……やはり、飛び跳ねる度に何かがちらつく。何だ、あの小さいのは……? 毛に隠れてよく見えない……


「もう。駄目でしょ、勝手に知らない所に行ったら」


 やっと、木の影に隠れて見えなかった娘の姿を確認することができた。

 茶髪の娘だ。金に近い艶やかな茶髪、瞳の色は深いグリーン――緩い三つ編みにして、肩から前に垂らしている。明らかに西洋系の顔立ちだ――歳は俺達と同じ十七歳、くらいだろうか。

 ワンピースタイプの服。色はベージュで、あんなにも簡素なものは最近ではあまり見かけない。胸の部分がボタンになっているようで、群青色の石のようなボタンが見え隠れしている。その上に、黒いストールのような――ストールなのか? 首に巻いていた。

 肩から下げている鞄も、動物の毛皮から作った事がはっきりと分かるようなデザインだし……靴……も、随分と古い印象だな……。

 何だ……? 民族衣装か何かか……?


「誰か……居るの?」


 やばい気付かれた!? くそ、あの犬め……!!

 俺は草むらの影に隠れた。遅れて到着した杏月が、俺の体制を見て奥を気にする。

 俺は杏月にジェスチャーして、屈めと指示した。不審に思った杏月はとりあえず屈み、それでも奥をどうにかして確認しようとしていた。

 特に武器のようなものは見られなかったが……油断は禁物だ。おそらく、日本では無さそうだしな。


「ワン!! ワン!!」

「誰も居ないわよ」


 まだ、娘はこちらに気付いていない。向こうからしてみれば、俺達は完全に異国の人間。顔を見れば、驚きは避けられないだろう。見たところ、外国のようだし……俺達は不法入国者、ってとこか……?

 いや、そんな所に連れて行くことも考え難いけれど……待てよ。もしかしたら、時間軸が違う可能性だってある。

 今まで再三、時間を戻したり何だりしてきたのだから。

 どちらかと言えば、未来と言うよりは過去のようだけど……。親父は「行っておいで、そこに何があったのか、特別に教えてしんぜよう」と言っていた。


「そうか。もしかしたら、ここは前世の……」

「前世? 前世って……純の、ってこと?」

「分からないけど……」


 親父は俺達からこの世界に干渉する事はできない、とも言っていたよな。ということは、やっぱり前世の可能性はありそうだな……。


「あれ……?」

「どうしたの?」


 なんかパスカルの背中で光っているモノ、見覚えがある気が……

 白くて、尖っていて――


「そろそろ戻ろうか。お姉ちゃんが心配しちゃう」

「ワン!」


 ――――あ。


「ケーキ」

「えっ!?」


 パスカルの背中に、一瞬桃色の髪の毛が見えた。

 間違いない。あれ、ケーキの角だ。サイズも初めて出会った時くらいに小さいし、確証は無いけれど、おそらく……。

 俺は娘が坂道を降りて行くのを見て、草むらから出た。杏月も、俺の後に続く。


「とにかく、追い掛けよう」

「うん……!!」



 ◆



 娘の行先を後ろから追い掛けると、楽に山の麓まで降りる事が出来た。ほとんど下まで一本道で、迷うこともない。彼女にとっては、歩き慣れた道のようだ。

 山道を降りると、山と山の間が少しだけ広い道になっている。そこまでの道程も長く、空腹を感じながらも俺達は後を追った。一体ここが何処なのかもよく分かっていないという問題は、意外にも俺達を疲弊させるらしい。

 ……しかし、まだ着かないのかよ。一体何時間歩いていると思ってるんだ。携帯電話で時間を確認……したけど、そもそもここに辿り着いた時に何時だったか見ていないので、意味がなかった。


「純……まだ着かないの……?」

「みたいだな……」

「おなかすいたよー……」


 既に杏月はバテバテ、俺もかなりきつい。娘は当然のように鼻歌を歌いながら歩いているが……化物か……?

 いい加減、他の人物に会いたいぜ……。娘の背中を見続けるのも飽きた。

 おや、延々と続く野原の向こう側に、一軒の家が……


「……あれ? あれって、私達がさっき見た家じゃない?」

「みたいだな……」


 そうか。もしかして、そこに住んでいるのかもしれない。だとしたら、家まで辿り着けば、ちょっと匿って貰うことも可能だろうか。

 娘が木造の家に近付いて――……


「隠れよう、杏月。扉が開く」

「えっ!」


 咄嗟に、近くにあった木の影に隠れた。扉が開き、中から人が顔を出す。


「おかえり、フィリシア!!」


 扉を開いたのは、娘と比べるといくらか成熟した雰囲気を持つ、女性だった。フィリシアと呼ばれた娘と近い格好をしているが――……いや、ほとんどお揃い、か? ストールと思わしき布の柄が違うだけか……

 長い黒髪に、赤い瞳。その色合いを見て、俺は咄嗟に人物像を重ね合わせた。

 間違いない。翼が生えて変貌した時の姉さんと、殆どイコールだ。

 姉さん――――


「ただいま、お姉ちゃん。ごめんね、ちょっと遅くなっちゃった」

「何かあったの?」

「うん、王国の方、今少し揉めてるみたいで……。近々また戦争が起こるって、言ってるみたい」


 フィリシアの言葉に、姉さんは表情を曇らせた。

 いや……待てよ、フィリシア? 俺はその単語を、どこかで聞いたことがあるぞ。

 思い出せ。あれは、いつだったか……


「――あっ」


 俺は、杏月と目を合わせた。


「えっ……?」


 そうだ、合宿で、レイラの別荘まで行った時。姉さんが黒髪に変化して、翼を生やして暴走したあと。

 俺達に襲い掛かってきた時、姉さんが――……


「杏月か、あの娘」

「へっ? ……はっ? なに?」


 フィリシアと呼ばれた――おそらく、前世の杏月。前世の杏月は、姉さんと本当の姉妹だったのか。

 ということは、あの姉さんは、やっぱり俺の、あの姉さんで――……

 ……自然と、腕に力が込もった。姉さん――前世の姉さんはフィリシアの言葉を聞いて、両手で自身の身体を抱いた。


「また、食べ物が手に入らなくなるかしら……」


 前世の姉さんの言葉に、フィリシアは力無く微笑んだ。


「そう思って、今日は沢山買っておいたよ。これで暫くは凌げると思うの」

「でも、暫くと言ったって、三日が限度でしょう……? また、塩と水だけの生活なんて」

「今日は紅茶も買ったよ、お姉ちゃん。一緒に飲もうよ」


 はぐらかすように話題を楽しげな方向に持っていくフィリシアに、前世の姉さんはどうしようもなく、しかし微笑んだ。


「……そうね。中に入りましょう」


 扉が閉まり、前世の姉さんとフィリシアが中へと入って行く。まずいな……。本当にこの世界が俺達の前世だとするなら、食料の手に入り難いこの場所で、俺達はどうやって凌げば良いんだ。

 あれ、パスカルは表に居るんだな。天気が良いからか……あれ? なんかこっち見てんぞ、あいつ……


「ワン!! ワン!!」

「――げぇっ!?」


 パスカルは一直線に、俺と杏月に向かって走って来た――なんだよ、何がそんなに嬉しいんだ! 見慣れない異国の人間がそんなに珍しいか!?

 俺――の横を素通りして、杏月のスカートに喰い付いた。


「ぴぎゃあ!!」


 思わずといった様子で、杏月が素っ頓狂な声を出す。

 ……そうか、ミニスカートか。前世の姉さんもフィリシアも、スカートは丈の長いものだったからな。それが珍しいのか。


「ちょっ……離れなさいよ……破ける!! やめて、破ける!!」


 しかし、喰い付かなくても良いだろうに……。


「――やめろコラ。ぶち殺すわよ」


 杏月が凄みの利いた重苦しいトーンで、パスカルを叱った。反射的に杏月のスカートを離し、怯え出すパスカル。うちの杏月に気軽に手を出すからそんなことに……。

 パスカルは姿勢を低くして、まるで土下座をするように杏月への忠義を示した。反省していることが分かったからか、杏月も気を許して、パスカルの頭を撫でる。


「分かれば良いのよ、分かれば」

「クウーン……?」


 ――今ここに、謎の結託が生まれた。


「目が――……目が回るです――……」


 じゃないよ。そうだ、パスカルの背中にケーキがくっついていたんだった。見ると、パスカルの背中に抱き付いたケーキが、完全に目を回して伸びていた。

 それを掴み上げると、俺はケーキの頬を小突いた。


「おい、起きろケーキ。大丈夫か」

「へへ……あんまり大丈夫じゃないです……はっ!? その声は、純さん!?」


 ケーキは反射的に目を覚まし、俺と目を合わせる。今のケーキは、俺の右手におさまるくらいのサイズだ。元に戻ったと言うべきなのか、どうなのか。

 ケーキの羽は元に戻っているが、色だけが黒い。どうやら、完全にとまではいかないようだ。


「お前も来てたんだな」

「あっ……はい。恭一郎さんに何か……なんだかよく分からないんですけど、本来のサイズに戻してもらって、ここまで来ました。私はお二人の護衛役だそうです」


 護衛か。ケーキで役に立つのかどうか分からないが……。


「なあ、ケーキ。やっぱりここは、俺の前世……なのか?」

「お察しの通りです。今の純さんと杏月さんは、私と似たような存在――普通の人には発見されない存在だと、心得ておいてください。普通に歩き回る事で発見されることはありませんが、くれぐれも干渉しないようにお願いしますね」


 ……んなこと言われなくても、干渉なんかしないって。無闇に手を出せば、俺達の未来も書き換わる可能性があるってことだろ。

 しかし、過去の世界か。これだけリアルな『過去』と言われても、いまいちピンと来ないものがあるけれど。

 既に再三過去を書き換えていると言えばそれまでだけど、前世を変えるだとか、そこまで大掛かりな事をやってしまうと、未来が全く予測の付かないものになってしまう。


「……あの、ケーキ。既に、普通に発見されてるんだけど……」


 杏月がおずおずと右手を挙げて、左手でパスカルを指さした。

 ケーキは脳天気な顔で、頭に疑問符を浮かべて杏月の指先を見る。

 そこにはパスカルが尻尾を振って、元気にこちらを見ていた。呼吸音がよく聞こえる。

 ……暫し、ケーキの表情が固まった。


「何ででしょうね?」

「分からないのか……」


 元・神の使いは、相変わらずだった。


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