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ヤンデレ姉さんに○されたら考えるべき10のこと  作者: くらげマシンガン
▼第七章 俺の周りを飛んでいた彼女について。
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つ『The day before yesterdayをさがして』 後編

 あやめ……? 花の、アヤメのことか?

 死亡記録の書かれたテキストファイルを遥か下へとスクロールすると、そのような単語を発見した。特に意味のない単語のように思えるが――……

 ……いや、待て。なんだ、この感じ。

 今までに何度も、こういったヒントを見てきたように感じる。記憶はないが、身体が覚えているというのか――……あるいは、既視感のようなものだっただろうか。


「……純、この死亡記録、九月で止まってる……よね」


 杏月の言葉で、俺も気付いた。メールもほとんどが二○一二年の九月付近で、ぱったりと止まっている。

 俺の本物の――この場合、どちらを本物と呼ぶべきか悩ましいが――ずっと持っていた方の携帯電話には、二○一三年からのメールの記録がある。

 ――よく見たら、それより前の記録が、ない。


「なあ、……俺、去年の終わり頃はほとんど、メール……してなかったっけ?」


 杏月とレイラもそれぞれの携帯電話を確認して、履歴を見ていた。だが、徐々にその表情は青くなっていく。


「な、無い。無いですわ……」


 昨日は、二○一三年の一月一日だ。――では、それより前は?

 一昨日は、一体何年の何月何日、だったんだ……?

 いよいよもって、何かがおかしい。俺はテキストファイルの内容を手早く今の携帯電話に写そうと試みた。ファイルを開いて、文字を……


「純、貸して!」


 杏月が俺から二つの携帯電話を引ったくり、操作を始める。……なんというスピードだ。化け物か。


「他にも、この家の何処かに変なものがあるかもしれない!」


 ――なるほど。

 確かに、携帯電話は寝室にあったが、それ以外に俺達はまだ何も発見していない。

 まだ、探してもいないのだ。もしかしたら何処かに、この不可思議な状況に解答を見付け出すための何かがあるかもしれない。

 そして、その何かが、仮にこの携帯電話と同じ状態だとしたら――それは今、透けているということになる。

 よく見て、透けているものを探すんだ。

 見付けるのは、容易いはずだ。


「よし、分かった。探してみよう。……レイラ、悪いけど協力してくれるか? 半透明のものを探すんだ」

「え――ええ、分かりましたわ」


 レイラは戸惑っている様子だったが、遅れて頷いた。

 俺は寝室を出て、居間へと向かう。杏月が寝室、レイラがリビング、そして俺は居間を探した。引き出しという引き出しを引っ繰り返し、時計の裏やテレビの後ろ、ソファーも移動してみる。

 瑠璃は事故に遭って、記憶を失った。つまり今となっては、この部屋の詳細な記憶を持っているのは俺だけということになる。

 どこに何を置いたのかは今、この世で俺しか知らないんだ。

 瑠璃と暮らしていた時はどうだったかを思い出そうと努力しながら、実際の部屋を探した。

 どこに何を置いて、どうやって管理しようとしていたのか。そこに、解決のきっかけがあるかもしれないと思った。


「ジュン、半透明のものなんて……ありませんわ」


 レイラがリビングから顔を出して、少しげんなりとした表情で俺を見た。

 まだ探し始めていくらもしていないだろう。……まあ、レイラ担当のリビングにはそこまで漁るものがないから、仕方ないかもしれないが。

 しかし――……

 俺は立ち上がり、辺りを見回した。


「おかしい」


 何かが、おかしい。

 この部屋を真面目に探ってみて初めて、俺はその珍妙さに気付いた。

 自分の記憶を、信じるな。

 親父の言葉を借りるなら、俺は自分自身に今、そう言い聞かせていた。俺と瑠璃が付き合い始めて、この家で暮らして、半年以上はこの部屋で生きている筈なのだ。

 少なくとも、俺の記憶の中では。

 だが俺はこの家について、ほとんどの事を覚えていない。当たり前のようにこの場所に居るが、居間の状態、寝室のこと。何もかも、初めて目にする物のように感じる。

 記憶が朧げだった。確かに俺はこの場所に、『瑠璃と』生きていた。……だが、それを証明するものは何もない。

 この部屋に、瑠璃といた記憶が出て来ない。

 自然と、額から冷や汗が垂れる。

 どうして――……


「純、これ!!」


 杏月が顔を出した。もう写し終わったのかよ。早過ぎだろ。

 手に持っていたのは、やや透明度の上がった……ビデオカメラ?


「寝室にあったのか?」

「うん、純の学習机? の中に、入ってたよ」


 どうして、そんなものが俺の机の中に……?

 いや、これはチャンスだ。映像のように残るものがここにあるというのは、貴重な情報になる。


「見てみよう」


 杏月は頷き、レイラは複雑な顔をしていた。

 杏月の左手に握られていたカメラバッグの中に、テレビと繋ぐためのケーブルが入っていた。俺はそれを居間のテレビに接続し、ビデオカメラとテレビの電源を入れる。

 ビデオカメラも携帯電話と同じように触れる事ができる。当然、テレビと繋ぐことも――半透明だというのに。

 テレビの電源を入れると、俺はビデオカメラの接続画面に切り替えた。

 ……ちゃんと、映るのだろうか。

 思わず、喉を鳴らした。


「……行くぞ」


 杏月とレイラに確認を取ると、二人は神妙な面持ちで頷いた。


「鬼が出るか、蛇が出るか……」


 杏月は物騒な事を言っている。


「し、心霊映像なんかでは、ありませんわよね……」


 レイラも、若干腰が引けていた。

 とにかく、中身を見てみない事にはこれが一体何なのか、分からない。毒を食らわば皿までとは言わないが、消える前に見てみなければ話にならないのだ。

 ――俺は、再生ボタンを押した。

 真っ黒な画面は砂嵐になり、特に何も起こらない。先頭から再生してみよう。

 デジタルのビデオカメラは頭からの再生が楽で助かる。……そうして、暫く待ってみた。


「……何も起こらないですわね」

「……だな」

「なんまんだぶ、なんまんだぶ……」


 レイラが先程からずっと、俺の袖を掴んでいる。どうやら、かなりビビっているようだ。「なんまんだぶ」って、ガラじゃないにも程があるだろ。

 何も起こらないな。くそ、見当違いか……?

 映像は情報として有利な反面、確認するのに時間を要するというデメリットもあるか……

 うーん、これは……。でも、個人で撮っているものなら、頭の部分が空白なことも十二分に考えられ――――


『撮れてるー?』


 ――映った。

 ここはどこだ? 砂浜……? 紫色のビキニを着た瑠璃が、こちらに手を降っている。海、波、砂浜……。他には何も映っていない。

 なんだ、これは? いつの記録だ……?


『うん、撮れてるよ! ばっちり!』


 ビデオカメラを持っている主と思われる人物の声が聞こえてきた。その声を聞いて、杏月が目を丸くする。


「私……?」


 ビデオカメラを構えているからだろう、姿は映らない。だが、その声は確かに杏月のものだった。


『るりりん! こっち向いて! はい、セクシーポーズ!』

『なっ……な、何言ってんの!?』


 瑠璃が顔を真っ赤にして、胸を隠す。しかし、豊満な……。小ぶりのメロンくらいあるんじゃないか。

 しかし、海、空、砂浜だけでは、ここが何処なのかも分からない。瑠璃がまだ記憶を残している時期に、皆で旅行になんて行ったっけ……。水着を着ているということは、夏の出来事なんだろうが……。

 去年は有り得ない。ということは、一昨年の記録だろうか……?


『ねー、ちょっと台詞喋ってみてー』

『えっ? ま、まだ私って決まった訳じゃ……』

『いいからー。ほら、主人公がヒロインと出会うシーン!』


 ……台詞?

 瑠璃がリクエストを受けて、もじもじとしていた。何かに隠れようとしているのだろうが、如何せん海と砂浜しかないその場所では、隠れる物もないのだろう。暫くの間、背を向けて――……覚悟を決めたのか、こちらを向いた。


『……こ、こんにちは。……ずっと、話しかけようと、思ってたんですけど』


 瑠璃が、ぎこちない演技を始める。


「ねえ、純……これって、学園祭のドラマじゃ……」


 ――俺も、そう思う。


「でも、それは有り得ないだろ。その時期には、もう瑠璃は……」

「分かってる、分かってるけど……」


 そうでもなければ、辻褄が合わないと言うのだろう。確かにそうだ、ドラマを撮影するでもなければ、ビデオカメラを持ち出して海になど行かない。

 だが、ドラマの話は一昨年――二○一一年の段階ではまだ挙がっていない。だから、矛盾があるのだ。

 ……いや。矛盾と言うなら、俺の携帯電話が二つ存在している時点で、既にどうしようもなく狂ってしまっているのかもしれない。

 ならば、今までの記憶――固定概念は全て取り去って、考えるべきだ。


『おーい、瑠璃のグラビア映像みたいになってんぞー』


 ……これは、越後谷の声だ。


『もう!! やめてよー!!』


 瑠璃がその言葉に反応して、憤慨した。

 その言葉を聞いたからか、初めて杏月の構えているカメラが海と砂浜から横に逸れる。

 海パンの越後谷……と、それに抱き着いているワンピースタイプの水着を着ているレイラ。越後谷は迷惑そうな顔をしている。二人の後ろで君麻呂が、何故か砂浜に埋められて頭だけを出している。

 遠くに見えるのは……木造の、ペンションのような建物。


「こ、これ……!! 二階堂の、別荘ですわ……!!」


 レイラの別荘。

 当然、レイラにもカメラ映像が語る過去の記憶は無いようだ。一目見る限りでは、楽しく海で遊んでいるといった様子だが……


『助けてくれよおー。誰かー』

『おい、二階堂。お前が埋めた男が助けを求めているぞ。行って来い』

『ゴミはゴミ箱へ。屍は地中へ戻しただけですわ』

『うわ、ひでえ……』


 まだ、出てきていない人間が居る。俺と、立花……。

 そして、俺のものと思われる携帯電話に記録された、『姉さん』という存在も、まだ登場していない。……いや、普通に考えれば姉がこういう……旅行? の場に登場する事なんて、考え難いか……?

 同年代で集まるものだよな、やっぱり。


『せっかくだから、美濃部も映してやれ。パラソルの下でイジケてんぞ』

『いっ、い、い、いじけて、ないわよ!!』


 さらにカメラは歩いて移動し、パラソルに近付いて行く。フリルの付いたワンピースの水着を着ている立花が、カメラに入ってくる。

 そういえば……君麻呂の前髪、青い色をしている。この時の君麻呂はまだ、妹の春子ちゃんのために道化となっていた時期だ。

 ……ということは……これは、いつの出来事になるんだ……?


『純、純も映ってよー』


 ――きた。

 美濃部の隣で、寝ている俺が映った。面倒臭そうに、杏月に向かって手を振っている。


『……ええ、いいよ。こら、撮るな撮るな』

『いーじゃん、まだテストなんだし』

『そんなに長い必要ないだろ、動くかどうかの試験なんて』


 俺は起き上がり、カメラから背を向けるように動いた。海の方に顔を向け、……あれ?


『良いって、――。だから、泳ぐの苦手なんだって言ってるじゃん』


 ……俺、何してんだ……?

 画面の向こうでは、立ち上がってパラソルから出た俺が、……何か、左腕を前に出して奮闘していた。それに、音も何かおかしいような……


『――、いや、あのね。――、だからね、俺はね……良いって!! それはちょっと!! 遠慮したいな!!』

『あー!! ちょっと!!』


 一瞬、空が映る。……投げられたのか? ビデオカメラの視界が上昇し、頂点に達した所で下降を始めた。画面が激しく乱れ、砂浜と足だけが見える。


『杏月ちゃん、さすがに投げちゃ……』

『良いのよ、試験段階だし!』

『壊れちゃう……』


 声の主は、立花か……? 砂浜を踏みしめる音が聞こえる。程なくしてカメラの前に、白い足が見えた。

 ――映像は、そこで途切れた。


「純、ちょっとリモコン貸して」


 杏月は俺からリモコンを奪い、巻き戻した。先程の映像が逆回しで再生される――音は聞こえない。途中で杏月は再生ボタンを押下し、そこからまた映像は流れ始めた。

 立花がカメラに……俺が登場するシーンか。確かに、このタイミングが一番不可解だ。


『純、純も映ってよー』


 映像に、俺が映る。面倒くさそうに、杏月に向かって手を降っている――なんだ? よく聞いてみれば、波の音が小さくなったり、大きくなったり……いや、音自体が消えている……?


『……ええ、いいよ。こら、撮るな撮るな』

『いーじゃん、まだテストなんだし』

『そんなに長い必要ないだろ、動くかどうかの試験なんて』


 俺は起き上がり、カメラから背を向けるように動いた。……違う。何かに気付いたような感じだ。杏月と会話している最中に、誰かに呼ばれたような反応の仕方。意識が違う方に移ったんだ。

 不自然に突如として小さくなる波の音が、今度は完全に消えた。さっき聞いた時の『音の不自然さ』は、ここにあったのか。


『良いって、――。だから、泳ぐの苦手なんだって言ってるじゃん』


 立ち上がってパラソルから出た俺が、左腕を前に出して――

 杏月はそこで、一時停止した。


「……アンズ・ホカリ? どうしたんですの?」

「ねえ、これ、見て。なんか、引っ張られてるみたいじゃない?」


 杏月はそう言うと、スローモーションで動画を再生する。引き伸ばされて妙な低音に変化した周囲の音と声が、俺達を妙に緊張させた。

 確かに、俺はまるで左腕を掴まれて、海に入りたくないと抵抗しているように……見える。それでも力に抗えず、少しずつ海に引き摺られているような……

 だが、俺は左腕を掴まれていない。引っ張っている人間は、映像のどこにも居ない。


「ちょ、ちょちょちょちょっと!! もう、見たくありませんわ!!」


 レイラが目を閉じて、リモコンを我武者羅に操作した。

 早送りボタンが押されたようで、映像はどんどんと通り過ぎて行く。再び砂嵐になり、そして――――

 そして――――


「――俺達の記憶は、偽物だ」


 咄嗟に、そう呟いていた。

 どちらが信憑性があるかと言われれば、俺はこの映像の方が真実だと思う。記憶よりも遥かに信頼性があり、確かなものだった。

 ――撮影していない筈のドラマの映像が、流れ出した。

 そもそも俺達、学園祭の催し物は、何を出したんだ。

 ドラマでないとしたなら、別の何かを出し物として提供している筈なのに、俺はそれを覚えていない。

 学園祭の時の記憶も、殆ど無い。

 杏月は早送りのドラマを食い入るように見ていた。レイラは何が起こっているのか分からないといった様子で、愕然としていた。


「騙されているんだ。俺達は」


 そこには、記憶を失った筈の瑠璃が、笑顔で台詞を喋っていた。



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