彼の場所を守るということ
夜明け前の事務所は、昼とは別の顔をしている。
蛍光灯を半分だけ点けた社長室。
竹下社長は、書類から目を離さずに言った。
「起きてると思ってたよ」
「……はい」
ソファに腰掛けた睦月は、背もたれにもたれずに座っている。
「神無のことだろ」
睦月は、否定しなかった。
「彼、再開した」
「知ってる」
ペンを置く音。
「君が背中を押したんだろ?」
「……押したというより」
睦月は、一瞬言葉を探す。
「止まらないように、隣に立っただけです」
竹下社長は、睦月を見る。
その目は、評価でも叱責でもない。
「君は、自分の身体のことを忘れがちだ」
「忘れてません」
「嘘だね」
即答。
「社長は、神無をどうしたいんですか」
「生かしたい」
迷いのない答え。
「スターにしたい、とかじゃない」
視線が一瞬揺れた。
「壊さずに、続けさせたい」
睦月の肩が、ほんの少し緩む。
「なら」
顔を上げる。
「彼の“立つ場所”を、奪わないでください」
「……隠す場所じゃなく?」
「はい」
睦月は、はっきり言う。
「選べる場所を」
竹下社長は、しばらく黙ってから言った。
「君は、神無の何だ」
間。
「マネージャーです」
「それだけ?」
睦月は、少しだけ考えてから答える。
「……同罪です」
大切なメンバーの万里に怪我を負わせてしまった罪。
竹下社長が、ふっと笑った。
「重いな」
「知ってます」
「でも」
竹下社長は、真剣な目に戻る。
「それなら、条件がある」
睦月は、頷く。
「君は、“支える役”を独占しない」
睦月の目が、揺れる。
「君一人に預けると、現場が歪む」
「百と和龕も?」
「ああ」
「彼らも、守る側に回る」
睦月は、少し驚いたように目を見開いた。
「……それは」
「神無のためでもある」
そして、低く続ける。
「君のためでもある」
睦月は、しばらく黙っていた。
やがて、小さく頷く。
「……わかりました」
「それと」
竹下社長は、書類を一枚差し出す。
「君自身の稼働制限」
睦月は、目を通し、苦笑する。
「厳しいですね。作曲活動のみって」
「生かす気だから」
立ち上がり、窓の方を見る。
「君が倒れたら」
振り返らずに言う。
「神無は、立てなくなる」
その言葉が、深く刺さる。
「……守ります」
睦月は、静かに言った。
「でも、独りではやりません」
竹下社長は、ようやく振り返る。
「それでいい」
夜明けの光が、カーテンの隙間から差し込む。
それは、始まりの色だった。




