詭弁家とロジカル美少女
本編「暗殺依頼を受けたらとんでもない事になった」の1話読み切りのパロディ短編集。
街外れのライルの部屋。今日も今日とて、ライルは一切の訓練を放棄し、哲学者のような物憂げな表情で窓の外を眺めていた。
「シエラ……。シェイクスピアは言った。『この世はすべてひとつの舞台。人はみな役者にすぎぬ』とな」
「はぁ……また始まったわね。どの口が文豪を語ってるのかしら」
「いいかい、俺はただ、作者に与えられた『無能な主人公』という役を完璧に演じているに過ぎないのだ! つまり、俺が弱く、見せ場がないのは、自身の演技力が極めて高いという証明なのだよ!」
「名優はどんな端役でも光らせるものよ。あんたのは演技じゃなくて、ただの『素』でしょ。大根役者どころか、泥のついた大根が舞台に転がってるだけなんだから、見苦しいわ。さっさと舞台袖に引っ込みなさい」
「……なっ。では、光らせるためなら、俺が台本を無視して暴走してもいいと言うのか! 君は物語の崩壊を望む、カオス(混沌)の使者なのか!?」
「誰もそんなこと言ってないわよ。私の主張を勝手に極論へ歪めて叩きやすく加工する……典型的な『ストローマン論法』ね。そんな案山子を相手に勝鬨をあげて、虚しくないの?」
言葉を詰まらせたライルだったが、すぐに卑屈な笑みを浮かべ、必殺の論点ずらしを発動した。
「ふ、ふん! 正論を吐くのは勝手だが、シエラだって昨日、冷蔵庫にあった俺のプリンを勝手に食べただろう! 自分の食欲すら管理できない人間に、俺の生き方を批判する資格があるのかね!」
「……私の間食と、あんたの文章の矛盾は1ミリも関係ないわ。自分の非を棚に上げて相手を叩く『お前だって論法』ね。論理的な反論ができないからって、過去の過ちを持ち出すのは敗北宣言と同じよ。まずはその泥棒猫のような卑屈な性格を治しなさい。あと、プリンは美味しかったわよ」
「ぐぬぬ……! だがなシエラ、他人がどう言おうと、俺は俺のあり方、俺の表現力こそが至高だと思っているのだ。俺が満足している以上、それが真実だ!」
「それ、『主観主義の誤謬』ね。自分はいいと思うって無価値な主観はいらないわ。評価ゼロという現実に対して客観的に是非を考えるのよ。あんたが自分の世界で満足している間に、現実の世界では評価ゼロという冷徹な数字が積み上がっているの。中身が空っぽのスカスカな言い訳を延々と垂れ流して……。それはもはや表現活動じゃなくて、ただの『公共の場での排泄行為』よ!」
「はいせ……っ!? 言い過ぎだろ! お前、そんなあどけない顔をしてなんて事を言うんだ! お前はそんなに汚い言葉を使う、心まで汚れた娘だったのか!」
ライルは衝撃に震えながら、シエラの人格を指差して叫ぶ。しかし、シエラは眉ひとつ動かさず、冷徹に宣告した。
「……話の内容に反論できないからって、私の口調や人格を攻撃して逃げるわけ? そういう言動の揚げ足取りにスポットを当てた反撃は、『アド・ホミネム』……議論とは無関係な、ただの人身攻撃よ。そんな子供の喧嘩レベルの詭弁を振り回す暇があったら、一文字でもマシな文章を書きなさい」
「ひ、ひぃぃぃ! 正論の暴力だ! 論理的虐待だ! 誰か、この冷血なロジカルモンスターから私を救ってくれ!」
ライルは床を転げ回り、ついに涙目でシエラを見上げた。
「……シエラ、わかった。君の勝ちだ。だが最後に一つだけ、この世の真理を言わせてくれ」
「……何よ。往生際が悪すぎて、逆に感心するわ」
ライルは立ち上がり、ボロボロになった服を整えると、天を仰いで神聖な儀式でも行うかのように厳かに告げた。
「この議論の勝敗を決めたのは君だ。だが、そもそも『勝敗がある』と決めたのも、この世界の『ルール』だ。ならば、そのルール自体を俺が認めなければ、俺は負けていないことになる……。そう、これは『勝利の定義の再構築』なのだよ!」
シエラは完全に虚無の表情でライルを見つめる。
「……それ、ただの『ゴールポストの移動』っていう、負けを認められない小心者の最底辺の詭弁よ。」
ライルは、決定的なゴールを決められた後に、なぜかポストの建て付けが悪いふりをして点検し始める卑屈なキーパーのような顔で、「オフサイド……オフサイドだろぉ……」と虚しい抗議を漏らしながら号泣した。




