裏Twitter
(プロローグ)
窓の外に夜露に濡れたような月が浮かんで見える。
ピチャリピチャリ。
水が足音を立ててるみたいに蛇口から漏れている。
陰鬱とした部屋。
施錠がされているドア。
鉄格子の向こうは墨汁を零したような闇。
生命が途絶えたような世界。
貝殻の中に閉じ込められたみたい。
そこで輝く美しき真珠の罪。
人の手に触れた途端それは黒く酸化してしまう。
ブラックパール。
ねえ、罪と罰を受けるのは誰なの?
……………………………………………………………………………………………………
気だるそうな灰色の雲が東京の空を覆っている。
大きな雨粒が電車の窓にベットリと張り付く。
朝の都会は二日酔いみたいに何ともフラフラと浮遊したような感じだ。
こんな天気のせいか、朝の山手線は何時もよりも増してすし詰め状態であった。今「痴漢ですう!」と叫んだら、被疑者も「それでも僕はやっていない!」っと断言できないような状況だ。
高校2年生のユキは満員電車の窓に張り付きそうになりながらそんなことを考えていた。
「ハア、ユキ~。なんか蒸し暑くない?」
顔と顔がぶつかりそうな距離でサエコが眉間に皺を寄せてブウブウ文句を言った。
「もうすぐ梅雨だしね」
私も同じように渋面を作って答える。
「アタシい、癖毛じゃん?矯正縮毛したんだけどだいぶ取れちゃったみたいでえ。もー最悪」
サエコはブウブウまた文句を垂れる。サエコの髪は多少傷んでいた。
「まあいーじゃん。サエコはどーせ美人なんだし」
「まあに!」
「否定しようよ」
二人でクスクス笑った。
ユキと友人のサエコは渋谷にある私立高校に通う高校2年生だ。ユキとサエコとは中学からの知り合いで、気の置けないない仲だ。頭は悪い。偏差値41のレッテル高校に通っている。場所は青山通り方面。サエコもユキも渋谷にある高校なんて最高じゃね?109じゃね?、という安易な考えからただ入っただけなのであった。倍率も渋谷にあるにも関わらず0.84と驚異的な低さであったため、受ければ受かるレベルだろ。。にも関わらず合格発表の日、サエコは全身をブルブルガクガク震わせて緊張していた。当然のことながら2人は合格していた。サエコは大泣きしながらカルメンを踊り出すような勢いで109!109!と騒ぎ、ユキの腕をギュウギュウ掴んでお望みの109に向かったのであった。
あれからもう1年以上も経ったのだ。高校はかなり緩かったため、サエコは化粧しまくり、勝負下着履きすぎのいわゆるJKに進化していた。サエコは自他共に認める美人だ。原宿で何回もスカウトされた、とよく話してる。ユキは1年の頃は脱色していたのだが、最近は黒髪にしている。ナチュラルさがウケる時代なのだ。
サエコは話が終わるとおもむろにスマホを取り出し、何やらtwitterをやりだした。ユキもすることがないのでスマホを取り出しぷよぷよをやり出す。顔をあげて周りを見ると多くの人がスマホに釘付けになっていた。話のネタがなくなればおのずとスマホを始める。これが現代の象徴なのだ。それにしてもなんという蒸し暑さだろう。朝起きたときは肌寒くカーディガンを羽織ってきたのに。腋のあたりがジンワリと濡れだす。あーワキ汗嫌だな。クラスイチモテモテのタナベはいつだったか、どんなかわうぃー子でもワキが濡れてると萎えるよね。この間テレビに出てたアイドルのワキが汗でシミになってるのを見てオレ冷めたもん、と言っていたっけ。そのアイドルも別にタナベにワキ汗についてああだこうだ言われる筋合いはないだろうけど、内心ユキはちょっとドキッとしていた。
つーか右隣にいるデブ会社員何見てるの!?スマホでアダルトサイト見てやがるし。電車で見るかよ。異常に汗迸らせて、髪の毛ビショビショやーん。うわっ、ゲタゲタ笑ってるし。わー!援交モノじゃん。何コイツ~、ってこっち見たあああ!埴輪の目で見てこないでよおお。ヤバ~い!
デブ会社員からの視線を離れ、左隣にいる大学生らしき青年のスマホを覗き込んでみる。横顔だけだがちょっと私の好きなタイプであった。いかにも知的で筋肉モリモリ元気じゃない草食系男子だ。鼻筋が通っていて、薄い唇に綺麗な二重瞼。よく女の人って「わあ凄い筋肉~」「触らせてえ!」と黄色い声をあげて太い腕にぶら下がってギャオギャオ騒いでる(男は女をぶら下げてなぜか回転しだす)。私に言わせれば筋肉は無駄な贅肉だ。私にとって筋肉は贅肉でしかない。筋肉でものを考えているような奴は嫌いだ。(シュワルツェネッガーにも照英にも魅力を感じない)
ところで、どうやら好青年はメールをしているようだった。気づかれないように見て見るとメールの送り先に「ママ」とある。青年はメールに打つのに夢中らしく全然気づいていない。本文内容を見る。
「ママ、今山手線の中だよ」
はあ??
「今日の夜ご飯は何??」
朝からどーでもいい。
「ママも身体に気を付けてね」
・・・生き別れ??
私の理想像がバラバラと崩れてゆく。マザコン青年はクールな顔でなおもメールを打ってる。人ってわからない。
しかし、考えると実に面白い。見知らぬ多くのがこの狭い空間でスマホを使って色んなことをしている。ある者はtwitter、またある者はアダルトサイトやゲームに興じていたり。プライベートの侵害?つーの?難しいことわかんないけど、他人が何してるのかを知るのって面白いことだ。情報が溢れる世の中。だからこそ他人の行動、考えを知りたくなるのだ。twitterなんて他人に自分のことを晒しているようなものじゃないか。ってデブまだこっち見てるし、何だよ。ユキは眼を飛ばした。筋肉男子より嫌いなデブ男子。漫画とかでもよくデブは馬鹿にされてエンエン泣いているが、それは自分が日頃からスナック菓子ばっか食って運動しなかったツケだろうが。デブはなぜか視線を逸らすこともせず見つめ返してきた。私もなぜか視線を逸らせない。するとそのデブの口角がきゅうと吊り上げられ、やけに白い歯をのぞかせながら「あんまり詮索すると危ないよ♥」と割と甲高い声でクスクス笑いながら呟いた。その時「原宿~原宿~」というアナウンスが聞こえ出すとそのデブは背中をクルっと向けてドタドタと降りて去ってしまった。
「ねえユキ、何今のデブ?何か言ってなかった?マジキモいんですけどお」
サエコはさも嫌そうに首を振りながら言い終えるとまたtwitterをやりだした。
私はただ茫然と吊革に捕まりながら突っ立っていた。電車のドアが閉まり、ゆっくりと動き出した瞬間、身体がブルブルと震えだした。
と、同時に以前にもあの気味の悪いデブに会ったような、こういうのデブジャ?って言うのかな?なぜかそんなものをユキは感じたのだった。
午前中の授業が終わってお昼休みになった。この学校は食堂はないので各自お弁当を持って来たり、近くのコンビニで買ってきたり、あるいは食べに行ったりしている。ユキとサエコともう一人、少しおデブなイモコと容姿端麗大金持ちサユリ4人で某ファミレスに向かった。
窓側の席に着き、メニューを覗き込む。すると音もなくウエイトレスがやって来た。なぜかウエイトレスは梅干し婆さんだった。
「じゃー地中海風ナポリタン」とサエコ。
「スパゲテー、と・・・」
「ナポリタンですっ!」
サエコは婆さんの顔を覗き込んで凄む。
「私は気まぐれ狩人のそよ風セットね」
イモコが言う。
何だそのセット??
「気まぐれ狩人のそよ風セット、と・・・」
こういうのはスラスラ言えるのね。
「じゃあサンドウィッチ」
サユリはカロリーを見て選んでいる。
「アタシは和風蕎麦定食」
「お子様ランチ、と・・・」
「違いますよ!蕎麦定食!いい加減にしてくださいよ!」
「わしゃあ太平洋戦争を生き抜いたんじゃぞ!!」
だから何なのだ・・・。
「すいとん、と・・・」
「お婆さん!違う違う!蕎麦定食ね、ね!お願いしますよ」
「ごゆっくりどうぞ」
やっとのことで注文を終え、私はドッと疲労感に襲われた。
「あのババア、バイトなのかね?」
「ババアのウエイトレスなんて聞いたことねーよ」
イモコとサエコは顔をそろえてギャハハと声を上げて笑っている。
「って言うか、ユキなんか顔色悪くない?縄文土器色だよ」
「何?縄文土器って~?」とサエコ。
「具合悪いの?なんか授業中もボーっとしてたけど」
イモコは優しい。ダイジョブダイジョブと軽く言っておく。
「ねえねえ、知ってる?」とイモコが身を乗り出して声を潜めながら突然そう切り出した。
「あのさあ君たち、『裏ツイッター』って知ってる?」
「裏ツイッター?何それ」
サユリは窓の外を見ながら答えた。
「普通のツイッターはうちらもやってんじゃん?そうじゃなくて、何かヤバいこととかそういった表には出せないようなツイートを交わしてるツイッターが『裏ツイッター』らしいんだけど」
「気まぐれ狩人のそよ風セットのお客さまあ」
「はあ、アタシ」
「サイパン風スパゲテーのお客さま」
「あれ?サイパン風じゃなくて地中海風なんですけどお」
サエコが怒り出す。
「サイパンはあの人が戦死したとこダニ・・・およよよ」
梅干しはしわくちゃだらけの瞳から涙を零し出した。
「いいですよ、もうお腹すいたし」
サエコがきまり悪そうにしながら皿を受け取る。別に見たところ日本風ナポリタンである。
続いてサユリがサンドウィッチが入ったバスケットをもらう。
「んでさあ、問題はその『裏ツイッター』へのアクセスの方法なんだよね」
ハンバーグをモグモグ食べながらイモコが話し始めた。
「ねえ、そもそも何でイモコはそんなこと知りたいの?」
頬杖をつきながら私は尋ねる。蕎麦定食が遅いのでお冷の氷をガリガリ食べる。
「いやさあ、これはあくまでも噂だからね。その『裏ツイッター』をやってる人って・・・」
「和風蕎麦定食のお客さま、どちらですか?」
「邪魔すんなゴラ!!どちらとか見りゃあわかるでしょ?ユキだけまだなんだから!」
「ごゆっくりどうぞ」
「無視すんなよ!」
イモコは頬を膨らませると再び話し始めた。
「でね、その裏ツイッターをやってる人が何故か不審死をとげるんだって・・・」
「ふーんふーん」サエコはつまらなそうに片手でスマホを弄っている。
「でもさあ、そういうのってよくある話じゃん。デスノートみたいな?」
サユリは挟まってるトマトを丁寧に抜き取りながら関心なさそうに言う。
「もちろんね。アタシだってマジだと思ってるわけじゃないよ。それに詳しくは知らないし。あくまでも都市伝説」
米粒を口の端に付けながら間抜けそうに呟く。
「何だか女子高生とか若い人中心に流行ってるらしいんだよ。通称殺人ツイッター」
嬉々とした調子でイモコは喋りまくる。
「でもそういうのってヤバくない?」
「ヤバいから流行るんでしょ」
サエコが珍しく真理を説いた。
「でもでもでも!何かワクワクしない!?だから私も『裏ツイッター』やってみたいんだよねえ」
「だってやったら死ぬんでしょ?」
「それは噂じゃん。怖いもの見たさって言うでしょ。だってそういうサプライズとかないとつまんないじゃん、高校生活」
「SEXと同じだね」
サエコは一人フムフムと頷いてる。
私とサユリはつまらなそうにヘエーと答えた。もっとリアクションを期待していたのか、イモコは肩透かしを食らったようで「ちゃんちゃん」と勝手に効果音をつけて締めくくった。
「ところで今朝のアレ、何だったの?」
サエコが話題を変えた。
「朝のアレって?」
サユリは事情を知らない。
「朝ね、なんかバナナマンの日村みたいなデブ野郎がユキに向かって『あんまり検索すると危ないよ♥』って言ったんだよ」
「詮索ね」
「ああ、そう詮索だ、詮索。チョー不気味じゃない?」
「もういいよその話はさあ」
ユキはちょっとうんざりしていた。被害にあったのはサエコでもないのに、まるで自分事のように言うのは当人としては実に不愉快だった。
「ヘエ、ユキGカップだからそのキモの目を惹いたんじゃないの?アハハ」
「いい加減にしてよね!GじゃなくてEだから!!」
「同じじゃん」
「月とすっぽんぽんだよ!」
「すっぽんでしょ」サユリがやんわりと言う。
「あーもう嫌だ。もう帰る!!」
これではまるで私は仲間外れにされた子供じゃないか。
私は時々子供みたいに感情が溢れ出そうになる。思いっきり喚いてみたい衝動。
ガラスを粉々に割ってみたい感覚。
「ちょっとお、ゴメンゴメンユキ~!」
イモコの心配そうな声が背後で聞こえる。
「ユキ~!!」
サエコも慌てたような声を発していた。ちょっとは心配してくれてんのかな。
「ユキ~!!今日アタシ達お金ないから払っといてくれる~??」
・・・心配して損した。私は歩幅を大きくすると、ドアのベルを盛大に鳴らして外へ飛び出した。
オッパイがブルルンブルルンと揺れ出した。
怒るとオッパイが震度7弱になるのだ。
外は本降りだ。水色の傘をさして歩き出す。何だかダルイ。これはいつものことだけど。
「ダルイダルイダルイ・・・」
何となく呟いてみる。声が次第に大きくなる。
「キモいキモいキモい・・・」
何となく三文字。そういえばよく三文字の言葉をやたら呟いているな。
3文字で出来ている私達のセカイ。
ヤバい、ウザい、萎える、ウケるetc・・・。なーんだそりゃ。
学校に戻る気は毛頭ない。いちおう担任のクチベニにメールを送る。
「具合が悪いので早退します」
クチベニは国語を担当している。大抵、黒いタイトなスーツを着ている。授業をいつも半分ぐらいで終わらせあとは自由時間。長い美脚を折り曲げて、スマホを弄ってる。スマホを覗き込んでいる時のクチベニの唇は三日月のように吊り上っている。ユキはそんな先生を見つめるクラスイチイケメンのタナベを見つめて濡れていた。
歩いてる途中で制服のポケットに入れたスマホがバイブしたみたいだったけど構わず歩いた。孤りきりになるのも悪くない。
ただ家に帰ってもつまらない。そこで私は渋谷にあるマンガ喫茶に寄ることにした。そこならパソコンもあるし漫画も読み放題だ。
道玄坂のほうへ歩いていく。脇道のビルの2階にマンガ喫茶はある。
禁煙席、12時間コースを選び死神みたいなヒョロヒョロの店員に声をかけた。
無料のドリンクバーでサイダーとミルクを混ぜ合わせたミルクサイダーを作り、マンガを数冊脇に抱えて個室へ入った。エロマンガを読んでオナニーする。向こうの個室からは喘ぎ声が漏れていた。オナニーを終えるとパソコンを起動させる。その時、ふとイモコが言っていた『裏ツイッター』のことが頭をよぎった。あの時には何となく受け流していたけど、よくよく考えればミステリアスな感じがして面白そうだ。私はヤフーで『裏ツイッター』と検索した。色々と出てくる。
「裏ツイッターやべえな。後悔・・・」
「裏ツイッターとかガセネタじゃね?」
「裏ツイッター快適すぎるww」
何だかよく分からない。そもそもどうやってアクセスするのかも謎だ。
それに私も一応ツイッターは周りの子がやってるから一応やっているだけで、内心「なんでいちいちツイートしなきゃなんねーんだよ」と思っているクチなのだ。だから最近はあまり更新もしていない。第一に見ず知らずの人に例えば「今日失恋しちゃった(涙)」と私がツイートしたとして「あきらめないでっ!」「男なんていくらでもいるよ!」などと無責任なボランティア精神でフォローされても困る。「これからも応援よろしくお願いします!テヘペロ!」などと可愛らしく答えないと相手を満足させられないのだろうか。他人の情報には興味あるけどね。
「メンド・・・」
ユキはパソコンを切ると何だか疲れ切ってしまい目を閉じた。
若い時ほど休息は必要なのだ。
何時間ぐらい寝たのだろうか、スマホの着メロが鳴る音でユキはハッと目を覚ました。一瞬自分の部屋のベッドで寝ているような感覚に陥ったが、ここはマンガ喫茶の個室だ。スマホで時間を見る。まずいもう夜の11時じゃないか。そう思ったときスマホの表示画面に着信履歴が50件もあることに気づいた。熟睡していて全然気づかなかったんだろう。よく見るとそれは全てサエコからの電話だった。何だろう、これは。ちょっと異常だ。サエコに電話をかけてみた。
反射的に電話がつながる。
「もしもし?サエコ何なの?」
「もー!何で電話してくれなかったのよ!」
いつものサエコらしくない妙に緊迫した様子が電話越しにも感じ取られた。
「どうかしたの?」
「どうかしたのじゃないよ!大変なんだよ!」
とりあえず個室の外の通路に出た。
「へーい彼女!俺っちと無茶しないかい?」
金属をジャラジャラつけた坊主男が言い寄ってくる。こう見えて美人のほうだからよくあることだ。それなりに男遊びだって知ってる。所謂援交もしたことあるのだ。
「ちょっとウルサイから黙ってて」
「ユキ何言ってるのよ!!」
サエコはどうも勘違いしているようだ。
男は南妙法蓮華経、とブツブツ呟きながらフラフラどこかへ立ち去った。不吉。
「ごめんごめん、で?」
「クチベニが・・・」
「クチベニが?」
「クチベニが・・・死んだ」
頭の中が一瞬フリーズする。クチベニガシンダ?
「どっどっどっ」
「だからクチベニが死んだの!」
「ホントウデスカ?」
動揺してしまいタラちゃんっぽくなる。
「いいから早く学校来てよ!まだ警察とかいるし!」
確かにさっきから微弱ながらもサイレンの音がサエコの声に混じって聞こえている。
「わ、わかった。すぐ行く」
散らかっているマンガや荷物を纏めるとユキは一目散に店を出ようとした。それにしてもさっきから何か臭う。鉄のような鼻孔にツーンと来る微かな嫌な臭い。
とにかく今は学校に・・・。
受付の前を通り過ぎ、曇った入り口のドアを通りすぎようとするとドアの前で死神店員が掃き掃除をしていた。
「ちょっと退いてください!」
ユキが怒声を発すると死神店員はクルリとこちらを向いた。
青白い。頬が痩せこけて酷く老けて見える。
「ちょっと退いてくださいよ!!」
なんて愚鈍な死神だろう。早く退いてくれ。こっちは急いでいるんだ。
すると、死神は急に直立不動になりニタニタ笑い出した。
「あんまり詮索すると危ないよ♥」
死神がガタガタの歯を剥きだしにして言った。
このセリフ・・・・今朝も・・・。
「気をつけて・・・ユーキーちゃん♥」
思わず耳を疑った。なぜこの死神は私の名前を・・・?
「バイバーイ!またねえ!」
ユキは恐ろしくなり死神を押し退けると夜の渋谷へ飛び出した。
何なの何なの何なの。
怖い怖い怖い。
頭がズキンズキンと痛み出す。
傘も差さずに濡れながら道玄坂をくだる。
雨に沈んだ都会のネオンは恐ろしいほど美しかった。
眠らない夜、いや、眠れない都会の夜。
靴下が濡れてグチュグチュになっている。
頬を伝う雨の冷たさだけが、異様なほどユキを追い込んでいた。