第307話 お前だから契約したんだ
生き抜く上で最も必要なものは個としての力である。
それは、デモンズギアとして生まれたエイナにとっては常識であった。
だからこそ、自分よりも強い相手には逆らわない、戦わない、機嫌を損ねない。
そうすることで、どのデモンズギアよりも長生きできると思っている。
自分の命が最優先で、痛い事、つらいことは嫌いなのがエイナという少女であった。
身の回りの平穏と、自分の大切な人がいればそれだけでいい。
彼女は、デモンズギアの中で最も臆病かつ人間に近いのだ。
故に、今の行動は彼女の生き方からは矛盾していると言えるだろう。
『守らなきゃ。私が』
誰かに頼ることで生きてきた少女が、その寄る辺をなくした時。
果たして彼女は一体どんな変化を起こすのだろうか。
その一つの答えがここに在った。
「――!」
『うるさい』
誰かの叫び声が聞こえる。
しかし、エイナはそれを音であると検知できてもそれ以上はわからなかった。
デモンズギア成功体5号は感知に優れた個体である。
故に、わざわざ聴覚に頼らずとも感知できる。
目の前にいるそれが、自分の大切な人であることも理解できた。
出来てもなお。
『私に全部まかせてください』
彼女はもう止まらない。
臆病ゆえに、人間に近いがゆえに、彼女は最も自分が嫌うやり方で自分たちの最小の世界を守ろうとしていた。
■
「少しの間、講師と遊んでいてくれ。……あァ、でも殺すなよ。そいつも俺たちが予約済みだ」
「貴方の言葉に素直に従うのは癪だけれど、まあいいわ」
ソルシエラの足元の魔法陣が消失する。
そして彼女はエイナを一瞥した後に講師へと向いた。
「5分、それ以上は待てないわ。私、待たされるのは嫌いだから」
「5分もいらねェよォ!」
六波羅は叫び駆けだす。
エイナはそれを見ても一歩も動くことはなく静かに矢を放った。
真っ赤な矢はまっすぐに六波羅へと迫る。
対して六波羅はそれを双剣で打ち落とそうとして――。
「ッ!?」
剣をすり抜け矢が六波羅へと直撃する、かと思いきや六波羅を通り抜けて矢は少し後ろへと突き刺さった。
「あァ? ……ッ、成程」
疑問への回答はすぐに与えられた。
突然自分の中の感情がかき乱されていく。
そして何かが吸収される感覚は、六波羅が良く知る物だった。
(矢はあくまでイメージか。効果は感情の吸収……いや、この感覚だとある程度の感情操作もできるのか。元の力が拡張されたと考えるなら、おそらく必中の効果もある。回避も防御も不能ってか)
エイナの契約者であったからこそ、六波羅はただ一度の矢でその攻撃を看破した。
防御、回避が不能な、魂を有する存在への一方的な接続を可能とする権能。
人間という種が絶対に敵に回してはいけない存在との闘いは、すぐに敗北の未来を六波羅に予感させた。
が、その上で六波羅は正面突破を選んだ。
「俺の感情を奪うってか? ならやってみろよォ!」
銘を持たずとも、心が死ねば人は生きていけなくなる。
それを承知の上で、六波羅はなおも進んだ。
「どうした、ビビってんのか? 強くなったんならよォ、もっと俺を楽しませてくれよエイナァ!」
矢が再び放たれる。
先ほどとは比べ物にならない数の矢が六波羅の体を貫いていった。
「――効かねェなァ!」
しかし、六波羅は止まらない。
感情が抜かれるたびに六波羅の足は遅くなっていく。
しかし、足だけは止まらなかった。
「ほら、もっと来いよ。そんなんじゃ足りねェ」
両腕を広げて六波羅は進む。
その顔は、どれだけ感情が乱れようとも絶えず笑みを浮かべていた。
『……?』
エイナは不思議そうに首を傾げながら矢を構える。
そして、今まで以上に権能を付与して強力な一撃を放った。
銘を持つ者であれば即死、持たずとも数日は目覚めないであろう魂への致命の一撃だ。
加えて防御と回避も不可能な、文字通りの必殺技であった。
六波羅は、それを。
「来いよォ!」
正面から体の芯で受け止めた。
矢が通り抜けると同時に、感情が《《全て奪われる》》。
まるで死んでしまったのかと錯覚するほどの虚無感と共に、六波羅は一瞬ふらつき倒れかけた。
が、すぐに一歩前に力強く踏み出す。
「……ッ!」
倒れそうになりながらも前のめりで六波羅は進んでいく。
その姿にエイナは困惑した。
自分へと流れ込んできたエネルギー量から確認はできている。
感情は一度、完全に枯れ果てた筈だ。
ほんの少しの加減はしたが、人としてまた活動できるようになるまで一週間はかかる。
ならば何故、六波羅は未だに笑いこちらへと歩き続けているのだろうか。
エイナは困惑する。
同時に恐怖があった。
これだけの無茶をしてしまえる六波羅が、今度こそ死んでしまうかもしれない。
喪失の未来を避けるために、エイナは躊躇いながらも矢をつがえた。
狙いを定めて、矢を放つ。
先ほどのような強力な一撃は必要ない。
放たれた矢は演算により、過不足なく完璧に六波羅を昏倒させるだろう。
事実、矢に貫かれた六波羅はついに前のめりで倒れた。
「……ッ」
エイナはそれを見て、一つの仕事が終わったとソルシエラと講師達を見る。
そして、新たに矢を生み出した。
今、倒れている最愛の人のためにもここで障害は取り除かなければならない。
エイナはまずは講師へと狙いを定めた。
「豁サ縺ュ」
「な、に……よそ見してんだァ!」
「!?」
声に驚き、エイナは初めて動揺した。
見れば、倒れた筈の六波羅が起き上がろうとしている。
「今の俺の感情が尽きるわけねェだろ……! 自分の不甲斐なさに、どうしようもなく怒りが込み上げてくる」
声を震わせながらも、六波羅はゆっくりと立ち上がる。
そして、再び進みだした。
「エイナ、覚えているだろ。俺たちは出来損ないとして生きて、掃き溜めみてェな路地裏で出会った。あの日から、全てが変わったんだ」
歩みは止まらない。
エイナはそれを見て矢を放とうとする。
その時、六波羅と目が合った。
感知しかできないはずのエイナが、視覚など無いはずなのに確かに六波羅と見つめ合ったのだ。
「クソみてェな任務も、面白ェ事もたくさん経験した。俺たち二人でだ。なのに、今さらてめえ一人でどうにかしようなんて、そんなのクソだろ」
双剣から手を放し、六波羅は片手に手錠を握る。
「俺にも背負わせろよ、そっちの方が面白そうだ」
気が付けば、エイナの目の前には六波羅がいた。
その目は爛々と輝き、強い感情を有している。
「もう一度、ここで宣言してやるよォ! 俺は死なねェし、お前も勝手に死なせねェ! 俺たちは最強だ、今までもこれからもなァ!」
「繝ェ繝シ繝繝シ」
「ははッ、何言ってんのかわかんねェよ!」
六波羅が手を伸ばす。
それを見て、エイナは咄嗟に弓を構えた。
六波羅との契約はいくつもの無茶と偶然と犠牲の上に成り立ったものである。
故に、ここで六波羅が触れれば魂ではなく肉体へも凄まじい負荷を負うことになるだろう。
そう考えて、エイナは矢を放とうとして――。
『約束通り、お膳立ての弾丸は一発です故』
感知の力がどこかで呟かれた声を拾い上げた。
どうしてその声だけがクリアに聞こえてきたのか、考える隙はない。
どこからか放たれた銃弾が、翡翠の雷を纏いながらエイナの胸に直撃する。
弾丸の当たった個所から、波紋が広がるように体へと衝撃が広がっていく。
同時に体から何かが失われていく感覚があった。
感知出来ていた筈のものが見えなくなり、代わりに視界が開け、音が聞こえるようになる。
閉じているが故に見えていた全ての物が見えなくなった。
代わりに目に映るのは、ただ一人。
「……リーダー」
「ようやくまともに会話する気になったか」
六波羅はそう言ってエイナの肩を掴む。
その瞬間、うめき声と共に顔を歪めた。
「ぐぁッ……!」
「だ、駄目です離してください! もうリーダーは私の契約者ではないです!」
「そんなの知らねェよ!」
六波羅はアンプルを拡張領域から取り出すと、首元へと打ち立てる。
そして、無理やり笑顔を作ってエイナを抱きしめた。
「ぁッ……はは、ははは! 懐かしいな、この感覚!」
「い、嫌だ! 離して、じゃないとリーダーが死んじゃう!」
「死なねェよ、俺は。絶対に」
六波羅はさらに強くエイナを抱きしめる。
明滅し歪んでいく視界と、全身を襲う鋭い痛みは今にも六波羅の意識を刈り取ろうとしている。
しかし、その全てを六波羅は大したことがないと一蹴した。
倒れている暇などない。
「エイナ、一度しか言わねェからよく聞け」
今は、エイナにこの言葉を届けなければならない。
「俺は――お前が好きだ」
「……え?」
「どれだけ地べたを這いずり回ろうとも必ず生きようとする根性、あわよくば下剋上を狙う気概。誰よりも臆病だから、他人の変化にもよく気が付くし、仲良くなれば遠慮がねェ。他も全部、お前の全部を俺は愛している」
朦朧とする意識の中でも、六波羅は言葉を丁寧に紡いでいく。
もう自分の愛する人が迷わないように、不安にならないように。
それだけが、この地獄からエイナを救う唯一の方法だと知っていた。
「お前だから契約したんだ」
「リーダー……」
「エイナ、お前はどうだ」
抱きしめながら、問いかける。
答えなど、最初から決まりきっていた。
「わっ、私も……私も大好きです」
「ははっ、ありがとよ。ならよォ、そんな俺達を離れ離れにしようとする講師をどう思う? 許せるか?」
「……許せないですぅ!」
「二度と地獄から出てこれねェように叩きのめしたくはねェか?」
「ボッコボコにしたいです!」
「ははっ、なら今更契約を拒む理由なんざねェなァ!」
「……っ、はい!」
そう言って六波羅は笑う。
そして手錠の片側をエイナへと取り付けた。
瞬間、六波羅の体を襲っていた全ての物が嘘のように消え去った。
よく知る感覚が体の中に流れ込んでくる。
二人が繋がったその感覚に、気が付けばエイナも抱きしめ返していた。
「これで、契約完了だなァ……!」
「リーダー」
「なんだ」
「好きですぅ!」
「ははっ、相思相愛で何よりだァ!」
喜び笑みを浮かべて、六波羅とエイナは笑い合う。
そして、真に倒すべき敵を見た。
「フェクトムのメカニックから面白れェもんを貰った。ぶっつけ本番、いけるな?」
「はいぃ! 私とリーダーのラブラブパワーならなんでもいけますよぉ!」
「……今だけは、何言っても許してやるよ」
少し悩んだ末に六波羅はまあいいか、とエイナの言葉を訂正しなかった。
これをソルシエラに聞かれるのは癪だが、今は仕方がない。
いや、心のどこかで見せつけるのも悪くはないと思っている節もあった。
「そんじゃァ、行くぞォ!」
「うおおお!」
六波羅とエイナはいつもの様に、星穿ちを使うことを選択。
すると、手錠に刻まれた魔法式が起動した。
「あ?」
「まぶしっ」
赤い閃光に、二人は包まれる。
六波羅はここに来るまでで唯一、致命的なミスを犯していた。
それは、開発者の人間性を深く理解していなかったことだ。
開発者のいう最高効率の維持、果たしてそれがどのような代償の元に成り立つのか。
そもそも、基礎となった魔法式の効果はなんだったのか。
六波羅は知らない。
自分がどのような治療を受けたのかを。
そして、そのデータを元に最高効率という言葉を開発者の少女が口にしていたことを。
故に、これは必然だった。
「ほォ、力が漲ってくるぜェ!」
『星穿ち、形態移行完了ですぅ! 私もいつもよりも調子が良いですよぉ!』
光が収まり、六波羅の手の中には赤い弓が握られている。
そこまではいつも通り。
しかし、それ以外が何もかも違っていた。
赤いインナーカラーの長髪と、小柄な体。
そして、見たことのない黒いセーラー服。
「って、ンだこれェ!?」
『えええええええええ!?』
つまり、今の六波羅は美しい少女であった。




