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かませ役♂に憑依転生した俺はTSを諦めない  作者: 不破ふわる
三章 閃きジーニアス

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第91話 報恩フロッグ

 ジルニアス学術院の自治区のビルの上、ソルシエラとクラムは共にいた。


 屋上は施錠され、夜は開放されていない。

 彼女たち以外には存在しない静かな空間で、クラムが缶ジュースを開ける音だけが響く。


「私の奢りですよ、どうぞー」


 投げられた缶ジュースを受け取ったソルシエラは、短く礼を言うと同様に開ける。


 互いに僅かな沈黙の後、先に声を掛けたのはクラムだった。


「で、貴女はどうしてあんな場所にいたんですか?」

「その必要があったからよ」

「必要、ねぇ」


 クラムの足元でぴょんぴょんと跳ねる人呑み蛙(マーダーフロッグ)を見ながら、ソルシエラは言う。


「魔眼を追えば、ネームレスにたどり着けると思っただけよ。正直、魔眼を用いた例の計画には微塵も興味がないの」

「ネームレス……博士と話していたやつですね?」

「貴女、盗み聞きしていたの?」

「最近マイクとカメラが実装されまして」


 人呑み蛙の一体を手のひらに乗せて、クラムは笑う。


「私はネームレスについて何も知らないんですよね。騎双学園の暗部を追っていましたが一度もそれに遭遇したことはないし、名前すら聞いたことがない」


 クラムは暗部の人間ではない。

 が、それでもある程度知っているつもりではあった。


 その彼女ですら名を知らないネームレスは、果たして何者なのか。

 ソルシエラはその疑問にため息と共に答えた。


 「私と同じ魔法を使う偽りの星。あってはならない存在よ」


 ソルシエラは、缶ジュースに視線を落して「それ以外はわからない」と付け足す。

 その言葉を聞いて、クラムは首を傾げた。


「おや、博士の前ではネームレスの事は知っているような口振りでしたが?」

「相手の出方を見ただけよ。本当は、ネームレスの事を何も知らないわ」

「……それ、私に言っても良かったんですか?」


 常に相手に有利に立ちまわる彼女にとって、無知を晒すことは弱点を晒すことに等しい。

 それはクラムからしてみれば意外な事だった。


「何か問題でもあるのかしら。別に貴女なら構わないわよ」


 さらりとそう言ってみせたソルシエラをまじまじと見つめて、クラムは僅かに頬を緩める。


(そっか、私には言って良いんだ……)


 何か、認められたような気がして、クラムはこんな状況だというのに思わず笑ってしまった。

 その姿を見て、ソルシエラは気味が悪いものを見た様に眉をひそめる。


「なにかしら」

「いえ、別に。……でもそうですか、貴女はネームレスを追っていたんですね。なら、私たちが出会ったのは偶然だ」


 クラムは空になった缶を放り投げる。

 人呑み蛙は、数匹でそれを器用に受け止めるとゴミ箱へと運んでいった。


「私はね、今回は様子見に徹する予定でした」


 ソルシエラは何も言わない。

 その様子を見てクラムは言葉を続けた。


「貴女が助けてくれた子……ヒカリが今この学院に入院しています。運よくあのボロボロの体が最高峰の癒し手の目に止まりましてね。もう安心だと思ってたんですよ――三日前、襲われるまでは」


 うんざりしたような、苛立つような声だった。


「幽霊の噂はご存じですよね。幽霊は同胞を増やす。幽霊は生徒を食らう」

「ええ知っているわ」

「なら、それが魔眼を示しているという事も?」


 くだらない質問だ、と言いたげな表情でソルシエラは頷く。


「……当然よ。少し考えればわかることだもの」

「流石です。まあ、アレと一緒にいる時点でそうだとは思っていたんですが」


 クラムは感心したように続ける。


「アレは、人を食らいます。どうやって食べる生徒を選んでいるのかはわかりませんが、ヒカリも一度襲われました」

「…………ヒカリの中にある私の魔力に惹かれたのでしょう。アレは魔力も欲するから」

「やはりそうですか。生徒会の方で警備は厳重にしてもらったので、それ以降ヒカリが襲われることは無くなりました。けれど、それで安心して忘れることなどできるわけがありませんからね」


 足をパタパタしながら、クラムは星空を見上げた。


「だから、マーちゃんズで監視することにしたんですよ。昨日はそもそもこの学院にはいなかったようですが、再び戻ってきやがりましたからね。一応、魔眼の弱点でも探ろうかと思って色々とマーちゃんズを送っていたところで」

「私を見つけた、と」


 クラムはドヤ顔で頷く。


「ええ。自分で言うのもなんですが、ベストタイミングだったでしょう。まあ、貴女は途中で気が付いていたようですが」

「……そうね。けれど、おかげで助かったのも事実よ。ありがとう」


 ソルシエラは微笑んでそう言った。

 彼女からの素直な礼は意外な事であり、妙に照れ臭い。

 クラムは誤魔化すように人吞み蛙を撫でた。


 彼女の力になれたことが素直に嬉しい。

 恩を返す機会がこうして巡ってくるとは思わなかった。


(私がソルシエラを助けることができるなら)


 そう考えると、自然と言葉が口をついて出てきていた。


「……よ、良かったら私も一緒に」

「――駄目よ」


 言葉が遮られる。

 

 気が付けば、ソルシエラは立ち上がってクラムの方を見下ろしていた。

 クラムの唇には彼女の白く細い指があてがわれている。


「貴女は、ヒカリを助けるために動いたのでしょう。かつても、今も。なら、優先順位を間違えてはいけないわ」


 彼女は月明かりを背に、優しく微笑んでいる。

 言おうとしていた言葉が霧散してしまう程に、綺麗な姿だった。


「今回は助かったわ。けれど、もう大丈夫よ」


 ソルシエラはクラムの瞳を覗き込むように顔を近付ける。

 

「私、二度も敗北するような愚か者ではないから」


 そう力強く告げる彼女の目の奥に、幾何学的な紋様と共に魔法式が刻まれていた。

 クラムはそれを見て、直感的に理解する。


 あれは、魔眼だ。


「今回の件、踏み込み過ぎてはいけないわ。……助けられた私が言う事ではないけれどね」


 ソルシエラは顔を離して、背を向ける。

 その足元には既に転移魔法の魔法陣が展開されていた。


「あ、ちょっと待っ」


 言い終わる前に、ソルシエラは姿を消す。

 その場には最初から誰もいなかったかのように静寂だけが残されていた。


(呼び止めて、私はどうするつもりだったんだろう)


 咄嗟に伸ばしてしまった手を見つめながら、クラムは苦笑する。

 今回、彼女を助けられたのはたまたまだ。


 本来ソルシエラは誰かの助けを必要とするほど弱くはない。

 絶対的な存在である彼女をBランクの探索者が助けられたのは様々な偶然が重なった結果だったのだろう。


 と、そこまで考えてクラムは思い出した。


「……あ。あの事言いそびれちゃった」


 せっかく会ったのだから、そう思い言う機会を窺っていたのだがそれも彼女の姿を見ている内にどこかへ飛んで行ってしまっていたようだ。


「ははっ、これは驚いてくれるかな」


 彼女の驚く顔が見れるならそれもまた良いか、とクラムは納得した。

 そして、二人分の学生証を取り出して星空にかざす。


(髪、元の色に戻さないとな)


 染めた金髪の端を摘まみながら、そう考える。


(流石に、金髪三人は絵面的にわかりづらいもんね)


 その思考は、しっかりと配信業に染まっていた。

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