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ヤンデレ姉さんに○されたら考えるべき10のこと  作者: くらげマシンガン
▼第七章 俺の周りを飛んでいた彼女について。
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つ『The day before yesterdayをさがして』 前編

 ……眠れない。

 一月二日、深夜の一時。眠れないのに眠ろうとして微睡んでいる時間が長く、軽い頭痛を覚えて俺は起き上がった。

 おかしいな。疲れていた筈なんだけど。

 少なくとも、この世界には、居ないよ。

 どうにも、親父の言葉が引っ掛かっていた。そのせいで眠れないのかどうかは分からなかったが――あの含みのある言い方に、違和感を覚えてしまったのだろう。

 この世界には。

 ……ということは、どこかの世界には、居るのか。俺に姉さんが居る世界が。


「……ふー」


 考え過ぎだ。

 アシンメトリーな対極する世界にはもう一つの地球があって、そこでもう一人の俺が姉と生活しているのだ、と言われているに等しい。そんなものは想像上の産物でしかなく、例えあったとしても現実に何かの影響を及ぼす事はない。

 何故なら、俺は『どこかの世界』には行くことが出来ないからだ。

 それはパラドックスのようなもの――言い換えるなら、ジレンマ、だ。俺は今、外すことの出来ない鎖に手を伸ばしている。

 ……くだらねー。水でも飲もう。

 ベッドから降りて、廊下に向かった。

 二階の廊下の窓から、庭が見える。和装をした男が深夜の池の前に立っていた。

 ……親父?

 こんな時間に、何をしているんだろう。当たり前だが、庭に立っている親父は二階の俺に気付いていない。

 そっと窓を開けて、外を眺めた。


「何、してんだ?」


 親父は何をするでもなく、庭の池を眺めていた。外は凍えるほどに寒く、窓を開けているだけで冷たい空気がどんどんと部屋に流れ込んでくる。

 一月だぞ。あんな格好で、寒くないのか。

 ……おお、上半身を出しているだけなのに耐えられない。上着も着ないで、よくあんな場所に立っていられるな。

 異次元の生命体に付き合っている暇はないか……


「この世は不完全だ」


 ――窓を閉めようとして、ふと親父の言葉が耳に入った。はっきりと聞き取る事ができる抑揚の明確な単語で、二階だというのに一字一句を漏らさず聞き取る事ができた。

 思わず、窓を閉める手を止めてしまった。


「完全な世界などない。何故なら、この世は不完全であるように作られたからだ。万物は共通の引き継いだ記憶を持っている訳ではないからして、『記憶』と『習性』を頼りにして生きてきた生物には間違いが生じる」


 ……何の話を、しているんだ?


「もしも世界が完全なモノだったら、始めから世界は『完全』であるべきだった。そうしなかったのはお前だろ? 『ノーネーム』」


 小説の話かよ!!


「『愛』が、欲しかったからさ」


 窓を閉めて、暖を取った。気になって本当に損した気分だ。……おお、寒い。さっさと水飲んで寝よう。

 背中が痛い。朦朧としている間に寝違えたかな……。

 階段を降りて、台所へと向かった。深夜の廊下は暗く、また冷えた床が足裏を襲う。

 食器棚からコップを取り出して、水を注いだ。


「自分の記憶を信じないで。でも、自分を信じて」


 いつだっただろう。親父は俺に、そう言った。

 もしかしたら、何度もそう言っていたかもしれない。真実はどこにも転がっていない。真実は、自分の中にあるんだと。

 身体の奥の方から、何故か危険信号が発されているような気分になっているんだ。

 それがいつから生まれたものなのかさえ、定かでは無いのに。


「……あ」


 棚の隣に、レトルトカレーを発見した。こんなもの買ってたのか。お袋はレトルト食品なんて、あまり使わないのに。誰かからの貰い物か何かだろうか――……


『――愛は、速度よ!!』


 もしも世界が完全なモノだったら、始めから世界は『完全』であるべきだった。

 そんな台詞に意味が無い事くらい、分かってる。あれは親父の創り出した小説の世界の話で、この現実には何も関係のある事ではなくて……

 ――でも。

 俺は本当に、自分の事を分かっているのか?

 記憶なんて、ちっとも当てになるようなものではないじゃないか。自分の中で好きなように変えることが出来て、忘れようと思えば忘れる事だって出来るものじゃないか。

 それでも、記憶を信じるしかなかった。

 過去は、留めておけない。

 写真や動画にしたところで、その時に起こった出来事や思い出は、俺が覚えていなければ一致しないからだ。


「……くそっ!!」


 じゃあ、あの携帯電話の中身は?

 意味もなく、駆け出していた。階段を駆け上がり、その間に寝間着を脱ぎ、外用の服へと着替える。いつも着ている上着のジャケットを羽織り、携帯電話と財布をポケットに入れた。

 俺だけが、連絡先に登録されていない――誰かの、知り合いの、携帯電話。

 それが俺と瑠璃の部屋にあったという事実。

 そうだ。過去は忘れる事ができる。

 そこにあった嬉しい出来事も、悲しい出来事も、一様に記憶を消去することは、誰にだってできる事なんだ。

 再び廊下を降りると、今度は『離れ』を目指した。長い吹き抜けの通路は深夜の影響もあって凍り付くように冷え、耳が痛くなる。……だが、俺は足を止めない。

『離れ』に入り、簡素な杏月の部屋へ。部屋の扉を開けると、とても女の子の部屋とは思えない、機械だらけの部屋が顔を出す。

 杏月はそこで、猫のように丸くなって眠っていた。


「杏月!!」

「……ふえ?」


 揺さぶり起こすと、杏月は寝ぼけ眼を擦りながら俺を見る。俺は杏月が起きたことを確認すると携帯電話を開き、コールの相手を探した。

 深夜の一時。電車はもう止まっている。だとすれば――方法は一つしかない。

 それは暫くのコール音を鳴らし――流石に眠っているか? 都合良く、出てくれたりとか――……

 ――繋がった!!


『……もしもし?』

「レイラか!? 俺だ!! ちょっと緊急で、頼みたいことがある!!」

『……緊急、ですの?』

「俺と瑠璃の家まで、車を回して欲しい!」


 その言葉を聞いて、杏月が目を見開いて飛び起きる。レイラは俺の声音に気付いたからか、暫くの無音のあと、はっきりとした口調で言った。


『三十分――いえ、二十分ですわ。二十分待ってくださいまし』

「助かる。ありがとう」


 そう言って、電話を切る。

 別に、何かが起きた訳ではない。だけど、時間を無駄にしたら駄目な気がした。昨日、あの時、あの場所で手に入れた情報。誰かの携帯電話。あれは、言ってしまえば『ある筈のないモノ』を手に入れた事になるのではないか。

 もしもそうだとするなら、その『ある筈のないモノ』がどれだけの時間、あの場所にあるかなんて、誰にも把握できる事では無いのではないか。


「……純、また、行くの?」

「あの携帯電話には、誰も知らない『姉さん』と、杏月と、瑠璃と、立花と、越後谷と、君麻呂とレイラの番号が入っていた。……それなら、あの携帯電話は一体誰のものだったんだ?」

「誰のものって――」


 俺はポケットから携帯電話を取り出すと、杏月に見せた。


「俺のもの、だったんじゃないか」


 杏月が強張った表情で、俺を見る。そうだ。きっと答えは、杏月にだって分かっていた。ただ、その答えは矛盾をはらんだ――パラドックスのようなもの、だったんだ。

 だから、認められなかった。俺達の記憶の中では、それは存在しないものだったから。


「……だって、純は今、携帯電話を持ってるじゃない」


 俺は頷いた。


「だから、おかしいんだ。時間がないと思うんだよ」


 もしもこれが本当だとしたら俺はもう、この世の事を何も信じられなくなりそうだ。分かっていたが、俺は続けた。レイラは後、二十分ほどでこちらに到着すると言う。なら、俺と瑠璃の拠点まではここから三十分程度だろうか。夜中の内には、まだ到着できる範囲だ。

 杏月は決断し兼ねているようだった。当然、あの奇妙な現象にもう一度、正面からぶつかりに行くのだ。あまり気持ちの良い事ではない。


「……分かった。行こう」


 だが、杏月はそう言った。

 杏月にとっても、気になる出来事ではある筈だった。



 ◆



 レイラはまったく予定通りの時間に到着し、俺達は二LDKのマンションまで足を運んだ。レイラの行動は早く、いつも頼りになる。深夜に呼び寄せてしまった事は申し訳ないが――……

 すぐに玄関口まで向かい、鍵を開ける。扉を開くと、先程よりも暗い室内が視界に入って来る。

 まるで洞窟か何かのようで、思わず喉を鳴らした。

 電気を点ける――……


「……それで、どうしましたの? そろそろわたくしにも、説明してくださらないかしら」


 レイラが頭に疑問符を浮かべながら、後ろを付いて来た。俺と杏月は寝室まで移動し、先程の携帯電話を確認する。

 ――――あった。

 その携帯電話に近付き、手に――取った。


「……よし」


 俺は杏月と二人、顔を見合わせる。


「電話?」


 レイラは首を傾げた。

 携帯電話を開くと、中身を確認する――昨夜のままだ。焦る必要は無かっただろうか――

 ――いや。


「……うそ」

「な、何事ですの……!?」


 携帯電話は薄っすらと透けていた。映像か何かのように、携帯電話の向こう側に、僅かに自分の手のひらが見える。

 親父の言葉が引っ掛かっていたのは、きっとこうなることを俺に予想させたからだ。ある筈のないものがここにある。それは、確かな矛盾点なのだと。

 一体、俺達に何が起こったって言うんだ? この携帯電話は、メールアドレスからして間違いなく俺のものだろう。だとしたら、一体どうして携帯電話は『二つ』あるんだ?

 俺はポケットから携帯電話を開いて、見比べてみる。……何らおかしい事はない。共に、普通の携帯電話だ。片方が若干透けていて、内容が違う、という事以外は……


「え……ジュンのもの、ですの……?」


 レイラが俺の服の袖を掴んだ。この異常事態に、頭が回転していないのだろう――……

 くそ……何か、情報はないのか……!!

 メール、着信履歴、連絡先、と確認した。他に何か、手助けになるものなんて……

 いや、待て。落ち着け。……この携帯電話は、今、この部屋に来た時から半透明だった。手にしてから少しだけ時間は経ったが、これまでに変化は見られない。

 ということは、まだ時間はあるかもしれない、ということだ。

 機能を見ながら、『何か』を探す――……。自分の携帯電話と比べながら、あてもなく、何かを。


「……あ」


 ――テキストファイル。

 その携帯電話には、テキストファイルが保存されていた。咄嗟に、そのテキストファイルを開こうとする――……パスワードロックが掛かっている。

 適当に数字を入力してみる――そんなに、単純なものではないか。


「わ、私、追跡しようか?」


 杏月が慌てて、鞄の中を広げた。しかし、すぐに表情は暗くなる――ノートパソコンを持っていなかったのだろう。急いで出て来たから――……

 どうする? 引き返すか? それとも、手に持ったままで部屋から出るか?

 しかし、テキストファイルの題名は『私的ゲーム記録』だ。苦労して開いた所で、あまり意味のないものだという可能性も……

 ――――いや。待てよ。

 これがもし仮に『俺の』携帯電話だとするならば、パスワードは俺がいつも付けそうな、他の誰にも分からないパスワードの筈だ。テキストファイル如きにパスワードが掛かっているということは、これは絶対に俺が他人に見られてはいけない、そういうデータで……

 だから、題名を在り来りなモノにして、カモフラージュしようとしたんじゃないか?

 考えろ。俺が思い付く、中身が見られないような題名とパスワードの組み合わせ。本当にこれが俺の携帯電話なら、俺はその解答を知っている筈だ。

 考えろ……


「――――こう、じゃないか」


 俺は冷静に、考え付く限りで一番長いパスワードを入力した。

 か、確認……と。ボタンを押下する。


「――あ」


 ――――開いた。

 開いて、しまった。そして、その内容を上から順番に目を通す。書かれている内容を……、

 ……おい、

 なんだよ。


「……なんだよ、これは」


 一回目、八月末。美濃部立花と初めてデートした帰り、姉さんに殺される。

 二回目、五月二十一日。家に青木さんが押し掛けて来る。事前に青木さんと会っていたからなのか分からないが、青木さんが来ると暴走して殺される。

 三回目、五月二十六日。美濃部が歩道橋で俺に手を挙げる。姉さんが割り込んできて、美濃部を殺した後、俺の首を掴んで歩道橋から落ちる。

 四回目、六月二十日。美濃部とデートした帰り、姉さんが家に油を撒いて放火。

 五回目、七月九日。姉さんに殺されなくても時は戻ると気付く。日付変更の手前、急行電車に轢かれて死亡。

 六回目、八月六日。豹変した姉さんに黒い翼が生える。姉さんは戻ったが、直後に首を絞められる。

 七回目、九月十七日。互いの目的の為、君麻呂に刺される。直後に時は戻るが、九月十五日の朝ではなく、夜に戻って来る。


 テキストファイルには、そのように記されていた。

 絶句して、誰もが何も喋る事が出来なくなっていた。ほんの少しだけ透き通った携帯電話に、まるで日記のような、謎の記述がされている。

 そこに登場するのは、顔も分からない『姉さん』の存在と、俺を取り巻く周囲の人々。ということはやはり、この『死亡記録』を書いたのは、

 ……書いたのは、

 他でもない、俺で――……


「じゅ、純……やっぱりもう、見るの、やめようよ」


 いや、待て。まだ、スクロールできる。

 俺は決意を固めて、テキストファイルをスクロールした。

 そこには、たった一言だけ、簡潔に、記してあった。


『あやめ』


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