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殺人twitter  作者: 熱帯メガネ
2/2

殺人TWITTER

ネオンの光と雨に打ち付けられながらユキは青山通りの緩やかな勾配の坂道を駆け走った。

酷い湿度。ネバネバと湿気が身体中に纏わりつく。

やっとのことで学校の前にたどり着くと、予想以上に多くの野次馬やマスコミ関係者など人だかりができていた。深夜近いのにさすが人種のサラダボウル、渋谷。

「イヤーン!ドラマの撮影?」

「誰か死んだらしーよー」

「恐ろしっこ」

「やべえ!中卒だけど刑事やってみてええ!!」

そう。所詮は他人事。たとえ傍で血が流れていようとも。

ユキはスマホでサエコに電話をかける。すると反射的に繋がった。

「サエコ!サエコ!今どこいるの??」

「ここよユキ!」

電話からの声と空気を伝わって耳に届く生身の声の二重奏。

振り向くと人だかりの中でサエコが必死に手をふりながら人の波を掻き分けて来るのが見えた。

サエコも傘をさしてないためびしょ濡れになっている。マスカラは溶け、化粧は落ち、長い髪は乱れている。妖怪人間。

「クチベニが何で死んだのよ??」

「ユキ、ちょっとスタバに入ろう。ここだとアレだし」

サエコは少しやつれている様に見えた。

刑事ドラマで見るような鑑識の人らしき人が黄色いテープを潜って学校内に入っていくのを目の端でとらえながらユキは頷いた。

ユキはサエコの手を思いっきり握ってあげた。生暖かいのに冷たい。サエコも同じようにユキの手をギュウと握り返した。お互いの震えを恐ろしいほど感じた。

騒がしい校門の前から立ち去ろうとしたとき、目の前の道路に覆面パトカーらしき黒い車が停まった。中からコウモリ傘ををさして出てきたのは今時トレンチコートを着た刑事らしき人だった。ユキたちの傍らを通り過ぎて警官が「ご苦労様です」とわざわざ敬礼をしながらお出迎えをしている。

この時間でも校門前の道路をいくつもの車が通り過ぎている。

トレンチ刑事は「さあて」と大きな声で呟くと颯爽とユキ達の前を通り過ぎようとした。

その時、通り過ぎる車のヘッドライトに浮かぶその刑事の顔を見たとき私は背筋を刃物でえぐられたような感覚に痺れた。鷲のように尖った鼻に飛び出したような瞳、ニヤリといつでも堺雅人スマイル・・・。

これは・・・デブジャ??

「ユキ!」

サエコが鋭利のような声で耳をつんざいた。

「何してるのよ!」

いつのまにかにサエコの手を振りほどいてしまったようだ。

「う・・・うん」

ユキはサエコのほうを振り向きながらチラリとトレンチ刑事を一瞥した。

頭が再びズキンズキンと鈍器で殴られたように痛み出す。

見える世界がグルグルとまわり出すようなメリーゴーランド。

夜の遊園地。恐怖と孤独のファンタジー世界。

「ねえ、ユキ。そんな怖い顔してどうしたの??大丈夫?」

「うん大丈夫大丈夫」

「ねえここにずっといると風邪ひくし早く、ね」

サエコの緊迫した声に押されユキ達は学校近くのスタバに向かった。


「お飲み物何になさいますかあ?」

ノータリン顔で店員は聞いてきた。学生のアルバイトだろうか。慇懃な挨拶をしている。

いつものキャラメルフラペチーノを頼むと窓側の一番端の席に腰かけた。

「ごゆっくりどうぞお」

人はこの言葉を今夜の私達ほど身に沁みて感じたことはないと思う。

周りの人はビショビショの仔猫2匹がどんよりとした面持ちで座ってるのを見て怪訝そうな表情を浮かべていた。ディズニーランドで心霊写真集見てるような場違い感。違和感を醸し出している。

「ねえ事情を詳しく教えて」

荒々しい息も収まらないままユキは言った。

サエコは濡れた髪を掻き揚げながらおもむろに話し出した。

「実はね、ユキが帰っちゃっあと私達は普通に学校に戻ったの。それで、今日の最終授業はクチベニの現文だったでしょ?」

「うん」

「でもいつまでたってもクチベニが教室に来なかったの。まあもともとあんな先生だし、私達も面倒くさいからさ、ワイワイ盛り上がってたのよ」

「それで?」

「結局ずーっとクチベニは来なくて。みんな帰り支度して、部活ある人は教室出て、って言ってもウチの部活所属率は10%だけどね」

「ねえそれでどうしてどうしたのよ?」

「イモコは途中で帰った。何か寄らなきゃならない所があるからって。それでアタシとサユリは放課後の猥談してたの」

女子高生というものは案外エロい話が好きなもの。

「それでクチベニはどうしたのよ、何が起きたのよ!?」

「しばらくしてたらね・・・」

サエコはそこで口を噤んでしまった。綺麗な瞳が俄かに震えだし、涙で溢れ出した。

「ゴメン・・・」

「ゆっくりでいいからさ、ね」

サエコは深呼吸をすると再び話し始めた。

「ベランダに出てお喋りしてたの。そうしたら」

「みたら・・・?」

「クチベニが上からスーって落ちてきたの・・・」

「え・・・ ?」

「黒い物体がオモチャみたいに私たちの目の前で、それから・・・ドンって音がして・・・」

ユキはただ呆然とその話を聞いていた。

「見たら・・・仰向けでクチベニが倒れてて・・・。土砂降りでハッキリ見えなかったんだけど真っ赤な血がいっぱい流れてて・・・」

スターバックスでこんな会話を交わす人はまずいないだろう。私はストローで一気にプラペチーノを吸い込んだ。店内はローテンポのBGMが流れている。向こう側の席ではサラリーマンらしきオッサンがガーガー居眠りをしていた。ちょっと煩いなあ。喧騒の街の隠れ場、スタバ。まるで時間だけを置き去りにして浮遊してるような感じ。

「そっか」

私は何故か物凄く不謹慎なことを言いたい衝動に駆られた。

小さい頃からそうなのだ。皆が泣いてるお葬式でいきなりソーラン節を踊ってみたり、爆裂オナラをしてみたり、失恋してああ死にたい生きてく気力ない、って嘆く人に「じゃあ死ねば?」と言ったり(どれも実行してないけど)・・・。今だって「焼肉食べてえええ!」と叫んでしまいたいところなのだ。

「クチベニのことなんて何とも思ってなかったけど、いざ目の前で死なれるとね」

「ルルルル確かに〜♪」

「えっ!?」

サエコは一瞬困惑した表情を浮かべた。

「あ!いや、その・・・。元気出してよ!」

シマッタ!と思いつつ苦笑い。何が元気だしてよ! だ。一番毒のある言葉じゃないか。

するとサエコもつられてか始めてクスっと微笑んでくれた。

「もう帰ろうよ、今日はさ、ね」

「うん、そうだね」

ユキ達はカバンを手に取って立ち上がった。

その時、クスクスと笑う声が聞こえてきた。振り向くと他校の女子高生のグループがこちらをチラリと見ては押し殺したように笑っているのだった。

「何よ!!」

ユキはつい口走ってしまった。

クスクスクスクス。

「ちょっと!言いたいことがあるなら言ってみろよ!あん?」

クスクスクスクス。

「お客様!店内ではお静かに」

「ならイビキかいてるあのオッサンはどうなのよ!?イビキは良いわけ?イビキはさえずり?イビキは贔屓?」

「イビキ対策用のマニュアルは・・・?」

呑気なバイトだ。

クスクスクスクス。

「グーグーグーンガア!(無呼吸)プシュー!」

居眠りサラリーマンは何だか機関車トーマスみたいな間抜けな感じである。

クスクスクスクス。

「ユキ、もう行こうよ」

サエコは私のシャツの裾を引っ張りながら言う。

「何なのよ!?どいつもこいつも!!」

クスクスクスクス。

私はサエコの手を振り払って店を飛び出した。(今日はよく飛び出している)

いつのまにかに雨は止んでいた。それでもどんよりと夜空を雲が覆っていた。

雲の檻に閉じ込められたような閉塞感。息苦しい。

ネオンの光がスーッと空まで続いている。

檻を抜け出した私達を探すサーチライト。

「待ってよユキ!!」

後ろの方からサエコの声が聞こえた。

「ああ、ゴメンゴメン」

サエコはハアハアと息も切れ切れに駆け寄ってきた。

「ユキ・・・ハアハアハア・・・。アタシ・・・嫌な予感する・・・」

いつも能天気なサエコが沈痛な面持ちでユキを見つめている。

ユキは何も答えなかった。答えるまでもないと本能的に感じ取っていたから。

渋谷駅までトボトボと無言のまま歩いた。

いつもは会話が途切れないようにマシンガントークをしているのに。

電車の中でもずっと黙ったままであった。

電車の揺れは眠りを誘う。

トロロントロロン鳥が鳴く。ネンネの森から目が覚めた。覚めるが覚めたがまだ眠い・・・。

小さい頃、膝枕でこんな歌を聴いたような気がした。

いつのまやらユキは深い眠りへと落ちて行った。

今夜はこのまま揺られてどこまでも眠り行きたい気分だった。


★★★


小雨振る夜。物々しい車の中から一人の男が颯爽と現れた。その男が現れるとヒョコヒョコと何人かが近寄って敬礼をした。その男は「お疲れ」とだけ言い残すと事件現場へ足を運ぶ。

その後ろ姿を見つめながら敬礼をした警官が仲間の警官に呟いた。

「ダッセートレンチ・・・」





★★★


真っ暗な部屋。

カタカタと無機質な音が鳴り響く。

先程、窓ガラスを濡らしていた雨はとうに止んでしまっているようだ。

真っ暗な部屋の片隅でピカリと鮮明な四角い形をした光が浮かび上がっている。

カチャッカチャッ。

カタカタカタカタ。


クックックッ・・・。


錆び付いた機械音みたいな乾いた笑い声。時計の短針のように途切れることなくその奇妙な笑い声は刻まれている。


真っ赤に染められた四角い形の光が部屋全体を覆いだす。


クックックッ・・・。


彼はパソコンの画面を見つめて満足そうに頷いた。


「クチベニ、削除完了 pic.twitter.com/7vy8dw5s2A」


★★★


湿っぽい部屋。曇りガラスを通って差し込まれる光は酷く物寂しげな印象を与えた。

昼間でもこの部屋に来る人はほとんどいない。まさに秘密の部屋だ。いや違う。

罪なる部屋、だ。

まさかね・・・。冗談に決まってるはず・・・。

警察に・・・?それは出来ない。

もしこれが遊びなら、そう。ちょっとしたバーチャルゲームだとするなら受け流せばいい。

真に受けてもしあの事を告白でもしたならそれこそ一巻の終わり。

いつも通りにしていればいいんだ。

でも今日に限って・・・。

ブルブルと身悶えをした。と、同時に名状し難い怒りが沸沸と湧き上がってきた。

何でなの!?何でなの!?何でだ何でなの!?

その時ガタガタという音がしたと思うとゆっくりとドアが開いた。

ハッとした瞬間、なぜかフッと笑ってしまった。

やっぱりね、考え過ぎたのよ。でもどうしてこの部屋に??

それでも努めて明るい声をかけた。

「どうしたの?こんな所に来て?」


★★★



「あっ!トレンチ警部お疲れ様でぃーっす」

「おっ!ボタモチ!」

ボタモチとぞんざいな名前で呼ばれたのは色白でポッチャリと太った新米刑事だった。

ボタモチはやや不服そうな顔をした。もっとカッコイイ名前はないのだろうか。それに今時部下を変なあだ名で呼ぶ人なんて絶滅危惧種だ。

「トレンチさん、とりあえず現場を・・・」

「ところでここどこだ?」

「えっ!?・・・ああ、私立高校ですよ。かなり馬鹿な学校です」

「どれくらい馬鹿なんだ?ボタモチ。具体的に言え」

ボタモチはドギマギする。トレンチ警部は妙なことでキレるからだ。

「そうですね・・・鳩山由紀夫ぐらいでしょうか?」

「ホホウ、そりゃあ重症だ」

納得してくれたようだ。

「世間では渋谷にあることからシャブ谷高校と揶揄されているようです、おっと、ここです。ガイシャが飛び降りた場所は」

「リアルにシャブは?」

「昔は結構あったようですよ。なんせクスリの天国ですからね、東京は」

ブルシートを捲って二人は中へ入った。

「遺体は今鑑識が」とボタモチ。

「自殺なのね?ボタモチ」

「いえ、何とも言えませんね」

「ガイシャはどんな人?ボタモチ」

「あのう、ボタモチボタモチってウザいっす」

「で? 」

「はい・・・。被害者は山崎紅葉29歳」

「ほう」

「生徒からはクチベニと呼ばれていたそうです」

「クチベニ??」

「ええ、口紅をべったりといつも塗っていたようです」

「今時ねえ」

「国語担当ですね。生徒からの信望は0のようです。授業は形だけ。ほとんど自習にさせていたそうです」

「さすがハトポー高校だな」

ワハハはとトレンチを着た警部は華麗に高笑いをした。

「それとトレンチさん、少し気になることが」

「何だ?」

ボタモチは青筋をたてながら続ける。

「言いにくいのですが・・・」

「焦らすなよ!!女かテメエ!ミリオネアみのもんたか!?」

「その・・・レイプされているんです」

ボタモチはポッと頬を紅潮させた。

「レイプ??」

トレンチは怪訝そうな表情を浮かべた。

「ええ、被害者は何故かパンツだけ履いてませんでした」

「そういう趣味があるんじゃないか?」

「確かにそうですけど、鑑識がレイプされてるなあ、って言ってたんで・・・。詳しいことは司法解剖しないと判然としませんが」

「だとすると他殺の線が濃厚だな。レイプした後転落死させたってことか?」

「ええ。どうやら被害者は屋上から落ちたようですよ」

そう言うとボタモチが首をもたげて指をさした。

視線の先を追う。

「では屋上でレイプされて・・・?」

「それは分かりませんね。まずレイプされそうになったらまず叫びますよね。しかし生徒や教員に聞いてみたもののそういった類の物は一切なかったようです」

「しかし妙だな。レイプは殺しの前ということか?」

「目立った外傷はないですからね。直接の死因は全身強打ですよ」

トレンチは人差し指を鷲の鼻の上で滑らせた。

「ということは顔見知りの犯行が濃厚だな。何らかの方法で接触し気絶させレイプして屋上から転落しさせた、ってことか?」

「そうですねえ。まあとにかく司法解剖を待ちましょう、あれ・・・雨だ」

トレンチが手のひらを広げると雨粒が零れ落ちるのを感じた。

「また雨か・・・」

トレンチはそっと瞼を閉じる。

アスファルトに打ち付けられる雨の音がクレッシェンド。

「トレンチ警部!傘さしますか?風邪ひきますよ・・・」

遠くでそんな声が聞こえたような気がした。


★★★


次々と書き込まれる短文。

ゲーム感覚の人殺し。

しかしマジだとはな・・・。

それにしても毎日毎日死んでほしい人はなぜこうもたくさんいるのだろうか。

ブルルと震え上がる。

それは恐怖ゆえではない。好奇心ゆえだ。

次々と書き込まれる内容を流し読みする。

スクロールしなくても自動的に最新の書き込みが載せられていく。

ふと、何気なく更新された短文を目にした瞬間、彼の背筋は氷水を浴びたようにゾクッとした。

それだけではない、その同じ内容の短文が次々と載せられていく。

「ふざけんなよ!どうなってんだよ!?」

容赦なくその短文は書き込まれ載せられていく。

「誰だよ!?誰が誰が・・・」

頭にきてコンセントを抜きパソコンを切ってしまった。

スポーツをした後のように息が荒々しくなる。

じっとりと汗が噴き出る。そのまま机に突っ伏す。

嘘だ嘘だ嘘だ・・・。

その時、脳裏に「罪と罰」という言葉が浮かび上がった。

嫌だ嫌だ!殺される!!


★★★


「ねえ、私知ってるのよ、アンタとクチベニの関係」

電話口の向こうで奴が驚いているのが感じられた。

「どうやって殺したの?」

「・・・・・・・」

「アンタとアイツの関係知ってるんだよね〜」

「いつ見た」

「コッソリね。アタシ男の子のアレがあんなゴリラみたいになるの始めて見たよ」

「フフ、処女めが」

「ねえ、取引しない?」

「トリヒキ??」

奴は困惑しているようだった。

「そう取引!どう?」

「どうって、実は・・・殺されるんだもうすぐ、きっとだ!どうしよう」

「へえ~」

「お前なんだよその態度!」

奴はムッとしたように語気を強めて返した。

「じゃあ警察に届ければ?」

「・・・そうしたらマズイことになるよ」

「殺される前に私がサツに言ってあげてもいいんだけどなあ~」

「やめろよ!下手なことするな!」

「じゃあとりあえず教えてよ」

「何だよ・・・」

ゴクリと唾を飲む様子が伝わる。

フフフと笑うと囁くように言った。

「殺人ID・・・」


数十分後渋谷駅前にある電話ボックスから1人の女子高生が姿を現した。

辺りをキョロキョロと見回す。

そして口元を緩めた。

「殺人Twitter入り口みーっけ!」

ほくそ笑んでそうイモコが呟いた。


<続>

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