ライブ
ライブが終わったあとの楽屋は、いつもより広く感じた。
神無は、中央にいない。
鏡の前でもない。
楽屋の隅で、スタッフと話している。
笑っているわけでも、無理をしているわけでもなく。
ただ、そこに立っている。
睦月は、壁にもたれたまま、その光景を眺めていた。
かつては、神無から目を離せなかった。
数分でも、視界から消えると不安になった。
倒れないか。
壊れないか。
戻ってこないんじゃないか。
でも、今は。
百が、神無の隣にいる。
和龕が、少し離れた場所で全体を見ている。
睦月がいなくても、現場は回っている。
それに気づいた瞬間、胸の奥が、少しだけ軽くなった。
楽屋を出る途中、竹下社長とすれ違う。
「どうだった」
「問題ありませんでした」
即答だった。
自分でも、驚くほど自然に。
「……神無は?」
「立ってました」
竹下社長は、それ以上聞かなかった。
睦月は、自販機の前で足を止める。
缶コーヒーを買い、開ける。
苦い。
でも、嫌じゃない。
そのとき、後ろから声がした。
「睦月」
神無だった。
いつの間にか、そこにいる。
「お疲れ」
「……お疲れ」
並んで、壁にもたれる。
以前なら、ここで体調を聞いていた。
顔色。
息遣い。
指先。
でも、今日は違う。
「楽しかった?」
神無が、少し驚いた顔をする。
「……うん」
それだけで、十分だった。
沈黙。
気まずくない。
「俺さ」
神無が言う。
「今日は、自分で立てた気がする」
睦月は、うなずいた。
「見てた。また、俺の曲を歌ってくれて嬉しい」
嘘じゃない。
神無が一瞬で笑顔になる。
神無もまた歌えて嬉しかったのだろう。
「もう」
言葉を選ぶ。
「俺が前に出なくても、大丈夫だね」
神無は、少し考えてから言った。
「でも」
「うん」
「隣には、いて」
睦月は、小さく笑った。
「それなら、いくらでも」
神無は、初めて自分から手を差し出した。
軽く、拳を合わせる。
それだけ。
でも、十分だった。
楽屋のドアが閉まる。
睦月は思う。
守らなくていい、というのは。
離れることじゃない。
信じることなんだ。




