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Donect  作者: 天霖千
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初仕事 初対面

初仕事

 初仕事は、ライブでも番組でもなかった。

 地方局の深夜枠。

 音楽特集の、スタジオゲスト。

 神無は控室で、渡された台本を膝に置いたまま動かなかった。

「……歌わない出演、ですか」

 なにも知らないスタッフが苦笑する。

「向こうも半信半疑だよ。成立するのかって」

 成立するかどうかなんて、神無にもわからない。

 それでも、引き受けた。

 カメラが回る前、睦月がケーブルを確認しながら近づいてくる。

「音、問題ない」

「ありがと」

 それだけの会話。

 以前なら、ステージ前に何か一言あった。

 今日は、それがない。

 時間が来て、スタジオに呼ばれる。

 照明。

 拍手。

 司会者が笑顔で迎える。

「今夜は特別なゲストです。活動再開を発表された——夜鳥神無さんです」

 拍手が、少しだけ遅れる。

 神無は、マイクを受け取った。

 無意識に、指が位置を探す。

 いつも、歌い出すときに握る場所。

 ——歌わない。

 そう、決めた。

「お久しぶりです」

 それだけで、喉が詰まる。

「今日は……歌わないって聞いて、視聴者も驚いてると思うんですが」

 司会者が探るように言う。

 神無は、一拍置いて答えた。

「はい」

 スタジオが静まる。

「歌えないから、出ない。じゃなくて」

 言葉を選ぶ。

「歌えない時でも、立つ場所があるか、試したくて」

 睦月の視線を、感じた。

「Donectは、俺一人のもじゃできなかった」

 マイクを、胸の前で持つ。

「だから今日は、歌わない」

 沈黙。

 だが、笑われなかった。

「じゃあ……今夜は、何を?」

 司会者が、優しく問いかける。

 神無は、短く息を吸う。

「話します」

 少しだけ、口角を上げる。

「音楽が、どんなふうに俺を救ってきたか」

 収録が終わったあと。

 控室に戻ると、睦月が椅子に座り込んでいた。

「……大丈夫?」

「うん」

 そう言いながら、立ち上がろうとして、ふらつく。

 神無は、即座に腕を伸ばした。

「無理すんな」

「無理してない」

 睦月は、小さく笑う。

「今日、ちゃんと“再開”だったよ」

 神無は、マイクを見る。

 歌わなかった。

 それでも、仕事は終わった。

 ——始まってしまった。

 歌わない再開の、第一歩。


 竹下事務所の会議室。

 神無は、入室した瞬間に足を止めた。

 先にいたのは、二人。

 一人は、白に近い銀髪。

 表情が読めないまま、姿勢よく椅子に座っている青年。

 もう一人は、黒髪で、肘をついて資料を眺めている男。

 視線だけが鋭く、雰囲気が一段重い。

 三宮 和龕。

 霜月 百。

 名前だけは聞いていた。

「今後、現場を共にする可能性がある」と。

「……」

 神無は、無意識に一歩下がった。

 その動きを察したのか、前を歩いていた睦月が止まる。

「ここ」

 短く言って、神無の前に立つ。

 完全に、盾。

 百が、ぱちりと瞬きをした。

「……噂の」

 和龕が、低い声で言う。

「Donect元メンバー」

 神無の肩が、わずかに強張る。

 睦月は振り返らない。

「睦月」

 和龕が名を呼ぶ。

「後ろ、隠れてるけど」

「知ってる」

 即答。

「まだ、人見知り期」

「高校生だろ」

「関係ない」

 百が、くすっと笑った。

「かわいいですね」

「知ってるくせに」

 睦月が即座に遮る。

 睦月は百と和龕のことを知っている。Donectの大ファンなことを。

 だからこそ思う。過去の栄光の面影もない神無をみて、なぜ幻滅していないのかと。

 神無は、睦月の服の裾をぎゅっと掴んでいた。

 自覚はある。

 けれど、前に出る気になれない。

「無理に出てこなくていいですよ」

 百が、柔らかく言う。

「今日は顔合わせでしょ?」

 和龕は、睦月を見る。

「お前が保証人?」

「違う」

 一拍。

「責任者」

 和龕が、ふっと鼻で笑う。

「ガキには重たいな」

「軽く扱われるよりマシ」

 沈黙。

 その空気を破ったのは、百だった。

「神無さん」

 呼ばれて、肩が跳ねる。

「今は、睦月くんの後ろでいい」

 視線が、優しい。

「でも、そのうち」

 百は、軽く指を立てる。

「同じ列に立つんだよね」

 神無は、答えなかった。

 代わりに、睦月の背中越しに、小さく頷く。

 それで、十分だった。

 和龕は、立ち上がる。

「……まぁ」

 視線を逸らしながら。

「悪くない」

 睦月が、初めて振り返った。

「何が」

「守り方」

 神無の手が、少し緩む。

 この二人は、まだ仲間じゃない。

 けれど。

 事務所の空気が、わずかに変わった。

 ——その始まりだった。


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