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ヤンデレ姉さんに○されたら考えるべき10のこと  作者: くらげマシンガン
▼第七章 俺の周りを飛んでいた彼女について。
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つ『人間、馬鹿にしちゃいかんでしょ』 後編

 恭一郎はさて、と腰を上げると、俺と杏月を見た。特に強そうでもない細い腰に手を回して胸を張る様はなんとも頼りないものだったが、この男の場合それが人を欺く手段なので、なんとも言えない。

 依然として、病室の中は時が止まっている。シルク・ラシュタール・エレナが戦意喪失した今、誰がこの空間の主導権を握っているのか分からないが――……おそらく、それは目の前に居る男、穂苅恭一郎なのだろう。


「それじゃあ、解決編を始めますか。問題の出処も、ある程度分かってきた事だし」


 まるで初めからそれが分かっていたかのように、恭一郎は手を叩いて言った。一瞬の隙も曇りもなく、あっさりとそう言ってのける恭一郎。まだ、解決していない事は山ほどある。瑠璃は相変わらず死んだように眠ったままだし、杏月は姉さんの事を思い出していないし、瑠璃のおじさんは無意味に巻き込まれたままだし……。

 恭一郎は両手を広げると、目を閉じた。


「唐突だけどさ、純くんは『アカシック・レコード』って、信じる?」


 アカシック・レコード?

 というのは、あれか。宇宙の全てが記録された、データバンクがどうだなどという……。俺もよく覚えていたな。昔は目を輝かせたものだ。

 あるかどうかも分からないし、あったとしても自分には手が出せないものだと知り、それ以降考えた事もないが。

 不意に、恭一郎の両手が光り出した。額を中心として、何か波紋のようなものが――……

 ――あれ? これはさっき、瑠璃が――

 宇宙に広がる、瑠璃色の波紋。そう言われているかのように、その波紋は俺達の間を通り過ぎて行った。


「そこには、書き換えられた宇宙の記録や、時間が戻った記録も全て、記録されているとしたら? ――そして目的の場所さえ分かれば、『徳』を使うことでアクセスすることができるとしたら?」


 ――――何を言っているんだ、この男は?

 恭一郎は双眸をしっかりと開くと、口の端を吊り上げ、楽しそうに言う。

 病室が反転した。そこにあったものは『存在』しなくなり、ただ、真っ暗な闇に全てが飲み込まれて行く。瑠璃の居たベッド、病室の窓、『そこから先』。

 やがて、シルク・ラシュタール・エレナも消えた。瑠璃のおじさんも、瑠璃も消える。

 いつしか、その場には俺と杏月、恭一郎だけが残された。


「前にも二人には、幻想空間を見せたね。今回もまた、干渉することは許されないし、しても意味がないんだけども。覚えておいて、君たち二人から他のものに関わることはできない」


 分かったような、分からないような事を言い。


「行っておいで、子供達。そこに何があったのか、特別に教えてしんぜよう」


 恭一郎は、消えて行く。


「パパ!? 行くって、どこによ!! 私達はどうしたらいいの!?」


 杏月が叫んだ。恭一郎は微笑んで、その問いに答える。


「見てくるといい。僕は行きと帰りを担当するから、見ることは出来ないんだけども――後で、何があったか教えてね?」


 茶目っ気たっぷりに、ウインクをすると、

 ――穂苅恭一郎は、闇に消えた。


「純!! どうしよう!!」


 まるで台風の中心に居るかのように、俺達は何かに流されていた。周りは真っ暗で、俺達二人を除いて辺りには何もない。だと言うのに、強い風にさらされ、俺達は離れ離れになろうとしていた。

 負けないように、しっかりと杏月の手を握った。

 この流れは……一体、何だ!? 俺達はどこに飛ばされようとしているんだ!?

 訳も分からず、だが抗いようもない。

 現象を起こしたと思われる、当の本人は消えてしまったし……

 見てくるって、一体何をだ。

 混乱は混乱を招き、無駄な焦りを俺に感じさせる。

 でも――……


「杏月!! 絶対に、俺の手を離すなよ!!」

「う、うん!!」


 二人、両手を握り合い、回転した。スカイダイビングのように真下に重力を感じながら、俺達はゆっくりと円を描いて落下して行く。

 やがて、真っ暗な闇に一筋の光が現れた。その光に吸い込まれるかのようにして、俺達はついに、暗闇の外へと抜ける。


「な、何コレ!? 何コレ!?」

「俺にもわかんねーよ!!」


 そして――――


「おああああああっ!?」

「きゃあああああっ!?」


 俺達は同時に、何もない空中へと投げ出された。

 だが、先程のような闇ではない。そこには見慣れた、真っ青な空があり、雲もあり――そして、煌々と太陽は真上から、俺達を照らしていた。

 俺と杏月が絶叫したのは、得体の知れない何かを発見したからではなかった。


「ど、どうしよう!? どうしよう!? どうしよう!?」


 杏月が真っ青な顔をして、涙目で俺に言う――って、そんなの知るか――!!

 つまり、俺達は今、目も眩むほどの広大な青空の中心に位置し、

 ――真下に雲を見据え、猛スピードで落下していた。

 落下しているということはつまり、俺達には紛れもなく重力があるということであり!! それすなわち、真っ逆さまに落下すると、真下が地面だった場合は即死、そうでなくてもほぼ確実に死ぬという事であって!!


「そうだ杏月、パラシュートだ!! そういう秘密道具的なの、お前得意だろ!!」

「人のこと四次元なんとかみたいに言わないでよ!!」


 ああ!! 雲がどんどんと近付いてくる!! もしかして、このまま雲に激突して、トランポリンみたいにポヨーンと弾かれたりとか!!

 そうだ!! ここは少なくとも現実の世界ではないんだから、夢に描いたようなファンタジーな出来事だって全く起こらないとは言い切れないよな!! うん言い切れない!!

 俺達は固く目を閉じ、そうであればいいと願った――


「も、もしかして天界!?」

「そうだ!! 杏月、神様に会ったら最初になんて言おうか!!」

「今年こそは純とエッチを」「それはもういいよ!!」


 ぼすん。

 などという効果音は勿論無く、俺達は霧に包まれた後、夢にまで見た雄大な大地を高空から見詰め

 でっすよねええええ!!


「やばい!! 純やばい!! これわりとマジなやつじゃないですか!? 激突するアレじゃないですか!?」

「いやそんなことはないよ!! 親父が行きと帰りを担当するって言ったろ!! 間違っても地面に激突してお終いとか、そんなのはないって!!」


 杏月は真顔で、俺に人差し指を立てた。


「送る場所、間違えたとか」


 ――ああ。なるほど。

 俺は思わず右手で握り拳を作って、左手に打ち付けた。


「あるかも」


 杏月は得意気に、俺の頬を突ついた。


「でっしょー?」


 ――二人、笑い合う。

 アハハハハハハ


「いやあり得ねえからあああああ!!」


 遂に豆粒とも思えた木々の詳細が少しずつ分かるレベルにまで近寄り、俺達は絶叫しながら抱き合った。

 いや、マジですか? いくら何でも、これで即死なんていうオチはありませんよね?

 有りませんよね――――!!



 ◆



 鳥の音が聴こえる。

 初めに理解したのは、自分がうつ伏せに倒れているという事だった。同時に、身体を庇ったのかと思われる右手に、暖かく、細やかな感覚を覚える。

 これは――芝?

 目を開いて、辺りを確認した。辺りは一面――木々に囲まれている。向こうには池が見えていて、俺の居る空間の周りだけ、木が生えていなかった。

 ぱっと見た所、ここは森の中の広場のようだが……木が切り倒されている様子がない。ということは、自然に発生した空間だということだろうか。

 そうだ、杏月は――


「……ん……」


 良かった。俺と同じように、近くに倒れていた。ふと唸り、杏月は身体を震わせる。二人とも、生きていたようだ。

 ――――あんな場所から、落ちたのに?

 上体を起こし、青空を見上げた。遥か向こうに見える雲の、更に上から落ちてきたのだ。普通に考えたら、生きていられる筈はない。

 といことは、逆に考えるとするなら。既にここは、通常の空間だと思わない方が良い、ということだろうか。


「……おい、杏月。杏月」


 俺は杏月の頬を叩いて、どうにか杏月を起こそうと試みた。


「ん……ダメぇ」

「もう、そういうのいいから……」

「だめんずになる必要はないの、純……」

「新手の発想!?」


 良いよこんな所で無駄なトークスキル発揮しなくても!!

 何度か叩いていると、杏月が眠たげな瞼を持ち上げ、ぼんやりとした瞳で俺を見た。


「あれ、純……?」

「マジで寝言だったのか」


 それにしても、ここは何処なんだ? 辺りは一面の森。特にスギばかりが植えられている日本にしちゃ、珍しいほど曲がりくねった木々が俺達を見下ろしている。光の感覚も、どことなく一致しないような……

 全てのオブジェクトが鮮やかに発色しているように思えるのは、気のせいだろうか。

 一先ず俺は立ち上がった。特に果物がある訳でも無さそうだし、元気な内に辺りを散策しておかないと、これから何が起こるのかも分からない。

 親父はただ、「見て来るといい」とだけ言い、俺達をこんな所まで連れて来てしまった。

 ならば、どうするか。


「……森?」


 杏月がぼやけた頭を振って、ようやくはっきりとした声音で俺に尋ねた。

 あれだけの上空から落下したことで、逆に緊張感が吹っ飛んでしまったのかもしれない。


「みたいだ。獣が現れるとも限らないし、明るい内に歩き回っておいた方が良さそうだぜ」

「ん……分かった」


 杏月は特に反論することもなく、俺の提案に乗った。

 山登りをする格好でも無い手前、別段開けてもいない山道を歩くのは大変だ。落ちて来た場所こそ開けた場所だったが、少し歩いてみれば完全に山の中に遭難した状態であることが分かる。近くに街はあるのだろうか。人の気配は……?

 木々を掻き分けて、俺達は山道を歩いた。……どうしてこんなことになってしまったんだろう。


「……なんか、本当にただの山だね」

「ああ。道程も良く分からないな。とにかく一度、麓まで降りる必要がありそうだ」


 杏月はぎこちない表情で、俺の袖を掴んだ。


「あ、あのさ。……もし、麓まで降りても何も無かったら……」

「どうしようもない」

「純ー!!」


 涙目で、杏月は俺に抗議する。俺に泣きついたって仕方無いだろ。こうなってしまった以上、俺達には人の気配を探すという選択肢しかないんだ。

 生い茂った草花は、俺達の歩行の邪魔をする。……花か。ということは、少なくとも季節は春――もしかしたら、何処かに果物か何かは発見できるかもしれない。

 何に使えるか分からないにしても、水くらい汲んでくるべきだっただろうか……? 最悪の時のために、熱して飲む用に……

 いや、それくらいの池なら別にも発見出来るかもしれないじゃないか。


「あ、見て、純。向こう、ちょっと見晴らし良さそう」

「本当だ。行ってみようか」


 杏月に指示されるままに、俺は先頭を切って道を切り開いて進んだ。立ち並ぶ木々に隙間を作り出しているその場所は、太陽の光が差し込んで少しだけ明るくなっている。

 そうして、俺は一際大きな岩の上に登り、立ち上がって辺りを確認した――……


「うおお――――」


 山、山、山。

 際限なく何処までも続いている山並みに、俺は思わず感嘆の言葉を漏らした。大自然の中にそのまま投げ出されたような感覚。ハイキングだって、こんなにも自然な景色は中々拝むことが出来ないだろう。

 杏月も俺の後に続いて、岩を登る。――そうして、俺と同じ顔になった。


「すご――……い」

「俺達、とんだ遭難者だな」

「笑い事じゃないよ!」


 杏月は俺を窘めるが、表情は怒っていない。あまりに常識離れが過ぎて、すっかり我を忘れてしまったようだ。

 病室から、山の中へ。だが紛れも無く、ここは現実だ。『現実』と呼ぶべきなのか――……済んだ空気に青い空、太陽の光を浴びて鮮やかに発色する葉っぱの香りが、確かな存在感を放っていた。


「さて、これからどうしようかな」

「ねえ、純、あれ! ……民家じゃない?」


 杏月が指さした先に、小さな家があった。確かに、家のように見えるが――木造の、どちらかと言えば小屋に近い雰囲気だ。人が居るかどうかは怪しい所かもしれない。

 ……まあ、この大自然の中にぽつんとある家と言えば、まず当たってみるしかないだろう。


「よし、行ってみるか」

「あれ、何キロくらい……?」

「さあな」

「ワン!」


 ……ワン?

 振り返ると、乗れるのではないかと思えるほど大きな犬が、尻尾を振って俺達を眺めていた。今にも岩の上に登って来そうな雰囲気で、舌を出している。

 どちらかと言うと、俺より杏月に興味があるらしい。じっと、杏月を見ていた。


「な、何? こいつ……」


 大きな犬は、杏月を見て――そして、杏月のスカートに食い付いた。


「やっ……!! ちょっと、何すんのよ……!! 離れなさいってば!!」

「ワン!! ワン!!」


 おお、随分と懐っこい犬だな。嬉しそうに尻尾振ってまあ……

 ――待て。咄嗟に、耳を澄ました。遠くから足音が近付いて来る。


「杏月、隠れよう!!」

「えっ、ちょっと、待って……」


 そう言ったが、足音はもうすぐ近くまで来ていた。軽い足取りで、こちらに――


「そっちは危ないよ!! パスカル!!」


 ――え?


ここまでのご読了、ありがとうございます。第七章はここまでとなります。

いよいよラストまで後一歩ということで! 気合いを入れていきたいところですね。

次回、第八章は5/12 25:00〜の更新となります。

宜しければ、最後までお付き合い頂ければ幸いです。


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