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かませ役♂に憑依転生した俺はTSを諦めない  作者: 不破ふわる
八章 そるしえらのなつやすみ

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第259話 えぴろぉぐ


 重い瞼を開ける。

 体の妙な倦怠感が生きていることを実感させた。


(あ、れ……僕は何を……)


 まだ頭が重く、考えは全然まとまらない。

 しかし、天井を眺めていると次第に思い出してきたようだった。

 脳裏に浮かぶ赫夜牟との闘い、覚醒、そしてソルシエラとの――。


「ソルシエラお姉ちゃん!?」


 思い出し、ソウゴは飛び起きる。

 布団を跳ねのけて起きたソウゴの目の前に、顔があった。


「うおっ」


 黒い髪に、整った顔立ちの少女だ。

 青い目は那滝家特有のものなのだろう。


 少女は、飛び起きたソウゴを見て首を傾げた。


「起きたの?」

「あ、うん……えっと……カヨちゃん、だよね」

「うん」


 カヨは頷き、淡白な返事をする。

 

 ソウゴよりも先に起きていたのだろう。

 彼女は布団を畳み、ソウゴの傍で正座をして待っていたようだ。


 部屋には今は誰もおらず、ソウゴとカヨ二人だけである。


「あの人たちは、今はいないよ。すぐに戻ってくるって言っていたけど」

「そうなんだ……」


 ソウゴはカヨを見る。

 今までの古びたワンピースとは違い、今の彼女は綺麗な和服を着ているようだ。

 血色も良く、素人目に見ても元気そうである。


(データロイドってすげー)


 難しい事は大してわからないソウゴだが、ヒショウ達が何かとんでもない技術でカヨを救ったことは知っていた。

 そんな事を考えながらぽけーっと見つめていると、カヨが顔を寄せる。


「なっ、何?」

「ソウゴこそ、どうして私の顔を見ているの」

「救えてよかったなーって。あのままカヨちゃんが死んだら悲しかったから」


 カヨは口を閉ざす。

 そして、ソウゴへと抱き着いた。


「ありがとう」


 多くの感情が乗った言葉だった。

 次第に、嗚咽交じりの泣き声が聞こえ始める。

 ソウゴは何も言わずに、幼い子をあやす様に頭を撫でた。


 部屋にしばらくの間、少女のすすり泣く声だけが響く。

 十分程経過した頃、カヨは目を真っ赤にしながらソウゴから離れた。


 そして、もう一度感謝の言葉を口にする。

 その顔には笑みが浮かんでいた。


「本当に、ありがとう。もう一度、生きるチャンスをくれて」

「そんなに大げさなことじゃないよ。ただ僕は、君に証明したかったんだ」

「証明?」

「うん」


 ソウゴは笑う。

 それから、優しく語り始めた。


「この世界は、きっとたくさんの悲劇がある。けれど、それだけじゃないんだ。大切なものや、かけがえのないものもあって、見方によって世界は変わると思うから」


 空に輝く星を思い出しながらソウゴは言葉を続ける。


「僕は、この世界を美しい世界だと思う。君にも、そう思って欲しい」


 ただそれだけのことなんだ、そうソウゴは話を締めくくる。

 カヨは静かにソウゴの言葉に耳を傾けて、やがて頷いた。


「もう一度、信じてみる。貴方と、この世界を」

「うん。あ、そうだ。僕に出来ることなら、何でも言ってよ。力になるから」

「……そう」


 得意げに告げるソウゴをカヨはじっと見つめる。

 彼は、師匠のそういう所もしっかりと受け継いでいた。


「なら、早速お願いしたいことがあるの」

「何かな?」


 カヨは、少し恥ずかしがりながら両手を広げる。

 そして、小さな声で言った。


「だ、抱きしめてほしい……長い間、人のぬくもりを感じたことはなかったから」

「カヨちゃん……うん! いいよ!」


 ソウゴはためらいなくカヨを抱きしめる。

 既に同年代が恋愛の対象でない彼にとって、それはそれはお安い御用であった。


「ん……温かい。ずっと、誰かにこうして欲しかった」

「もう、一人にはしないから」


 ソウゴの言葉に、カヨは抱きしめ返す。

 力いっぱい抱きしめ合った二人は、それから五分、十分、十五分とそのままの体勢で――。


(流石に長すぎる……? ちょっと腕がしびれてきたし、いったん休みたいなぁ。というか、カヨちゃん全力で抱きしめるのは良いんだけど、体勢的に耳元に息が……)


 同年代には興味のないソウゴ。

 そんな彼に残された最後の希望こそ、ミステリアスな開発をされた耳であった。

 唯一、同年代でも意識する部位である。


「か、カヨちゃん。いったん離れてもらっていい?」

「……ごめん、嫌だった?」

「そういうわけじゃないよ! ただ、流石に長すぎるというか、それにこの光景を誰かに見られたら……」


 まず間違いなく何かを言うであろう姉の顔を思い浮かべる。

 そして、最も見られたくない相手としてケイの顔も思い浮かべた。


 この二人に見られたが最後、揶揄われ続けることは想像に難くない。


(特に、ケイお姉ちゃんはマズイよ! あの人、たまに距離感おかしくなるし、平気で抱き着いてきそう……ん? なら、それは褒美では?)


 一瞬、受け入れそうになったが、すぐにソウゴは正気を取り戻す。

 ともかく、ずっと抱きしめ合っているわけにはいかない。

 腕は限界だし、耳元で聞こえるダウナー気味の幼い声の破壊力もとんでもなかった。


「もう少しこのままが良い……ダメ?」

「はぅっ……!?」


(この囁くような声……凄い逸材だ。これを無意識でやっているのなら僕の知識を授けたときにどれだけ――って、違う!)


 ソウゴはどうにか顔を背けようともがきながら言った。


「と、とにかく離れようよ」

「どうして?」


 心底不思議そうにカヨは問いかける。


「夫婦が抱きしめ合うのは、当然のことでしょ」

「うん……うん????」


 ソウゴは思い切り首を傾げた。


「夫婦……?」

「うん。僕と一緒に生きようって言ってくれた。あの時はわからなかったけど、アレはプロポーズでもあったんだよね。私にはわかるよ」


 カヨはさらに強く抱きしめる。


「か、カヨちゃん。それは、その……」

「――嘘だったの? 全部」


 すぐに分かるほどに、声が暗くなる。

 ソウゴは慌てて抱きしめ返した。


「嘘なわけないじゃん!」

「なら問題ないね」

「うーん、困った。反論の余地がない」


 ソウゴはそのままカヨが満足するまで一時間ほど抱きしめられていた。

 その間にカイが一度様子を見に戻ってきたが、ソウゴと目を合わせるとあわあわしてそそくさと出て行った。


 それ以外に特に問題はない。

 明らかに監視カメラのついているジルニアス製のメカ小鳥がこちらを見ながらちゅんちゅん鳴いているが、問題はないのだ。


「――うん、ありがとう。今日は満足した」

「そ、そっか。良かった」


 ソウゴは笑みを浮かべる。

 腕もしびれているし、背中も痛いが、それはそれとして目の前の少女が笑顔ならそれで良いと思った。


 夫婦はともかく。

 ソウゴがカヨに言った言葉は嘘ではない。

 この世界を共に見たいと思ったのは事実なのだ。


「それじゃあ、改めて」


 ソウゴは手を差し出す。

 そしてにっこりと笑った。


「僕は神宮寺ソウゴ! これからよろしくね、カヨちゃん!」







 春の陽気が、生徒たちを浮足立たせる。

 桜の花びらが舞う中、登校する生徒たちを窓から見下ろして青年は笑った。

 

「今年も、たくさんの人が来てくれた」


 その時だった。

 彼のいる部屋の扉が勢いよく開かれる。


「せっ、生徒会長、大変です! 理事会から、緊急で依頼が入りました!」

「そっか。わかったよ、今行く」

 

 青年はそう言うと、制服のネクタイを締めなおし、振り返る。

 そして、ソファで眠っていた黒髪の少女の肩をそっと揺すった。


「起きて、仕事だよ」

「んぅ……また皆に内緒でASMR買って……むにゃ……あの人に言っちゃうから……」

「なんて夢みてんだ」


 青年は自分の沽券にかかわると、大急ぎで頬をぺちぺち叩く。

 少女はようやく目を覚ますと、欠伸と共に大きく背伸びをした。


「良く寝た。で、何か用?」

「仕事、理事会から」

「あぁ……ということは陽の翼が絡んだ事件か。うん、わかった。それは確かに私たちの仕事」


 今まで寝ていたとは思えないほどに凛とした表情と共に、立ち上がる。

 そして、青い目を青年へと向けて手を伸ばした。


「行こ、ソウゴ」




 これは現代ダンジョン世界に生きる探索者の物語。

 そして、まだ語られるべきではない未来の物語である。



 

 


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