魔法少女の新人研修 2日目
今一体何が起こったんだ? さっきまで倉庫にいたはずなのに。ていうか荷物は!?
慌ててあたりを見回すと、近くに私の学生鞄があった。一緒に転送してくれたらしい。よかった。でっかい謎はまた一つ増えたけど。一瞬で距離を詰めてくるあのワープといい、今の瞬間移動といい、何から何まで理屈で説明できないことだらけだ。もしかしたら、魚住も魔法少女として活動してるのかもしれない。人手不足だって言ってたし。
私は鞄を拾い、持って帰ってきた研修テキストを中に詰めて、何食わぬ顔で玄関のドアを開けた。夕飯を食べて、お風呂に入って、いつもの私のように振る舞えただろうか。
寝る前にもう一度、研修テキストを開いた。その1からその4までは、確かにあの映像と同じことが書いてある。より細かく掘り下げられているところもあるけれど、まあ読み飛ばしても問題ないだろう。ページをめくると、見出しには「その5」と書いてある。魚住が見せたがらなかった項目だ。その下に目をやると、書かれていた文字に目を疑った。
「なにこれ、どういう意味よ。『一切合切の希望を捨てましょう』……?」
文字を見た瞬間、思考が一瞬止まった。希望を捨てろ? そんなの、魔法少女になるための規則じゃなくて、破滅の教義みたいじゃないか。さらに細かな文字を読んでも、大体言ってることは同じだった。誰かが助けに来ると思うな、魔族に勝てると思うな、一寸先は闇である、と。もしかしたら、魚住はこれを見た私が幻滅して「やっぱやめる」というのを恐れたのかもしれない。まあそうだろうな、妥当な判断だ、と私は自虐的に笑った。
でも、それで止まるわけがない。むしろ私の中の願いに火が付いた。さっきからずっと、心臓がうるさく脈打っている。今の私はきっと目がらんらんと輝いているに違いない。
希望がないなら、それは私にとって好都合だ。敗北の末に犯されたいのだから。私はページの文字を繰り返しなぞるように見つめ、笑い声をあげるのを必死にこらえていた。誰かが私を必要としてくれて、おまけに願いまでかなえようとしてくれてるなんて。それはもう、この上ない喜びだった。
そして今日、私は昨日と同じ車庫にやってきた。私の表情が昨日に比べてにやけ気味だったからか「やる気があっていいね」などと言われてしまった。
「研修テキストには目を通したかい?」
「ざっと目は通しました」
「もう一回聞くけど、それでもやるんだね?」
魚住の言葉に、私は首を一回縦に振った。すると彼は、ポケットから何か金色っぽい物を取り出した。手のひらサイズの、ひし形……絵文字とかでよくある、あのキラキラした図形に似てる。そして何故かふっくらしてる。
「それが君専用の変身アイテムだ。魔法少女のコンパクトみたいなやつだね。サイズ確認もかねてちょっとここで着替えてみてよ」
「は? セクハラですか?」
「とにかく開けてみて。多分セクハラにはならないと思うから」
着替えとやらを済ませるまでテコでも動かなさそうだったので、私は渋々その物体を開けた。というかこれファスナーで開閉するタイプなんだ。コンパクトっていうから、てっきり蓋を開け閉めすると思って――。
「うわぁ!?」
ファスナーを開ききった瞬間、中から虹色の光が出てきて私を包んだ。思わず変身アイテムから手を離してしまったが、それは変わらず宙に浮いている。虹色の光に包まれたまま、自分の手を見たら、自分自身も虹色に染まっていた。そして何か、服が弾け飛んでは違うものを強制的に身につけさせられているような感覚がある。
あ、わかった。これいわゆる変身シーンだ。そう悟った瞬間、光が消えて視界が開けた。さっきまでいた車庫の中だ。
「うん、問題なく変身できたね。ちょっと体を動かしてみて。動かしづらいところとか、きつく感じるところとかある?」
満足そうにうなずく魚住からそう聞かれて、私はそこで初めて体を動かしてみた。頭を振る。重たさは感じない。腕を上下にあげてみる。特に衣服がつれる感じもない。足を大きく上げ下げする。動きやすい。
そこでふと、全身を映す鏡に自分が映った。そして絶句した。そこにいた私は、濃い紫の袖なしレオタードに、白い透け感のあるスカート、そして釣鐘みたいな長袖で、丈が短い薄紫の上着……これ何? ジャケットって言えばいいの? とにかくそんな服だった。レオタードの胸元には、さっき開けた変身アイテムが鎮座している。
頭には透ける素材でできたベール、足元は上着と同じ薄紫のショートブーツ。ところどころにキラキラしたひし形がちりばめられていて、夜空のようだな、と思った。
「……これ、あなたがデザインしたんですか」
「そうだよ? 気に入ったなら後で記念撮影でもするかい?」
正直この衣装は嫌いじゃない。スカートがどれだけめくれようが「パンツじゃないから見えても平気」と言い張れる。そして何より、生地がペラッペラで心許ない。つまりちょっとのダメージですぐに破れる。敗北してる感じが手軽に出せそうだ。そこら辺の枝とか石とかで裂けるのか後で試してみよう。
「……写真は別に撮らなくてもいいです。それより、実戦とかはやらないんですか」
「お、前向きだね。じゃあちょっと離れた場所で武器の試運転といこう」
魚住が手を叩く。次の瞬間、私と彼はどこかの森の中にいた。
「ここなら人も少ないし、武器の試し撃ちもしやすい。はい、じゃあこれが田中ちゃん――じゃなくて、魔法少女カナタの武器」
「あ、はあ、ありがとうございます……今の瞬間移動なんなんですか」
「企業秘密」
はぐらかされた。いつかは教えてもらえるだろうか、と思いながら、私は1メートルほどある杖を受け取った。先端には丸い紫の玉がついていて、それを羽のような台座で固定している。玉の中では、金色の砂が揺らめいていた。
魚住はいつの間にか、的を用意していた。ベニヤ板に黒い油性ペンで二重丸を描いただけの代物。それは10個ほど、等間隔で一列に並んでいた。
「一番近い的は、カナタちゃんの1メートル先にある。一番遠い的は、10メートル先にある。その杖一振りで、何メートル先の的まで壊せるか」
「出力テストってことですね。もし私が一個も的を壊せなかったらどうするんですか」
「それはあり得ないよ」
なんでそんなきっぱり言い切れるんだ。私は納得いかない表情のまま、的を見据えて杖を振った。
次の瞬間、先端の玉からビームと見紛うような白い光の塊が放たれた。それは瞬く間に的を突き破り、木々をなぎ倒す。とんでもない地響きと、鳥や動物が逃げ惑う音が聞こえる。唖然とする私とは対照的に、魚住はゲラゲラ笑っていた。いや笑い事じゃないでしょこれ。
「いやぁ想像以上だ。僕の目に狂いはなかったね」
「何のんきなこと言ってるんですか、こんな被害出しといて笑ってる場合じゃないでしょ」
「後で直しとくから大丈夫。じゃあ今日はこれでおしまい。明日から実戦ってことでよろしくね」
私が何か言う前に、魚住は手を叩く。また家の前に戻ってきていた。変身は解けて、アイテムが手の中におさまっていた。