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ヤンデレ姉さんに○されたら考えるべき10のこと  作者: くらげマシンガン
▼第七章 俺の周りを飛んでいた彼女について。
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つ『神の使いなんかじゃない』 後編

 例えるならケーキは今、以前の姉さんと同じような状態なのだという。

 現世での名前を持ち、はっきりと確かな生きる目的意識を持ち、そして俺という存在に認識されている彼女。その存在を否定するためには、それなりのエネルギーを必要とするらしい。

 だから、携帯電話やビデオカメラと違って、それこそ身体を消滅させるだとか、心を折るくらいの事をしなければ、人間界で認識されたモノというものは簡単には消えないそうだ。

 ただし、携帯電話とビデオカメラをケーキが残した事によって、彼女の『徳』はもう殆ど無くなってしまったようだったが。

 ケーキの存在が消えないと知り、安心して俺はダブルベッドで眠りこけていた。

 そして。


「――ゲフゥッ!?」


 腹にとてつもない衝撃を感じて、俺は目を覚ました。何だこの起こし方は。妙に気合いが入っているな、ケーキの奴め……

 ……いや、そんな訳ないだろ。


「あ、あ、あ、あんたは――――ッ!!」


 声の主は、俺のよく知る人間のものだった。続け様に頬を殴られ、ベッドから落ちる。

 痛い。……目が覚め、段々と感覚が戻ってきた。やばい。これ、割とマジだ。


「ちょっ!! 杏月!! 杏月、落ち着け!!」

「これが落ち着いていられるか――!!」


 何!? なんで杏月はこんなにキレているんだ!? 俺は目を見開いて、状況を確認する。

 杏月は顔を真っ赤にして、俺を蹴り倒していた。

 なんで? あ、そうか。隣にケーキが寝ているから――……


「私が心配してるのをよそに!! こんな異国の娘といちゃいちゃして――!!」

「異国の娘って!! ちょっとお前、落ち着け!!」


 俺はケーキを指さして、言った。


「こんな『異国の人間』、居るわけないだろ!!」


 桃色の髪に、エメラルドグリーンの瞳。仮に居たとして、そりゃ異国どころの騒ぎではない。譲歩しても異世界だ。種族はフェアリーかな。

 ふと、杏月の手が止まる。真四角に口を開いて、瞬間的に固まった。


「――――確かに!!」


 確かに、じゃないよ。なんだよもう。

 あれ……? しかし、杏月にもケーキの存在が、見えているのか……? 杏月はケーキの姿をまじまじと眺めて、そして――再び、すごい形相で俺を睨み付けた。


「って関係あるか――!!」


 騒ぎを聞きつけて、ケーキが目を覚ます。ふああ、と可愛らしい欠伸をしている場合じゃないよ俺を助けろよ!!


「杏月、俺は何もしていない!! 一緒に寝ていただけだ!!」

「いっしょにっ……!! 寝てっ……!?」

「いや、違う誤解だ!! そういう意味じゃない!!」

「あんたはついに、ケーキにまで手を――――」


 はたと、杏月の手が止まる。俺も驚いて、その場に固まった。

 ……ケーキ?


「え……ケーキ?」

「おはようございます……もう『こんにちは』ですか? お久しぶりです、杏月さん」


 ……杏月も、思い出したのか? ケーキの姿は随分と変わってしまったが、杏月は自然とケーキの名前を口にしていた。確かに、姉さんの存在がこの世界から消えるまでは、杏月はケーキの事を覚えていた。

 杏月は口を三角にして、天界の服がはだけたケーキを見ていた。

 ……はだけてるぞ、服。


「ほあっ!?」


 遅いよ、気付くの。


「あれ……? 私、どうして今まで忘れて……」

「姉さんの事を、忘れていたからだよ」

「姉さん……?」

「忘れるように仕向けられていたんだ。……どうにかして、思い出せないか?」


 杏月はこめかみに指を当てて、俺に手のひらを向けた。


「ちょっと、待って……」


 悶々と一頻り考えて、杏月はうーん、と唸った。


「思い出せるような、思い出せないような……」

「それは多分、思い出せていないんだと思うぞ」

「そうだね……。そうかも……」


 でも、このファンタジーな出来事に全く驚かない所を見ると、完全に記憶がないって訳でもなさそうだ。

 まあ、すぐに思い出すことは難しいだろう。俺は一つの解答をケーキの発見と共に見付ける事が出来ているから、最早そのことに関しては大して焦りもしないが。

 問題なのは、俺の仮説が通った場合の話だ。名前を持っていない姉さんは、元々不安定な存在だった。車よりも早く走る上に、風邪を引いたことがない。人間としての姉さんはとても空虚で、架空の存在だと言われればあっさりと信じられる程の、頼りないものだった。

 ならば、それをどうやって『ノーネーム』から引き摺り出すのか。

 親父だって、名前はありませんと言ったところで、はいそうですかと容易に問題の解決をしてくれるとは思えない。


「……で、ケーキ。あんたは今まで、どこに行ってたの?」

「あの、実は一応、ずっと居たんですけど……」


 姉さんの事をこれ以上隠すわけにはいかないだろうし、ケーキという存在がある以上、以前のように神が直接出てくるレベルで大きな動きが起こると考えた方がいい。

 思えば俺が意識していなかっただけで、姉さんの時はそれだけの大きなことが起こっていたのだ。

 よもや神が直接人間の前に現るなどと、世迷言でも口にはしない。


「なんかケーキの事をいざ思い出してみると、記憶が繋がらなくて気味悪いわね……。もしかして、純はずっとこんなのと戦っていたの?」

「杏月は以前にも、姉さんの事を一度思い出しているんだよ。それで、また記憶を上書きされているんだ。だから、俺よりも思い出すことは難しいかもしれない」

「そういうこと。私の中にも、変な記憶が眠ってるってことね……」


 順応の早い杏月は、既にケーキの存在から、失われた記憶まで辿り着いたようだった。

 杏月もこの件に大しては、関わりの深い方だ。二度上書きされているとはいえ、ケーキのことを思い出したなら、記憶が繋がるのは時間の問題だろう。

 それは気にしなくてい。とすると……

 やっぱり、現世にもう一度姉さんを召喚する方法、か……

 不意に、携帯電話が鳴った。俺は電話を取り出して、コールの主を確認する。

 ――――瑠璃!?


「はい、穂苅です!!」


 どうして、瑠璃の携帯電話から俺に連絡なんて――!?

 俺はすぐに電話に出たが、返ってきた声は瑠璃のものとは全く違うものだった。


「穂苅、純君か!?」


 なんか、どこかで聞き覚えがあるような――そうだ、瑠璃のおじさん。青木善仁さんだ。

 引き攣ったような焦燥感溢れる声音に、俺は眉をひそめた。


「はい、それは俺ですが」

「すまない、すぐに病院に来てくれないか!!」


 おじさんは落ち着きなく声を張り上げて、電話越しに話していた。


「瑠璃が呼んでいる!!」


 大きな声は杏月とケーキにも届いたようで、二人は顔を見合わせた。

 すぐに、向かわないと。



 ◆



 やっぱり、ケーキは俺と杏月以外の人間には見えないようだった。染めたものとは違う、あまりに自然すぎる桃色の髪が存在を主張しなかったことは俺にとってはありがたい事だったが、それは同時に俺と杏月を除いた他の関係者に発見されない恐れもあった。

 何れにしても、もう俺と杏月がケーキを忘れる事はない。

 瑠璃の病院までは、一時間ほどで到着した。扉を前にして、俺達は互いに顔を見合わせた。

 俺は、拳を構えて――その部屋を、ノックした。

 バタバタという足音の後、扉は開かれた。焦りに焦っているといった様子の瑠璃のおじさんは、俺の姿を確認すると、ふと安堵したかのように表情を緩めた。


「来てくれたか」

「すいません、遅くなって。……瑠璃は?」


 俺はおじさんの横を通り抜け、瑠璃の状態を確認した。瑠璃は――……

 ベッドの上に無造作に立ち、何もない天井を見詰めていた。……いや、何だ、これは。様子がおかしい。


「気付いた」


 部屋の中だというのに、瑠璃の長い後ろ髪はまるで風に吹かれているかのように、揺れていた。窓は開いていない。その様子がなんとも幻想的で、俺は言葉もなく、固まっていた。

 ふと、その顔が俺の方を向く。

 喉を鳴らした。


「穂苅、純。……気付いた」


 機械か何かが喋るように、無機質な音が俺の耳に届く。


「――瑠璃?」


 俺は慎重に、瑠璃に近付いた。

 何かが、瑠璃と共鳴している? 根拠はなかったが、俺にはそのように見えた。天井を見ている瑠璃は、天井の遥か向こう側を見ているように感じられたからだ。

 瑠璃に近づく毎に、何かの力のようなものが、波紋を描くようにして俺の下に届く。深い水の底のような、瑠璃色の――――


「これは、一体何が、起こっているというのだ……」


 瑠璃のおじさんは、どちらかと言うと不安な表情で、そう呟いた。背後にいる杏月とケーキは今、どんな顔で瑠璃を見ているのだろうか。

 何故か俺は、

 その黒く長い髪に、いつかの姉さんの姿を思い浮かべた。


「――『あやめ』。忘れないで、『あやめ』」


 あや、め?

 無くなり掛けた携帯電話に、そのようなメッセージが記されていたように思う。……どういう、ことだ? それに、一体何の意味が――……

 何かが、音を立てて切れた。


「瑠璃!!」


 突如として『交信』を途絶えさせられたかのように思えた。瑠璃は瞬間的に脱力し、その場に崩れ落ちた。幻想の空間と化していた病室は音もなく元に戻り、俺は瑠璃の身体を支えた。

 かと思うと、キン、と金属音のようなものが辺りに響いた。


「――ぐ、うっ!?」


 今度は後ろから、悲痛な声が聞こえてきた。先程までは何も無かったはずのケーキがその場に蹲り、頭を抱えて唸り始めた。

 瑠璃のおじさんは、まるで時が止まってしまったかのようにその場に固まっている。

 ……いや、時が止まっているのか? 元に戻ったかと思えたその病室は、今度は別の力の影響を受けているかのように見えた。


「な……何!? どうしたの!?」


 杏月がケーキと瑠璃を交互に見て、訳が分からないと言外に含める。窓の向こう側から、目を覆いたくなるほどの光量が差し込み――……

 いや。なんか、この感じ。覚えがあるぞ。光の束に紛れるようにして現れ、音も無く消える存在のことを、俺は知っている。

 咄嗟に、ケーキを背中に庇っていた。


「……しつこいですね、あなた達は」


 どこからか浮き出るように、『それ』は現れた。

 金色の髪に蒼色の瞳を持ち、長い金髪をすらりと下ろしている。純白の翼を構えるその女性は。

 ――紛れも無く、『神』。


「シルク・ラシュタール・エレナ……」

「へ!? 何!? 誰!?」


 杏月が俺とシルク・ラシュタール・エレナを交互に見て、一人挙動不審に陥っていた。

 一体どうしてこの場所に現れたのかなんて、俺が敢えて言う事でもない。緊迫した空気の中、シルク・ラシュタール・エレナはしっかりと俺を見据え、どことなく不機嫌そうに、そして悲しそうに言う。


「何回忘れれば、思い出さなくなるのですか、あなたは」


 俺は額に冷や汗の存在を感じながらも、口の端を吊り上げて、笑ってみせた。


「……さあな。多分、忘れる事は無いと思うよ。そろそろ、諦めた方が良いんじゃないか?」


 シルク・ラシュタール・エレナは、俺に右手を向けた。

 ――いや、俺、じゃない。

 俺の後ろに居るケーキに向かって、その右手が光ったかと思うと――……


「きゃあ!!」


 シルク・ラシュタール・エレナの右手から発された光線のようなものが、とてつもない速度でケーキを襲った。それはケーキに着弾すると爆発し、廊下の奥までケーキを吹っ飛ばす。


「ケーキ!!」


 俺はすぐに振り返った――杏月の方が早い。ケーキが真っ先に狙われる事を察知した杏月は、俺が気付いた時には既にケーキに向かって駆け出していた。

 抱きかかえるようにして、杏月がケーキを守る。だが、その防御にどれだけの意味があるのか。

 人の記憶を操作できるような能力を持っている奴相手に、人間なんて大した力を持たない。


「諸悪の根源は、貴女でしたか。ケーキ――いえ、『リスアール・セ=ボンデュ』」


 見下され、睨み付けられたケーキは、しかし臆することもなく、真っ向から睨み返した。


「――神様。あなたが憔悴した私の事を見逃してくれたお陰で、ここまで来ることができました。ありがとうございます」

「発見されないと思ったから、放置していただけですよ」


 ケーキは先程の衝撃に苦痛を感じているようだったが、杏月の手を借りて、立ち上がった。あまりに人外過ぎる攻防に、俺は何の手も出すことが出来ない。


「『神様』ね……。でも、あまり良い状況ではなさそうね」


 杏月は自分が攻撃される事はないと思っているのか、強気な態度だった。


「分かっているんですか、リスアール・セ=ボンデュ。貴女がやっているのは、この世界を壊す事です。だから、私は元に戻す機会をあげたのに。それさえも壊して、先に進もうと言うのですか」

「……まだ、何も問題は、解決していませんから」


 やり切れないといった様子で、シルク・ラシュタール・エレナは歯を食いしばった。対照的にケーキは絶望的状況で落ち着いたのか、杏月の手を離れた。

 杏月が俺の下に駆け寄ってくる。

 騒ぎにもならない。瑠璃のおじさんが固まっている所を見ると、やっぱり時間は止まっているように感じる。


「秩序を失い、何でも有りになってしまった『世界』は、何れ消滅してしまいます!! リスアール・セ=ボンデュ、貴女がやっていることは、ただの自己満足、偽善です!!」


 ケーキはくすりと笑って、言った。


「――――私は、『ケーキ』です」


 最早、話すこともないと理解したのか。はたまた、今の言葉に怒りが頂点に達したのか。

 おそらく、その両方なのだろう。

 シルク・ラシュタール・エレナは目を閉じ、唇を固く結んだ。


「……そうですか。もう、話しても無駄、ということですね」


 そうして、右手を再び掲げる。先程と同じように、その右手を光が包んだ。


「その魂を込める『器』、私が責任を持って壊します」


 ケーキは固く目を閉じて、衝撃に備えた――……


「ケーキ!!」


 ――次の瞬間。

 シルク・ラシュタール・エレナの光線は、放たれ――

 その光線は、

 突如として窓を開き、病室の中へと入ってきた存在によって、

『蹴り飛ばされた』。


「なっ……!?」


 驚愕に目を見開いた、シルク・ラシュタール・エレナ。俺も釣られて、恐るべき速度で現れたその男に目を向けた。

 あろうことか『下駄』で登場し、だらしない和装と相反する茶髪で現れ、むにむにと嫌味ったらしい笑顔を貼り付けて、男は言う。


「よくぞ、『ノーネーム』の歪みの正体を解き明かしてくれたな。我が息子よ」


 ――その男、穂苅、恭一郎は。


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