第13話:包囲網
警告は、突然やってきた。
『――喜んでる暇はねえぞ、バグ野郎ども。調整局のドローン部隊が、この廃棄区の入り口を特定しやがった』
黒崎ハルの声が、通信機を震わせる。
貯水槽の中に、冷たい緊張が走った。
俺――朝霧レンは、右手の指先に意識を沈めた。
さっきの修行で掴み取った感覚。
怒りに任せて全方位へ撒き散らすのではなく、一点に、針の先ほどの密度に凝縮して叩き込む。
それが、霧島カイという絶対的な壁を貫くための、俺だけの武器。
まだ荒削りで、未完成だ。
だが、今は試している時間はない。
「……ミナ、リクトさん、サラ。準備はいいか」
三人が無言で頷いた。
ミナは『ソニック・エミッター』を静かに構え直し、リクトは鋼鉄化した拳をゆっくりと握りしめた。
サラは瞼を閉じ、この廃棄区全体に広がる「波形」を読み取るべく、その感覚を研ぎ澄ませていく。
「……来るわ。入り口から、三方向。合計で……十二機」
サラが低く、静かに告げた。
十二機。
ハウンド・ドローンの群れが、この貯水槽を完全に包囲しようとしている。
「リクトさん。正面を頼む。俺が右側を――」
俺が言い終わる前に、それは始まった。
ガチャン、ガチャン、ガチャン。
金属の爪がコンクリートを引っ掻く、不気味な駆動音。
貯水槽の三箇所の壁が、内側から叩き割られるように砕け、赤いセンサーを持つ多脚型のドローンが次々となだれ込んできた。
「来やがったッ!!」
リクトが咆哮と共に、鋼鉄化した右腕を正面のドローンに叩き込んだ。
ドォォォォォン!!
装甲が紙細工のように潰れ、機体が壁に激突して爆散する。
だが、次の瞬間。
残りのドローンが一斉にレーザーを掃射してきた。
「っ!!」
俺は床を蹴って横に跳んだ。
コンマ数秒前まで立っていた場所のコンクリートがドロリと溶け、黒い煙を上げる。
直撃すれば、足首から先が消し飛んでいた。
「左から二機! レン君!!」
ミナの叫びと同時に、俺は振り返り、右手を構えた。
(……広げるな。一点だ)
乱れた呼吸を、無理やり整える。
脳の奥から、怒りではなく、静かな決意を引き出す。
家族を奪われたあの日の記憶ではなく。
誰もが自分の心で生きられる、本物の世界を取り戻すという、あの願い。
右手の指先に、漆黒の光が細く、鋭く凝縮されていく。
「……落ちろッ!!」
バリィィィッ!!
放たれたノイズは、砲弾のような広がりではなく、縫い針のような鋭さで左側の一機を貫いた。
機体の精密な電子回路が内側から焼き切られ、ドローンは悲鳴のようなエラー音を上げて床に墜落する。
残りの一機が、俺の頭部へとレーザーを向けた。
その銃口が光る前に。
ドゴォォォォォン!!
ミナのソニック・エミッターから放たれた音響弾が、ドローンの右側面に直撃した。
傾いた機体が照準を外し、レーザーが天井を焦がす。
「今です、レン君!!」
「ああ!!」
バリィィッ!!
二撃目のノイズが、ドローンの動力部を一点で射抜いた。
機体が内側から爆ぜ、火花を散らして崩れ落ちる。
「……二機、墜落」
ミナが短く確認し、次の標的へと銃口を向ける。
貯水槽の中は、すでに戦場と化していた。
リクトが鋼鉄の拳で次々とドローンを叩き潰し、ミナが音響弾で包囲を崩し、俺が一点集中のノイズで核心を穿つ。
三人の連携は、まだ荒削りだ。
だが、確かに「噛み合い」始めていた。
「……サラ! 上だ!!」
『――上方、残り三機が天井から降下を開始!』
ハルの叫びと同時に、天井のひび割れから、三機のハウンド・ドローンが垂直に落下してきた。
俺の真上。
回避する時間はない。
「――レン君を、傷つけさせない!!」
ミナが飛び出した。
彼女は両手を広げ、デバイスを使わず、自らの身体から直接ソニック共鳴を放った。
青白い音波の壁が、天井から降り注ぐドローンを真正面から受け止める。
装甲が、音の衝撃波によって次々と歪んでいく。
だが、ミナの顔が、苦痛で歪んだ。
「……っ……!!」
デバイスなしの直接共鳴は、使い手の肉体にも凄まじい反動をもたらす。
ミナの鼻から、一筋の血が流れた。
「ミナ!!」
「大丈夫……! 今です、レン君! 今しか、隙がない!!」
三機のドローンが、音波を受けて、一瞬だけ動きを止めていた。
俺は右手を、天井へと向けた。
(……三機、同時に。一点ずつ)
息を止める。
世界が、一瞬だけスローモーションになった気がした。
一機目の動力部。
二機目のセンサー。
三機目の制御回路。
それぞれの「核心」が、俺の視界に焼き付く。
「……全部、落とすッ!!」
バリィィィィィィィィィィン!!!
三本の漆黒の極光が、それぞれ異なる軌道で空中に弾け、三機のドローンを正確に射抜いた。
断末魔のエラー音が三重奏で響き、焼けた鉄の匂いが貯水槽に立ち込める。
三機のドローンが、同時に床へと落下した。
静寂。
俺は、荒い息を吐きながら、右手を下ろした。
『……全機、墜落確認。レン、お前……本当に変わったな』
ハルの声が、通信機の向こうで密やかに揺れた。
「まだ入り口に過ぎない」
俺は答えながら、床に膝をつきそうになっている自分を、奥歯を噛み締めて堪えた。
共鳴疲労が、脳の奥を焼いている。
三機同時は、さすがに無理があった。
「レン君、もたれて」
ミナが静かに寄り添い、俺の腕を肩に回した。
彼女も鼻血を拭いていないが、その瞳には揺るぎない光がある。
「お前こそ、無茶をするなよ。デバイスなしの直接共鳴なんて」
「あなたを守るためなら、無茶のうちに入りません」
ミナは、そう言って、少しだけ微笑んだ。
不器用な、だが本物の笑顔だった。
『――そろそろ移動しろ。ドローンの撃墜信号を受けて、調整局が次の手を打ってくる。今のうちに、もっと深い場所へ潜れ』
「了解。……みんな、動けるか?」
リクトが傷だらけの腕で親指を立てた。
サラが、疲弊した表情ながらも静かに頷く。
「行きましょう」
ミナの言葉を合図に、俺たちは焼け焦げたドローンの残骸を踏み越え、さらに深い暗闇へと足を踏み入れた。
*
旧時代の保守用トンネルを、三十分ほど進んだ先。
壁の一角が崩れ落ちてできた、小さな天然の空洞。
そこが、今夜の隠れ家になった。
ハルが「ここなら調整局の電磁スキャンが届かない」と言った。
それを信じるしかない。
リクトが古いストーブを引っ張り出し、揺らめく青い炎を灯した。
全員が、その小さな熱に吸い寄せられるように肩を寄せ合う。
しばらく、誰も話さなかった。
バチリ、と炎がはぜる音だけが、狭い空洞に静かに響く。
「……お前ら、よくやった」
やがて、リクトが低く呟いた。
褒め言葉を言い慣れていない男の、不器用な一言。
だが、それだけで十分だった。
「ドローンを十二機全部落としたなんて、正直信じられないわ」
サラが、疲れ果てた目で俺を見た。
「でも、レン君の波形。最後の三機同時のあれ……あんなの、もう訓練前の彼じゃないわ」
「まだ、カイには届かない」
俺は右手を開き、指先を見つめた。
黒い粒子の残滓が、チリチリと燻っている。
「でも、確実に近づいてる。……そうだろ、リクトさん」
リクトは無言で、血に染まった拳を一度だけ強く握り、そして開いた。
それが、答えだった。
炎が揺れる。
暗い空洞の天井に、俺たちの影がゆらゆらと踊っている。
桐生さんは、今どこにいるのか。
ハルは、今夜も眠れずに端末を叩き続けているのか。
何もかもを失いながら、それでもまだ、ここにいる。
ここに、俺たちはいる。
俺はゆっくりと、炎から目を逸らし、隣に座るミナへと視線を向けた。
彼女も、炎を見つめていた。
その横顔に揺れる青い光が、ひどく静かで、ひどく美しかった。
「……眠れないのか」
俺が問うと、ミナは小さく首を横に振った。
「眠れない理由が、たくさんありすぎて」
「……ああ。俺も同じだ」
二人の間に、短い沈黙が落ちた。
炎がまた、バチリと鳴った。
「ミナ。……お前の家族のこと、まだ聞いてなかったな」
俺は、今まであえて触れずにいた言葉を、静かに紡いだ。
ミナの手が、膝の上でゆっくりと重なった。
「……話してもいい?」
「聞かせてくれ」
ミナは、青い炎を見つめたまま、静かに口を開いた。
それは、次の話へと続く、長い夜の始まりだった。




