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ヤンデレ姉さんに○されたら考えるべき10のこと  作者: くらげマシンガン
▼第七章 俺の周りを飛んでいた彼女について。
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つ『神の使いなんかじゃない』 前編

 随分と大きくなってしまった、俺の知っている唯一の『神の使い』。ケーキは既に人と変わらない大きさで、桃色の髪とエメラルドグリーンの瞳だけが、人間とは違う部分になっていた。

 額に生えていたはずのユニコーンの角も、妖精のような羽もない。

 エルフのような尖った耳だけが、『神の使い』らしさを残している。

 俺は振り返って、ケーキを抱き締めた。


「ごめん、ケーキ!!」

「純さん!! 良かった、気付いてもらえて、本当に――……」


 ずっと俺の背中に掛かっていた重みは、ケーキによるものだったのか。俺は気付かなかった――いや、『気付く事が出来なかった』と言うべきか。

 ケーキのような存在は人間の俺達には見る事が出来ず、存在を知らなければ知覚することができない、ということだった。

 いつから忘れたのかと言えば――……俺が、最後に時を戻した時からか。


「私の残りの『徳』では、携帯電話とビデオカメラくらいしか、残すことができなくて……ごめんなさい、もっと情報が残せていれば」


 ――あ。

 そうか。あれは、ケーキが残してくれたものだったのか。


「ごめんな、気付かなくて。……俺が時を戻す事で、ケーキに負担が掛かっていたんだな」


 俺がそう言ってケーキの頭を撫でると、ケーキは涙目に微笑んだ。


「いえ。……いいんです。私はそのために、人間界に降りてきたんですから」


 古代ローマのトーガのような衣装はそのまま巨大化していたけれど、ケーキは随分と『人間』に近くなってしまっていた。

 それはつまり、『徳』を使い過ぎてしまったせいか。

 ――そうだ。


「ケーキ。俺は何度も時を戻す事で、ケーキの『徳』を使っていたのか?」


 ケーキは神妙な顔をして、頷いた。


「『徳』がゼロになる分には、まだ人として生まれ変わる事ができますが――過剰に使い過ぎた魂はそれが出来ず、やがて誰からも認識されることなく、この世の塵になって彷徨い続けると言われます。私も随分近い所に……今、純さんが気付いてくれなければ、私はきっとこのまま……」


 そうか。『徳』がゼロになったから、生まれ変わる訳じゃない。それは二次的な要因で、誰かが生まれ変わらせなければ、魂として存在し続ける事になるのか。

 ケーキだって、天界での反逆者だ。生まれ変わらせてくれる者は現れない可能性だってある。


「ごめん、ケーキ。……本当に、ありがとう」

「いえ。そのおかげでと言いますか、私も少しだけ思い出しました」


 思い出した?

 俺がきょとんと目を丸くしていると、ケーキはふふ、と笑い、俺から離れた。人差し指を立てると、ケーキは笑顔で言った。


「――私、落ちこぼれではなかったんです」

「落ちこぼれでは、なかった?」

「記憶を無くしていたんだと思います。『徳』を使い果たしたからなのか分かりませんが、ほんの少しだけ天界の事を思い出しまして……純さんにも間違った情報や、操作された情報を――与えてしまいました。申し訳ありません」

「あ、いや……」


 今までのような愛らしさの代わりに、賢人のように理知的に微笑むケーキ。その様子を見て、俺はある事を思い出した。

 親父に――穂苅恭一郎によって創り出された世界で、俺はケーキと――シルク・ラシュタール・エレナの過去を知った。その時、俺はケーキの主観で過去の出来事を視ていたのではないか。

 そうだとすれば、全て辻褄が合う。

 天界での記憶を消された彼女。……当然、ポンコツにもなる訳だ。


「純さん。天界のこと、教えます。今の私が分かる範囲で、すべて」


 天界のこと。……つまり、『徳』に関する事か。

 ケーキは満面の笑みで、言った。俺は少し不安になってしまい、ケーキに戸惑いの表情を見せる。


「良いのか? だって、お前は『神の使い』で……」

「これ、見てください」


 ケーキは俺に背中を向けると、トーガのような衣装をたくし上げた。

 ――それを見て、俺は固まってしまった。

 透き通るような妖精の羽は最早どこにもなく、そこには黒ずんだ――そう、まるで『堕天してしまったかのような』小さな羽の姿があった。

 背中を向けたまま、ケーキは笑う。


「――私、もう『神の使い』じゃないんです。だから、存在を消されない限りは何だってできます。純さんが私のことを必要としてくれる限り、私の存在は消えません」

「ケーキ……」

「私の天界での名前は、『リスアール・セ=ボンデュ』。でも、私はその名前を捨てました。その段階で気付くべきだったんです、『私は存在するためのイスを失った』ことに――私は初めから、この世界に見放される予定だったんだって。……でも、良いんです」


 月明かりに照らされた白い素肌が再び衣装に隠されると、ケーキは俺の方に振り返った。

 エメラルドグリーンの瞳が、月明かりに照らされて輝く。まるで女神のようで、美しくもあり――何より、その表情に隠された覚悟の存在を、はっきりと感じ取る事ができた。

 真一文字に結ばれた唇が、決意によって開かれる。


「――私は、『世界の反逆者』になります」


 それは、例えるなら騎士のようであり、また王のようでもあった。


「私は、『ケーキ』です」


 つまりそれは、『因果』に抗う、ということ。

 俺や、姉さんと同じ――……


「聞いてください、純さん。私達のように、人間界で実体を持たない――半ば魂のような存在は、『徳』をもって存在、具現化することができます。逆に言えば、魂を存在させるために『徳』を使っているということです」


 ケーキはベランダに出て、外を眺めた。深夜四時を迎えようとしている一月四日はなおも冷え、凍て付く風に身体を震わせる。


「人間界に居る限りは実体があるので、魂の存在が肯定されています。私達は人間界を動かすために『徳』を使い、使い果たせば人間として生まれ変わるか、『存在』しないものになる。それが、神様と神の使いのからくりです」

「……だから、人間界で『徳』を貯めるのか」

「そうです。実体が無い方が『因果』や『ルール』に直接触れることは楽になりますから。自身の魂を閉じ込めることで、見えなくなってしまうものもまた、多いのです」


 確かに、俺達は自分が楽に操作できる身体を持ち合わせているが、故にその『身体』そのものに縛られている。途方も無い話だったが、自分自身に関わる部分については、俺にも理解することができた。


「じゃあ、神様や神の使い、っていうのは」

「人に見えるレベルの身体は、可視化するために自身の『徳』をもって作ります。通常人間の持てる『徳』は決まっていますが、自分自身で身体を作る分には許容量を決める必要はありません。そうして、この世界に干渉するための力を強めているのです」


 そうか。親父が言っていた、『ここに居るという存在そのものには抗えない』というのは。

 漠然と当たり前の事のように感じていたが、親父もこの世界に存在している以上、存在していないモノの感知は出来ない、という意味だったのか。

 逆に言うと、神や神の使いのようなポジションは『存在していないモノ』を知る事が出来るってことか。

 どうして親父がそんな事を知っているのか、分からないが……。


「待てよ。存在するために『徳』を使っているということは、人間界で『徳』を使い果たした場合はどうなるんだ」

「本来、人間界で『徳』を使う事はほとんど無いのですよ。……ただし、やっぱり例外はありますけど」


 ……例外。俺は喉を鳴らして、ケーキの言葉を待った。ケーキは二本指を立てると、検相な表情で左右の双眸を俺に合わせる。


「ひとつ。世界の秩序を乱すような強い反逆を起こし、存在価値を薄くすること」

「……強い、反逆」


 大犯罪、のようなものか? ケーキは微笑んで、少し得意気な顔をして俺を見て――言った。


「『愛』を、ないがしろにすることです」


 不意に、俺は忘れ切っていたベランダの寒さを思い出し、自身の身体を抱えた。


「……は?」


 俺の反応があまりに白けていたからか、ケーキが顔を真っ赤にして腕をぶんぶん振る。


「ほっ、本当なんです!! こればっかりは真実なので、私は何も言えません!!」


 ……愛。

 ……愛、ねえ。

 つまりそれは、どういう事なんだろう。全く理解できない……。


「逆に、愛を大切にした人は『徳』を高める事になります。世界が愛に満ちているほど、世界の規模はどんどん大きくなるようにできているんです」

「……はあ」

「本当なんです!!」

「分かった、分かったよ。ちょっと全然想像出来てないだけだって」


 ケーキの鬼の首を取りに行くような剣幕に、俺は苦笑して手を振った。少し笑ってしまったが、世界のルールの中心に愛があるって、一見的を得ているようで、どうにも奇妙だと思う。

 その奇妙さの正体は、今の俺には分からなかったけれど。


「も、もうっ。純さんが冷めた態度を取るから、私まで恥ずかしくなってきてしまいましたっ!!」

「え、俺のせい……?」


 ケーキは少しどころではなく頬を朱く染めて、唇を尖らせた。


「あー、もう一つの方が勇気が要ることだったのにっ」

「……で、もう一つは何なんだよ」


 真剣な空気が、一瞬にして泡のように消えてなくなってしまったが。

 ケーキは再度「もう」と言って仕切り直すと、恥ずかしそうにそっぽを向いて、両手の指先をつつき合いながら言った。


「……子供を、つくることです」


 だが、その言葉を聞いた時、俺の中に何かの確信のような――そんなものが、生まれた。


「――子供を?」


 どうしてだろうか。


「人間界は、基本的には人間界の中で完結するようにできています。だから、新たに生まれてくる子供の身体を作るために、人は『徳』を使って、身体を創ります。それが現世で人間ができる唯一の、神様と同レベルの創造行為です」


 俺は、全てを思い出した。

 ――姉さんの、全てを。

 姉さんには、名前はなかった。つまり、初めからこの世界に存在する予定はなかった。

 本来は神の使いになる予定だった姉さんは、その有り余る『徳』をもって、俺のキョウダイとして現世に降臨する――……

 そうだ。姉さんには、名前はなかった。


「ケーキ!!」

「ひゃっ!? どうしたんですか!? 純、さん?」


 俺はケーキの肩を掴んだ。仰天して、ケーキが慌て出す。

 きっと、今の俺はすごい顔をしているだろう。でも、そんな事はどうだっていい。


「……教えてくれ、ケーキ。……姉さんがこの世に現れた目的は、……もしかして」


 何故か、当然のように誰もが、彼女のことを『姉』と呼んでいた。

 彼女はその大き過ぎる『徳』故に、人間の身体に入る事を許されなかった。

 ――『なら、どうやって現世に戻るつもりでいたのか』。

 ケーキは俯いて、俺から目を背けた。


「……そうです。記憶を無くし、因果に従うようになった『私』や『神様』の目を掻い潜って、純さんとの間に子供をつくること」


 姉さんは、俺のことが好きだった。


「二人の間に過剰な『徳』を分け与えた子供をつくることで『徳』を開放し、人間の身体に戻ること。……それが『因果』に従い目的を達成するための、お姉さんに唯一与えられた勝利条件でした」


 何度も俺に迫り、求婚し、俺を追い掛け続けた。キョウダイという、家族という障害があってもなお、前に進み続けた。

 それが、姉さんの目的だったから。


『ね、純くん。お姉ちゃんと……してみない?』


 ――なんという、ことだ。

 俺は姉さんを救うためという目的で、姉さんを存在しないモノへと近付けていた。別の恋人を探すため、紛争し、逃走し、拒絶を続け――そこに、一片の救いもない。元々、俺の目的が達成された時に姉さんの目的は、潰れる予定だったんだ。

 そうして、俺は別のひとを選んだ。

 いや、『選ばされた』。


『お姉ちゃんはね、純くんに幸せでいて欲しいのよ。そのためなら、何でもするからね』


 あんなに俺のことを想ってくれるひとに、俺は――――


「……ざけんな」


 ベランダの柵を掴むと、氷か何かを掴んだのではないかと錯覚するほどに冷たい。だが俺はその冷たさを意識する事もなく、呆然としていた。

 結果として、俺は姉さんを裏切った事になるのか。

 俺が姉さんではなく、瑠璃を選んだことによって――……


「純さん。――大丈夫です」


 ふわりと、体温を感じた。背中から腕を回され、胸の前で交差する。

 ケーキに抱き締められたのだと気付いたのは、少し遅れてからだった。


「私が付いています。今度はきっと、お役に立てると思います。一緒に、お姉さんを助けましょう」


 その頼もしくも暖かい言葉に、俺はきっと、救われた。

 故に、どうしても聞かなければならないことを、聞いてみたくなった。


「……ケーキ。ケーキはどうして、俺達に協力してくれるんだ? 何の義理も、ないのに」


 俺がそう問い掛けると、ケーキは背中に抱き付いたまま、楽しそうに笑った。


「あはは、なんででしょう? 私にも、わかりませんね」


 軽快な声音に、すっかり固まってしまった表情を解し、柔らかく笑う。


「お縁が、あるのかもしれませんね」


 何度も時を戻していく中で、俺とケーキが初めて――本当に分かり合えたような、そんな瞬間だったように思う。


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