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ヤンデレ姉さんに○されたら考えるべき10のこと  作者: くらげマシンガン
▼第七章 俺の周りを飛んでいた彼女について。
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つ『おかえりスイートガール』 後編

 瑠璃が以前アルバイトをしていたファミリーレストランまでは、すぐに辿り着いた。駅前からは五分といった所だろうか。

 とにかく、入ってみよう。


「いらっしゃいませ。三名様でしょうか?」

「適当に座っても良いですか?」

「はい、どうぞー」


 扉を開くと、席に案内される。だが空いている席も多かったので、自分で決める事にした。

 ソファーに、白いテーブル。ドリンクバー。……あまりに当たり前の店内だ。別の店舗にも入ったことがあるので、これだけではどうにも解明し辛い。

 それでもどうにか記憶を手繰り寄せ、席を探した。はっきりと思い出す事は出来なかったが、一番怪しいと思われる窓際の席に座る。

 寄ってきたウエイトレスを俺は注意深く観察した。


「いらっしゃいませ。ご注文は何になさいましょうか」


 特に、制服に違いがある訳でもなし。こんなんで、一体何を思い出せって言うんだよ。


「……あの、何でしょうか」

「あ、いえ」


 嫌がられてしまった。

 うーん。見当外れか。ここに居れば、姉さんの事を何か思い出すかもしれないと思ったのだけど……。


「で、お前等は何やってるんだよ。デートか?」


 越後谷が聞くと、我先にとレイラが俺の腕を取って答えた。


「デートですわ!」

「……ああ。なんかもう、それでいいよ」


 反論する気力もなかった。

 君麻呂が何やらブツブツと呟いているが、今はそれどころじゃない。何かを思い出すかと思ったけれど、今の所は何も出て来ない。

 なんか、ここではなくて。近い場所で、何かが起こったような気もするんだけど……。

 そもそもテキストファイルによれば、七月九日、俺はどうにかして『時を戻す』ということをやりたかったらしい。

 ……そうか。それを考えると、急行電車に轢かれたのは何か理由があったから、とも取れるな。


「それにしても、静かで良い所ですわね。ここが、ツカサ・エチゴヤの家の近くですの?」

「そうだが……そんなに、良い所でもないぜ」


 時を戻さなければならなかった理由。……何だろうか。


「え? それは、どうしてですの?」

「結構、事故とか自殺とか多いんだよ、この場所は。ついこの間も、黒いワゴンが駅前の横断歩道で人をはねたっていう事件があったし」


 黒いワゴン?


「……越後谷、それって、去年にあったやつか?」

「そうだ。……ちょうど、半年前くらいだったかな。赤信号に突っ込んだらしい。避けられず、死んだ人間も居るって話だ」


 なんだ? 何か、おかしいような……。

 頭の中に引っ掛かった、言葉にも出来ない疑問を、俺はどうにか引っ張り出そうと試みる。


「……現場に越後谷、居たのか?」

「え? ……何言ってんだ? 居たら只事じゃないだろ」


 ……まあ、確かにそうか。

 これ以上突っ込む事は、望ましくないな。問題の核心に触れれば越後谷も、俺の探っている内容に気付くかもしれない。

 あまり、事を大きくしたくない。姉さんの事を探っていると知れれば、警戒の強い今はすぐに出来事が上書きされてしまう可能性がある。

 どう、しようか……。


「いや、なんか詳しい感じだったからさ。もしかして見てたのかな、と」

「そういう訳じゃないよ。ニュースで見ただけだ」


 仕方ない。越後谷達と別れた後で、少し探索してみよう。今この場は、楽しく雑談でもすることにして……


「穂苅、何か気になるのか?」

「えっ?」


 越後谷は俺の反応を見て不敵に笑い、腕を組んだ。

 気にしていることがバレたのか。……相変わらず、越後谷相手には一瞬たりとも気が抜けないな。人の動向を探るのが得意な越後谷は戦力になるのと同時に、俺が隠し事をしたい時には大変な障害に成り得る。

 推理は得意なんだろうが、基本的に空気読まないしな、こいつ……

 どう、しようか。ここで変に断っても、余計に探りを入れられる結果になってしまうかもしれない。


「そういやあ、あの事件ってそこまでニュースにはならなかったけど、大きな出来事だよな……犯人、まだ捕まってないんだろ?」


 偶然の賜物だろうが、君麻呂がナイスな疑問を投げ掛けてくれた。

 これで、事件の詳細に自然に入る流れができた。越後谷も俺から意識をシフトさせたようで、君麻呂の方を向いた。


「みたいだな。行方不明になったらしいが」

「怖ぇな……今頃は別の場所で事件を起こしてるかもしれないってことだろ」

「そんな――」


 口を付いて二人の会話に割り込もうとした俺自身が、意味もなく固まった。

 ――あれ?

 どういう訳か、「そんな筈は無い」とナチュラルにも言ってしまいそうになった。俺はこの事件に関する事は、初めて聞く筈なのに。

 いや、待て。『黒いワゴン』という単語に違和感を覚えたのは、俺がその事件のことを知っていたからに他ならないじゃないか。ということは、今訪れた感覚も訪れるべくして訪れたものである、ということだ。

 二人は事件がまだ継続している事に対して俺が反応したと思ったのか、「そんな」の台詞を気にする様子はない。それについては助かった、と言うべき所だが、これは……


「ツカサ。犯人は捕まっていなくとも、車は発見されていても良いのではなくて?」

「それが、車も行方不明になっているらしいんだ。詳しい事は俺にも分からないが、ナンバープレートを隠していたから雲隠れしたという可能性もある」


 俺は、その犯人が捕まっている所を、見たような気がする。勿論、記憶はないが。感覚として、そのように覚えていた。

 とにかく、行ってみなければ。俺は立ち上がり、鞄を背負った。


「ごめん、ちょっと急用を思い出した。俺、帰るよ」

「え? ジュン、今日の件は――……」

「ありがとう。実は瑠璃の病気の事で少し悩んでいたんだけど、足跡を追い掛けても何も見付からないかもしれない、と分かったから大丈夫だよ。助かった」


 これについては、半分は嘘ではない。

 半分というのは、俺は現地を巡る事で失った記憶の欠片を呼び戻す事に成功していて、それが瑠璃の症状と関係があると思っている所に嘘がある、ということだ。

 返事も聞かず、俺は代金を置いてレストランを出る。越後谷の事だけが少し気掛かりだが、今はそれを気にしていても仕方ない。


「ありがとうございましたー」


 扉を開けて外に出ると、一月の冷たい空気が肌を刺した。地面を強く蹴って歩き、俺は真っ直ぐに事故現場を目指す。

 黒いワゴンがスピードを上げて横断歩道に突っ込んでいく様子を、覚えているような気がしたのだ。しかも俺は、覆面をした運転手の顔を、前面から一瞥したような気がして。


「……覆面?」


 そうか。運転手は、確か覆面をしていた。

 些細な事だが、その様子がはっきりとイメージ出来るということは、俺がその場所に居た事があるという証明になるかもしれない。

 駅前のすっきりと広い通りに出ると、俺は駅の端から端までを結ぶ、長い車道を確認した。

 あまり見覚えがあるとは言い辛いが、確かに車が助走をつけて横断歩道に突っ込む事が出来る程度には距離があり、また車も通っていない。時折現れるタクシーが停車していることはあるが、その程度だった。

 ……駄目だ。ここには、姉さんの面影はない。思い出す事はあるが、それほど強い記憶でもないようだ。


「ただ、死亡記録だけを追い掛けても駄目か……」


 ならば、どうしたら良いだろう。

 俺は事故に遭ったのだろうか。覆面の顔を覚えているくらいだから、やっぱり実際に轢かれたのは俺で、きっと大事になって……。

 その後、病院に行った? ……俺が急行電車に轢かれたということは、その段階ではまだ生きていたのだろうか?

 そんなことを考えながら、実際に横断歩道を渡ってみる。きっと、こっちから車は来ていた筈で……


『……どんな?』

『純くんを私が何度も殺しちゃう夢』


 そうだ。確か、それは病院での出来事で。

 その言葉の、続きは――……


『何か、頭の中で見えなくなっている部分があって。それに触れると、私は私でなくなってしまうの。純くんがある時、それに触れるの』


 違う。あの時交通事故に遭ったのは、

 交通事故に遭ったのは、

 ――越後谷。

 唐突に頭の中にあった何かが、急速な勢いで集束していく。

 俺は瑠璃と、一体いつから暮らし始めた? その開始時期は曖昧で、『そんなにも大切な出来事が、俺にとって曖昧』な出来事で。


『私にそんな部分はないって信じてるけど、その夢があまりにリアルで、少し怖くなったの。私はどうしてか、純くんと一緒に死なないといけない気がして、それを行動に移すの。……く、首を締めたり、包丁で刺したり、するの』


 俺は、ごくりと唾を飲み込んだ。

 巻き戻った時間の記憶を、確かに残している。

 俺だけじゃない。レイラの中にもあったように、確かにその出来事は関わった人間の中には存在している。

 あの携帯電話に残っていたメモが、皆の記憶から姉さんの存在が無くなっても、すぐには消えなかったように。

 通過して巻き戻った時間は、誰のものだ?

 俺に記憶が残っているのに、それは本当に全て綺麗さっぱり、『無かったこと』になっているのか?

 そんな筈はない。時間が巻き戻ったということは、記憶を消している誰かが居るはずだ。

 あるいは、それは――


「――あの家は、『俺と瑠璃が暮らしていた家』じゃない」


 瞬間、駆け出していた。

 駅に入り、切符を買い、すぐに俺は目的の場所へと向かって走り出した。

 溢れ出すように、俺の中で『姉さん』の記憶が蘇った。料理をしている姿、学園に一緒に登校している姿、昼飯を食べている姿。それらは今までに何度か見たフラッシュバックのような体験とイコールで、俺は湧き上がる衝動に突き動かされるまま、ただひたすらに目的地を目指す。

 始めから、俺が行かなければいけない場所はすぐそこにあったんだ。

 そこには俺と姉さんの過去が、根こそぎ詰まっていた。

 これまでに、どのようなことを考えてきたのか。

 これから、何をしようとしていたのか。

 もう――忘れる訳にはいかない。

 何としても、起きているうちに名前を思い出さないと。

 あの、最寄り駅から徒歩五分、二LDKの小奇麗なマンションの、大して装飾もしていない簡素な部屋で。


「ただいまっ!!」


 扉を開き、すぐに靴を脱いで上がる。電気を点けると、俺は部屋の中を走り回った。


『お姉ちゃんはね、純くんに幸せでいて欲しいのよ。そのためなら、何でもするからね』


 ――わかる。


『純くん、石鹸切れてるー』


 ――――わかるぞ!!


 そこには、確かな存在感があった。俺は寝室のデスクに座り、ノートを引っ張り出して、ペンを構える。

 ここまで思い出すことが出来れば、後は容易な筈だ。俺は沢山の、『姉さん』の記憶を思い出すことに成功している。後は、後は、ただ名前を思い出すだけ――……

 背中にのし掛かるような、重たい感覚は消えなかったけれど。

 俺は確かなものを掴んだような気がして、歓喜に震えた。



 ◆



 一月四日、金曜日。午前三時。

 デスクに座り、一日以上の時が経過した。

 朦朧とする意識の中、眠りという名の深海に落ちてしまわないよう、何度も頭を振った。白紙のノートに構えたペンは鉛のように重たく、最早言う事を聞かなくなっていた。

 うつらうつらと、眠り掛けては目を覚ます。暫く経ってから水を飲み、コーヒーを淹れ、そしてまた存在しない記憶の束に手を伸ばした。

 名前がなければ、人は存在しない。数あるモノには必ず何らかの名前があり、それが俺達の存在を確かにしている。

 存在が無くなってしまった姉さんは、存在を手に入れるしかない。

 それは、分かっていたけれど。


「……無い。……ない……」


 目を覚ますため、いつしか俺は言葉を口にして考えるようになっていた。これだけの記憶を思い出してもなお名前だけを思い出す事が出来ない自分に苛々もした。だが、やがてその苛立ちさえも睡魔に奪われ、混沌とした意識の中に引き摺り込まれそうになる。

 花言葉。ありふれた名前。調べる事もした。だが、恰も始めから名前など存在しなかったと嘲笑うように、姉さんの名前『だけ』を思い出す事が出来ない。


「くそっ……」


 時計はただ、刻一刻と秒針を進めていた。

 一日以上の徹夜の末、ぼやけた視界でペンを見詰めながら、俺は再び眠りに落ち、記憶を消しそうになる。

 肉体が抗うことのできる限界まで、どうにか耐えた。何度も着信のあった杏月のコールに、助けられながら。


「ピュラモスとティスベは……」


 自分が何を言っているのかも分からない。

 ――ああ。

 また、戻っていく。

 思い出し掛けた記憶は無に帰り、今度こそ完璧に、姉さんを思い出す事が出来なくなる。

 それは、本当の意味での長い眠り。

 もしかしたら、もう二度と目が覚めないかのような――……

 かくんと、頭が動いた。


 ……


『待ってください!!』


 ――目を覚ました。

 ぼやけていた意識は一瞬にしてクリアになり、俺は辺りを確認する。

 午前三時、十五分。まだ、何も変化していない。姉さんの記憶も、消えていなかった。

 思わず、胸を撫で下ろした――俺は今、取り返しの付かない過ちを犯す所だった。動悸と怒らせた肩を落ち着け、俺は再びノートに向かう。

 それにしても、助かった。誰かが声を掛けてくれたから――……


「……え?」


 部屋の中を見回す。デスクのスタンドが点いているだけで、他に明かりはない。じっとりと暗い空間には、杏月はいない。

 ならば、俺の心の声だったのだろうか――?

 今の声は――……


「あ」


 自然と、頭の中に浮かんできた。

 桃色の髪に、エメラルドグリーンの瞳。ユニコーンのような角と尖った耳、妖精のような羽を持ち、手のひらくらいの大きさで、いつも俺の足を引っ張ったり、ささやかな協力をしてくれた。

 時が戻ったのは、何かの間違いなんかじゃない。そこには確かな、『人間ではない者』の協力が必要だった。


『正確に言うと、私のことは皆さん、見えない訳ではありません。『見ようとしない』んです。だから、ここに居ると言われれば気付きますが、私から干渉しない限り、皆さんは私の事を気にする、という事ができません』


 ――どうして、今までそのことを、忘れていたんだろう。

 俺は気付き、そしてその、『肩にのし掛かっている彼女』に――――


「――――ケーキ?」

「――――あっ」


 声を、掛けた。


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