第151話 忍び寄る魔の手! 逃げろエマージェンシー!
「うむ、ワタシ様は満足したぞ、良くやったリュウコ」
満足そうにお腹を撫でながら、レイちゃんは笑顔を浮かべた。
ファミレスを出た俺達は今、迷子センターへと向かっている。
と、いうのは建前で恐らくアリアンロッドから回収が来るのだろう。
リュウコちゃんの挙動不審さというか、俺達には面倒事を隠そうという意思がみてとれる。
俺達を巻き込まない様に気遣っているのだろう。
優しいね。
「リュウコ、ワタシ様はまた甘い物が食べたくなった」
「えぇ!? さっきハンバーグ食べてたじゃん!」
「しょっぱい物の後は甘い物が食べたくなる。これは恐らくワタシ様が最初に発見した自然の摂理だ」
違うと思うが可愛いので黙っておく。
これくらいのロリ娘だとこういう我儘も可愛いものだねぇ。
『ロリか……確かに今まで目を向けてこなかったが……なるほどこれはこれで』
星詠みの杖君が何か新しい扉を開きかけている。
なんだコイツどの性癖にも適応するのか? 無敵か?
『ソルシエラロリ化本はどうだろうか。普段のミステリアスな言動の数々が、背伸びしたように感じられて可愛らしいと思うのだが』
君、契約者相手になんて提案を……。
『ロリシエラは駄目か?』
勝手に俗称を作るな。
『私は駄目かどうかと聞いている。君の心に問い掛けている……!』
そんなの――アリに決まっているだろう!
美少女のロリ化イベントはとても素晴らしいモノだ。
普段とのギャップに萌えるも良し、愛くるしい見た目に素直にキュンキュンするも良し!
ロリ化にはロリ化だけの趣がある。
それはこの俺、ソルシエラをロリ化したとしても変わらない。
あー、クラムちゃんやリンカちゃんの前でロリ化してぇ……!
普段は喧嘩している二人が、アタフタしながら協力して俺をお世話するところを見てぇ!
『よもや自身だけではなく、自身のロリ化によって巻き起こるイベントすら見越しているとは。恐れ入った』
ロリ化はね、起爆剤なんだ。
キャラの属性を再確認し、新たな関係性すら作り出す神イベント……。
だが、取り扱いには注意をしなければいけないよ。
変態紳士ばかりが集まる可能性もあるからね。ぐへへ。
『すでに一人集まってない?』
ノータッチは貫くぞ。それこそ古のオタク達から受け継いだ魂だ。
けど俺もロリ化するならタッチもOKでは?
これって法の抜け道だよ、やっぱり司法だけじゃ人間は縛れねえな。
『おかしい。私が主導権を握っていた筈なのに、いつの間にか追いつくのに必死だ』
ソルシエラはロリ化したらどうなると思う?
中身も一緒に幼児化するパターンなら、物静かな恥ずかしがり屋になりたいな。
誰とも会話も出来ないし、目も合わせようとしないの。
けど、高校生の頃に特に仲の良かった美少女にだけは懐いて服の裾を掴んだりするんだ。
『私的には幼児化しても神秘さは失わないでほしいねぇ。本当に精神まで幼児化したのか疑ってしまうほどに蠱惑的で、意味深な言動の数々。さぞ素晴らしいだろう』
じゃあさじゃあさ――
「二人とも、気が付いてる?」
俺と星詠みの杖君のワクワク会議が、リュウコちゃんの声で遮られる。
その手はレイちゃんを掴み、顔もキリッとシリアス顔だ。
ひゃだ……カッコイイ……。
無個性と嘆きながらもこうして真面目な顔もできるし、龍も操れる最高ランクの探索者。
うーん、性別が男なら君は間違いなく主人公だったぞ。
そして、そんな君にはこのクール美少女がカッコよくお返事をしてあげよう。
「ええ、勿論」
俺もリュウコちゃんを真似て、目を細める。
俺達のやり取りを見て、トアちゃんとレイちゃんは仲良く首を傾げた。
「え、何が?」
流石トアちゃん、何も分かってねえぜ!
俺も分かってないけど、聞くに聞けないからこういう時素直にわかんないって顔ができるトアちゃんはありがたい。
無知で可愛いね♥ というか何が起きたんだよ。ふざけんな、俺達のスイートな時間を壊しやがって。
『情緒どうなってんだ。……むむ、私にはわからないぞ。別に周りも生徒たちだけだし、何も起きていない様に見えるが』
最近、星詠みの杖君のセンサー馬鹿になってるからなぁ。
少しはナナちゃん見習ったら?
まあいいや、とりあえず全力でリュウコちゃんの言葉に乗っかっていくぞぉ!
『あの子を見習ったら私はゲーム廃人になってしまう』
それはちょっと……。
■
Sランクには、不思議なことに全員共通して独特な勘がある。
生まれ持っての物ではない。
ましてや、Sランクの異能由来の物でもない。
敢えて言うなら、経験。
多くの死線を潜り抜けた者だからこそ感知できる、死の予兆とでも言うべき違和感。
リュウコの場合、それは妙なむず痒さだった。
「そのまま歩いて。……そう、何も気付いてない風に」
リュウコはトアとレイにそう命じて、歩き出す。
そして、目線も合わせずにケイへと言った。
「何人だと思う?」
「……数えるのも馬鹿らしくなるくらい」
「だよね」
ケイは、どうやらこの場所の違和感に気が付いているようだった。
一見して、なんの変哲もない通り。
道行く学生に、露店、そして昼時を過ぎてようやく空いてきた飲食店。
いずれにせよ、日常の風景に過ぎない。
が、それでも。
(これは……流石にバルティウスかなー?)
リュウコは己の直感を第一に信じていた。
(アリアンロッドのお使いさんにこの子をさっさと渡したいけど、このまま真っすぐ行くとヤバそうだね)
辺りを一瞥して、リュウコは方針を変えることにした。
「あ、そう言えば少し戻ったところに美味しいアイスクリーム屋さんがあるんだった。どうかな、三人とも。一緒にアイス食べない?」
「アイスか……ワタシ様は良いぞ! アイス食べたい! 三段のおっきいやつな!」
「私も食べたいかな。トアちゃんはどう」
「うん! 食べる!」
食べ物を使えば誘導しやすいという事は今までの言動から理解している。
リュウコはそうして安心して、踵を返す。
その時だった。
「あ、あのもしかしてSランクのリュウコさんですか!?」
「え?」
振り返った先に、見慣れない制服の女子生徒がいた。
リュウコを見て満面の笑みを浮かべている。
「私、すっごいファンで……! サイン、貰ってもいいですか!」
「え……あー、実は今忙しくて出来れば後に「サインだけ、お願いします! リュウコさんに会える機会なんて《《滅多にない》》ですもん!」
パタパタと駆け寄ってきた女子高生は、笑顔で自身の拡張領域を開く。
そして、何やら鋭利なものを取り出しリュウコへと突き出した。
色紙などと言う可愛らしいものではない。
それは、ナイフによく似た刺突するための氷の結晶。
即ち、暗器である。
「リュウコちゃんっ!」
一番初めに気が付いたのはケイだった。
その手に短刀が生み出され、流れる様な動作で女子生徒を切り裂く。
彼女の短刀には何か仕込まれているのだろうか、女子生徒は軽く切られただけでその場に倒れ伏した。
「ぁっが……!?」
リュウコに届くことなく氷の結晶が落ち、地面に転がる。
それを見て、リュウコは「おお」と軽い気持ちで手を叩いた。
「やるねぇ、ケイちゃん」
「大丈夫だった? 怪我は?」
「ないない。守ってくれたからねー」
氷の結晶を拾い上げたリュウコは興味深そうにそれを眺めながら、呑気にそう言う。
その姿を見て、ケイは首を傾げた。
「随分と余裕だね。もしかして、コイツが貴女を狙ってるって気が付いてた?」
「んー? うん勿論」
リュウコは頷く。
当然のように敵を見抜いていた姿は、Sランクとしての貫禄がある、ように見えた。
が、内心では。
(私に会える機会が滅多にないだと……!? ふざけやがって、私はこうして休日は食べ歩きしたりショッピングしたり普通にいるっての! 声かけやすいようにしてるっての! にわか! バーカ! 私の期待を返せ!)
哀れ、自身の不人気さに基づく敵の判別であった。
が、そんな事をわざわざ吐露するわけもない。
あくまで仕事ができるSランクをアピールしてトアからの羨望の眼差しを受けたいリュウコは、クールに笑った。
「裏の人間特有の匂いがしたからね。……そう、死の匂いが「なあリュウコ、アイスはまだか?」今じゃないでしょ言うタイミングぅ……」
レイに台無しにされ、リュウコは肩をがっくりと落とす。
「せっかくカッコよく決めたのに……まあ、これから先もカッコよく出来るかは分からないけどね」
リュウコは面倒臭そうに息を吐いて、レイを庇うように立つ。
その姿を見て、察したケイもまた、短刀を構えなおした。
「さっきは守ってくれてありがとう。でも、これからは自分の命を守ることを優先して。じゃないと……この数相手じゃ死ぬかもしれないから」
それは、風景である筈だった。
道行く人も、談笑する生徒も、食事中の観光客も、
全員が、四人とは微塵も関りのない人である筈だった。
「ひぃっ」
トアがそれに気が付き悲鳴を上げる。
全員が、こちらを見ている。
無機質な目で、ただ獲物を観察しているかのように。
その手には、氷の結晶が握られていた。
(こっちの準備中に、あっちも色々仕込みを終わらせてきたのか……? いやぁ、面倒臭いなぁ! けれど)
リュウコは、自身の胸を軽く小突く。
「広い場所ならこっちもやりようはあるんだよね」
瞬間、リュウコの胸より銀色の何かが飛び出した。
それを見て、囲んでいた人々が一斉に動きだす。
が、もう遅かった。
ふよふよと動くそれに、魔法陣を展開してリュウコは謳う。
「龍位継承――レッドドラゴン」
銀色の粘体に変化が起きる。
それは瞬く間に巨大になり、辺りの屋根を優に超える巨体となった。
赤い鱗に、蝙蝠のような羽、そしてトカゲによく似た頭部。
鞭のようにしなる尾は丸太のごとき太さで、巨躯を支える四肢は鋭利な爪が備わっている。
それはまさに、人々が思い浮かべる龍の姿であった。
「でっか……」
「こ、これドラゴンだぁ!」
「リュウコ、アイスはまだか?」
三者三様の反応を前に、リュウコはフッと笑って叫ぶ。
「バルティウス! 私達を連れて――めっちゃ逃げてー!」
「「「えっ」」」
主の情けない命令に、バルティウスは従順に従う。
バルティウスは四人を器用に咥えると、ひょいと背中に投げた。
広い背中に四人が着地した事を確認したバルティウスは、羽ばたき宙に浮く。
既に、人の手の届くところにリュウコ達はいない。
「とりあえずガン逃げ! マジ逃げ! めっちゃ逃げ!」
恥ずかしがる様子もなくそう叫ぶリュウコに従って、バルティウスは一つ吠えると、凄まじい速度でその場を飛び去って行った。
残された人々は、数秒ほどバルティウスの飛び去っていった方角を見ていたが、やがて、一斉に再び今までの役割りへと戻っていく。
倒れ伏した女子生徒は慣れた手つきで店の中へと運ばれ、姿を消す。
一分も経たずして、そこにはいつものクローマ音楽院商業区の風景が広がっていた。




