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この世界の感情は全部作られていた ~共鳴しない僕だけが「ノイズ能力」でフェイク・レゾナンスを壊すまで~  作者: ひろボ


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第15話:都市の秘密

 地上の空気は、三時間で懲り懲りになった。

 調整局の監視ドローンが縦横無尽に飛び交う地表を、俺たちは路地から路地へと身を滑らせながら、ハルの示す座標を目指して移動を続けた。


 辿り着いた先は、地上区の外縁に口を開ける、古い換気ダクトの入り口だった。

 そこから先は、また地下だ。


「……ハル。本当にこの奥なのか? どう見ても、ただの巨大な下水処理場だぞ」


 俺――朝霧レンは、薄暗い地下通路の角に肩を預け、インカムに向かって声を潜めた。


『ただの下水処理場に、軍用レベルの光学迷彩で隠された生体認証ゲートがあるわけねえだろ。……そこは間違いなく、調整局の隠しデータノードだ』


 耳元の通信機から、ハッカー・ハルが端末を叩く乾いたリズムが返ってくる。


 第十四話での死闘を経て、俺たちはある一つの「座標」を割り出していた。

 過去を乗り越えたミナの証言と、ハルの執念のハッキングが導き出した、ネオ・トーキョーの平和を維持するシステムの根幹。

 旧時代の管理中継所跡地。


「レン君、気をつけて。……微かだけど、前方。自律型の警備ドローンが三機」


 背中を合わせていたミナが、銀色の髪を微かに揺らして告げた。

 目を閉じ、周囲の「音」の微細な反射を拾う彼女の感知能力。

 元・共鳴調整局のエリートとしての知識は、この漆黒の迷宮において何よりも鋭い道標となる。


「三機か。リクトさん、いけるか?」

「ハッ、余裕だぜ。俺の筋肉が鈍らねえうちに、鉄屑に変えてやる」


 白峰リクトが首の骨をバキリと鳴らし、重心を低く落とす。

 修行で掴み取った『一点集中』。

 その密度を試すには、手頃な標的だ。


「行くぞ……!」


 合図と同時に、リクトの巨体が弾丸と化して飛び出した。


「ピピッ……! 侵入者ヲ検知。排除モードへ――」


 暗闇から這い出した三機の多脚ドローンが、赤いセンサーを血走らせ、銃口を向ける。

 だが、その射線が定まるよりも早く、リクトの『身体共鳴』によって鋼鉄化した拳が、先頭の一機を紙細工のように粉砕した。


 ガシャァァァン!!


「残り二機は、俺がやる!」


 リクトの影から飛び出し、右手に漆黒の火花を凝縮させる。

 怒りに任せて出力を振り回すんじゃない。

 敵の動力源――その「一点」だけを最短距離で射抜くための、圧倒的な密度の不協和音。


 バチィィィッ!!


 放たれたノイズは、ドローンの強固な装甲を透過し、内部の電子神経を正確に焼き切った。


「……制圧完了だ」


 火花を吹き、ただの鉄塊へと戻った残骸を見下ろし、俺は肺に溜まった熱を吐き出した。


『上出来だ、バグ野郎ども。……奥にあるメインコンソールの物理ポートに、俺のデバイスをぶち込め』


 ハルの指示に従い、奥の部屋へと足を踏み入れる。


 そこは、地下の湿気とは無縁の、厳重に密閉された無機質な白銀の世界。

 ホコリ一つない空間の中央に、巨大なサーバー群が心臓の鼓動のような低い駆動音を唸らせていた。


 俺はハルから渡されていたコネクタを、端末の深部へと突き刺した。


『……ビンゴ。繋がったぜ。これより、ネオ・トーキョー環境制御システムの深層ログを引っこ抜く』


「頼む。……これで、あいつらがどうやってこの街の感情を誤魔化してるのか、裏の仕組みが暴けるんだな」


 数分間の、耳が痛くなるような沈黙。

 サーバー群のランプが狂ったように明滅し、排熱ファンが熱い風を吐き出す。


 やがて、部屋の中央にあるプロジェクターが起動し。

 巨大な「光の地図」が、地下の闇を黄金色に塗りつぶした。


「……これは、ネオ・トーキョーの立体マップ?」


 ミナが、浮かび上がった光の網目を見上げて呟く。


『ただの地図じゃねえ。……今、リアルタイムで流れている「感情の波形」を可視化したデータだ』


 黄金色の光は、地表を埋め尽くしていた。

 数百万人の市民が発する、穏やかで、均一に調律された「幸福」の波形。

 争いも、憎しみも、焦燥もない。

 完璧にパッケージ化された、偽物の理想郷。


「……綺麗ね。こうして見ていると、何もかもが救われているように見える」


 ミナが悲しそうに、眩しさに目を細めた。


「ハル。これのどこが『秘密』なんだ? ただの監視画面にしか見えないが」


『……よく見ろ、レン。光の「下」だ』


 ハルの声が、微かに、だが決定的に上ずっていた。


 言われた通り、俺は黄金色に輝く地表の光の、そのさらに「下層」へと視線を移した。


 ――ぞわり、と。


 全身の産毛が逆立ち、背骨を氷の針が駆け抜ける。


 黄金色の光の網の下。

 地下深くに向かって、おびただしい量の「赤黒い光の奔流」が、滝のように流れ落ちていた。


「なんだよ、これ……。地上の光より、ずっと巨大なドス黒い波が……地下に集まってる……?」


『……ミナ、お前はエリートだったんだろ。……人間の「感情」ってのは、システムで上書きすれば、完全に消し去ることができるのか?』


 ハルの問いに、ミナの顔からスッと血の気が引いた。


「……できないわ。感情はエネルギー。波なのよ。……『悲しみ』や『怒り』をシステムで抑え込もうとすれば、その反作用として行き場を失った負の波形が、必ずどこかに蓄積されるはずなの」


 ミナは震える手で、赤黒く濁った「滝」を指差した。


「フェイク・レゾナンスは、市民の負の感情を『消して』いるんじゃない。……巨大なフィルターを使って、市民の無意識の底から負の感情を濾過し、見えない場所に『棄てて』いるんだわ……!」


「棄てている……? どういうことだ、ミナ」


 俺は、空中に浮かぶ赤黒いうねりを見つめながら、唾を飲み込んだ。


「物理法則と同じよ。エネルギーは、消滅させることはできない。……感情という強烈な波形エネルギーも同じこと」


 ミナの声が、冷たく凍りついていく。


「システムは、地上の『不純物』を強制的に分離して、地下の奥底へと『排水』し続けているのよ」


「じゃあ、この赤黒い光のうねりは……」


「ええ。ネオ・トーキョーの数百万人が、本来感じるはずだった『負の感情』の搾りカス。……それが、この地下の底に集められている」


 悍ましさに、リクトですら言葉を失い、険しい顔でホログラムを睨みつけていた。


 誰も怒らない、誰も泣かない、完璧な平和。

 その裏側で、この都市は、巨大な「感情の汚物処理場」を飼っていたのだ。


「ハル。……この赤黒い波は、どこへ向かってる?」


『……今、トラッキングしてる。……冗談じゃねえ、セキュリティの壁が分厚すぎるぞ。……抜けた! 座標を共有する!』


 地図が切り替わり、赤黒い奔流が一つに集束する「地点」が拡大された。


「……旧地下鉄の、さらに下? 第六廃棄ブロック……」


 リクトがその座標を見て眉をひそめる。


「あそこは、大深度地下開発の時に崩落事故が起きて、完全に封鎖されたはずの『空白地帯』だぜ」


『表向きはな。だが、この異常なデータトラフィックを見ろ。……そこに「何か」があるのは確実だ。……単に棄ててるだけじゃない。波形が、そこで「処理」されてる形跡がある』


「処理って……何をしてるって言うんだよ」


『分からねえ。だが、良いことじゃないのは確かだ。……フェイク・レゾナンスの真の闇は、そこにある』


 その時だった。


 ピーーーーーッ!!!


 鼓膜を突き破るような、けたたましい警報音がサーバー室を満たした。

 黄金の地図が、一瞬にして真っ赤な警告色へと塗りつぶされる。


『――警告。クラスS機密データへの不正アクセスを検知。迎撃システムを起動します』


「チッ……! 逆探知されたか!」


『わりぃ、レン! 物理回線からシステムの中枢AIに気づかれた! 今すぐそこから離脱しろ!!』


 ハルの叫びと同時に、入り口の重厚な隔壁が音を立てて降りてこようとする。


「閉じ込められるぞ! 走れ!!」


 リクトが真っ先に駆け出す。

 俺もミナの腕を掴み、閉まりかけた隔壁の隙間を、間一髪で滑り抜けた。


 だが、通路に出た俺たちを待っていたのは、行きに倒したドローンとは次元の違う「殺意」だった。


「……ネズミ共が。こんな深部まで嗅ぎまわるとは」


 暗い通路の奥から、複数の人影が静かに現れた。


 漆黒のロングコート。無機質な瞳。

 手には、鈍い銀光を放つ高出力の共鳴デバイス。


 共鳴調整局の『特務鎮圧部隊』。


「……ミナ、リクトさん。下がってくれ」


 俺は一歩前に出て、右手の指先に全神経を研ぎ澄ませた。


 先ほどの地図で見た、巨大な「負の感情の滝」。

 この偽物の平和を維持するために、どれだけの「生きた心」が排水溝に棄てられてきたのか。


 その事実が、胸の奥で黒い炎となって爆発する。


 バチバチバチィィィッ!!


 右手に宿るのは、怒りではなく、冷徹なまでの「信念」に裏打ちされた一点集中のノイズ。


「排除しろ!!」


 リーダー格の男が吠え、複数のデバイスから同時に「制圧共鳴」が放たれた。

 他者の意識を強制的に刈り取り、脳を沈黙させる暴力的な波形。


 かつての俺なら、これだけの圧力を浴びれば、意識を保つことすら難しかっただろう。


 だが。


「……そんな薄っぺらい波で、俺の意志を上書きできると思うなッ!!」


 右拳を、真っ直ぐに突き出す。


 バリィィィィィィィィィィッ!!!


 一点に凝縮された漆黒の極光が、放たれた制圧共鳴の波を「中心」から文字通り引き裂き、特務部隊の陣形を一直線に貫いた。


「なっ……!? 波形が、食い破られ――ぐあぁぁぁっ!!」


 デバイスが次々と過負荷で爆発。

 男たちが壁に叩きつけられ、その場に崩れ落ちる。


「……凄い。レン君の波形、前よりずっと鋭く、無駄がないわ……」


 背後で、ミナが信じられないものを見るように呟いた。


 修行の成果。

 俺のノイズは、確実に「秩序を壊すための刃」へと変貌していた。


「感心してる場合じゃねえ! 増援が来る前にズラかるぞ!!」


 リクトの怒号に背中を押され、俺たちは煙を上げる通路を駆け抜けた。


 *


 数十分後。

 追手を振り切り、安全な下水路の奥深くで俺たちは荒い息を吐いていた。


「……ハル。通信、生きてるか?」


『ああ。物理的な回線は死んだけど、こっちの座標は割れてねえよ』


「良かった。……それで、さっきの『空白地帯』のデータは?」


『バッチリ手元にある。……いつでも案内できるぜ。……準備はいいか?』


 俺は、薄暗い地下の天井――その遥か上にある、ネオ・トーキョーの街を睨みつけた。


 誰もが穏やかな笑みを浮かべ、何不自由なく幸福を享受しているように見える街。

 だが、その足元には。


 システムによって強制的に抽出された、市民たちの「負の感情」が、滝のように流れ続けている。


「……行くぞ」


 俺の言葉に、ミナとリクトが深く頷く。


「あの第六廃棄ブロック……棄てられた『感情のゴミ』がどうなっているのか。この街の本当の闇を、暴きに行く」


 フェイク・レゾナンスの裏側。

 そこには、これまでの戦いなど序の口に思えるような、想像を絶する地獄が待っているのかもしれない。


 それでも、立ち止まる選択肢はない。


 俺たちが「本物の感情」を取り戻すために。

 この偽物の青空を、一枚残らず叩き割るために。

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