第447話 終わりの月と始まりの星
やるぞおおおおおおお!
美少女を救うんだあああああああ!
フーッ! フーッ!(大興奮)
『うーん我ながら完璧な仕上がりだ。全ての構築に無駄がない。今なら天上の意思すら余裕でボコボコにできるだろうねぇ』
『おぉ、まさか本当にデモンズギアと融合できるとは。妙な感覚だ。だが、悪くはない』
星詠みの杖君、カメ君、一緒に行くぞ!
俺達は三位一体! 誰にも負ける気がしないだろう?
『はっはっは! 当然だとも。こちとら最終形態として遂に白色を使ったんだ。これで噛ませになっては困るよ^^』
『信じるのだ、マイロード。今の貴女は他の新形態よりもインパクトがあり、最も美しい』
本当なら真にTSを完了した時まで取っておく予定だったが、美少女を救えるのなら本望よ。
もう魔力なんて無尽蔵だし、ほぼTSは成功していると言っても過言ではないしね!
『双星形態よりも効率の良い共鳴現象により、こうしている間にも魔力は増え続けていく。自分が理解できずとも、誰かがそこにコンテンツを見出し力に変えてくれるだろう』
『おぉ……マイロードよ、それでは救済といこう』
ああ、そうだね!
それじゃあ二人共行くぞ!
ここからが、ミステリアス救済タイムだ!
ついてこい!
『『応ッ!』』
『主殿が楽しそうで何よりじゃ』
『駄目だ……まともなのが私しかいない……』
■
純白のドレスが風に舞う。
いつの間にか雨は止み、雲の切れ間から差し込んだ光がまるでスポットライトの様に彼女を照らしていた。
「……ケイちゃん?」
目の前の現実を信じられないのか、ミロクは恐る恐る問いかける。
その答えは、少女の振り向きざまのほほ笑みと共に返された。
「ただいま、ミロク先輩」
「っ、ケイちゃん!」
「ふふ、今はソルシエラよ。舞台の上では相応しい名前と役割がある。そして、今の私の役割は――」
ソルシエラは空を見上げる。
黒い外套をはためかせ、信じられないと言いたげにこちらを見つめるネームレスがそこにはいた。
その表情は驚きと、ほんのわずかな安堵が混ざり合った複雑な形をしている。
「あの子を救うわ。ソルシエラとしてね」
「……っ、そっか。記憶が戻ったんだね」
「貴女の魔力のおかげよ。感謝するわ、ネームレス」
「それはそれは――どういたしまして!」
瞬間、ネームレスは足にガラスを履き、切断と共に距離を詰める。
(本当に記憶が戻ったなら、すぐに倒さないとマズイ! この形態は見たことが無い!)
純白のソルシエラをネームレスは知らない。
能力の想像すらもできない姿を前に出し惜しみすることなど出来なかった。
「ッ!」
切断と無敵、そして不干渉を組み合わせた最速最強の一撃がソルシエラの背後から放たれる。
今までの手加減していた攻撃から一転した、ネームレスの持つ手札を最大限に利用した攻撃。
しかしソルシエラは背後の気配を理解してもなお、その場から動くことはなかった。
ネームレスはその光景に一抹の不安を抱きながらも大鎌を振り下ろして、火花と共にその攻撃を弾かれた。
「その程度じゃ、届かないわ」
「っ、自律兵装!?」
いつの間にか、ソルシエラの周囲を銀色の何かが浮遊している。
「だったら、これはどうかな!」
ネームレスはそれを見て間髪入れずに再び大鎌を振るう。
焼却と切断により軌跡を捻じ曲げ、振り下ろす位置を常に変え続ける回避不能の攻撃だ。
「がむしゃらに手を伸ばしても星には届かないわよ」
ソルシエラは涼しい顔で、その場から一歩も動いていない。
代わりに、彼女を守る様にいくつもの銀の破片がネームレスの攻撃を的確に防いでいった。
それらは最後に自身の存在をアピールするようにソルシエラの周りを何度か浮遊すると、ソルシエラの大鎌へと装着される。
「こんな程度? じゃあ、これはどうかしら」
大鎌でソルシエラが地面を小突く。
すると足元から波紋が広がる様に世界が書き換わっていった。
一面に広がるのは、青く深い海。
まるで海面に立っているかのような不思議な光景にネームレスは咄嗟に飛び上がる。
「次から次へと……!」
ネームレスがそう呟き、大鎌を構えたその時だった。
「――ごぽっ!?」
肺を空気ではなく、塩辛い液体が満たしていく。
更に視界は全てが薄暗い蒼の世界に飲み込まれており、それが海の中であると気がついた頃には彼女の思考は途切れかかっていた。
『しっかりしろ馬鹿!』
「っ」
トリムの一喝と共に、不干渉が発動し強制的にネームレスの意識が戻る。
頭と胸部に鈍痛が残るが、冷静に辺りを観察することはできそうだ。
(海の底。さっきソルシエラが召喚していた位相世界か……?)
冷静に彼女は周囲を観察し、やがて自分の足に銀の鎖が巻き付けられていたことに気が付く。
これで一気に引きずり込まれたのだろう。
(気が付かなかった。一体いつの間に……!)
既に目で追うどころか感知すら不可能な速度に至った魔法の行使に、ネームレスは震える。
しかし降参の選択肢などある訳がなかった。
(こんな物!)
鎖を切り裂いて、ネームレスは海から脱出する。
相変わらずソルシエラは動いてすらいない。
ただ、ネームレスを見つめていた。
「っ、トリム! もう一度アレをぶっ放す!」
『っ、マズイぞ。何かを仕込まれた』
「え?」
トリムの焦った声が聞こえたかと思えば、黄金の大鎌がその刃の先端から腐食を始めていく。
まるで長い間海の底に放置されたように、その輝きが失われていった。
「な、なんだよコレ!」
『……先ほどの位相世界。アレに引きずり込まれた瞬間に、何かを流し込まれた。この痕跡……熾天使か!?』
答えを示すように、海面に何かの巨大な影が映る。
それは電子の海において並ぶものなど存在しない支配者――第三の天使であった。
「機械に特攻……! なら、エクスギアとは死ぬほど相性が悪いね」
『安心しろ、毒は既に取り除いた。しかし、二度目はより深く侵食してくるかもしれない』
トリムの言う通り、大鎌はその輝きを取り戻し始めている。
しかし、二度目はないだろうという予感はした。
『接近戦は仕掛けるな。そもそもお前は砲撃手だろう。持ち味を生かして戦え』
「ソルシエラ相手に砲撃合戦仕掛けろって?」
『今更怖気づいたか?』
「上等! やってやろうじゃん!」
予定通り、ネームレスは砲撃を放つ準備を始めた。
再び世界に黄金の光が満ちる。
対してソルシエラは静かに告げた。
「もう、決着はついているわ」
「そんなのわからないじゃん!」
「私達に足止めをされた時点で、過去を知られた時点で、ネームレスという仮面は既に意味をなしていないのよ」
「うるさい!」
辺りには十分すぎる魔力が漂っていた。
それらを根こそぎ収束した黄金の光がソルシエラへと向かって放たれる。
「誰かを照らしたいなら、どんな事があっても自分自身は道に迷っては駄目。進み続けるのよ」
「わかってる! だから進んでいるじゃん!」
「はぁ、迷子の自覚もないのね」
ソルシエラは冷静に大鎌を振るった。
二つに分かたれた黄金の砲撃が海面を激しく叩き、飛沫を上げる。
しかしその飛沫の一つすら、ソルシエラには当たらない。
波打つ海面で、ソルシエラはようやく一歩前に踏み出した。
「貴女が最初に目指したものは何? 描いた理想は?」
「……っ、トリムもう一度「無駄よ」――っ」
気が付けば、ソルシエラを見降ろしていた筈のネームレスの目の前に宇宙が広がっている。
海面であった筈の地面は、大量の星々が輝く美しい宇宙と化していた。
ネームレスはそれを見て直感的に気が付く。
ソルシエラの足元に広がるあの宇宙のような世界は、それ自体が一つの魔法陣なのだと。
デモンズギアであるトリムは、その異常さをより深く理解していた。
『あの位相世界の中に極小の星々を作り出し、強制的に自身と共鳴させているだと……!? それも一つや二つではない。あの足元に広がっているのは……おいおい、あれは太陽系の完全再現だぞ!』
「……はは、なんじゃそりゃ」
ネームレスは笑うことしか出来なかった。
孤独に輝く月だと思い込んでいた自分が、どれほどにちっぽけな存在であったのか、それをまざまざと見せつけられている。
「トア、一度しか言わないからよく聞きなさい」
ソルシエラは大鎌の柄を天へと向ける。
狙うはネームレスただ一人。
「私は、フェクトムの皆が大好きよ」
瞬間、足元に広がる魔法陣内に再現された宇宙が輝き、全ての星がソルシエラとの共鳴現象を引き起こした。
魔力が収束するだけで世界が軋むような音を上げる。
大鎌に装着されていた銀の自律兵装達は銃口へと移動を始め、大鎌により長い砲身を形成し、回転を始めた。
「貴女にもう一度、星の輝きを見せてあげる。二度と道に迷わなくて良いように、より強く鮮烈に……!」
それはソルシエラから彼女へと送られる許しと祝福であった。
やがて、引き金が引かれ砲撃が放たれる。
世界を切り裂くような眩い銀の収束砲撃、その一撃は天に輝く月すら容易に砕くだろう。
「……私だって大好きだよ。だから私が頑張らないといけないんじゃない!」
ネームレスは叫び移動しようとしたが、その手足は既に銀の鎖により拘束されていた。
「いつの間に……!?」
『……流石は姉さんと言わざるを得ないな。だが、最後まで抵抗を止めるつもりはない』
絶望するネームレスとは裏腹に、トリムは月詠みとしての最大限の力を発揮し、目の前にいくつもの障壁を生み出す。
エクスギアにより底上げされたトリムの機能が作り出した不干渉による強力無比な障壁は、この土壇場で過去最大の強度に至った。
しかしそれでも、演算結果が告げている。
この程度はすぐに打ち破られると。
『……ボクはまだ、最強にはほど遠いか』
どこか晴れ晴れとした声はやがて、障壁と砲撃がぶつかり合う轟音によりかき消された。
まるで隕石が地上に落下したような衝撃と音が響き渡る。
一枚、また一枚と障壁は破られていき、砲撃は目前へと迫っていた。
「……どうして」
ネームレスはそれを見ながら敗北を悟り嘆く。
「どうして私じゃ駄目なの……?」
「――ここからは《《私》》じゃなくて《《私達》》で越えるべきだからよ」
唐突に背後から声が聞こえた。
同時にふわりと視界の外で白い何かが舞い、首に手が回される。
鼻腔をくすぐる懐かしい香りと、柔らかな手の温度からネームレスはすぐにそれが誰なのかを理解した。
「ソルシエラ……」
「ふふ、驚かせたかしら。ごめんなさい。でもこうでもしないと、周りに見られてしまうでしょう」
「え?」
「ほら、間もなく世界を輝きが満たすわ」
ソルシエラは肩越しに指をさす。
丁度、最後の障壁が破られた瞬間だった。
間もなく、ネームレスの視界を銀の光が覆う。
しかし不思議と痛みはなく、目を覆うまでもない温かい光が彼女を包んでいた。
拘束も既に存在していない。
ソルシエラはそこで初めてネームレスの目の前に移動すると、少し恥ずかしそうに笑った。
「……こうして話すのは初めてよね。トア」
「…………うん」
その笑顔を見て、ネームレスの中にあった何かが解けていく。
頭に乗せられた手に抵抗することなく、彼女は撫でられ続けていた。
「私、負けたんだね。結局、何もできなかった」
「いいえ、それは違う」
吐き捨てられた諦観の言葉は、しかし優しく抱きしめられる。
ネームレスを抱きしめたソルシエラは、耳元で優しく言葉を紡いでいく。
「どうか悲しまないで、私を愛してくれた人」
「……っ」
「もう、貴女は貴女の人生を歩んでいいの。好きな物を好きと言って良いし、大好きな人達と一緒にいて良い」
抱きしめたまま、ソルシエラはネームレスという存在を一つ一つ丁寧に肯定していく。
気が付けば、ネームレスはそれに応えるように、ソルシエラを抱きしめ返していた。
とくんとくんと小さく響く二つの鼓動が、やがて一つに溶けあう不思議な感覚が包み込む。
「もう一度、私達とこの世界で生きましょう? それが私から貴女へ贈る愛よ」
「……はは、そうか。そうだったんだ」
優しい世界で、優しい人に抱きしめられ、ネームレスはようやく悟る。
「あぁ、道理で私じゃ勝てない訳だ」
孤独だと思っていた星は、多くの愛により輝いていたのだ。
それに気が付いた時、一人の少女の長い旅は許されるように眠りに落ちるように終わりを迎えた。
『(絶頂)』
『えぇ……』
『おいカメ、私の出番が少ないねぇ! お前が先陣を切るのはどういうことだ!』
『おぉ、適材適所だ。それに私のカメさんゾーンを勝手に宇宙に書き換えたお前に言われたくはないぞ!』
『喧嘩はやめるのじゃー! 戦う前まではあんなに仲が良かったのに、どうして争うのじゃー!』




