和龕
控室に戻って、誰もすぐには口を開かなかった。
現場の熱が、ゆっくり冷えていく。
和龕は、壁にもたれたまま腕を組んでいる。
視線は、神無。
「……なあ」
低い声。
神無が、顔を上げる。
「お前」
一拍。
「いつまで、後ろにいるつもりだ」
空気が、張りつめる。
百が、何か言おうとして口を閉じた。
睦月が、わずかに前に出る。
「和龕」
「遮るな」
即答。
だが、声は荒れていない。
「これは、神無に言ってる」
神無は、マイクケースを握りしめた。
「……前に出たら、壊れるかもしれない」
正直な声だった。
和龕は、鼻で笑う。
「知ってる」
即答。
「壊れないやつなんて、この業界にいねえ」
神無の目が、揺れる。
「でもな」
和龕は、一歩近づく。
「後ろにいるままでも、壊れる」
睦月が、黙ったまま聞いている。
和龕は、睦月を一瞬だけ見た。
「お前が盾になるのは、悪くない」
そして、神無に戻す。
「でも、それが“定位置”になったら終わりだ」
沈黙。
神無の喉が鳴る。
「……じゃあ、どうすれば」
和龕は、少し考えてから言った。
「前に出ろ、とは言わない」
意外な言葉。
「ただ」
指を立てる。
「自分で選べ」
「選ぶ?」
「立つ場所を」
和龕は、低く続ける。
「守られてる場所じゃなく」
「立ちたい場所だ」
神無は、目を伏せた。
万里の隣。
空いた場所。
まだ、痛む。
「すぐじゃなくていい」
和龕の声が、少しだけ柔らぐ。
「でも、決めろ」
百が、静かに言葉を足す。
「僕らは、待てる」
睦月が、初めて口を開いた。
「……僕は」
和龕を見る。
「神無が前に出る日まで、後ろにいる」
即答だった。
和龕は、短く息を吐く。
「重たいな」
「知ってる」
「……まぁ」
和龕は、神無に視線を戻す。
「選ばなきゃ、進めない」
それだけ言って、控室を出た。
残された三人。
神無は、マイクを見つめる。
歌わないマイク。
でも。
いつか、前に出るための。
——宿題を渡された気がした。




